マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第87話

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「「っ!?」」


その場に居たフェリスとタイアを見ることができていた者は、瞬時に姿を消した2人に言葉を失った。

彼女達の身体に触れていたはずの男達は弾き飛ばされたように倒れており、何が起きたのかと周囲を見回している。

その中にはウルガーも含まれ、すぐに起き上がると消えたフェリスを探し始めた。


「くっ!フェリスはどこだっ!?」

「探せっ!」


ウルガーの声に応じてアーロンが部下達に指示を出すも、フェリスの姿はどこにも見当たらない。

そんな"宝石蛇"に対し、"銀蘭"の面々はフェリスと共にタイアも探す。


「フェリスっ!タイアっ!」


ルカさんを始めとして2人を探す声がこちらでも上がり、それに応じる声はどこからも届かなかったのだが……直後、聖職者であるアンジュさんの足元にタイアが横たわった形で現れた。

前が開いたローブを羽織ったような姿ではあるも、フェリスから受けたもの以外にダメージはないようだ。


「っ!?タイアさん!*****……」


すぐに気づいたアンジュさんがおそらく治癒魔法を使い始め、周囲の人達がそれに注目する。

俺は盾を拡大し、自立してもおかしくはない厚さの壁として設置すると"宝石蛇"の目からタイアを隠した。

今の姿を連中に長々と見られたくはないだろうしな。

とりあえず、タイアはこれで大丈夫か。

で、フェリスも含めてだが……2人が姿を消したのは、もちろん俺が魔鎧を使ったからである。

俺は2人を囲む男達を魔力で離れさせつつ透明にし、そのまま彼女達を空中へ逃がした。

体勢などは見えなくても魔鎧から伝わる感覚で2人の体勢は把握できるも、とある理由から俺には見えるように設定していたのだが……

俺は"宝石蛇"の方に顔を向けつつ、その目線を地上10mほどの空中に向けた。

フェリスの様子を確認するためだ。

宙に浮かせたままなのは彼女が操られても攻撃行動に移り難いだろうと考えたからで、現に彼女を操る者は地上に居ると思い込んでいるのか彼女の足はバタバタと動かされていた。

そして、俺が確認したいのは彼女の体勢だけではなくその表情もだったのだが……


ニヤァ……


フェリスは足をバタつかせながらも、俺の方を見て物凄い笑顔をしている。

この確認のため、魔鎧の設定を俺から彼女の姿が確認できるようにしていたのだ。

どういう感情かまでは測りかねるが……やっぱりバレるよなぁ。

彼女の感覚は操る者に伝わらないようなので、魔力の糸に触れても気付かれはしないと思われる。

しかし、なるべく手足が当たらないようにと、魔力の糸はフェリスの頭頂部からアーチ状に俺へと繋がっているのだ。

彼女は魔力が見えるわけだし、いま自分を宙に浮かせている魔力の出どころがわかるはず。

あちらから外の光景が見えないようにも出来たのだが、事情があって見えるようにしておく必要があったからなぁ。

少なくとも、魔力の形を変えてそれを操作でき、その外見を透明にできることまでは知られてしまっただろう。

となると、この状況から"透明になるマジックアイテム"と"浮く力"を持っていた"コージ"を思い出すであろうことは想像に難くない。

"モーズ"の姿でそれを使ったので、"コージ"と同一人物であることまでバレてしまったと考えたほうがいいだろう。

ハァ。

この件が片付いた後にまた別の面倒な事が起きそうだが、あのままタイアが襲われるのを見過ごす気にはならなかったしな。

まずは目の前の問題を解決するか。

そう考えていると……フェリスがいきなり拍手を始めた。


パンッ、パンッ、パンッ……


あ、不味い。

フェリスを操る者が音で彼女の居場所を把握しようとしているな。

それはフェリス本人も理解しているようで、困った表情をしながらもなんとか止めようとしているのか頭をブンブンと振っていた。


「っ!?上か!?」


"宝石蛇"の連中も音には気づき、空を見上げ始めるも……フェリスは透明なままなので視認することはできない。

それでも音の大きさなどである程度は位置がわかるだろうし、ならばと俺はフェリスの身体全体を固定して音を封じる。

その力自体はフェリス本人が使うものと同じなので、魔力の消耗が激しくなるが仕方ない。

更に、俺は彼女を"宝石蛇"の頭上で飛び回らせる。

これは、フェリスが自身を操る者を見つけられればと思ってのことで、そのために彼女から魔鎧の外が見えるようにしておいたのだが……その意図が通じたのか、フェリスは俺から視線を外して"宝石蛇"へ目を向けた。


「チッ!音まで消えたってのか?おい!なんとかならねぇのかっ!?」


彼女を操る者がバレないようにと考えてか、こちらを見たままアーロンが指示を出していると……そこで、宙に浮くフェリスがいきなり舌を出す。

自由の利く頭部を動かし、ある地点を指し示しているようだ。

この状況でこの行動となれば、そこに彼女を操っている容疑者が居るのだと思われる。

その舌に従いフェリスの位置を調整していくと……彼女はある地点で舌を真下に伸ばした。

その位置は推察していた通りウルガーからさほど離れてはおらず、操るフェリスの位置や体勢を把握するためかこちらからも顔だけは見えていた。

見た感じ、ちょっと悪そうな冒険者といった感じの風貌ではある。

ん?

