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第88話
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どさっ
頭部を失った男の体が力なく倒れ込んだ。
その前方には男の頭部だったものが広がり、背後からの攻撃を受けたことが見て取れる。
まぁ、こうなるよな。
俺は男の背後辺りに目を向けると、彼女を覆う魔鎧を解除した。
フッ、パシャッ
「っ!?フェリスッ!」
「「っ!?」」
魔鎧が消えたことで右手に付着していた血液が落ち、その音と共に姿を現したフェリスへ周囲の視線が集中する。
俺は件の男を確保すると共に彼女もこちらへ戻し、男の背後に控えさせておいたのだ。
それはこの男を始末させるためではなく、拘束だけを解いたのも魔力の消費を抑えるためだったのだが……結果的にはそうなってしまったな。
予想は出来ていたし、それを避けることも可能ではあった。
ただまぁ……フェリスがやらなきゃ俺がコイツの首を落とすつもりだったけどな。
俺が約束したのはフェリスへ助命を請うだけだ。
俺の提案を断れば殺すと脅しはしたが、提案を受け入れれば殺さないとは言っていない。
騙したことは良くないと思うもコイツのスキルは危険すぎたし、すでに眼の前で悪用された実績があるのでここでの"許し"はあり得なかったのだ。
似たような能力を持つ者がいる可能性もあったが……向こうにとっては失敗できない作戦のはずだし、複数人を抱え込んでいたのであれば最低でももう1人は現地に連れてきているはず。
となれば、"モーズ"="フラード"が発覚した時点で俺を殺すか利用するために操るよう命じてるはずで、それがなかった以上は他人を操れる力を持つ者は1人だけだと推測するのが順当だからな。
そう考えていた俺に、フェリスは露出したままだった胸を服へ仕舞いながら謝罪してくる。
ムニッ、ムニッ……モゾモゾ
「悪かったわね、約束を破らせて」
一応、約束は約束としての重さがあると考えてか、彼女は真面目に謝罪してきた。
しかし、俺はそれに首を振って言葉を返す。
『いえ、約束は果たしています。その結果がどうなったかは関係ありませんよ』
「……フッ、なるほどね」
フェリスは俺の意図を理解し、その点については気にしなくていいことも理解したようだ。
すると、彼女は自分を操っていた男の死体を片手で抱え上げてルカさん達に指示を出す。
ガシッ
「拠点に戻ってなさい。あとは私がやるわ」
「っ!?……わ、わかったわ」
その目と声には怒りと殺意が溢れていたからか……ルカさんは異論を挟まず、周りに拠点へ戻るようにと指示を出した。
そうして拠点へ戻る"銀蘭"の面々を見送っていると、フェリスは俺にも拠点へ戻るように言ってくる。
「アンタも戻ってて。邪魔になるわ」
『……わかりました。ですが、ウルガーは生かして捕えて欲しいとシャーロット様が』
「チッ!」
周囲に人が居なくなったので王女からの指示だと伝えてみると、フェリスは舌打ちをして"宝石蛇"に目を向ける。
「……なら、この男と同じように回収していきなさい。事が片付いたらあの手を粉々に砕いてやるわ」
そう言って彼女は抱えている男を指す。
タイアを攻撃させられたことや、胸を掴んで持ち上げられたことがよほど頭に来ているのだろう。
まぁ、死んでさえいなければ問題はないだろうし止める気はないな。
フェリスの指示に従い、俺はウルガーを釣り上げる準備に入るとすぐにそれを終える。
『わかりました。……準備はできましたので、そちらが仕掛けたら回収します』
「そう。じゃあ……行くわ、よっと!」
ブォンッ!バッ!
言いながらフェリスは抱えていた男の死体を壁の向こうへ放り投げ、それを追うように自身も壁の向こうへ飛び込んでいった。
ドサッ……ザンッ!
「「っ!?」」
壁の向こうから飛んできた、頭部のない死体に"宝石蛇"の男達は注目し……直後、同じように飛んできたフェリスの姿で状況を察した。
"撲殺姫"が自由になったと。
「っ!?奴を近づけるな!どけっ!」
自由になった彼女を見て、血相を変えたウルガーが周囲に足止めを命じつつ逃走を図る。
「チッ!」
バッ
その指示でアーロンがフェリスへ左手を向けると、フェリスの両足が地面にめり込む。
ズンッ
「っ!?」
あれは……彼女を重くしているのか?
