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第79話
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静かになった"牛角亭"の食堂で。
フッ
『ふぅ』
"宝石蛇"の一団を追い出した俺が、左手から生えている炎のヤマタノオロチを消して一息つくと……厨房の方からぞろぞろと人が出てきた。
全裸やそれに近い女性が多いのだが、その中から中年の男性が出てきて俺に恐る恐る話し掛けてくる。
中肉中背の、気弱そうというか温厚そうな人だな。
「あ、あの。ありがとうございました」
お礼から始まった彼の話によると……彼はここの支配人であるらしく、彼の娘さんが赤いスカーフを巻いた売っていない従業員だったそうだ。
その娘さんが、店全体を無理矢理貸し切りにした"宝石蛇"の連中に手を出され始めたので止めようとしたところ、それを抑えてティリカさんがあの男に苦情を言いに行ったらしい。
やはり怪我人が出るのを防ごうとしたようだ。
彼女はそこまで年上というわけではないが、女性陣のまとめ役のようなポジションらしいしな。
その後は俺が知っている通りだということだ。
一通りの経緯を聞いたところ、支配人は俺に部屋を用意すると言い出した。
「食事やお酒もご用意しますし……誰でもとは言えませんが女性の方も」
「あ、じゃあ私が!」
その発言にティリカさんが元気よく手を挙げるが、
「じゃあ私も」
「私も!」
「よ、良ければ私も……」
と、何人かが続けて手を上げる。
中には手で隠していた部分を見せてアピールしてくる女性もおり、中々嬉しい光景になるが……俺はその申し出を断った。
『いえ、連中が俺を狙って報復に来るかもしれませんので』
お世話になるとして……今の姿は魔鎧で30代の日本人男性に見えているだけで、肌や服の感触を伝えられるようにしても実際に着ている服との違いに気付かれる。
食事や宿泊だけにするとしても、この状況からいって女性達の接触が多くなりそうだからな。
そうなれば俺の正体を気にされるだろうし、その追求を躱し続けるのは面倒なので出て行くつもりだ。
"宝石蛇"が俺の言葉を無視してここへ来る可能性はあるが、"コージ"としてまたここに来るつもりなので問題ない。
まぁ……俺の言葉が正しく伝わっていればだが、フェリスを無害化というか、傀儡化するという失敗できない作戦の前だし、余計な戦力低下は避けると思うのだが。
さっきの連中を1人も殺さなかったことで、報復という名目も使いにくいだろうしな。
そういうわけで、支配人らの申し出を辞退した俺は"牛角亭"を出ると伝えると、ティリカさんがスッと身を寄せてくる。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
『え?えーと……』
この姿のときの名前か、考えてなかったな。
前世の名前はすでに使っているし、もちろん現世の本名を名乗るわけには行かない。
姿はともかく、名前なら誰かに似てても問題ないよな。
うーん……
何か適当な名前をと考えていたところ、そんな俺の様子にティリカさんが何かを察した。
「あ、そっか。"宝石蛇"の連中に伝わっちゃいけないから教えられませんよね」
『あぁ……』
言われてみればそうだな。
連中が俺の事を調べる過程でどんな手段を使うかわからないし、その結果白状してしまう人も出るだろう。
ただそうなると……どうせなら適当な名前を名乗っておき、その名前を元にした間違った指針で俺の捜索を混乱させるか。
顔を見せている以上、他の人が俺に間違われることはないだろうしな。
そう考えて俺は名乗ることにする。
『いや。俺の名前は教えておきますし、聞かれたら遠慮なく教えてやってください』
「え、いいんですか?」
『ええ。連中がここの人達に手荒い聞き込みをしてくるかもしれませんからね。ここに来たのは初めてだと言ってありますし、名前だけでもわかれば成果はあったと納得して引き下がるかもしれませんから』
