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第75話
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「うーん……」
翌朝。
まだ薄暗い時間に俺が起床すると、試しに植えてみたミニトマトが一晩で収穫可能な大きさに育っていた。
育成が目に見えてわかるようにとミニトマトを選んでいたのだが、これなら葉物の野菜でも育成の度合いはわかっただろうな。
植えていたプランターには自動で給水されるように水の入ったペットボトルがセットしてあり、その水は3分の1ほど減っている。
植えた種は3つなのだが、この減った分の水が全てのミニトマトに必要な水分量だったのだろうか?
育つ速さに関しては……この第4区の草原で丈の長い草を切り払ってもしばらくすれば元の長さに戻るし、それが急速に成長しているからであればその性質がミニトマトにも影響したのかもしれない。
しかしこのミニトマトはプランターの中で育っており、下の地面には触れてすらいないのだが……
まぁ、これについては別の野菜で試してから考えることにしよう。
問題は食用として問題ないかだな。
早く収穫できても食べられなければ意味がない。
他人で試すわけにはいかないので、道中の魔物にでも……って、意思の疎通ができるわけじゃないし、異常があっても余程派手な反応がないと把握できないか。
となると……自分で試すしかないな。
そう考えた俺は魔力で"解毒剤"を作成する。
これがあるから自分で試す気になったのだ。
まぁ、万が一の際には飛んででも"銀蘭"の拠点に行って、あそこにいた聖職者に治癒魔法を頼んでみよう。
フェリスが今後もビーフジャーキーを望むのであれば、その代価を治癒魔法でチャラということにしてもいいし。
さて。
俺は赤くなったミニトマトを1つもぎ取る。
茎と葉やヘタに存在する毒性は実にも存在するらしいが、それは育成中のみで完熟していればなくなるというのが常識だった。
これは前世の話だが……これだけ赤くなっていれば大丈夫だよな?
解毒剤はラベルなどがないガラスの小瓶に入っており、前世で存在したものではないと思うが昔作成した傷薬同様に結構な魔力を消費したし、効果は確かだろうから心配はないはずだ。
というわけで、俺はミニトマトのヘタを取ると表面を軽く拭き、少しだけ齧ってみる。
モシュッ
そんな音と共に口内で程良い酸味とほのかな甘みが広がり、数回咀嚼してみるが特に異常は起きなかった。
中毒症状を起こすほどの毒性があれば舌がピリついたりするようだが……普通に美味しいミニトマトだ。
そのまま中毒を警戒しつつ、テントの撤収などを終えてしばらく様子を見るも異常は出ず。
とりあえずは食べかけの物をすべて食べ、完熟しているであろうミニトマトを全て収穫してクッション性のあるタオルを詰めた小箱に収めておいた。
うーん、たまたま俺が大丈夫だっただけの可能性もあるよな……よし、ダンジョン内で見つけたと言って"フータース"に持ち込もう。
あそこなら色々と調べる手段があるかもしれないし、ウェンディさんも何か手に入れたら納品してくれと言っていたからな。
現世でトマトを食べたことはないが……まぁ、この世界に存在していなかったとしても、ダンジョンで見つかったものなら"正体不明の実"ぐらいはあり得る物として受け入れられるだろう。
少なくとも現時点では危ない物ではないだろうし、普通に調べてくれると思う。
調べた結果このミニトマトをもっと欲しいと言われても、見つかったのがダンジョン内となれば次の機会が来なくても諦めはつくだろうから栽培しなければいいだけの話だ。
そう考えた俺は、ミニトマト以外の物が腹に入ると調査に影響が出るかもしれないと思って我慢していた朝食をおにぎりで済ませ、洗口液で口内を洗浄して身支度を終える。
あとは……ミニトマトとプランターをどうするか。
トマトは気候によって何年か実をつけると聞いたような気がするんだよな。
