親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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錬金術師編

07錬金術師とギター演奏

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「彼はロマンチックな曲が好きらしいよ。神谷のレパートリーにそういう曲はある?」

 アルハザードの言葉に「ないことはないけど、この時代のロマンチックと僕のロマンチックが一致するかな」

 神谷が答えると、アルハザードが涼やかな声で、
「高々五百年しか違わない人間に感性の違いがあるはずがないだろう。こいつなんか何十億年生きてると思ってるんだい」
 自分の肩に乗った黒猫を見た。

 確かに宇宙の始まりから存在する邪神の側近であるならば、そのくらいは生きているのだろう。
「パルケルススさん、この男の背負っている楽器の音色を聴いてくれませんか」
 アルハザードが神谷を指差した。
「その男の奏でる音色が報酬に値するということかね。だが、ここで演奏する気かね」
「できたら、もう少し広いところがあるとよいのだけれど」
 アルハザードの口調は邪神に対する時よりも、心なしか丁寧な気がする。
「人にお願いをする時には丁寧に喋らないとね、心の中ではどう思おうと」
 人は心を読めないから、口先だけ丁寧に話せば相手の印象が良くなるという訳か。
「そのとおり、分かってるじゃないか。そこは神よりも扱いやすいよ。こいつらには嘘やお世辞は通用しないからね」

 アルハザードの肩に上の黒猫がエメラルド色の目をしばたたせて、小さく「ニヤ一」と鳴いた。この邪神が鳴くのは初めて聞いた。どうやら今は猫になりきっているようだ。

「私の研究所ではどうかな。研究室を見せる訳にはいかないが、空いている部屋はあるよ」
 パラケルススがペンを引き出しにしまいながら言った。
「ええ、構いませんよ」
 神谷の了承も得ずにアルハザードが勝手に答えた。
「では、出かけるとしようか。なに、歩いてすぐの所だ」

 この時代に徒歩〇〇分などという時間の概念はあるのだろうか。神谷はパラケルススに見えないように、背中に手をまわして、腕時計を外してズボンのポケットに入れた。パルケルススに見つかって、それをよこせなどと言われたら、それこそ歴史が変わりかねない。
 三人揃って部屋を出て階段を降りた。

 パルケルススは小太りで身長も神谷より十センチは低いが、かなり早足で二人の前を歩いて行った。

 ザルツブルグの街並は遠くに山々を臨み、レンガ作りの家々が並ぶ美しかったが、普段アスファルトの道に慣れている神谷にとっては土の上は靴の底が土にめり込む感じがして、かなり歩き難かった。

 パルケルススは何かの皮で作られらしき靴を履いていたが、短い足を引きずるようにして歩を進めて行く。
「彼はくる病に罹患していてね。骨が少し変形しているんだよ」

 アルハザードが小声で囁いた。

「だから来年四九歳という若さで死ぬのかもしれないね」
 パルケルススの後ろ姿はアルハザードに言われるまでもなく、足がかなりのおう脚で、歩くたびに左右に体が揺れる病的なものだった。

 神谷はポケットに入っている腕時計を手に取り、そっと眺めた。

「もう三十分は歩いているよね、彼すぐ近くと言っていたけど」
「僕もそうだけど、この時代の人々の時間の観念が神谷の時代と同じなはずがないだろう。たとえ遠くても歩いて行くしか手段がない者にとって三十分なんかすぐ隣という感覚だろうね」

 そういうものなのだろうか。

「そういうものさ」

 やがて一時間が過ぎようとした時、
「さあ、この建物だよ」

 パルケルススが街の外れにある二階建ての建物を指差した。外装はレンガで作られてはいるが、かなり古い建物のようだ。レンガがひび割れている箇所が神谷の立っている入り口付近だけでも何カ所もある。

 入り口の扉を開けると一階はただっ広い一部屋だけの作りで、四方の壁際には本棚が並び、その全てに本がぎっしりと詰まっていた。食事用だろうか部屋の中央にはテーブルとその回りに一人掛けの椅子が四つ並んでいる。

「この部屋ならばいいだろう。二階は研究室だから見せる訳にはいかないが」
「どうだい神谷、ここならばいいだろう」

 荒涼とした砂漠よりは余程ましな環境だ。

「ああ、問題ないよ」

 椅子を一つ部屋の奥に移動させて腰を降ろし、あたりを見回すと以外にも部屋の中は奇麗に片付けられていて、埃なども落ちてはいなかった。

「この部屋が清潔なので驚いているのだろう。何といっても二階は精密な研究をする部屋だ。埃などを運び込まないように掃除夫を雇って、週に二回清掃しているからね」

 パラケルススが自慢げに言った。 
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