「……」
名前を教える理由としてここの人達のためだと言ったが、そのせいなのかティリカさんの目に熱が籠もる。
というか……ティリカさんだけじゃないな。
適当にでっち上げた理由なので気不味い。
なので俺はさっさと名乗り、とっとと立ち去ることにした。
『俺の名はフラードです。聞かれたらそう答えてください』
これは偶々知っていた詐欺などの意味を持つ単語で、俺には丁度いいだろうと採用した。
そう名乗るとティリカさんが呟く。
「フラード様……」
様?まぁいいか。
どうせ会う機会はほぼないだろうし、気にしないでおこう。
というわけで……女性陣の熱い視線に見送られた俺は、"牛角亭"を出て"銀蘭亭"へ向かうことにした。
"宝石蛇"がフェリスを傀儡化するという件について、"銀蘭"の事務所へ伝えてもらうためである。
あそこの事務所は男1人で不用意に近づかないほうがいいだろうからな。
さて、さっきの"宝石蛇"が監視を残している可能性は……解除したように見せかけて連中に括り付けたままだった魔力の糸がすべて範囲外となって消えているので、その心配はしなくていいようだ。
それでも俺が"牛角亭"から出ていくところは通行人に見られているだろうと考慮し、路地裏に入り込んで一旦透明になると浮遊して"銀蘭亭"へ向かった。
で、透明なまま"銀蘭亭"に到着すると……ここは無事なようで、店は普通に営業していた。
一組の客が入っていき、俺も入店しようとしたのだが……ここでふと、頭に懸念点が思い浮かぶ。
それはフェリスの傀儡化について伝えるときの姿についてであり、見ず知らずの人間が伝えてすんなりと"銀蘭"へ伝えてくれるかという点だ。
内容的に無視はできないはずだが、"銀蘭"を混乱させるための偽情報である可能性も疑われてまともに受け止められないかもしれない。
であれば、一応の知人である"モーズ"として、ニナに伝えるほうが良いだろう。
戻ってきていればではあるが、"金獅子"の輸送隊を利用して戻ってきている可能性はある。
後は……伝えるべきことを伝えて帰るつもりだったが、店員に何かを伝えてすぐ帰るという形は不自然だよな?
俺が伝えた情報で"銀蘭"が特殊な動きを見せれば、その直前に入店してすぐに退店した"モーズ"が怪しまれる。
"牛角亭"で追い返した連中はそこで遭遇した俺の事を報告するだろうし、俺がフェリスの傀儡化について聞いていることも報告すると考えたほうがいいだろう。
まぁ、口を滑らせたことによる処罰を避けようとしてその件は報告しないかもしれないが……
とにかく、その件も報告されていれば"牛角亭での俺"が聞いた情報を"モーズ"が"銀蘭"に伝えたのだと疑われ、その2人に繋がりがあるのだと疑われる。
そうなると"宝石蛇"は"モーズ"にも目をつけるだろうし、"モーズ"として関わっている人達にも目をつけて迷惑を掛けそうだ。
んー……じゃあ、夕食はまだだしここで食事していけばいいか。
魔鎧は顔の周囲を覆う形で別人を装うと、物を口に入れたら消えたように見えてしまうので口の中まで魔鎧でコーティングしないといけないな。
どこまで口の中が見えるのかという点において、情報を伝える店員がどの程度俺の動向に注目するかわからないし。
というわけで、俺は少し離れた路地裏で"モーズ"になると、魔鎧の下の顔を以前も使った前世の海外俳優に変えて"銀蘭亭"に入店した。
賑わう店内に入って手の空いている店員を探していると、テーブルの間を縫って忙しなく動いている店員の中から1人の女性店員がやって来る。
前世にあったファミレスのように席への案内をする店ではないのだが、入口で立ち止まっている俺が何かに困っていると思われたようだ。
「いらっしゃいませー!お食事ですか?部屋の方は空いてませんが」
『ああ、食事のみです。1人なのですが……』
俺と歳の近そうな女性店員にボイスチェンジャーを使った声でそう返すと、彼女はクリっと頭を傾ける。
「……あれ?」
『何か?』
「あ、いえ。お一人ならあちらの席を使っていただけますか?混んでますので」