頭の位置から、3人の男達が身を寄せ合うように立っているらしいことがわかるが……いや、真ん中の男を左右の2人が支えているのか?

フェリスは首から下だけを操られているようだし、あの男が他者の支えを必要とするのであれば……それは彼女の身体を操作する際に自身を動かせないからなのかもしれない。

なんなら、自分の身体を動かすようにフェリスの身体を動かしている可能性もある。

その辺りのことを確認するため、俺は容疑者の後頭部を魔力の針で軽く刺す。


「イッ?」

サッ

「?」



容疑者が声を上げると同時に、その瞬間だけ魔鎧での拘束を解いていたフェリスが後頭部へ手を回した。

当たりだな。

彼女がその動作に疑問の表情を浮かべていることから、あの男の感覚までは伝わっていないようだが……身体を動かそうとする意思、または脳から身体への命令だけがフェリスの首から下に伝わっているのだろう。


「ん?どうした?」

「いや。頭の後ろをつつかれたというか、刺されたような気がしたんだが」

「ハァ?んー……怪我してるようには見えねぇぞ?」


左右の男がその男の後頭部を見てみるが、血が出るほど刺したわけではないのでそれを確認することはできなかったのだろう。

そう言われた男は首をひねるも、右隣の男に急かされる。


「何だったんだ?」

「それよりあの女だ。早く探せよ」

「やってるけどわからねぇんだよ。何でだ……?」


男達がそんなやり取りをしながら周囲を見回す。

真ん中の男がフェリスを操っているとバレないよう、隣の男はあえて"探せ"と言ったようだな。

とりあえず、彼女を操っている犯人は判明した。

ただ……それがわかったからといって軽率に仕掛けるわけにもいかない。

殺せばフェリスの傀儡化が解除されるとは限らないし、現状ではこのまま逃げられてしまう事が最悪の結果だということになるだろうからな。

フェリスは首から下が動かないままだろうし、次にいつ操られもおかしくはないので常に警戒を続けなくてはならなくなる。

であれば……交渉の上、自主的に解除させるしかないか。

そう考えた俺は、フェリスを操っている男の首に魔力の糸を伸ばした。


「ぐっ!?」

グイッ、ギュンッ

「「なっ!?」」


左右から支えられる形だったのですんなり宙に釣り上げられ、"銀蘭"の方へ向かって飛んで行く男の姿に周囲の男達が声を上げる。

それにはウルガーやアーロンも気づき、驚きながらも何とかその男を連れ戻そうと指示を出した。


「おい!何をしている!早くアイツを連れ戻せ!」

「チッ、ロープを投げ掛けるのが得意な奴はっ!?」


連中がそんな事を言っている間に件の男は俺が盾で作った壁のこちら側に到着し、両手両足をだらりと垂らしたまま頭部だけを動かして窒息を逃れようとしている。

この状況でもフェリスの傀儡化を解除しないのか。

そう思っていると……男が苦しげに言葉を発する。


「ぐ……離、せ……俺が、死んで、も……自由には……」


そんな男の様子に、"銀蘭"の面々はコイツがフェリスを操っているのだと察したようだ。


ヒュンッ、ピタッ

「動くな。誰か、コイツを拘束して!」


ルカさんが男の首に剣を当てて周囲の人達にそう言うと、すぐに男は後ろ手に拘束されて跪かされた。

なので、俺はここで男の首に掛けた魔力の糸を緩める。


「ゴホッ、ゴホッ、ハァ……ハァ……」


男が呼吸を整えていると、"宝石蛇"のほうから怒号が聞こえてきた。


「貴様らぁっ!」
「そいつを返せっ!」


盾の壁は横になったタイアを隠せれば良かったので、その高さは俺の胸ほどまでしかない。

捕えた男の様子は跪かされるまで"宝石蛇"のほうにも見えており、それを黙って見ているつもりはなかったらしい連中ではあったが……やはりこの男に死なれては困るのか、喚きはしても迂闊に動くことは出来なかったようだ。

そうして捕らわれた男の姿が壁で見えなくなると、ウルガーが"宝石蛇"にある指示を出した。


「連中に攻撃を仕掛けろ!捕えられた奴も回収できなければ始末していい!」

「っ!?」


聞こえてきた指示に、捕らわれた男は息を呑む。


おそらく、ウルガーは交渉によってフェリスの傀儡化を解除される可能性を考え、最悪フェリスを動けないままにできればいいと判断したのだろう。

生殺与奪の権利を握られてしまえば、余程の忠義がない限りは応じてしまう可能性が小さくないからな。

即座にその判断ができたということは、この状況も想定はしてあったのか?

