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ムー大陸編
39ヒラニプラの神降臨
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「今日は晴れたらしいよ」
起きがけにアルハザードが声をかけてきた。
「それじゃあ、この国の神様に会えるかかもしれないね」
「僕たちが直接礼拝の儀式に参列できる訳じゃないけどね」
「やっぱりダメなのかい」
「それはそうだろう、ラ・ムーたち王族のみが参列を許されているんだ。いくら客人とはいえ、そこまでは許してはくれないさ、いくら神谷がラ・ムーのお気に入りでもね」
「それじゃあ、神様とは会えないのか」
「いや、こいつが何とかしてくれるみたいだね」
足元の邪神が小さく欠伸をした。
アルハザードが午後の訓練を終え、いつものように夕食後にワインを飲んでいると、目の前に五十インチのスクリーンが現れた。黒い玉の時と同じように邪神の実況中継が始まるようだ。
「もうすぐ始まるみたいだね」
アルハザードが空になったグラスにワインを注ぎ入れた。
スクリーンに映像が映り始めた。広さは分からないが、壁際に金色をした人型がずらりと並んでいて、その前には王宮の文様にもなっている赤い花が花瓶に入れられて、像を覆い尽くすように並んでいる。
人型の中心には一際大きな金色の両手を天に差し伸ばした像が置かれている。
「あの金色の人型は歴代の王の像らしい、そして真ん中の大きな像は、やたらと長い名前の神様らしいよ」
ラ・ムーがその前に置かれた金色の石、この国の椅子に座り、何事かを唱えているようだ。その後ろでは部屋にぎっちり座っている黄金人たちが黙ってその様子を眺めている。
ラ・ムーは神の名前を唱えているのだろう、やがて、部屋の周りの壁にほんのり灯っていた明かりが揺らぎだした。
「何かが来ている」
邪神が画面を見ながらフンと鼻を鳴らした。
「神様かな」
「こいつから見れば、神と言うよりも精霊程度だけど、人間から見れば神だろうね」
「というと、どのくらい前から存在している神様なんだい」
「大体一万年だそうだ」
「それでも精霊」
「あくまでもこいつから見ればだよ」
日本にも稲荷などは数千年の齢を経た狐が神となったものだし、色々な物も百年以上存在していると、付喪神になるという考えが、江戸時代まではあったと聞く。
「そうだね、一万年くらいだから、こいつから見れば唯の使い走りみたいなものだろうけどね」
神の像の顔がアップになった、これから何かが起こるのだろうかと思っていると、瞑っていた像の目がカッと見開かれた。
静かに座っていた黄金人たちがざわついている様子が伺える。
「像の中に神様が入ったようだね」
映像が引きになり神の像の全体が画面に映し出された。
しばらく見ていると、神の像の口が動いているのが見える、何事かを喋っているようだ。
「音声が欲しい所だね」
「そうだね」
アルハザードが言った途端に、神の像の喋る言葉が聞こえるようになった。もちろん邪神の同時通訳だ。
「海の向こうから来た者たちとはどのような姿をしているのかね」
邪神の演出か、ラ・ムーよりも荘厳で神々しい声が部屋中に鳴り響いている。
「演出じゃないよ、こいつにそんなことをするつもりなんてないさ。事実をそのまま伝えているだけさ」
自分よりの格下の相手に気を遣う必要などないということか。
「私たちと変わらぬ姿をしています」
ラ・ムーが答えている。
「言葉は通じるのだな」
「はい、荒野をさまよっている間に憶えたそうです」
「ウーム」
金色の神が考え込んでいる。
「あの神様はこの神様の存在に気がつかないのかな」
「こいつは今この部屋の外に対して自分の存在を完全に消している。こいつと同等の力を持っているものでなければ、気がつけないだろうね」
「この神様と同等の力を持っているものって、どのくらいいるんだい」
「さあね、僕の知っているのはアザトースくらいだけど、宇宙の始まりから存在しているものがそんなに沢山いるとは思えないね」
「それじゃあ、あの神様は何も分からないまま」
「いや、こいつに何か考えがあるみたいだよ」
アルハザードの言葉に邪神が小さく欠伸をして応えた。
「もうすぐ始まるよ、画面から目を逸らさないことだね」
アルハザードがボトルを手に取り、自分と神谷のグラスにワインを注いだ。
金色の神がラ・ムーとの話を止めて、目線を真っ直ぐスクリーンに向けた、まるでこちらが見えているかのようだ。少し首をひねっている。