アイツ、そんなスキルを持っていたのか。
まぁ、ああいう連中をまとめる立場なんだし、それぐらいのことができてもおかしくはないな。
しかしそうなると、操られていたときと同じように解除させなければずっと重いままになる可能性があるのではないだろうか?
俺はそう懸念するも、フェリスはごく普通に前へ歩き出す。
ズシッ、ズシッ、ズシッ……
普通、地面がめり込むほどに重くされればまともに動けなくなるだろう。
それを全く気にせず動けているのは彼女の力があってのことではあるのだろうが、解除されずにずっとそのままである可能性を気にしていないのは"宝石蛇"を逃がしてしまう事を嫌ったからなのかもしれない。
「……で?♪」
俺は後ろにいるのでその表情は見えないが……フェリスはアーロンに歩み寄りつつ、首を傾けて可愛らしく問い掛ける。
そんな彼女にアーロンは青ざめ……
「まっ……」
バシャンッ
言葉を発すると同時にその顔は赤く弾け、それが虐殺の始まる合図となった。
少しだけ時間が経ち、"銀蘭"の拠点に血塗れのフェリスが帰還する。
それをルカさんらが出迎え、水の入った桶や濡らした布で大まかにではあるが拭き落としていた。
「えっと……大丈夫みたいだね」
その口ぶりからフェリス自身の出血はなく、その全てが"宝石蛇"の返り血だとわかっていたようだ。
柵の上から見ていた限り、アーロンに仕掛けられた重さは奴の死と同時に解除されていたようだし、戦闘行動に支障はなかったのだと思われる。
どうやら、傀儡化の男とはスキルの仕様が違ったらしい。
それもあってか"宝石蛇"の男達は並んだ水風船がマシンガンで撃たれたように高速で弾けていたので、やはり俺とやった時は十分すぎるほどに手加減をされていたんだろうな。
そんなフェリスがルカさんに尋ねる。
「タイアは?」
「無事……だと思うけど、ちょっと体力のほうが」
フェリスは真っ先にタイアの容態を気にしているようだが……ルカさんの答えが気になった。
体力?何の話だろうか。
タイアはアンジュさんの治癒魔法を受け、拠点に戻ってからも一応休ませておくとのことで救護室として使われているテントへ運び込まれた。
そうして、今もアンジュさんがタイアに付いているはずだ。
そこでなぜ体力の話になるのかを疑問に思っていると、俺に聞かせられない話なのかルカさんがこちらをチラッと見てくる。
とりあえず離れておこうかな?と思って一歩離れたところ……体を拭くのに一区切りをつけ、水分を含んだチャイナドレスを肌に貼り付けさせたフェリスが近づいてきた。
「まぁ、大丈夫じゃない?ここまで手を貸しておいて何かを企んでるようでもないし、今も聞かないように離れようとしてたでしょ?」
「そう言われるとそうなんだけど……"称号"や"スキル"に関して、本人の了承なく話すのは良くないだろ?」
この拠点で女性達の精神的な支えとなるための、平時には素と違って男性的な口調にしているルカさんがそう返す。
その言葉にフェリスは……
ガシッ
「じゃあ、本人に確認しましょ。そのほうが話は早いわ」
と言って俺の腕を掴み、タイアとアンジュさんの元へ連行した。
「あっ、お戻りになられたのですね」
道中でウルガーの拘束に関して指示を出したフェリスに連れられ、タイアが休んでいるテントへ入るとアンジュさんが俺達を迎え入れる。
複数あるベッドの一番奥で横になっているタイアは眠っているようで、出ている肩が素肌なことを考えると裸に近い姿のようだ。
なので自分は出ておいたほうが良いのではないかと思ったが、その前にフェリスがタイアの件で話を始めていた。
「体力に問題があるって聞いたけど、怪我は治ったのよね?」
「ええ。ただ、急を要すると判断して私のスキルを使いましたので、元々体力が多かったわけではないタイアさんには酷だったようで」
「馬から落ちた奴が2、3日後にいきなり死んだなんて話もあるんだし、頭を打ってるかもしれないんなら急いで治すのに越したことはないわ。で、命に問題は?」
「まだはっきりとしたことは。治癒魔法は傷を修復するだけですし、体力を回復させるには食事と休養を取っていただくしか。ですがこの状態ですと……」
「食事が取れないから難しい、と」
「ええ。先ほど食事を磨り潰した物を水に混ぜて与えてみようとしましたが、意識がないと上手く受け入れてくれなくて」