『はあ』
少しおかしな様子を見せた店員だったが……すぐにカウンター席へ俺を誘導して「注文が決まったら空いてる店員を捕まえてくださいね」と言い、壁に掲げてあるメニュー表を指して去って行った。
とりあえずは注文するものを決め、それが届くまで店内を見渡していると……ニナが居た。
フェリス達がダンジョンから戻って来るのは2日後のはずだが、やはりあいつは"金獅子"の輸送隊に便乗して一足先に戻ってきていたようだ。
まぁ、先んじて報告することはあっただろうからな。
しかし……戻ってきた当日にここの仕事か。
加えて"銀蘭"の事務所への報告もしているだろうから大変だなぁと思いつつ……メニュー表の隣に追加で下げられていた"本日のおすすめ"に決め、近くを通った店員を捕まえて注文した。
そうして、注文が来るまでニナを見ていると……他の店員と同様に店内を忙しなく行き来しており、今も空いた席に残る食器などを店の奥へ運んでいく。
俺の話を聞いてすぐに"銀蘭"の事務所へ向かうのかもしれないが、暫くすれば暗くなって危ないよな。
一緒に"銀蘭"の事務所に向かえば俺が情報を伝えたことが丸わかりだろうし、透明になってコッソリ護衛しようかと考え食後に声を掛けることにする。
『ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ふぅ』
スッ
俺は食事を食べ終えると半開きにしていた兜の面を下げ、ニナを再び探そうとしたところ……
「食事はお済みですか?」
と、後ろから声を掛けられた。
『居たのか』
「ええ。貴方をご案内した娘が気を利かせたようで」
『気を……って、どういうことだ?』
そう聞いてみるとニナは若干顔を赤くし、俺に口を寄せて小声で答える。
「その……以前、空き部屋でお相手したのを知られておりまして」
『あー……あの時のか』
イリスに手を出されないようにと、ニナが俺を空き部屋に連れ込み咥え込んできたときのことだな。
俺はヤるだけヤッてその要請を断り、ニナを部屋に残して出ていった。
そこだけ聞くと俺が酷いやつに思われかねないが、その話を受ける気はないと答えた上で咥え込んできたのはニナだからな。
その時の事を思い返しながら俺は言葉を続ける。
『部屋から出るところを見られたか』
「いえ、入るところから見られていたようで……」
『から?ってことは……話していた内容を聞かれていたのか?』
「いえ。私のアノ声が少し聞こえていたぐらいだそうで。そのあと部屋から出てきた私の顔で何をしていたかは明らかだったようでして」
若い娘に見えたのだが……この宿の従業員が身体を売っていなくても外から連れ込む客はいるようで、行為中やその前後の雰囲気には割と慣れているらしい。
『それで気を利かせた、と』
そう納得する俺に、ニナは申し訳無さそうな顔をする。
「ええ。ですが見ての通り混んでおりますし、お相手の方はちょっと……部屋も空きはありませんので、同室の娘に見聞きされてもいいのであれば私の部屋でも構いませんが」
『いや、何故そうなる』
話の流れからそうなるのはわからなくもないが……わざわざ身体を売っていない女性にお誘いをしに来るほど飢えてはいない。
「違うのですか?同室の娘も可愛いですし、私達がシていれば混ざりそうな娘でもありますが」
『……違う。ちょっと伝えておきたいことがあったから来ただけだ』
その同室の娘というのが全く気にならないというわけではないが、俺は本来の用件を済ませることにする。
「愛の告白、というわけではなさそうですね。内密なお話でしょうか?」
俺の返答に若干残念そうな表情を見せるも重要な話だと察したのか、ニナは真面目な顔に戻して確認してきた。
『ああ。外部には俺から伝わったことも伏せておきたいし、その上でこの情報は"銀蘭"に伝えてもらいたい』
「それは……急いだほうがいい情報でしょうか?」
『なるべく早いほうがいいとは思うが、もう暗いし明日の朝でもいいとは思う』
そう返すと俺はニナの腰に手を回して抱き寄せる。
『よっと』
グイッ