「この神様が何かしたのかな」
「ああ、こいつがあの神にだけ感じるメッセージを送ったのさ」
「そのメッセージってどんなものなんだい」
「そうだね、人間の言葉にすれば『我を感じよ』かな」
アルハザードが人間の言葉にすればと言った、では邪神の言葉では何と言ったのだろうか。
「こいつらのレベルでは言葉なんかないよ、唯単に自分の映像を相手に送った、それだけさ」
「この猫の姿を?」
「そんな訳ないじゃないか、こいつの本当の姿さ。人間が見たら気絶するような姿をね、もし見たかったら君にも同じ映像を送ってもらおうか。たぶん、しばらく眠れないどころか、かなり寿命が縮むよ」
そんな映像を見たいはずがない。
「いや、絶対に止めてくれ、この可愛い姿のままで充分だよ」
邪神が再び鼻をフンと鳴らした。
「あいつ、かなり鈍感で使いものにならない奴だと言っているね」
あいつとはおそらく今スクリーンに映っている金色の神のことだろう。
「僕が言ってるんじゃないよ、こいつが言ってるんだよ」
邪神のエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、スクリーンの中の神が驚いたように口を開け、すぐにブルブルと震えだした。
ラ・ムーはその様子を困惑した様子で眺めているばかりである。
「こいつがさっきよりも少し強いメッセージを送ったのさ」
「例えばどんな風な」
「言葉にすれば『まだ気がつかないのかこの馬鹿者』って感じかな」
「それをまた映像で送ったのかい」
「ああ、さっきよりも恐ろしい映像をね」
「さすがにこいつの存在に気がついたようだね。もしかすると、挨拶に来るかもしれないね」
「ここにかい」
「ここにというよりも、こいつにさ」
アルハザードが足元の邪神を指差した。邪神は眠そうにもう一度欠伸をした。
「この神様のことをあの神様がラ・ムーに言わないかな」
「それは大丈夫だろう、恐ろしい何かがいる、今のところはそれしか分かっていないさ。恐ろしいものがいるのにどうにもできないとは、神様としては言えないだろう。一応は全知全能の神ということになっているんだから」
「でも、さっきは悩んでたよ」
「ラ・ムーたちには、そうは見えてはいないさ。神が悩むはずがないと思っているからね。信仰というものはそういうものだろう」
イスラムを棄教した魔人がそう言ってクスリと笑った。
起きがけにアルハザードが声をかけてきた。
「それじゃあ、この国の神様に会えるかかもしれないね」
「僕たちが直接礼拝の儀式に参列できる訳じゃないけどね」
「やっぱりダメなのかい」
「それはそうだろう、ラ・ムーたち王族のみが参列を許されているんだ。いくら客人とはいえ、そこまでは許してはくれないさ、いくら神谷がラ・ムーのお気に入りでもね」
「それじゃあ、神様とは会えないのか」
「いや、こいつが何とかしてくれるみたいだね」
足元の邪神が小さく欠伸をした。
アルハザードが午後の訓練を終え、いつものように夕食後にワインを飲んでいると、目の前に五十インチのスクリーンが現れた。黒い玉の時と同じように邪神の実況中継が始まるようだ。
「もうすぐ始まるみたいだね」
アルハザードが空になったグラスにワインを注ぎ入れた。
スクリーンに映像が映り始めた。広さは分からないが、壁際に金色をした人型がずらりと並んでいて、その前には王宮の文様にもなっている赤い花が花瓶に入れられて、像を覆い尽くすように並んでいる。
人型の中心には一際大きな金色の両手を天に差し伸ばした像が置かれている。
「あの金色の人型は歴代の王の像らしい、そして真ん中の大きな像は、やたらと長い名前の神様らしいよ」
ラ・ムーがその前に置かれた金色の石、この国の椅子に座り、何事かを唱えているようだ。その後ろでは部屋にぎっちり座っている黄金人たちが黙ってその様子を眺めている。
ラ・ムーは神の名前を唱えているのだろう、やがて、部屋の周りの壁にほんのり灯っていた明かりが揺らぎだした。
「何かが来ている」
邪神が画面を見ながらフンと鼻を鳴らした。
「神様かな」
「こいつから見れば、神と言うよりも精霊程度だけど、人間から見れば神だろうね」
「というと、どのくらい前から存在している神様なんだい」
「大体一万年だそうだ」
「それでも精霊」
「あくまでもこいつから見ればだよ」
日本にも稲荷などは数千年の齢を経た狐が神となったものだし、色々な物も百年以上存在していると、付喪神になるという考えが、江戸時代まではあったと聞く。