「そう……あの男、簡単に殺すべきじゃなかったかしら」
アンジュさんにタイアの容態を聞き、自身を操っていたあの男を苦しませずに殺したことを後悔するフェリス。
しかし、それにはアンジュさんが首を横に振る。
「いえ、また操られてしまう可能性がある以上は適切な判断だったかと。いつ操られたのかも全く気づきませんでしたし、避けようがありませんでしたから」
「そうよねぇ……まぁ、その代わりにウルガーって奴のほうを痛めつけることにするわ」
ガギッ、ゴギッ
「「ハハ……」」
言いながら手の関節を鳴らすフェリスにアンジュさんとルカさんが苦笑いをしていると……不意にフェリスが俺を指さした。
「あぁ、そう言えば。アンジュ、貴女のスキルについてコイツに教えてもいい?」
『いや、別に……』
タイアの容態を説明するのに必要だからと連れてこられたのだが、そのタイアの状態は聞けたわけだし聞かなくてもいいはずだ。
なので俺は教えてもらわなくてもいいと言おうとしたところ、アンジュさんはあっさりと自分のスキルについて説明することを承諾した。
「構いませんよ。ここまで助力して頂いたモーズさんであれば我々をどうにかしようと企んでいらっしゃるとは思えませんし、今も私のスキルについて聞くのを断ろうとなされましたでしょう?」
「そうそう。元々ここに近づいたのだってイリス達を泊められるようにするためだし、聞いた話じゃ最初はあの娘への協力も断ろうとしてたらしいしね」
そう言ったアンジュさんとフェリスに、ルカさんは軽くため息をつく。
「……フゥ。別に、僕だって彼を疑ってたわけじゃないよ。あくまでも、そういう話は本人の意思が大事だってだけでね」
その言葉にアンジュさんは頷くと、自身のスキルを俺に説明しだした。
「簡単に言いますと、患者本人の体力を利用して治癒魔法の効果を高めることができるスキルなのです。ああいった状況でしたし、遅くなって手遅れになるよりはと考えてのことでしたが……」
"促進治癒"と言うらしいスキルについて大まかな説明をし、奥で横になっているタイアへ目を向けるアンジュさん。
割とシンプルなスキルではあるが、他人からはそのスキルを使っているのか把握しづらそうだな。
しかしまぁ……体力を消費してしまうので、その体力がない人は治癒を優先すると衰弱するのか。
で、今回は怪我の治癒を最優先としてスキルを使ったのでタイアは衰弱している、と。
俺としては最善であったと思うのだが、その表情からアンジュさんはもっといい方法があったのではないかと悔やんでいるようだ。
うーん、体力の回復か。
いつも俺が飲んでいる栄養ドリンクは効果が高く即効性もあり、身体自体はこの世界の人間である俺に有効なのでタイアにも問題なく投与できると考えられる。
だが効果が高すぎて、そんな物を持っている俺という存在の怪しさが増してしまうのは十分にあり得る話だよなぁ。
悪意や敵意がなかろうと、不気味なものは不気味である。
なので、命に別状がなければこのまま出さずにいるつもりだったのだが……液状の食事も少ししか受け付けておらず、決して楽観視はできないという状況だ。
『うーん……』
その件で俺が頭を捻りつつ唸っていると、何かを勘付いたらしい3人がズイッと俺に詰め寄ってきた。
「何かあるみたいね」
「何かあるのですか!?」
「何かあるようだね」
『え?あー、えっと……』
同時にほぼ同じことを問われ、その気迫に圧されて後退ろうとしたところでフェリスが真剣な目で頼み込んでくる。
「何か手があるなら……お願い。代価は必ず払うわ」
「わ、私からもお願いします!何でもいたしますので!」
「わた……いや、僕も……あ、私の方がいいかしら?とにかく、私も出来ることは何でもするから!」
フェリスに続き、アンジュさんとルカさんまでもが頼み込んでくる。
理由はわからないが、それだけタイアは大事な存在なのだろう。
聖職者のアンジュさんが何でも、というのは大丈夫なのかと心配になるが……まぁ、セリアの例もあるしそれはこの際置いておくとして。
俺としてもせっかく助けたわけだし、そう言えば"コージ"として会ったときに次の機会もあると本人が言っていた。
権利として認められているものが、使うつもりがなくても勝手に消えるのは惜しいと思わなくもない。
