親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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錬金術師編

04柱の街での演奏会2

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4.柱の街での演奏会2

 アルハザードは黒猫にもたれかかるようにして、ステージの前に座った。
 神谷がステージに上り、岩の上に腰をおろし、目の前に譜面台を立てて楽譜をその上に置き、脇に置ぃたギタ一ケースからギターを取り出した。

「もう始めるのかい」
 ステージの下からアルハザードが声をかけた。
「少し指慣らしがしたいけど、いいかな」
「構わないけど、それも含めて演奏だと思うんじゃないかな、今日のお客さんたちは」

 神谷が辺りを見回した。微かに魚介類が腐ったような生臭い臭気が漂っている。
「そのお客さんというのは、もう来てるのかい」
「うん、演奏が始まったら姿を現すんじゃないかな」
 ー見えない相手に気を使ってもしょうがないか一

 なるべく小さな音でチューニングを済ませてから、音階練習を始めた。初めはゆっくりと、そして指が慣れるに従ってだんだんとスピードを上げた。スピードが上がるに従って、周囲からの目線を感じるようになったが、周りを見回しても、それらしき姿を見つけることはできなかった」

 指慣らしを終えて、チューニングを確認してから演奏に入った。
 曲目はパラグアイの国民的ギターリスト兼作曲家である、アウグスチン・バリオス作曲「パラグアイ舞曲一番」、アルハザードのリクエストに応えた軽快な曲である。

 弾き終えると、目の前に座っていたアルハザードの右側にいつの間にか黒い大きな影があった。アルハザードがその影と何やら話している様子だ。
「まずは合格みたいだよ」
 どうやら、その大きな影が本日の客のようだ。腐臭が更に強くなった。
「早く次の曲を弾けと言ってるよ」
 アルハザードがクスリト笑いながら言った。

 神谷は次に譜面台に手を伸ばして楽譜をめくった。
 次に用意していた曲はスペインの作曲家イサーク・アルべニス作曲「朱色の塔」ピアノ曲をギター用に編曲したものだ。先ほどの曲にも負けずに賑やかな曲である。

 ギターを弾いている神谷の周りに、複数の小さな影がリズムに合わせて飛び跳ねているように見える。
「あの男の名前は」
「神谷だよ」
「カミラ? 随分と御大層な名前だな。『完璧』とはね」
「アラビア語とは違うからね、彼の名前にそんな意味はないと思うけどね」
「ふん、彼に『完璧』という名前がついているのは偶然だというのだな」
「そういうことだね」

 アルハザードが大きな影の発するネチヤネチヤとした声に答えている。
 神谷の周りの影の数が次第に増え、小さな太鼓のような音も聞こえる。
「ニヤルラトテップ、お前の倦族たちも踊っているではないか。大分気に入っているようだな」
「それじゃあ……」
「うむ、よかろう、ニヤルラトテップよ、アザトースに知らせるがよい。アルハザードの願いを聞き届けるようにな」

 大きな影が次第に薄くなり、黒猫もいつの間にか姿を消していた。
「神谷、今日の演奏会はこれでお終いだ。片づけて、出かける準備を始めよう、と言っても準備している時間なんかないけどね」
「出かけるって、これからすぐに?」

「うん、多分すぐに、五百年前のザルツブルグに行くよ」
「そんなに急に? まだ何も準備していないし、仕事の予定だってあるんだよ」

「準備なんかなにもいらないし、仕事のことはどうにかなるよ」
「どうにかって、意味が分からないけど」
「どうにかは、どうにかだよ。心配しなくてもいいってことさ」

 それは君が他人の仕事のことなど心配していないという事ではないか、と思いながら立ち上がった途端に腰かけていた石が跡形もなく消えた。
 ぎたーをケースにしまい、楽譜をかたずけていると、足元の岩が大きく波打ち、体が浮き上がるような感覚に襲われ、直後に目を開けていられない程の光に包まれた。そして、光が消え、目を開くとそこには荒涼とした砂漠ではなく、遥かなたに山々を望む雄大な景色が広がっていた。

「ここがオーストリアのザルツブルグ、西暦千五百四十年頃のはずさ」
 アルハザードがポツリと言った。
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