そうすると、このまま放っておけばまた実をつけるかもしれないのか。
ただ、一晩でこの結果だと2、3日経ったら熟しすぎて実が落ちる可能性もある。
その辺りのことも確認しておくため、ミニトマトの栽培セットには水と液体の肥料を追加して山頂の中心に置いておくことにした。
まぁ……育ちすぎたとしてもただのミニトマトだし、危ない事にはならないよな。
ミニトマトのことはそれでいいとして、遠くに見える"金獅子"の拠点前には多くの人影が集まっている。
荷車もかなりの数だし、あれが今日街へ戻る予定の輸送隊だろう。
あれだけ多いと進みは遅いだろうし、追いついたことで便乗しようとしていると思われては面倒なので、あれより先に出発するとしよう。
そうして、姿を"モーズ"に変えた俺はリヤカーと共に透明になって山頂から降りた。
で、何事もなく第2区まで戻ってきた俺は夕暮れまでここで魔石を稼ぐことにする。
もちろん、モノカさんの孤児院を経由して"フータース"に納品する分だ。
前回持ち込んだ分は割と短い期間で仕分けできていたし、孤児院側に"フータース"への納期があるわけでもないので多すぎても困りはしないだろう。
そう考えて今回は前回の倍ぐらいの量を目安として稼ぐことにする。
1人でやるとなれば魔石の回収作業は魔力で作成した水を使って洗浄できるので、イリス達にやらせるよりも手早く終えることができるはずだ。
よし、やるか。
そうして探知できた魔物を狩り、順調に魔石を集めていると……
ザッ、ザッ、ザッ……
ガラガラガラ……
ザワザワザワ……
暫くして、遠くから大勢の人の足音や声が聞こえてきた。
大量の魔石が集まっている反応もあるし、"金獅子"の輸送隊だろうな。
進みが遅いとはいえ地図によって最短ルートを通ってきているはずだから、まだお昼前のこの時間にここまで戻ってこれていても不思議ではない。
この第2区なら後をついて行ったって便乗だとは思われないだろうが、俺はまだ稼ぐつもりなので帰還ルートには近づかないでおく。
その後、魔石の反応から"金獅子"の輸送隊が第1区の方へ遠ざかったのを確認し、俺は休憩を挟みつつ魔石刈りを続行した。
ザワザワザワ……
ダンジョンから出ると広場には若手の冒険者達が大勢居たが、その割には彼等を客とするはずの女性達は少なかった。
その様子の珍しさに辺りを見渡していると、冒険者の1人が俺に声を掛けてくる。
20歳前後に見えるが、あちらもダンジョンから戻ったところだからか幾分疲れたような顔をした男だ。
「ん?なんだ、お目当ての女が見当たらないのか?」
『そういうわけではありませんが、いつもより少ないなと思いまして』
「アンタ、この街には来たばかりか?ダンジョンの奥の方に行ってた大手のカンパニーが戻ってくりゃ、女はみんなそっちに売り込みに行っちまうよ」
『あぁ……稼いでそうですからね』
簡単に言えば出稼ぎから帰ってきたわけだし、彼等のほうが金払いは良いと判断して売り込みに行くのは当然か。
男は頷くと俺のリヤカーに目を向ける。
「ああ。まぁその荷車を見るに、人数次第ではアンタのところも稼げてはいそうだが……」
『それなり、ですかね。一応第4区から帰ってきたところなんで』
「え、街に来たばかりじゃないのか?」
『それはそうなんですが』
「ってことは……来る前にどこかで腕を磨いてたってことか?」
『まぁ、そんなところですね』
森にいた頃は修行期間だと言えなくもない。
なのでそう答えた俺に、男は軽くため息を付いた。
「フゥ、変な絡み方しなくて良かったぜ。外町の安い女を紹介するところだった」
『外町?あぁ、この街のすぐ近くにあるあそこですか?』
「そうそう。あそこだとサービス自体はイマイチなんだが、安くたっぷり抜けるからな」
確か、この街に流れ込む川から分かれた支流を跨ぐように存在するのが外町だったか。
この街に入る列で、後ろに並んでいた人達が話していたな。
『んー……今のところ行く予定はありませんね』
