マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第78話

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「っ!?お前らっ、戦闘態勢を取れ!」

「「っ!」」


空中で何かに釣られてジタバタする部下を見ると、隊長格の男は部下達に号令を掛けた。

伊達に隊長と呼ばれているわけではないようだ。

その号令に男達は武器を手に取ろうとするが……


「ん?」
「あれっ?」
「ぬ、抜けねぇっ!」


男達の腰にあった武器は魔鎧で固定してあり、近場に置かれていた長物もその場に固定した。

それをなんとか装備しようとする男達だったが、そこで全員の体が宙に浮く。


フワッ

「あっ!?」
「くそっ!」
「俺も!?」


そんな声を上げるのは部下達だけでなく、隊長格の男も似たような驚きの声を上げた。


フワッ

「チッ!どうなってやがる!?」


これだけの人数や重量を釣り上げるとなると、魔力の消費がそこそこ激しいな。

まぁ、フェリスの相手をしたときに比べれば気にならない程度ではあるが。

さて……とりあえずは男達全員が女性達から手を放したので、次は女性達を釣り上げる。


「キャッ!?」
「わわっ?」
「アンッ♡」

スゥー……


一部変わった声が上がったのは気にしないとして、俺は女性達を店の奥へと移動させた。

……男女どちらも、ロープを脇の下に通したような形で釣り上げてただけなんだがなぁ。

そうして女性達が厨房へ引っ込んだところで、隊長格の男が周囲を見渡しながら怒鳴り散らす。


「誰だぁっ!出てきやがれ!」


その声に応じて俺は一旦階段の上に戻り、"ある姿"になって降りていく。


トン、トン、トン……トトッ

『……』

「……やったのはテメェか。この辺じゃ見ねぇツラだな」


姿を現すも無言の俺に、睨みを利かせて言う隊長格の男。

この辺では見ない、というのは人種的な意味だろう。

今の俺は……前世の、日本人としての姿だからな。

練習して表情の問題はなくなったのでどんな姿でも良かったのだが、顔を隠さなくても良くなったことで誰かに似てしまう可能性があるのでこれを選んだ。

これなら他人に似てしまうことはそうないだろうし、迷惑をかけることもないだろう。

パッと思い出したのが最後に着ていたスーツ姿なのだが……その格好のせいか単独で手を出してきたとは思えないようで、隊長格の男は俺に仲間がいるのではないかと疑っているのか周囲を警戒を続けながら聞いてきた。


「何処のモンだ?俺達を"宝石蛇"だってわかっててやってんのか?」

『ああ、わかっててやってるよ。それに何処の者でもなく1人だ』


透明にしているボイスチェンジャーで前世の声を再現してそう答えると、直後に隊長格の男が指示を出す。


「ダズ!やれっ!」

「っ!」

シュッ!


その声に応じて1人の男が懐からナイフを出し、こちらへ素早く投げてくる。

指名されたのはそれを得意とする男だったからだろうが……もちろん俺の前には魔鎧で壁を作っていた。

その表面を剣山というか歯ブラシのようにしていたので、ナイフはブラシ部分に挟まり空中で静止する。

俺はそのナイフを掴み、階段の方へ投げ捨てておく。


カランッ

「なっ……グッ!?」


投げた男は驚くが、それと同時に自分の首に手を当てた。

その首には細い線がぐるりと出来ており、何かで絞められていることが明らかだ。

もちろん、俺が魔力の糸でやっていることだが……一旦、その糸を緩めて男は呼吸を取り戻す。


「ゲホッ!ゴホッ!ハァ、ハァ……」


その様子を見た隊長格の男が俺に視線を戻す。


「何日か前に、街の入口で似たような手口を使う女にやられたって新入りどもがいたらしいな。そいつらはその女をダンジョンで襲うからって仲間を連れて出てったそうだが、それからは行方不明だと聞いている」