「アンッ♪もう、いけませんよ♪」
俺が"店員に言い寄る男"を演じると、すぐにその意図を察したニナはそう言いながらも密着してきて耳を寄せた。
その耳に俺は囁く。
『"宝石蛇"がフェリスを手駒にする手段を手に入れたらしい』
「っ!?」
スッ……
驚いたらしい雰囲気で必要なことは伝わったと判断し、腰に回した手を緩める俺だったが……ニナはその手を掴み、抱き込むようにして自分の胸に押し当てた。
食事の際に籠手は外した状態なので、その柔らかな感触が直接伝わる。
ムニュ
『おい……』
「アアンッ♡もう♡……その手段についての詳しい情報は?」
抗議しようとする俺に自ら密着状態を維持して艶っぽい声を上げるも、すぐに切り替えてそう聞いてくるニナ。
そんな彼女に小声で答える。
『ないな。偶然、"宝石蛇"の連中が口を滑らせたのを聞いただけだ。最近、連中の行動が過激化しているらしいのはそれが原因じゃないかと思ってな』
「そうですか……では、明日の定期報告で"銀蘭"の事務所へ向かう娘に伝えさせます。少し接触している時間が長かったでしょうし、見ている者がいれば私が報告に行くと貴方が情報源だと悟られます」
『まぁ、そうだろうな』
俺としてはサッと伝えて去ってもらうつもりだったが、意外に話し込んで結構長めにニナを留まらせてしまってからな。
すると、ついでにといった雰囲気でニナは言う。
「でしたら、やはり私の部屋に泊まっていかれませんか?こちらに留まる時間が長いほど、情報を伝えに来たとは疑われにくくなると思いますが」
ムニムニムニ……
そう言いながら俺の手で自分の胸を捏ねるニナに多少はその気になるが……泊まれば夜這いをされそうだし、そうなれば鎧を脱がないのは不自然で怪しまれるだろう。
断ればいいだけの話ではあるのだが、断らなくてはならない明確な理由はないからなぁ。
というわけで……その申し出は断った。
『悪いが、素顔を見せるのは最小限にしたいんでな』
「はぁ、でしたら連絡先だけでも。イリスさん達に何かがあった場合、そちらへお伝えしたほうがよろしいですよね?」
『あぁ……じゃあ、"フータース"にでも連絡してくれ。俺はあそこに雇われていることになっている』
あそこに連絡が来れば、冒険者ギルドのフレデリカか孤児院のモノカさんを通じて俺に伝わるだろう。
そう考えて言ったところ、ニナは更に身を寄せ俺の手を掴む自身の手に力を込めた。
グィッ、ムニュムニュ……
それによって彼女の胸の感触がより強く感じさせられる。
「あら、そうなのですか。それはよりお誘いしたくなりましたが……今日は諦めるとしましょう。しつこく誘ってお固くなられるのは本意ではありませんし……固くなるのはこちらだけで結構ですから♡」
キュッ
"フータース"が結構大きな商会だからか、そこに所属しているというのはそれなりに高く評価される。
だからか、ニナは諦めたといいつつも俺のモノを握り込んできた。
飢えてはいないといっても、美女からここまでの刺激を受けながら誘われればその気にならないこともない。
というわけで……俺は自分の意志でニナの胸を揉むと、今回のお誘いは辞退するもこう返した。
モミモミモミ……
『……次の機会にな』
キュッ
「アンッ♡お待ちしております♡」
機会があればと返した俺に、先端を摘まれたニナはようやく身体を離す。
そんな彼女の妖しい視線に見送られ、伝えるべきことを伝えた俺は"銀蘭亭"を後にした。
フッ
『ふぅ』
"宝石蛇"の一団を追い出した俺が、左手から生えている炎のヤマタノオロチを消して一息つくと……厨房の方からぞろぞろと人が出てきた。
全裸やそれに近い女性が多いのだが、その中から中年の男性が出てきて俺に恐る恐る話し掛けてくる。
中肉中背の、気弱そうというか温厚そうな人だな。
「あ、あの。ありがとうございました」
お礼から始まった彼の話によると……彼はここの支配人であるらしく、彼の娘さんが赤いスカーフを巻いた売っていない従業員だったそうだ。
その娘さんが、店全体を無理矢理貸し切りにした"宝石蛇"の連中に手を出され始めたので止めようとしたところ、それを抑えてティリカさんがあの男に苦情を言いに行ったらしい。