「ま、稼いでりゃそうだろうさ。川のお陰で汚れてる奴は少ねぇが、税金を払えなくなってこっちに居られなくなったって奴が多いからな。飯も女も代金自体は安いが、ちょこちょこ金をせびって来るからそのやり取りを楽しめないんなら行かないほうが良い」
男は肩をすくめてそう返すと、俺に背を向けて去ろうとし……何かを思い出したのか、くるりと振り返って周囲を警戒しながら小声で言う。
「あぁ、そうだ。ちょっと前に4区から戻ってきた"宝石蛇"って大手のカンパニーの連中なんだが、昨日辺りから変な動きしてるから絡まれねぇようにしときな」
『変な動き?』
「ああ。何と言うか……元々素行は良くねぇが、前よりも遠慮がなくなってるみてぇなんだよ。特に女関係なんだが、これまでは"撲殺姫"が動くのを恐れてまだ控えめだったんだけどな」
ってことは……フェリスを恐れなくてもよくなる"何か"があったってことか。
"銀蘭"の拠点でもそんな話を聞いたな。
そうなると"銀蘭"自体にも影響はありそうだし、時間があったら"銀蘭"の事務所や"銀蘭亭"の様子を見に行ってみるか。
急いで伝えるべき事が起きていても、俺なら短時間で第4区まで伝えに行けるしな。
そう考えていると男が今度こそ去ろうとする。
「じゃ、そんな状況だから絡まれると厄介な事になるし、金に余裕のありそうな態度取ってると連中に集られるかもしれねぇから気を付けてな」
『あ、はい。ありがとうございます』
俺の言葉に男は軽く片手を上げ、人混みの中を去っていった。
おそらく売っている女性を紹介しようとしたらしいが、大手のカンパニーに売り込んでいない時点で何らかの問題を抱えている人だったのかな?
まぁ、女体に興味はあっても飢えているわけではないので、紹介されても断ってただろう。
でも、俺にその女性を紹介することを諦めた後でも"宝石蛇"について忠告してくれたぐらいだし、良い人ではあったんだろうな。
ふむ、覚えておけたら覚えておこう。
そんな一幕を終えた俺は孤児院へ向かうと、門から中へ繋がる紐を引いて呼び鈴を鳴らす。
少し待っていると孤児院の玄関のドアが開き、隙間からニュッとネロが顔を出した。
この孤児院の子で、無表情ではあるが肉体関係込みで俺の使用人に、などと言う積極的な娘である。
「っ!」
そんな彼女は俺の姿を見るとササッと玄関から出て、タタタッと門に駆け寄ってきた。
門を挟んですぐ近くまで来たネロに声を掛ける。
『よう、今日も……』
「っ!?」
ザッ、ババッ、ザザッ
リヤカーを指差し、今日も魔石を持ってきたことを伝えようとしたところ……近くまで来ていたネロは急ブレーキを掛け、格闘ゲームのキャラクターのようなバックステップで来た道を戻っていった。
その理由がわからなかった俺は彼女に尋ねる。
『え?どうしたんだ?』
「……誰?」
『誰って、モーズだが』
「違う」
『違う?何がだ?』
「声」
『声?……ああ!』
そう言えば、前回ここに来たときは喋れない設定だったな。
それで俺は筆談をしていたし、ネロは俺の声を知らなかったから警戒をしていたわけか。
そう推察した俺は喋れるようになった経緯を説明するも……ネロは首を横に振った。
「違う」
『違うって……今、事情は説明しただろう?』
「そうじゃない」
『そうじゃないって、どういうことだ?』
喋れるようになった事情を説明しても警戒を続けるネロに、俺は再び説明を求めると……こんな答えが返ってきた。
「モーズの声は前来たときに聞いている」
『えっ!?そんなはずは……どういう状況で聞いたんだ?』
「私達が応接室の中を盗み聞きしようとしてバレた後」
『………………あぁっ!?』
今、思い出した。
応接室に俺とモノカさんが籠っていて、それをネロと他2人がいやらしいことをしているのではないかと予想し、盗み聞きしようとしていたんだった。
その時は話し合いだけで終わっていたのだが、その直後に倒れ込む形で応接室に現れた彼女達をモノカさんが叱ったのだ。