「そうだね、一万年くらいだから、こいつから見れば唯の使い走りみたいなものだろうけどね」
神の像の顔がアップになった、これから何かが起こるのだろうかと思っていると、瞑っていた像の目がカッと見開かれた。
静かに座っていた黄金人たちがざわついている様子が伺える。
「像の中に神様が入ったようだね」
映像が引きになり神の像の全体が画面に映し出された。
しばらく見ていると、神の像の口が動いているのが見える、何事かを喋っているようだ。
「音声が欲しい所だね」
「そうだね」
アルハザードが言った途端に、神の像の喋る言葉が聞こえるようになった。もちろん邪神の同時通訳だ。
「海の向こうから来た者たちとはどのような姿をしているのかね」
邪神の演出か、ラ・ムーよりも荘厳で神々しい声が部屋中に鳴り響いている。
「演出じゃないよ、こいつにそんなことをするつもりなんてないさ。事実をそのまま伝えているだけさ」
自分よりの格下の相手に気を遣う必要などないということか。
「私たちと変わらぬ姿をしています」
ラ・ムーが答えている。
「言葉は通じるのだな」
「はい、荒野をさまよっている間に憶えたそうです」
「ウーム」
金色の神が考え込んでいる。
「あの神様はこの神様の存在に気がつかないのかな」
「こいつは今この部屋の外に対して自分の存在を完全に消している。こいつと同等の力を持っているものでなければ、気がつけないだろうね」
「この神様と同等の力を持っているものって、どのくらいいるんだい」
「さあね、僕の知っているのはアザトースくらいだけど、宇宙の始まりから存在しているものがそんなに沢山いるとは思えないね」
「それじゃあ、あの神様は何も分からないまま」
「いや、こいつに何か考えがあるみたいだよ」
アルハザードの言葉に邪神が小さく欠伸をして応えた。
「もうすぐ始まるよ、画面から目を逸らさないことだね」
アルハザードがボトルを手に取り、自分と神谷のグラスにワインを注いだ。
金色の神がラ・ムーとの話を止めて、目線を真っ直ぐスクリーンに向けた、まるでこちらが見えているかのようだ。少し首をひねっている。
「この神様が何かしたのかな」
「ああ、こいつがあの神にだけ感じるメッセージを送ったのさ」
「そのメッセージってどんなものなんだい」
「そうだね、人間の言葉にすれば『我を感じよ』かな」
アルハザードが人間の言葉にすればと言った、では邪神の言葉では何と言ったのだろうか。
「こいつらのレベルでは言葉なんかないよ、唯単に自分の映像を相手に送った、それだけさ」
「この猫の姿を?」
「そんな訳ないじゃないか、こいつの本当の姿さ。人間が見たら気絶するような姿をね、もし見たかったら君にも同じ映像を送ってもらおうか。たぶん、しばらく眠れないどころか、かなり寿命が縮むよ」
そんな映像を見たいはずがない。
「いや、絶対に止めてくれ、この可愛い姿のままで充分だよ」
邪神が再び鼻をフンと鳴らした。
「あいつ、かなり鈍感で使いものにならない奴だと言っているね」
あいつとはおそらく今スクリーンに映っている金色の神のことだろう。
「僕が言ってるんじゃないよ、こいつが言ってるんだよ」
邪神のエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、スクリーンの中の神が驚いたように口を開け、すぐにブルブルと震えだした。
ラ・ムーはその様子を困惑した様子で眺めているばかりである。
「こいつがさっきよりも少し強いメッセージを送ったのさ」
「例えばどんな風な」
「言葉にすれば『まだ気がつかないのかこの馬鹿者』って感じかな」
「それをまた映像で送ったのかい」
「ああ、さっきよりも恐ろしい映像をね」
「さすがにこいつの存在に気がついたようだね。もしかすると、挨拶に来るかもしれないね」
「ここにかい」
「ここにというよりも、こいつにさ」
アルハザードが足元の邪神を指差した。邪神は眠そうにもう一度欠伸をした。
「この神様のことをあの神様がラ・ムーに言わないかな」
「それは大丈夫だろう、恐ろしい何かがいる、今のところはそれしか分かっていないさ。恐ろしいものがいるのにどうにもできないとは、神様としては言えないだろう。一応は全知全能の神ということになっているんだから」
「でも、さっきは悩んでたよ」
「ラ・ムーたちには、そうは見えてはいないさ。神が悩むはずがないと思っているからね。信仰というものはそういうものだろう」
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