やはり怪我人が出るのを防ごうとしたようだ。
彼女はそこまで年上というわけではないが、女性陣のまとめ役のようなポジションらしいしな。
その後は俺が知っている通りだということだ。
一通りの経緯を聞いたところ、支配人は俺に部屋を用意すると言い出した。
「食事やお酒もご用意しますし……誰でもとは言えませんが女性の方も」
「あ、じゃあ私が!」
その発言にティリカさんが元気よく手を挙げるが、
「じゃあ私も」
「私も!」
「よ、良ければ私も……」
と、何人かが続けて手を上げる。
中には手で隠していた部分を見せてアピールしてくる女性もおり、中々嬉しい光景になるが……俺はその申し出を断った。
『いえ、連中が俺を狙って報復に来るかもしれませんので』
お世話になるとして……今の姿は魔鎧で30代の日本人男性に見えているだけで、肌や服の感触を伝えられるようにしても実際に着ている服との違いに気付かれる。
食事や宿泊だけにするとしても、この状況からいって女性達の接触が多くなりそうだからな。
そうなれば俺の正体を気にされるだろうし、その追求を躱し続けるのは面倒なので出て行くつもりだ。
"宝石蛇"が俺の言葉を無視してここへ来る可能性はあるが、"コージ"としてまたここに来るつもりなので問題ない。
まぁ……俺の言葉が正しく伝わっていればだが、フェリスを無害化というか、傀儡化するという失敗できない作戦の前だし、余計な戦力低下は避けると思うのだが。
さっきの連中を1人も殺さなかったことで、報復という名目も使いにくいだろうしな。
そういうわけで、支配人らの申し出を辞退した俺は"牛角亭"を出ると伝えると、ティリカさんがスッと身を寄せてくる。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
『え?えーと……』
この姿のときの名前か、考えてなかったな。
前世の名前はすでに使っているし、もちろん現世の本名を名乗るわけには行かない。
姿はともかく、名前なら誰かに似てても問題ないよな。
うーん……
何か適当な名前をと考えていたところ、そんな俺の様子にティリカさんが何かを察した。
「あ、そっか。"宝石蛇"の連中に伝わっちゃいけないから教えられませんよね」
『あぁ……』
言われてみればそうだな。
連中が俺の事を調べる過程でどんな手段を使うかわからないし、その結果白状してしまう人も出るだろう。
ただそうなると……どうせなら適当な名前を名乗っておき、その名前を元にした間違った指針で俺の捜索を混乱させるか。
顔を見せている以上、他の人が俺に間違われることはないだろうしな。
そう考えて俺は名乗ることにする。
『いや。俺の名前は教えておきますし、聞かれたら遠慮なく教えてやってください』
「え、いいんですか?」
『ええ。連中がここの人達に手荒い聞き込みをしてくるかもしれませんからね。ここに来たのは初めてだと言ってありますし、名前だけでもわかれば成果はあったと納得して引き下がるかもしれませんから』
「……」
名前を教える理由としてここの人達のためだと言ったが、そのせいなのかティリカさんの目に熱が籠もる。
というか……ティリカさんだけじゃないな。
適当にでっち上げた理由なので気不味い。
なので俺はさっさと名乗り、とっとと立ち去ることにした。
『俺の名はフラードです。聞かれたらそう答えてください』
これは偶々知っていた詐欺などの意味を持つ単語で、俺には丁度いいだろうと採用した。
そう名乗るとティリカさんが呟く。
「フラード様……」
様?まぁいいか。
どうせ会う機会はほぼないだろうし、気にしないでおこう。
というわけで……女性陣の熱い視線に見送られた俺は、"牛角亭"を出て"銀蘭亭"へ向かうことにした。
"宝石蛇"がフェリスを傀儡化するという件について、"銀蘭"の事務所へ伝えてもらうためである。
あそこの事務所は男1人で不用意に近づかないほうがいいだろうからな。