ネロ達が部屋に入ってくる直前まで俺は素顔を晒しており、彼女達が現れたときには偶々"モーズ"の姿になるのが間に合っていた。
だが……そこで正体を隠せたことに安堵したせいか、俺は怒るモノカさんを普通に声で宥めていたし、その後もネロの雇用願いを普通に話して断っていたのだ。
それでその時の声とは違う俺を、ネロは別人の可能性があると判断して警戒しているわけか。
俺の魔鎧は多少変わったデザインのはずだが、見た目を似せるだけなら複製は不可能じゃないだろうからな。
となると……素の声を聞かせるしかないか。
そう考えた俺はボイスチェンジャーを魔力に戻し、猫のように警戒を続けるネロを素の声で呼び寄せる。
「俺だ、聞こえるか?」
「っ!」
ダッ、ザザッ
周囲を見回し、外部の人間に"モーズ"が"コージ"であるとはバレないよう、かなり音量を抑えた声ではあったが……それはしっかりとネロに聞こえたようで、彼女は一瞬で眼前に詰め寄ってきた。
「声は聞こえた。でも……どういうこと?」
「そうなるよなぁ……」
再び近寄ってきたことからネロは今の声が"モーズ"の声だと認識できたようだが、そうなるとさっきまでの声は何だったのかという話になるのは当然の流れだ。
まぁ……イリス達やモノカさんには教えているし、誰にも教えていない秘密というわけでもない。
どこかでボイスチェンジャーのことを知って狙う者が出てきても基本的には身につけている物だし、それ以外のときは魔力に戻しているしな。
しつこく狙う者がいたとしても、衆目のある中でボイスチェンジャーが壊れて消えたように見せかけてしまえばいい。
フェリス達の前で"透明になるマジックアイテム"を消したときのように。
なので、絶対に口外しないことを約束できるのなら教えてもいいのだが……
「絶対に内緒にできるか?」
「できるできる」
「……」
「いいから教えろ」と言わんばかりに、コクコクと頷きながら答えるネロ。
そんな彼女に若干不安を覚えるも、このままでは話が進まないということで。
ボイスチェンジャーはマジックアイテムだと説明し、それをモノカさんに確認してきてもらうことで俺はようやく孤児院に入ることができたのだった。
翌朝。
まだ薄暗い時間に俺が起床すると、試しに植えてみたミニトマトが一晩で収穫可能な大きさに育っていた。
育成が目に見えてわかるようにとミニトマトを選んでいたのだが、これなら葉物の野菜でも育成の度合いはわかっただろうな。
植えていたプランターには自動で給水されるように水の入ったペットボトルがセットしてあり、その水は3分の1ほど減っている。
植えた種は3つなのだが、この減った分の水が全てのミニトマトに必要な水分量だったのだろうか?
育つ速さに関しては……この第4区の草原で丈の長い草を切り払ってもしばらくすれば元の長さに戻るし、それが急速に成長しているからであればその性質がミニトマトにも影響したのかもしれない。
しかしこのミニトマトはプランターの中で育っており、下の地面には触れてすらいないのだが……
まぁ、これについては別の野菜で試してから考えることにしよう。
問題は食用として問題ないかだな。
早く収穫できても食べられなければ意味がない。
他人で試すわけにはいかないので、道中の魔物にでも……って、意思の疎通ができるわけじゃないし、異常があっても余程派手な反応がないと把握できないか。
となると……自分で試すしかないな。
そう考えた俺は魔力で"解毒剤"を作成する。
これがあるから自分で試す気になったのだ。
まぁ、万が一の際には飛んででも"銀蘭"の拠点に行って、あそこにいた聖職者に治癒魔法を頼んでみよう。
フェリスが今後もビーフジャーキーを望むのであれば、その代価を治癒魔法でチャラということにしてもいいし。
さて。
俺は赤くなったミニトマトを1つもぎ取る。
茎と葉やヘタに存在する毒性は実にも存在するらしいが、それは育成中のみで完熟していればなくなるというのが常識だった。
これは前世の話だが……これだけ赤くなっていれば大丈夫だよな?
