親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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ムー大陸編

9魔人VS黒色人2

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「さっきの時間を止める技は難しいんだろ」

「そうだな、習得するのに何年もかかったかな、エジプトで神官に教わった技だよ。でも、長い時間止められる訳じゃないんだ、精々数秒がいいところだね」

「でも、そんなすごい技使うと疲れないの」

「疲れるさ、エジプトの神官は止めた時間の分だけ寿命が縮まると言ってたよ」

「それじゃあ、めったに使えない技だね」

「そうだよ、僕も使ったのは数回しかないよ。さっきは使わなければ殺されていた、仕方なく使っただけのことさ」

「それじゃあ、できれば、もう黒色人とは会いたくないね」

「会いたくはないね」

 しばらく歩いていると、地面の色は相変わらず黒っぽいが、小石が転がっているのが目につくようになった。

 アルハザードはその小石の中でも直径一~二センチの物を選んで拾いながら歩いている。

「そんな石ころ何に使うの」

「これはまた黒色人に会ってしまった時のための用心さ,あんな奴らのために時間を止める技を使って寿命を縮めたくないからね」

 この小さな石が何かの武器にでもなるのだろうか。

「まあ、何もないよりはまし、くらいなものかな」

 黒色人に向かって投げるのだろうか。ならば、もっと大きな石の方が良いのではないか、そもそも、そんな単純な攻撃が通じる相手とはとても思えないが。

「次にあいつらに会った時に分かるよ。できれば会いたくははいけどね」

 それは神谷も同感だった。

 その日は幸いなことに再び黒色人と遭遇することはなく日暮れとなった。

 遥か彼方の地平線に沈む夕日は美しかった。

「そろそろ今日は休むとしようか」

「えっ、ここで? 休めるような場所なんてどこにもないと思うけど」

 周りには相変わらずわずかな茂みがあるばかりで、平坦な道がどこまでも続いている。とても野宿に適している場所とは思えない。

「この先何キロ歩いてもこの状況は変わらないそうだ。だったら、ここで休むしかないよ」

「その邪神からの情報?」

「もちろん、さあ、夕飯の時間だ、神谷、準備はいいかい」

 彼の言う準備とはギター演奏のことだ。それの代償として邪神が夕飯を用意してくれるのだ。

 神谷の腰を降ろす物は邪神が用意してくれた。今日は木製の折り畳み椅子、ソファーつきだ。

 ムー大陸の空気は乾燥していて、気温も適度なため、柱だらけの砂漠よりもギター演奏にはよほど適した環境だ。

 少し迷ったが、スペインの作曲家、タレガの「グラン・ホタ」を弾いた。軽快なリズム「ホタ」に乗せた特殊技巧が難易度の高さを生む、軽快な曲である。神谷はまたサービスのつもりでかなりスピードを上げて弾いた。

 周りには相変わらずいくつもの黒い影が踊っていた。

「神谷、今日の演奏は今までで一番良かったと言ってるよ」

「そう、それは良かった」

 二人の目の前にコーヒーとサンドイッチが現れた。ギターをケースにしまい、それに手を取ると、周りの景色が変わりコンクリートの部屋の中に居るような景色になった。

「よほど神谷の演奏が気に入ったんだね。シェルターまで出してくれたよ。これで今晩は安全に眠れるね」

 天井にはランプの明かりまでついている。しかし、どうせならば、首都まで一気に運んでくれれば良いと思うのだが。

「そこがこいつの気まぐれなところさ、これだけでも相当のサービスだと思えと言ってるよ」

 これ以上よけいなことを言って邪神の機嫌を損ねたくはない。ここはおとなしく気遣いに感謝することにする。

「明日もたくさん歩かなければならない。今日は早く眠るとしよう」

 アルハザードが言うと、二人分の寝袋が現れた。アルハザードは神谷に背を向けるようにして、部屋の隅に横たわった。素顔を見られたくはないのだろう。

 歩き疲れたためか、邪神の用意してくれた寝袋の寝心地が良かったせいか、横になると間もなく眠気が訪れた。

 気がつくとあたりが明るくなっていた。シェルターが消え、道の外れに寝袋にくるまっていた。

「やあ、やっと目が覚めたかい」

 アルハザードが声をかけてきた。

 いつもの習慣で腕時計を見ようとして、今が一万二千年前の世界であることを思い出した。

「腕時計は別に無意味じゃないと思うけど、もちろん、この時代の時間と神谷の生きている時代の時間の概念は違うけれど、神谷が時間を把握するという意味では、時間を知ることに価値はあるよ」