さて、さっきの"宝石蛇"が監視を残している可能性は……解除したように見せかけて連中に括り付けたままだった魔力の糸がすべて範囲外となって消えているので、その心配はしなくていいようだ。
それでも俺が"牛角亭"から出ていくところは通行人に見られているだろうと考慮し、路地裏に入り込んで一旦透明になると浮遊して"銀蘭亭"へ向かった。
で、透明なまま"銀蘭亭"に到着すると……ここは無事なようで、店は普通に営業していた。
一組の客が入っていき、俺も入店しようとしたのだが……ここでふと、頭に懸念点が思い浮かぶ。
それはフェリスの傀儡化について伝えるときの姿についてであり、見ず知らずの人間が伝えてすんなりと"銀蘭"へ伝えてくれるかという点だ。
内容的に無視はできないはずだが、"銀蘭"を混乱させるための偽情報である可能性も疑われてまともに受け止められないかもしれない。
であれば、一応の知人である"モーズ"として、ニナに伝えるほうが良いだろう。
戻ってきていればではあるが、"金獅子"の輸送隊を利用して戻ってきている可能性はある。
後は……伝えるべきことを伝えて帰るつもりだったが、店員に何かを伝えてすぐ帰るという形は不自然だよな?
俺が伝えた情報で"銀蘭"が特殊な動きを見せれば、その直前に入店してすぐに退店した"モーズ"が怪しまれる。
"牛角亭"で追い返した連中はそこで遭遇した俺の事を報告するだろうし、俺がフェリスの傀儡化について聞いていることも報告すると考えたほうがいいだろう。
まぁ、口を滑らせたことによる処罰を避けようとしてその件は報告しないかもしれないが……
とにかく、その件も報告されていれば"牛角亭での俺"が聞いた情報を"モーズ"が"銀蘭"に伝えたのだと疑われ、その2人に繋がりがあるのだと疑われる。
そうなると"宝石蛇"は"モーズ"にも目をつけるだろうし、"モーズ"として関わっている人達にも目をつけて迷惑を掛けそうだ。
んー……じゃあ、夕食はまだだしここで食事していけばいいか。
魔鎧は顔の周囲を覆う形で別人を装うと、物を口に入れたら消えたように見えてしまうので口の中まで魔鎧でコーティングしないといけないな。
どこまで口の中が見えるのかという点において、情報を伝える店員がどの程度俺の動向に注目するかわからないし。
というわけで、俺は少し離れた路地裏で"モーズ"になると、魔鎧の下の顔を以前も使った前世の海外俳優に変えて"銀蘭亭"に入店した。
賑わう店内に入って手の空いている店員を探していると、テーブルの間を縫って忙しなく動いている店員の中から1人の女性店員がやって来る。
前世にあったファミレスのように席への案内をする店ではないのだが、入口で立ち止まっている俺が何かに困っていると思われたようだ。
「いらっしゃいませー!お食事ですか?部屋の方は空いてませんが」
『ああ、食事のみです。1人なのですが……』
俺と歳の近そうな女性店員にボイスチェンジャーを使った声でそう返すと、彼女はクリっと頭を傾ける。
「……あれ?」
『何か?』
「あ、いえ。お一人ならあちらの席を使っていただけますか?混んでますので」
『はあ』
少しおかしな様子を見せた店員だったが……すぐにカウンター席へ俺を誘導して「注文が決まったら空いてる店員を捕まえてくださいね」と言い、壁に掲げてあるメニュー表を指して去って行った。
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フェリス達がダンジョンから戻って来るのは2日後のはずだが、やはりあいつは"金獅子"の輸送隊に便乗して一足先に戻ってきていたようだ。
まぁ、先んじて報告することはあっただろうからな。
しかし……戻ってきた当日にここの仕事か。
加えて"銀蘭"の事務所への報告もしているだろうから大変だなぁと思いつつ……メニュー表の隣に追加で下げられていた"本日のおすすめ"に決め、近くを通った店員を捕まえて注文した。
そうして、注文が来るまでニナを見ていると……他の店員と同様に店内を忙しなく行き来しており、今も空いた席に残る食器などを店の奥へ運んでいく。