解毒剤はラベルなどがないガラスの小瓶に入っており、前世で存在したものではないと思うが昔作成した傷薬同様に結構な魔力を消費したし、効果は確かだろうから心配はないはずだ。
というわけで、俺はミニトマトのヘタを取ると表面を軽く拭き、少しだけ齧ってみる。
モシュッ
そんな音と共に口内で程良い酸味とほのかな甘みが広がり、数回咀嚼してみるが特に異常は起きなかった。
中毒症状を起こすほどの毒性があれば舌がピリついたりするようだが……普通に美味しいミニトマトだ。
そのまま中毒を警戒しつつ、テントの撤収などを終えてしばらく様子を見るも異常は出ず。
とりあえずは食べかけの物をすべて食べ、完熟しているであろうミニトマトを全て収穫してクッション性のあるタオルを詰めた小箱に収めておいた。
うーん、たまたま俺が大丈夫だっただけの可能性もあるよな……よし、ダンジョン内で見つけたと言って"フータース"に持ち込もう。
あそこなら色々と調べる手段があるかもしれないし、ウェンディさんも何か手に入れたら納品してくれと言っていたからな。
現世でトマトを食べたことはないが……まぁ、この世界に存在していなかったとしても、ダンジョンで見つかったものなら"正体不明の実"ぐらいはあり得る物として受け入れられるだろう。
少なくとも現時点では危ない物ではないだろうし、普通に調べてくれると思う。
調べた結果このミニトマトをもっと欲しいと言われても、見つかったのがダンジョン内となれば次の機会が来なくても諦めはつくだろうから栽培しなければいいだけの話だ。
そう考えた俺は、ミニトマト以外の物が腹に入ると調査に影響が出るかもしれないと思って我慢していた朝食をおにぎりで済ませ、洗口液で口内を洗浄して身支度を終える。
あとは……ミニトマトとプランターをどうするか。
トマトは気候によって何年か実をつけると聞いたような気がするんだよな。
そうすると、このまま放っておけばまた実をつけるかもしれないのか。
ただ、一晩でこの結果だと2、3日経ったら熟しすぎて実が落ちる可能性もある。
その辺りのことも確認しておくため、ミニトマトの栽培セットには水と液体の肥料を追加して山頂の中心に置いておくことにした。
まぁ……育ちすぎたとしてもただのミニトマトだし、危ない事にはならないよな。
ミニトマトのことはそれでいいとして、遠くに見える"金獅子"の拠点前には多くの人影が集まっている。
荷車もかなりの数だし、あれが今日街へ戻る予定の輸送隊だろう。
あれだけ多いと進みは遅いだろうし、追いついたことで便乗しようとしていると思われては面倒なので、あれより先に出発するとしよう。
そうして、姿を"モーズ"に変えた俺はリヤカーと共に透明になって山頂から降りた。
で、何事もなく第2区まで戻ってきた俺は夕暮れまでここで魔石を稼ぐことにする。
もちろん、モノカさんの孤児院を経由して"フータース"に納品する分だ。
前回持ち込んだ分は割と短い期間で仕分けできていたし、孤児院側に"フータース"への納期があるわけでもないので多すぎても困りはしないだろう。
そう考えて今回は前回の倍ぐらいの量を目安として稼ぐことにする。
1人でやるとなれば魔石の回収作業は魔力で作成した水を使って洗浄できるので、イリス達にやらせるよりも手早く終えることができるはずだ。
よし、やるか。
そうして探知できた魔物を狩り、順調に魔石を集めていると……
ザッ、ザッ、ザッ……
ガラガラガラ……
ザワザワザワ……
暫くして、遠くから大勢の人の足音や声が聞こえてきた。
大量の魔石が集まっている反応もあるし、"金獅子"の輸送隊だろうな。
進みが遅いとはいえ地図によって最短ルートを通ってきているはずだから、まだお昼前のこの時間にここまで戻ってこれていても不思議ではない。