聞いている、ということは……この男はそのとき街におらず、最近ダンジョンから戻ってきたんだろうな。


『……』


質問されたわけではないので黙っていると、隊長格の男はその態度で察したようだ。


「……テメェか」

『ああ、そうだ』

ザワッ


犯行を認める俺に男達がざわつく。

単純な驚きもあるようだが、自分達が同じ目に遭う可能性を危惧している者もいるようだ。

そんな中、隊長格の男は俺を眺めると冷静に交渉してきた。


「目的は何だ?ここにお気に入りの女でもいたのか?」

『いいや。ここに来たのも初めてだ』

「なら何で首を突っ込んできた?それに上から降りてきたな?来たことがねぇなら何で上に居た?」

『いろんな宿が貸し切りでね。せめて部屋だけでも空いてないかと尋ねようとしたら、中から揉めてる声が聞こえてきたんでな。手を貸してお礼に部屋をって流れに期待して、2階の窓からお邪魔させてもらって様子を見てたんだよ』

「チッ、偶然だってのかよ。大人しく出てきゃ見逃してくれんのか?」

『……』

チラッ


その言葉に俺はこの男の部下達に目を向けるが、男はそれに言葉を続ける。


「こいつらに文句は言わせねぇよ。そいつを殺すのがお前から俺になるだけだ」

『……』


判断が早いな、この状況は不利だと考えてすぐに撤退を選んだぞ。

しかし当然報復が予想されるので、大人しく出ていくだけで帰すわけにはいかない。


『それだけではダメだな。今後、"宝石蛇"がこの店とその関係者に手を出さないようにできるか?』

「俺の立場でそこまでは約束できねぇよ。ここが俺のお気に入りだって言って、同格かそれ以下の連中を普通の客にできる程度だ」


その程度の立場で今日のようなことができるということは、フェリスを無力化するという件がかなり影響しているのだろう。

ならばとそこに探りを入れる。


『それだけでは十分とは言えないな。だったら……代わりにさっきの話を詳しく聞かせてもらおうか』

「さっきの?」

『ああ。"撲殺姫"がただメスになるとか言っていたな?どうやったらそうなるのかを教えろ』

「ハァ?何でテメェがそれを知りたがる」

『あー……とても強いと聞いているし、自分にも可能ならと思ってね。言いなりになるんなら手駒として使うこともできるだろう?』


フェリスに伝えるためだとは言わず、俺も彼女を利用したいからだと言ってみたが……男は納得するも首を横に振る。


「ふーん……まぁ、無理だな。言えねぇよ」

『死ぬほうがマシだと?』

「そうじゃねぇ。言わねぇじゃなく言えねぇっつったろ?知らねぇんだよ、方法なんて」

『ハァ?じゃあ、どこからその話が出てきたんだ?』

「そりゃあ、うちの上の人らだよ。どっかで手に入れた何かを使って"撲殺姫"を言いなりにするって話でな。それで"銀蘭"を気にせず街の女に手を出していいっつーか、むしろ積極的に手を出せって指示が出てんだよ」

『……どういうことだ?その話が確かでなければ"撲殺姫"に殺される可能性もあっただろうに、何の確証があってその指示に従った?』

「上の指示に従うのは当たり前だろ。まぁ俺ぐらいの立場じゃ確証はねぇが、もっと上の人らは実際に見せられて確証があるらしいしな。それにあの女のせいで目をつけた女に手を出せねぇって不満が溜まってるやつも多いから、それが解消できるんならって喜んで従ってるやつばかりだぜ」


男の返答に納得はできなくもないが、街の女性を積極的にという指示が気になるな。

……フェリスが出てくるのを望んでいるのか?

彼女を無害化する方法が確立したのなら、"宝石蛇"側から仕掛けるのもわからなくはない。

念の為にもう一度聞いておく。


『目をつけられた相手からすれば勝手な話だな……本当にその方法は知らないのか?』

「知らねぇよ。つーかうちの後ろ盾になってる家が手に入れてきたモンだから、お前が知っても手に入らないんじゃねぇか?」

『うーん……』


"宝石蛇"の後ろ盾が何処かの貴族だとは聞いているが、影響力を考えるとかなり高位の貴族なのだろう。

そのぐらいでないと手に入らない手段か……マジックアイテムや呪いだろうか?