俺の話を聞いてすぐに"銀蘭"の事務所へ向かうのかもしれないが、暫くすれば暗くなって危ないよな。
一緒に"銀蘭"の事務所に向かえば俺が情報を伝えたことが丸わかりだろうし、透明になってコッソリ護衛しようかと考え食後に声を掛けることにする。
『ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ふぅ』
スッ
俺は食事を食べ終えると半開きにしていた兜の面を下げ、ニナを再び探そうとしたところ……
「食事はお済みですか?」
と、後ろから声を掛けられた。
『居たのか』
「ええ。貴方をご案内した娘が気を利かせたようで」
『気を……って、どういうことだ?』
そう聞いてみるとニナは若干顔を赤くし、俺に口を寄せて小声で答える。
「その……以前、空き部屋でお相手したのを知られておりまして」
『あー……あの時のか』
イリスに手を出されないようにと、ニナが俺を空き部屋に連れ込み咥え込んできたときのことだな。
俺はヤるだけヤッてその要請を断り、ニナを部屋に残して出ていった。
そこだけ聞くと俺が酷いやつに思われかねないが、その話を受ける気はないと答えた上で咥え込んできたのはニナだからな。
その時の事を思い返しながら俺は言葉を続ける。
『部屋から出るところを見られたか』
「いえ、入るところから見られていたようで……」
『から?ってことは……話していた内容を聞かれていたのか?』
「いえ。私のアノ声が少し聞こえていたぐらいだそうで。そのあと部屋から出てきた私の顔で何をしていたかは明らかだったようでして」
若い娘に見えたのだが……この宿の従業員が身体を売っていなくても外から連れ込む客はいるようで、行為中やその前後の雰囲気には割と慣れているらしい。
『それで気を利かせた、と』
そう納得する俺に、ニナは申し訳無さそうな顔をする。
「ええ。ですが見ての通り混んでおりますし、お相手の方はちょっと……部屋も空きはありませんので、同室の娘に見聞きされてもいいのであれば私の部屋でも構いませんが」
『いや、何故そうなる』
話の流れからそうなるのはわからなくもないが……わざわざ身体を売っていない女性にお誘いをしに来るほど飢えてはいない。
「違うのですか?同室の娘も可愛いですし、私達がシていれば混ざりそうな娘でもありますが」
『……違う。ちょっと伝えておきたいことがあったから来ただけだ』
その同室の娘というのが全く気にならないというわけではないが、俺は本来の用件を済ませることにする。
「愛の告白、というわけではなさそうですね。内密なお話でしょうか?」
俺の返答に若干残念そうな表情を見せるも重要な話だと察したのか、ニナは真面目な顔に戻して確認してきた。
『ああ。外部には俺から伝わったことも伏せておきたいし、その上でこの情報は"銀蘭"に伝えてもらいたい』
「それは……急いだほうがいい情報でしょうか?」
『なるべく早いほうがいいとは思うが、もう暗いし明日の朝でもいいとは思う』
そう返すと俺はニナの腰に手を回して抱き寄せる。
『よっと』
グイッ
「アンッ♪もう、いけませんよ♪」
俺が"店員に言い寄る男"を演じると、すぐにその意図を察したニナはそう言いながらも密着してきて耳を寄せた。
その耳に俺は囁く。
『"宝石蛇"がフェリスを手駒にする手段を手に入れたらしい』
「っ!?」
スッ……
驚いたらしい雰囲気で必要なことは伝わったと判断し、腰に回した手を緩める俺だったが……ニナはその手を掴み、抱き込むようにして自分の胸に押し当てた。
食事の際に籠手は外した状態なので、その柔らかな感触が直接伝わる。
ムニュ
『おい……』
「アアンッ♡もう♡……その手段についての詳しい情報は?」
抗議しようとする俺に自ら密着状態を維持して艶っぽい声を上げるも、すぐに切り替えてそう聞いてくるニナ。
そんな彼女に小声で答える。
『ないな。偶然、"宝石蛇"の連中が口を滑らせたのを聞いただけだ。最近、連中の行動が過激化しているらしいのはそれが原因じゃないかと思ってな』