というわけで。
俺は腰の鞄に手を突っ込むと、その手の中にいつもの栄養ドリンクを作り出した。
頭部を失った男の体が力なく倒れ込んだ。
その前方には男の頭部だったものが広がり、背後からの攻撃を受けたことが見て取れる。
まぁ、こうなるよな。
俺は男の背後辺りに目を向けると、彼女を覆う魔鎧を解除した。
フッ、パシャッ
「っ!?フェリスッ!」
「「っ!?」」
魔鎧が消えたことで右手に付着していた血液が落ち、その音と共に姿を現したフェリスへ周囲の視線が集中する。
俺は件の男を確保すると共に彼女もこちらへ戻し、男の背後に控えさせておいたのだ。
それはこの男を始末させるためではなく、拘束だけを解いたのも魔力の消費を抑えるためだったのだが……結果的にはそうなってしまったな。
予想は出来ていたし、それを避けることも可能ではあった。
ただまぁ……フェリスがやらなきゃ俺がコイツの首を落とすつもりだったけどな。
俺が約束したのはフェリスへ助命を請うだけだ。
俺の提案を断れば殺すと脅しはしたが、提案を受け入れれば殺さないとは言っていない。
騙したことは良くないと思うもコイツのスキルは危険すぎたし、すでに眼の前で悪用された実績があるのでここでの"許し"はあり得なかったのだ。
似たような能力を持つ者がいる可能性もあったが……向こうにとっては失敗できない作戦のはずだし、複数人を抱え込んでいたのであれば最低でももう1人は現地に連れてきているはず。
となれば、"モーズ"="フラード"が発覚した時点で俺を殺すか利用するために操るよう命じてるはずで、それがなかった以上は他人を操れる力を持つ者は1人だけだと推測するのが順当だからな。
そう考えていた俺に、フェリスは露出したままだった胸を服へ仕舞いながら謝罪してくる。
ムニッ、ムニッ……モゾモゾ
「悪かったわね、約束を破らせて」
一応、約束は約束としての重さがあると考えてか、彼女は真面目に謝罪してきた。
しかし、俺はそれに首を振って言葉を返す。
『いえ、約束は果たしています。その結果がどうなったかは関係ありませんよ』
「……フッ、なるほどね」
フェリスは俺の意図を理解し、その点については気にしなくていいことも理解したようだ。
すると、彼女は自分を操っていた男の死体を片手で抱え上げてルカさん達に指示を出す。
ガシッ
「拠点に戻ってなさい。あとは私がやるわ」
「っ!?……わ、わかったわ」
その目と声には怒りと殺意が溢れていたからか……ルカさんは異論を挟まず、周りに拠点へ戻るようにと指示を出した。
そうして拠点へ戻る"銀蘭"の面々を見送っていると、フェリスは俺にも拠点へ戻るように言ってくる。
「アンタも戻ってて。邪魔になるわ」
『……わかりました。ですが、ウルガーは生かして捕えて欲しいとシャーロット様が』
「チッ!」
周囲に人が居なくなったので王女からの指示だと伝えてみると、フェリスは舌打ちをして"宝石蛇"に目を向ける。
「……なら、この男と同じように回収していきなさい。事が片付いたらあの手を粉々に砕いてやるわ」
そう言って彼女は抱えている男を指す。
タイアを攻撃させられたことや、胸を掴んで持ち上げられたことがよほど頭に来ているのだろう。
まぁ、死んでさえいなければ問題はないだろうし止める気はないな。
フェリスの指示に従い、俺はウルガーを釣り上げる準備に入るとすぐにそれを終える。
『わかりました。……準備はできましたので、そちらが仕掛けたら回収します』
「そう。じゃあ……行くわ、よっと!」
ブォンッ!バッ!
言いながらフェリスは抱えていた男の死体を壁の向こうへ放り投げ、それを追うように自身も壁の向こうへ飛び込んでいった。
ドサッ……ザンッ!
「「っ!?」」
壁の向こうから飛んできた、頭部のない死体に"宝石蛇"の男達は注目し……直後、同じように飛んできたフェリスの姿で状況を察した。
"撲殺姫"が自由になったと。
「っ!?奴を近づけるな!どけっ!」
自由になった彼女を見て、血相を変えたウルガーが周囲に足止めを命じつつ逃走を図る。
「チッ!」
バッ
その指示でアーロンがフェリスへ左手を向けると、フェリスの両足が地面にめり込む。
ズンッ
「っ!?」
あれは……彼女を重くしているのか?