この第2区なら後をついて行ったって便乗だとは思われないだろうが、俺はまだ稼ぐつもりなので帰還ルートには近づかないでおく。
その後、魔石の反応から"金獅子"の輸送隊が第1区の方へ遠ざかったのを確認し、俺は休憩を挟みつつ魔石刈りを続行した。
ザワザワザワ……
ダンジョンから出ると広場には若手の冒険者達が大勢居たが、その割には彼等を客とするはずの女性達は少なかった。
その様子の珍しさに辺りを見渡していると、冒険者の1人が俺に声を掛けてくる。
20歳前後に見えるが、あちらもダンジョンから戻ったところだからか幾分疲れたような顔をした男だ。
「ん?なんだ、お目当ての女が見当たらないのか?」
『そういうわけではありませんが、いつもより少ないなと思いまして』
「アンタ、この街には来たばかりか?ダンジョンの奥の方に行ってた大手のカンパニーが戻ってくりゃ、女はみんなそっちに売り込みに行っちまうよ」
『あぁ……稼いでそうですからね』
簡単に言えば出稼ぎから帰ってきたわけだし、彼等のほうが金払いは良いと判断して売り込みに行くのは当然か。
男は頷くと俺のリヤカーに目を向ける。
「ああ。まぁその荷車を見るに、人数次第ではアンタのところも稼げてはいそうだが……」
『それなり、ですかね。一応第4区から帰ってきたところなんで』
「え、街に来たばかりじゃないのか?」
『それはそうなんですが』
「ってことは……来る前にどこかで腕を磨いてたってことか?」
『まぁ、そんなところですね』
森にいた頃は修行期間だと言えなくもない。
なのでそう答えた俺に、男は軽くため息を付いた。
「フゥ、変な絡み方しなくて良かったぜ。外町の安い女を紹介するところだった」
『外町?あぁ、この街のすぐ近くにあるあそこですか?』
「そうそう。あそこだとサービス自体はイマイチなんだが、安くたっぷり抜けるからな」
確か、この街に流れ込む川から分かれた支流を跨ぐように存在するのが外町だったか。
この街に入る列で、後ろに並んでいた人達が話していたな。
『んー……今のところ行く予定はありませんね』
「ま、稼いでりゃそうだろうさ。川のお陰で汚れてる奴は少ねぇが、税金を払えなくなってこっちに居られなくなったって奴が多いからな。飯も女も代金自体は安いが、ちょこちょこ金をせびって来るからそのやり取りを楽しめないんなら行かないほうが良い」
男は肩をすくめてそう返すと、俺に背を向けて去ろうとし……何かを思い出したのか、くるりと振り返って周囲を警戒しながら小声で言う。
「あぁ、そうだ。ちょっと前に4区から戻ってきた"宝石蛇"って大手のカンパニーの連中なんだが、昨日辺りから変な動きしてるから絡まれねぇようにしときな」
『変な動き?』
「ああ。何と言うか……元々素行は良くねぇが、前よりも遠慮がなくなってるみてぇなんだよ。特に女関係なんだが、これまでは"撲殺姫"が動くのを恐れてまだ控えめだったんだけどな」
ってことは……フェリスを恐れなくてもよくなる"何か"があったってことか。
"銀蘭"の拠点でもそんな話を聞いたな。
そうなると"銀蘭"自体にも影響はありそうだし、時間があったら"銀蘭"の事務所や"銀蘭亭"の様子を見に行ってみるか。
急いで伝えるべき事が起きていても、俺なら短時間で第4区まで伝えに行けるしな。
そう考えていると男が今度こそ去ろうとする。
「じゃ、そんな状況だから絡まれると厄介な事になるし、金に余裕のありそうな態度取ってると連中に集られるかもしれねぇから気を付けてな」
『あ、はい。ありがとうございます』
俺の言葉に男は軽く片手を上げ、人混みの中を去っていった。
おそらく売っている女性を紹介しようとしたらしいが、大手のカンパニーに売り込んでいない時点で何らかの問題を抱えている人だったのかな?
