親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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ムー大陸編

58最後の飛行船搭乗

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 邪神の3Dプリント作業は二時間ほどで終了した。

「後は小屋の骨組みを作って、この板を並べるだけだから、一日あれば終わるんじゃないかな」

 ラ・ムーには一日ではむりだと言っていたが、がんばればできたのではないのか。

 これでもがんばったんだよ、もっとも、がんばったのはこいつだけどね。
 アルハザードが足元で伸びをしている邪神を指差した。

 夜明けと同時に青色人を使った作業が始まった。アルハザードの指示で外枠、天上の中骨等の枠組みが板で組まれ、その上に透明な板をはめ込んでいく。

 青色人が作業をしている間に、アルハザードは手にした細い棒を畑の中の土に突き刺している。突き刺した棒が全て地中に埋まったしまうと、その上に新しい棒とうい具合に次々と棒を差していく。

「何をしてるんだい」

「地下水のあるところまで穴を掘ってるんだけど中々届かなくてね」
「今、何メートルくらい掘ったんだい」

「大体三十メートルくらいかな」

 と言ったところでアルハザードが小さく声を上げた。棒から伝わる手応えが変わったようだ。
「やっと届いたみたいだな」

 棒から手を離すと、それが自然に地面から浮き上がってきた。浮き上がって来た棒は全部で六本あった。一本の長さがおよそ五メートルだから三十メートルというアルハザードの言葉通りとなる。

 棒が全て浮き上がってできた穴からは水がちょろちょろと染出ている。
「これにこの装置を取り付ければ水を撒くことができる」

 アルハザードが手にしているのは、彼が図面に描いた手動式のポンプだった。いつの間にか邪神に作らせたらしい。ポンプの先には五十メートルはあろうかと言う長いホースが取りつけられていて、よく見ると三十センチ間隔に細かい穴が開いている。

 アルハザードがポンプのレバーを上下させると、水を汲み上げたらしく、その穴から勢いよく水が噴き出した。

「まあこんなもんだろう、後はこれを畑ごとに其々三ヶ所も設置すれば充分だろう」
 試しに神谷が棒を地面に突き立ててみたが、五センチほどしか穿つことができなかった。

「よくこんな棒を三十メートルもくい込ませることができるね」

「ああ、これにはコツがあるんだ、教えようか」

「いや、止めておくよ。多分時間の無駄だと思うから」

「そうかな、そんなに難しいことじやないんだけどな」

 それは君が普通の人ではないからだ。
 アルハザードは何も言わず棒を担いで次の作業所へと向かって行った。
 青色人の小屋を作る作業は、アルハザードほどには鮮やかではなかったが、遅いながらも着々と進み、一日目の昼前には半分の畑は板で覆われていた。

 部屋に戻り昼食を摂った。その日もメニューは黄金人用の物だった。

「この味に慣れてしまうと、他のメニューには戻れないね」

「そうかな、僕は神谷が作る和食の方が好きだけどね」

 お世辞を言っているつもりは、もちろんないようだ。

「さて、抒食後に僕は最後の治療を受けてくるから、後は頼んだよ」

 アルハザードが言ったが、何を頼まれたのかは分からなかった。

 アルハザードが部屋を出て行き、神谷はギターの練習をしていた。

 頭の中にグラムダルクリッチの映像が浮かび、間もなく部屋にいつもの無愛想な姿で入って来た。
「ラ・ム一様がお呼びです。ギタラを持って来て下さい」

 またしてもラ・ム一が神谷のギター演奏を所望しているようだ。
 グラムダルクリッチの後ろについて最上階の部屋に入ると、ラ.ム一は立って窓から外の景色を眺めていた。
 お伴の白色人に促されて椅子である四角い石に座ると、ラ・ム一が正面に腰を降ろした。

「そなたの友人のお陰で黒鳥はいなくなり、植物の栽培も上手くいきそうだ。彼が何者なのかは分からぬが、常人ではないことだけは分かる。そなたたちの国でも彼のような能力の持ち主はまれなのだろう」

「ええ、彼は特別ですから」

「やはりな、あの男の治療も今日が最後となるであろう、その後数日の経過の観察を経て何事もなければそれで終了だ。そうすれば、そなたたちはこの国を出て行くつもりなのだろう」
「そのつもりですが」

「そうか、残念だ。五百年とは言わぬが、せめて数年、この国に残る気はないかね」

「アルハザードに相談してみますが、希望は薄いかと思います」

「そうか、では、そなただけでもこの国の素晴らしさをもう一度見てみる気はないかね」
「と、言いますと」
「あれだよ」

 ラ・ム一が後ろに鎮座している飛行船を指差した。

「あれに乗ってこの国を上から眺めれば、もう少しこの国にいようと思うのではないかと思ってな」

 あの飛行船でヒラニプラの上空を遊覧できるのは、この国の最後の記念になるかもしれない。

「分かりました、あの飛行船の中でこの国の街並を眺めながら、ギターを演奏しましょう」

「宜しい、ではついて来なさい」

 金色に輝く飛行船はすでに準備ができているらしく、ラ・ムーの後に神谷がタラップを上がると、間もなく天上が開いて、上昇を始めた。

「今日は天気も上々だ。どうだこの空の青さは、このように素晴らしい景色は他では見られぬであろう」
 確かに夜の星空といい、この抜けるような青空といい、現代ではとても見ることのできない眺めだ。しかし……。

「ギターの演奏を始めましょうか」

「おお、そうであったな、始めてくれ」

「分かりました」

 窓際の白い石に座ってアルハンブラ宮殿の想い出を皮切りに、ゆったりとした曲を三十分ほど弾いた。

「やはり素晴らしい、こちらに来て、この窓から下の風景を眺めてみよ」
 窓の下を眺めてみると、青色人が王宮の裏庭で作業をしている様子が小さく見える。植物のハウスは完成間近のようだ。

「しかし、あの黒鳥を退治した仕掛けといい、植物の家に使う透明な板といい、どのようにして一晩で作ったのかね」

 まさか邪神が3Dプリンターで作ったとは言えない。
「彼は手先がおそろしく器用ですからね、ほとんど彼が一人で作ったようなものです」
「彼が一人でかね」

 ラ・ムーの目が大きく見開かれた。とても信じられないという顔をしている。当たり前だ、もし神谷が邪神の存在を知らずにで同じ話をされたら、全く同じ顔をするだろう。

「うーむ」

 ラ・ムーが一言うなり声を上げて、押し黙った。

「そなたたちは本当に海を越えてやって来たのかね」

「はい、その通りです」
「しかし……まさかな」

 ラ・ムーの言いたいことは分かっている。お前たちは時を越えてやって来たのではないか、と訊ねたいのだ。しかし、ラ・ムーはこの島の破滅に繋がることだけに、うかつに口にすることができないのだ。

「彼のような存在はおそらく他にはいないでしょう、神の如く、ということでしょ」
 神は神でも邪神なのだが。

「そうだな、いくらなんでも、それはあるまいな」
 ラ・ムーは自分の中に芽生えた疑問を打ち消すように、力なく笑った。
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