アイツ、そんなスキルを持っていたのか。
まぁ、ああいう連中をまとめる立場なんだし、それぐらいのことができてもおかしくはないな。
しかしそうなると、操られていたときと同じように解除させなければずっと重いままになる可能性があるのではないだろうか?
俺はそう懸念するも、フェリスはごく普通に前へ歩き出す。
ズシッ、ズシッ、ズシッ……
普通、地面がめり込むほどに重くされればまともに動けなくなるだろう。
それを全く気にせず動けているのは彼女の力があってのことではあるのだろうが、解除されずにずっとそのままである可能性を気にしていないのは"宝石蛇"を逃がしてしまう事を嫌ったからなのかもしれない。
「……で?♪」
俺は後ろにいるのでその表情は見えないが……フェリスはアーロンに歩み寄りつつ、首を傾けて可愛らしく問い掛ける。
そんな彼女にアーロンは青ざめ……
「まっ……」
バシャンッ
言葉を発すると同時にその顔は赤く弾け、それが虐殺の始まる合図となった。
少しだけ時間が経ち、"銀蘭"の拠点に血塗れのフェリスが帰還する。
それをルカさんらが出迎え、水の入った桶や濡らした布で大まかにではあるが拭き落としていた。
「えっと……大丈夫みたいだね」
その口ぶりからフェリス自身の出血はなく、その全てが"宝石蛇"の返り血だとわかっていたようだ。
柵の上から見ていた限り、アーロンに仕掛けられた重さは奴の死と同時に解除されていたようだし、戦闘行動に支障はなかったのだと思われる。
どうやら、傀儡化の男とはスキルの仕様が違ったらしい。
それもあってか"宝石蛇"の男達は並んだ水風船がマシンガンで撃たれたように高速で弾けていたので、やはり俺とやった時は十分すぎるほどに手加減をされていたんだろうな。
そんなフェリスがルカさんに尋ねる。
「タイアは?」
「無事……だと思うけど、ちょっと体力のほうが」
フェリスは真っ先にタイアの容態を気にしているようだが……ルカさんの答えが気になった。
体力?何の話だろうか。
タイアはアンジュさんの治癒魔法を受け、拠点に戻ってからも一応休ませておくとのことで救護室として使われているテントへ運び込まれた。
そうして、今もアンジュさんがタイアに付いているはずだ。
そこでなぜ体力の話になるのかを疑問に思っていると、俺に聞かせられない話なのかルカさんがこちらをチラッと見てくる。
とりあえず離れておこうかな?と思って一歩離れたところ……体を拭くのに一区切りをつけ、水分を含んだチャイナドレスを肌に貼り付けさせたフェリスが近づいてきた。
「まぁ、大丈夫じゃない?ここまで手を貸しておいて何かを企んでるようでもないし、今も聞かないように離れようとしてたでしょ?」
「そう言われるとそうなんだけど……"称号"や"スキル"に関して、本人の了承なく話すのは良くないだろ?」
この拠点で女性達の精神的な支えとなるための、平時には素と違って男性的な口調にしているルカさんがそう返す。
その言葉にフェリスは……
ガシッ
「じゃあ、本人に確認しましょ。そのほうが話は早いわ」
と言って俺の腕を掴み、タイアとアンジュさんの元へ連行した。
「あっ、お戻りになられたのですね」
道中でウルガーの拘束に関して指示を出したフェリスに連れられ、タイアが休んでいるテントへ入るとアンジュさんが俺達を迎え入れる。
複数あるベッドの一番奥で横になっているタイアは眠っているようで、出ている肩が素肌なことを考えると裸に近い姿のようだ。
なので自分は出ておいたほうが良いのではないかと思ったが、その前にフェリスがタイアの件で話を始めていた。
「体力に問題があるって聞いたけど、怪我は治ったのよね?」
「ええ。ただ、急を要すると判断して私のスキルを使いましたので、元々体力が多かったわけではないタイアさんには酷だったようで」
「馬から落ちた奴が2、3日後にいきなり死んだなんて話もあるんだし、頭を打ってるかもしれないんなら急いで治すのに越したことはないわ。で、命に問題は?」
「まだはっきりとしたことは。治癒魔法は傷を修復するだけですし、体力を回復させるには食事と休養を取っていただくしか。ですがこの状態ですと……」
「食事が取れないから難しい、と」
「ええ。先ほど食事を磨り潰した物を水に混ぜて与えてみようとしましたが、意識がないと上手く受け入れてくれなくて」
「そう……あの男、簡単に殺すべきじゃなかったかしら」
