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お別れの挨拶
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恩人兄弟の家に戻り、扉の前に立って戸口を叩いた。
「はーい」
お返事と共に勢いよく扉が開き、亜麻色の髪の男の子が顔を出す。
その向こうには、朝食の準備をする彼の兄の姿が見える。
「おねえちゃんおかえりなさい!」
向日葵のような輝く笑顔と、「おかえりなさい」って言葉が胸に重たくのしかかる。
大丈夫。私が別れを告げても、クルシュはまだ4,5歳だし、幼い頃に1日やそこらいただけのおねえちゃんなんて、すぐに記憶から消えて、彼の中に残りはしないのだから。
「ウィルシェ、クルシュ。おはよう······ええと、私これからザクセンって所に行きます」
え?って顔をしてクルシュが私を見上げる。
やってきたウィルシェに、奇麗にたたんだ着物を返す。
「お母さんの大事な着物を貸してくれて、ありがとう」
「いえ······大丈夫なのですか?」
身体の心配をしてくれる優しい少年の言葉に、自然と笑みがこぼれる。
「うん、ありがとうね。本当に」
長くいればそれだけ別れが辛くなる、早く「さようなら」を言わなくちゃ。
お別れの空気が流れて、それを感じ取ったクルシュが喉を振るわせてしゃくりあげはじめた。
「ぼくが······ぼくが……」
いつもニコニコと笑っていて、キラキラと輝いていたその目から大粒の涙が零れ始めた。
『ぼくがみつけたんだよ!』
事あるごとに言っていたアレは、構ってほしいとか褒めて欲しいとか、感謝して欲しいとかではなくて······。
『ぼくがみつけたんだよ!だからぼくとずっといっしょにいてね!』だったのだ。
あの時あの瞬間から。
私に逃げられない様に。
私に捨てられない様に。
必死に、懸命に、訴えかけていたものだったのだと悟ってしまって、胸の痛みに顔をしかめる。
幼い子に刻まれた、深い深い心の傷。
お母さんは貴方を捨てたんじゃないのよ、だなんて、私が言って良い事じゃない。
「クルシュ······ごめ······」
「うわーーー!!!」
クルシュは抱きしめようとした私の身体を突き飛ばして駆け出した。
賢い子だから、私の「ごめんなさい」を聞いてしまえば、もうそれで聞き分けなくちゃいけないと考えたに違いない。
ごめんなさいしか言えない私は、この子を追いかけることが出来ずにウィルシェを見る。
「ごめんなさい。僕がなんとかしますから······」
「私もごめんなさい。早く追いかけてあげて」
はい、と返事して、弟が走り去った方向に駆け出す兄の背中を見送る。
亜麻色の髪、細い肩、薄い背中、この世界で懸命に生きてる姿。
これがこの兄弟とのお別れ······。
「さようなら······」
別れの言葉は独り言。
シャボン玉のように儚く空に消えた。
「はーい」
お返事と共に勢いよく扉が開き、亜麻色の髪の男の子が顔を出す。
その向こうには、朝食の準備をする彼の兄の姿が見える。
「おねえちゃんおかえりなさい!」
向日葵のような輝く笑顔と、「おかえりなさい」って言葉が胸に重たくのしかかる。
大丈夫。私が別れを告げても、クルシュはまだ4,5歳だし、幼い頃に1日やそこらいただけのおねえちゃんなんて、すぐに記憶から消えて、彼の中に残りはしないのだから。
「ウィルシェ、クルシュ。おはよう······ええと、私これからザクセンって所に行きます」
え?って顔をしてクルシュが私を見上げる。
やってきたウィルシェに、奇麗にたたんだ着物を返す。
「お母さんの大事な着物を貸してくれて、ありがとう」
「いえ······大丈夫なのですか?」
身体の心配をしてくれる優しい少年の言葉に、自然と笑みがこぼれる。
「うん、ありがとうね。本当に」
長くいればそれだけ別れが辛くなる、早く「さようなら」を言わなくちゃ。
お別れの空気が流れて、それを感じ取ったクルシュが喉を振るわせてしゃくりあげはじめた。
「ぼくが······ぼくが……」
いつもニコニコと笑っていて、キラキラと輝いていたその目から大粒の涙が零れ始めた。
『ぼくがみつけたんだよ!』
事あるごとに言っていたアレは、構ってほしいとか褒めて欲しいとか、感謝して欲しいとかではなくて······。
『ぼくがみつけたんだよ!だからぼくとずっといっしょにいてね!』だったのだ。
あの時あの瞬間から。
私に逃げられない様に。
私に捨てられない様に。
必死に、懸命に、訴えかけていたものだったのだと悟ってしまって、胸の痛みに顔をしかめる。
幼い子に刻まれた、深い深い心の傷。
お母さんは貴方を捨てたんじゃないのよ、だなんて、私が言って良い事じゃない。
「クルシュ······ごめ······」
「うわーーー!!!」
クルシュは抱きしめようとした私の身体を突き飛ばして駆け出した。
賢い子だから、私の「ごめんなさい」を聞いてしまえば、もうそれで聞き分けなくちゃいけないと考えたに違いない。
ごめんなさいしか言えない私は、この子を追いかけることが出来ずにウィルシェを見る。
「ごめんなさい。僕がなんとかしますから······」
「私もごめんなさい。早く追いかけてあげて」
はい、と返事して、弟が走り去った方向に駆け出す兄の背中を見送る。
亜麻色の髪、細い肩、薄い背中、この世界で懸命に生きてる姿。
これがこの兄弟とのお別れ······。
「さようなら······」
別れの言葉は独り言。
シャボン玉のように儚く空に消えた。
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