「この時代の一日の周期は二十四時間なのかい」

「ああ、現代と同じだね。日没、日の出も同じさ、唯、日本とは違って、ここが赤道直下というだけのことだよ」

 ならば、時間を把握するだけの意味があるのかもしれない。

 腕時計は九時を差していた。

「朝食の用意ならできているよ」

 神谷が起き出すと寝袋が消え、変わりにオレンジジュースと思われる液体の入ったコップとサンドイッチが目の前に現れた。

 邪神はサンドイッチがお好きなようだ。

「リクエストをしても構わないと言ってるけど、こういう外での食事にはこういう物の方が簡単で良いだろうというのが、こいつの考えみたいだよ」

 邪神なりの気遣いだったようだ。

 サンドイッチを食べ終わる頃、茂みから人影が現れた、昨日二度と会いたくないと思った黒色人だ。

 今度の相手は昨日の者とは違う、体重が二百キロはありそうな巨体だ。身長はやはり二メートルほどだろう。黒い服を着ているのは昨日の黒色人と同じだ。

 邪神がアルハザードの肩から降りて神谷の足元に座った。

 昨日の黒色人と同じような金属製の棒を手にしている。アルハザードはまたしても無防備に何の構えもなく黒色人の前に立った。


 黒色人が黒い歯を剥き出して、笑ったように見える。

 アルハザードが懐から昨日拾った小石を取り出した。

 黒色人が棒を巨体とは思えない早さで振り下ろした。が、「カン」という音と共に棒が弾かれる。

 再び黒色人が棒を振り下ろしたが、やはり「カン」という音がして棒が弾かれる。アルハザードは唯立っているだけで微塵も動いてはいないように見える。

 同じことが何回か繰り返され、黒色人が不思議そうに自分の持った棒をしげしげと眺めた。その時、アルハザードの顔が「切り落とし」のものとなり、だらりと下げていた右手の親指が動き、黒色人の額に穴があいた。恐ろしいことに黒色人はそれでは倒れなかった。真っ黒な瞳の目尻を吊り上げてアルハザードに向かって行った。

 アルハザードの右手の親指が再び動き、黒色人の右胸に穴があいた。尚も向かって行く黒色人の巨体が穴だらけになっていく。そして再び黒い額に穴があき、漆黒の巨体がゆっくりと後ろに倒れた。

「フー」
アルハザードの口から溜息とも取れる空気が漏れた。

「昨日のやつよりも体がでかいだけ強敵だったね」

 神谷の方を振り返ったアルハザードはいつもの端正な顔に戻っている。

「もしかして、昨日拾った石ころで倒したのかい」

「ああ、一発という訳にはいかなかった、たくさん拾っておいてよかったよ」

「凄い技だね、石を飛ばしているところが全然見えなかったよ」

「あれは指弾という技さ、昔の日本でも使われていたんだよ」

「へー、それは知らなかったなぁ」

「そうだろうね、使っていたのは忍者だからね。その子孫でもない限り、知らないだろうね」

 それでは、アラブ人であるアルハザードは何故知っているのだろうか。

「神谷の部屋のテレビで見て、それを真似しただけだよ。これでも結構練習したんだよ」

「蛇や蠍を相手にかい」

「そうだよ、僕には他に友達がいないからね」

 アルハザードが自嘲気味にクスリと笑った。

 
  指弾の的にされる友人には「お気の毒」としか言いようがなかった。
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