それをこの男がどう思ったか……交渉の隙が出来たかもしれないな。

だが、とりあえずは"宝石蛇"の襲撃を抑えるほうが先だ。


「っ!この男を連れて拠点へっ!」


ルカさんはそう指示を出すが、流石にお互いの顔がわかるほどの距離では間に合わないだろう。

フェリスの拘束に魔力的なリソースを割いている今、あの数を一度に対応するのはかなり厳しい。

となれば、見ただけでも連中の動きを止められるような存在が必要か。

"銀蘭"でそれが出来そうな人は……ウルガーの評価からタイアなら何とか出来たのかもしれないが、彼女は気を失っているようだ。

それが何故なのかははっきりしないが、そうなると誰も"宝石蛇"を止められないことになる。

ああもう、この際だからも使ってしまうか。

というわけで……俺は左手に赤い石を作成すると、それを魔鎧に干渉させて炎でヤマタノオロチを作り出す。


ボボボォウッ!

「なっ!?あれは……おいっ!あれがそうなのかっ!?」


これを実際に見たことがないアーロンは、大声で後ろにそう問い掛ける。

それに対し、実際に"牛角亭"で見た者がいたのか同じく大声で答えが帰ってきた。


「そっ、そうです!あれは"フラード"って奴の仕業です!」

「「っ!?」」


その発言によって"宝石蛇"だけでなく"銀蘭"の人達まで驚きの表情をしているが……今はそれを気にしている場合ではない。

"フラード"は元々連中の行動を牽制するために用意した存在だし、適任だと判断してここで使うことにしたのだ。

今回の件が片付けば役目を終えたとして今後は使う機会がなくなるかもしれず、前世の姿を利用していることもあって若干の寂しさはあるが仕方ない。

さて。


「「おおおっ!」」

ブォンッ!ドガァッ!

「「ぐあぁっ!」」


俺は炎のヤマタノオロチを前方に陣取らせるとこちらへ近づこうとする者を払い除け、地面に叩きつけて威嚇したり、飛んでくる矢を叩き落としたりする。

それによって連中は前に出るどころか少し後退し、ウルガーやアーロンの攻撃命令が出ても矢が飛んでくる程度に抑えられた。

そうして時間稼ぎをしている間、俺は捕らえた男に語り掛ける。


『あちらはお前を見殺し……いや、なんなら進んで殺す気だ。だが、俺ならフェリスを解放すれば命だけは取らないように言ってやるぞ』

「っ!?それは……本当か?」


あえて"フェリス"と呼び捨てにすることで、俺に彼女への発言権が多少なりともあるように思わせた。

これでこの男への提案内容が実現可能なものだとまで思わせられるかはまた別の話だが……ウルガーの指示を聞いた以上、男は向こうに戻ったとしても始末されるかもしれないので俺の言葉に乗るしかないはずだ。


『今のようにフェリスの傀儡化を解除される可能性がある以上、彼女を操った時点でお前を殺し二度と動けなくするだけでいいと妥協するかもしれないぞ』

「……」


俺は言葉を続けるもその約束を反故にする可能性がないわけではなく、この男も疑わざるを得ないのか黙って考え込んでいた。

そんな男に俺は決断を急がせる。


『断るのなら……お前を殺すのが俺になるだけだ』

「っ!」


"宝石蛇"を1人で押し留めている俺のその言葉に、男は自分の生き残る可能性がこれしかないと判断したのか……最後に確認しつつも俺の提案に乗ってきた。


「ほ、本当に助けてくれるんだな?嘘だったらまたすぐにあの女を操ってお前にけしかけるぞ?」


すぐに、か……まぁいい。


『ああ。ちゃんと命は助けてやってくれと言ってやる』

「……わ、わかった」


恐る恐るではあるが、俺の言葉を信じるしかないと判断した男は一言呟く。


「り、"解放リリース"……」


その言葉と共にフェリスを覆っていた魔鎧の負荷が減り、彼女が自由になって拘束の必要がないほど大人しくなったのを確認する。

さっきまではこの状況から逃れたい気持ちの現われか、彼女の足を動かさせようとし続けていたからな……


「か、解放したぞ?本当だ!だから……」


要求通りにフェリスを解放したので自分も解放を、と言いたげな男。

そんな男に俺は応え、約束を守る。


『ああ、わかってる。それで……命だけは助けてやってくれませんか?』

「お断りよ」

バシャンッ


その声が後ろから聞こえた直後、男の頭は一瞬にして弾け飛んだ。
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