「そうですか……では、明日の定期報告で"銀蘭"の事務所へ向かう娘に伝えさせます。少し接触している時間が長かったでしょうし、見ている者がいれば私が報告に行くと貴方が情報源だと悟られます」
『まぁ、そうだろうな』
俺としてはサッと伝えて去ってもらうつもりだったが、意外に話し込んで結構長めにニナを留まらせてしまってからな。
すると、ついでにといった雰囲気でニナは言う。
「でしたら、やはり私の部屋に泊まっていかれませんか?こちらに留まる時間が長いほど、情報を伝えに来たとは疑われにくくなると思いますが」
ムニムニムニ……
そう言いながら俺の手で自分の胸を捏ねるニナに多少はその気になるが……泊まれば夜這いをされそうだし、そうなれば鎧を脱がないのは不自然で怪しまれるだろう。
断ればいいだけの話ではあるのだが、断らなくてはならない明確な理由はないからなぁ。
というわけで……その申し出は断った。
『悪いが、素顔を見せるのは最小限にしたいんでな』
「はぁ、でしたら連絡先だけでも。イリスさん達に何かがあった場合、そちらへお伝えしたほうがよろしいですよね?」
『あぁ……じゃあ、"フータース"にでも連絡してくれ。俺はあそこに雇われていることになっている』
あそこに連絡が来れば、冒険者ギルドのフレデリカか孤児院のモノカさんを通じて俺に伝わるだろう。
そう考えて言ったところ、ニナは更に身を寄せ俺の手を掴む自身の手に力を込めた。
グィッ、ムニュムニュ……
それによって彼女の胸の感触がより強く感じさせられる。
「あら、そうなのですか。それはよりお誘いしたくなりましたが……今日は諦めるとしましょう。しつこく誘ってお固くなられるのは本意ではありませんし……固くなるのはこちらだけで結構ですから♡」
キュッ
"フータース"が結構大きな商会だからか、そこに所属しているというのはそれなりに高く評価される。
だからか、ニナは諦めたといいつつも俺のモノを握り込んできた。
飢えてはいないといっても、美女からここまでの刺激を受けながら誘われればその気にならないこともない。
というわけで……俺は自分の意志でニナの胸を揉むと、今回のお誘いは辞退するもこう返した。
モミモミモミ……
『……次の機会にな』
キュッ
「アンッ♡お待ちしております♡」
機会があればと返した俺に、先端を摘まれたニナはようやく身体を離す。
そんな彼女の妖しい視線に見送られ、伝えるべきことを伝えた俺は"銀蘭亭"を後にした。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
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自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
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レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
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異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
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カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
30年待たされた異世界転移
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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
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