どちらにしろ、実行方法がわからないと対処のしようがないな。

そう考え込む俺に隊長格の男は見逃してもらえないと思ったのか、追加で条件をつけて解放を望む。


「お、おい。方法がわかったら教えるし、お前のことも上には報告しねぇ。少なくとも俺達はこの店や関係者にも手は出さねぇから解放しちゃくれねぇか?」


俺のことを組織に報告しないというのはかなりの利点ではあるだろうし、それで隊長格の男は解放に期待したようだが……俺は首を横に振る。


『ダメだな』

「何でだよ!?店の奴らには感謝されるだろうし、部屋だけでなくメシや女も何人かは用意してもらえるんじゃなぇか?」


そう返す男に俺は再び首を横に振る。


『違う。俺のことは"宝石蛇"に必ず報告しろ』

「ハアァッ!?い、いいのかよ?」

『問題ない。俺の力は身を以て知っただろう?それもしっかりと伝えるといい。それならお前があっさり退いたこともそこまでは責められないだろう』

「な、何で……」

『俺は追手を放たれても対処できる自信がある。ここに手を出さないという約束も、お前だけがしたものだと扱われてお前以外の者がここを襲うかもしれないが……』

「「ぐっ」」


俺はそこで、男達全員の首を軽く締めて宣言する。


『今後、俺は人に危害を加える"宝石蛇"を狩ることにする。ダンジョンの中で偶然始末することになった連中のようにな』


あくまでも観測できた範囲に限られるし、"宝石蛇"に非がある場合に限るが。

これでイリスを襲っていた連中の件でイリスが疑われることもなくなるだろうし、偶然だと言っている以上はイリスがこの姿の俺と通じているとは思われないはず。

もちろん、知人である可能性を考えてイリスに手を出してくる者もいるだろうが……そのときはすればいい。

"コージ"としてイリスと一緒にダンジョンから出てきた事を知られた場合は、この姿の男から押し付けられたことにしよう。

そう考えていた俺に、隊長格の男は訝しむように聞いてくる。


「お前……"宝石蛇"にケンカを売る気か?」

『売る気はない。"宝石蛇"が他人に売ってるのをかすめ取るだけだ』


フッ

「うおっ」
「うわっと」
「グェッ」


俺は答えると同時に男達を解放し、店の入口を指した。

その意図は問題なく通じたようで、隊長格の男は部下達に命令を下す。


「……お前ら、別の店で普通に金を払って普通に楽しんでおけ。俺は報告に行く」

「「はっ!」」


男の命令にそう返すと、部下達は荷物を持って店を出ていく。

そんな中、最後まで残っていた隊長格の男。


「お前を襲うって名目でここが狙われるかもしれねぇぞ?」

『さっきも言ったように、俺は人に危害を加える"宝石蛇"を狩る。ここでと言うのであればそれでも構わないが、わざわざ他人の多い場所で狙ってくるのなら……』

ボゥッ

「っ!?」

『その時点で"宝石蛇"全体を俺の標的としよう』


俺は答えながら、火の魔法に使う触媒である粉末の原石だったらしい赤い石を使い、炎を纏った魔鎧でヤマタノオロチを表現して見せる。

その造形はだいぶ適当なのだが……目には目を、歯には歯を、蛇には蛇をという意味を込めて。

そこまで通じたかはともかく。

これで魔法を使えるという要素も増え、俺に狙われることを避けて大人しくなるかもしれない。

その効果は少なくとも目の前の男にはあったようで、軽く頭を振って溜息を付く。


「……ハァ。それも報告しておくぜ」


そう言うと隊長格の男も去っていき、店内には暫しの静寂が訪れたのだった。
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