アンジュさんにタイアの容態を聞き、自身を操っていたあの男を苦しませずに殺したことを後悔するフェリス。
しかし、それにはアンジュさんが首を横に振る。
「いえ、また操られてしまう可能性がある以上は適切な判断だったかと。いつ操られたのかも全く気づきませんでしたし、避けようがありませんでしたから」
「そうよねぇ……まぁ、その代わりにウルガーって奴のほうを痛めつけることにするわ」
ガギッ、ゴギッ
「「ハハ……」」
言いながら手の関節を鳴らすフェリスにアンジュさんとルカさんが苦笑いをしていると……不意にフェリスが俺を指さした。
「あぁ、そう言えば。アンジュ、貴女のスキルについてコイツに教えてもいい?」
『いや、別に……』
タイアの容態を説明するのに必要だからと連れてこられたのだが、そのタイアの状態は聞けたわけだし聞かなくてもいいはずだ。
なので俺は教えてもらわなくてもいいと言おうとしたところ、アンジュさんはあっさりと自分のスキルについて説明することを承諾した。
「構いませんよ。ここまで助力して頂いたモーズさんであれば我々をどうにかしようと企んでいらっしゃるとは思えませんし、今も私のスキルについて聞くのを断ろうとなされましたでしょう?」
「そうそう。元々ここに近づいたのだってイリス達を泊められるようにするためだし、聞いた話じゃ最初はあの娘への協力も断ろうとしてたらしいしね」
そう言ったアンジュさんとフェリスに、ルカさんは軽くため息をつく。
「……フゥ。別に、僕だって彼を疑ってたわけじゃないよ。あくまでも、そういう話は本人の意思が大事だってだけでね」
その言葉にアンジュさんは頷くと、自身のスキルを俺に説明しだした。
「簡単に言いますと、患者本人の体力を利用して治癒魔法の効果を高めることができるスキルなのです。ああいった状況でしたし、遅くなって手遅れになるよりはと考えてのことでしたが……」
"促進治癒"と言うらしいスキルについて大まかな説明をし、奥で横になっているタイアへ目を向けるアンジュさん。
割とシンプルなスキルではあるが、他人からはそのスキルを使っているのか把握しづらそうだな。
しかしまぁ……体力を消費してしまうので、その体力がない人は治癒を優先すると衰弱するのか。
で、今回は怪我の治癒を最優先としてスキルを使ったのでタイアは衰弱している、と。
俺としては最善であったと思うのだが、その表情からアンジュさんはもっといい方法があったのではないかと悔やんでいるようだ。
うーん、体力の回復か。
いつも俺が飲んでいる栄養ドリンクは効果が高く即効性もあり、身体自体はこの世界の人間である俺に有効なのでタイアにも問題なく投与できると考えられる。
だが効果が高すぎて、そんな物を持っている俺という存在の怪しさが増してしまうのは十分にあり得る話だよなぁ。
悪意や敵意がなかろうと、不気味なものは不気味である。
なので、命に別状がなければこのまま出さずにいるつもりだったのだが……液状の食事も少ししか受け付けておらず、決して楽観視はできないという状況だ。
『うーん……』
その件で俺が頭を捻りつつ唸っていると、何かを勘付いたらしい3人がズイッと俺に詰め寄ってきた。
「何かあるみたいね」
「何かあるのですか!?」
「何かあるようだね」
『え?あー、えっと……』
同時にほぼ同じことを問われ、その気迫に圧されて後退ろうとしたところでフェリスが真剣な目で頼み込んでくる。
「何か手があるなら……お願い。代価は必ず払うわ」
「わ、私からもお願いします!何でもいたしますので!」
「わた……いや、僕も……あ、私の方がいいかしら?とにかく、私も出来ることは何でもするから!」
フェリスに続き、アンジュさんとルカさんまでもが頼み込んでくる。
理由はわからないが、それだけタイアは大事な存在なのだろう。
聖職者のアンジュさんが何でも、というのは大丈夫なのかと心配になるが……まぁ、セリアの例もあるしそれはこの際置いておくとして。
俺としてもせっかく助けたわけだし、そう言えば"コージ"として会ったときに次の機会もあると本人が言っていた。
権利として認められているものが、使うつもりがなくても勝手に消えるのは惜しいと思わなくもない。
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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