まぁ、女体に興味はあっても飢えているわけではないので、紹介されても断ってただろう。
でも、俺にその女性を紹介することを諦めた後でも"宝石蛇"について忠告してくれたぐらいだし、良い人ではあったんだろうな。
ふむ、覚えておけたら覚えておこう。
そんな一幕を終えた俺は孤児院へ向かうと、門から中へ繋がる紐を引いて呼び鈴を鳴らす。
少し待っていると孤児院の玄関のドアが開き、隙間からニュッとネロが顔を出した。
この孤児院の子で、無表情ではあるが肉体関係込みで俺の使用人に、などと言う積極的な娘である。
「っ!」
そんな彼女は俺の姿を見るとササッと玄関から出て、タタタッと門に駆け寄ってきた。
門を挟んですぐ近くまで来たネロに声を掛ける。
『よう、今日も……』
「っ!?」
ザッ、ババッ、ザザッ
リヤカーを指差し、今日も魔石を持ってきたことを伝えようとしたところ……近くまで来ていたネロは急ブレーキを掛け、格闘ゲームのキャラクターのようなバックステップで来た道を戻っていった。
その理由がわからなかった俺は彼女に尋ねる。
『え?どうしたんだ?』
「……誰?」
『誰って、モーズだが』
「違う」
『違う?何がだ?』
「声」
『声?……ああ!』
そう言えば、前回ここに来たときは喋れない設定だったな。
それで俺は筆談をしていたし、ネロは俺の声を知らなかったから警戒をしていたわけか。
そう推察した俺は喋れるようになった経緯を説明するも……ネロは首を横に振った。
「違う」
『違うって……今、事情は説明しただろう?』
「そうじゃない」
『そうじゃないって、どういうことだ?』
喋れるようになった事情を説明しても警戒を続けるネロに、俺は再び説明を求めると……こんな答えが返ってきた。
「モーズの声は前来たときに聞いている」
『えっ!?そんなはずは……どういう状況で聞いたんだ?』
「私達が応接室の中を盗み聞きしようとしてバレた後」
『………………あぁっ!?』
今、思い出した。
応接室に俺とモノカさんが籠っていて、それをネロと他2人がいやらしいことをしているのではないかと予想し、盗み聞きしようとしていたんだった。
その時は話し合いだけで終わっていたのだが、その直後に倒れ込む形で応接室に現れた彼女達をモノカさんが叱ったのだ。
ネロ達が部屋に入ってくる直前まで俺は素顔を晒しており、彼女達が現れたときには偶々"モーズ"の姿になるのが間に合っていた。
だが……そこで正体を隠せたことに安堵したせいか、俺は怒るモノカさんを普通に声で宥めていたし、その後もネロの雇用願いを普通に話して断っていたのだ。
それでその時の声とは違う俺を、ネロは別人の可能性があると判断して警戒しているわけか。
俺の魔鎧は多少変わったデザインのはずだが、見た目を似せるだけなら複製は不可能じゃないだろうからな。
となると……素の声を聞かせるしかないか。
そう考えた俺はボイスチェンジャーを魔力に戻し、猫のように警戒を続けるネロを素の声で呼び寄せる。
「俺だ、聞こえるか?」
「っ!」
ダッ、ザザッ
周囲を見回し、外部の人間に"モーズ"が"コージ"であるとはバレないよう、かなり音量を抑えた声ではあったが……それはしっかりとネロに聞こえたようで、彼女は一瞬で眼前に詰め寄ってきた。
「声は聞こえた。でも……どういうこと?」
「そうなるよなぁ……」
再び近寄ってきたことからネロは今の声が"モーズ"の声だと認識できたようだが、そうなるとさっきまでの声は何だったのかという話になるのは当然の流れだ。
まぁ……イリス達やモノカさんには教えているし、誰にも教えていない秘密というわけでもない。
どこかでボイスチェンジャーのことを知って狙う者が出てきても基本的には身につけている物だし、それ以外のときは魔力に戻しているしな。
しつこく狙う者がいたとしても、衆目のある中でボイスチェンジャーが壊れて消えたように見せかけてしまえばいい。
フェリス達の前で"透明になるマジックアイテム"を消したときのように。
なので、絶対に口外しないことを約束できるのなら教えてもいいのだが……
「絶対に内緒にできるか?」
「できるできる」
「……」
「いいから教えろ」と言わんばかりに、コクコクと頷きながら答えるネロ。
そんな彼女に若干不安を覚えるも、このままでは話が進まないということで。
ボイスチェンジャーはマジックアイテムだと説明し、それをモノカさんに確認してきてもらうことで俺はようやく孤児院に入ることができたのだった。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
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