マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第64話

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マンションを出た俺は"モーズ"に姿を変え、イリスが泊まっている"銀蘭亭"へ向かった。

あそこには俺がイリスに手を出すのを止めさせようとする女性従業員がおり、何故か自分の身体を使ってくる。

結果として、ヤる事をヤッた上で俺を止められないという事になっているのだが……今度も遭遇したら俺を止めようとするのだろうか?

顔も身体も良いのだが、変に裏があると面倒なことになるよな。

昨夜から今朝にかけて女体は十分に堪能しているし、今回は敬遠することにしよう。

というわけで……俺は"モーズ"になると同時に透明化し、浮遊して目的地に到着していた。

浮遊しての移動だったのは、他人から認識されずぶつかる可能性があったからだ。

で、到着した"銀蘭亭"だが……朝にしてはやや遅いからか客は少なめである。

透明になっている以上はドアの開閉で気づかれないようにしなくてはならないので、出ていく客にタイミングを合わせて無事店内へ入り込むことに成功した。

客や従業員に接触しないよう、このまま天井付近を浮いてイリスの部屋へ向かうことにする。

イリスに透明化までは教えていないので、外の窓から直接入るわけにはいかないからな。



俺に絡んでくるあの女性従業員は、俺に気づかず配膳作業などに従事していた。

そんな彼女を横目に2階へ上がると、イリスの部屋の前で周囲の目を気にしながら透明化を解除する。


コンコン

「はーい、どなた?」

「モーズだ」

「あぁ、今開けるわ」


イリスはそう言うとすぐにドアを開け、俺を部屋の中に招き入れた。



「で、今日はどうするの?」


イリスの誘導によりベッドへ並んで座ると、彼女は密着しながら今日の予定を聞いてくる。

それ自体はいつもの事なので気にしないでおくとして。

まずは声について話しておく。


「実は"魔繕法"で声まで変えられるようになってな。『あー、あー、どうだ?』」


昨日試した渋いおじさんの声で話してみると、イリスは不思議そうにしながらも感心していた。


「へぇー……まぁ、鎧を作っちゃう上に色も変えられるんだし、そういう事ができてもおかしくはないわね。別の声にはならないの?」

「ならなくはないが……"別の誰か"の声になるわけじゃなく、特殊な構造にした鎧を通すことで声を変化させているだけだからな。自由に変えられるわけじゃない」

「ああ、そうなのね」


実際には自由に変えられるのだが、そこまで教えると偽装した他人を"声を変えた俺"だと誤認する可能性がある。

俺が作ったスカーフを巻いていれば居場所は見つけやすいが、それで誘拐でもされたら面倒だからな。

そんなわけで、あくまでも魔力の糸を操る能力の応用だと認識しておいて欲しいのでこう言っておくことにした。

今後、"モーズ"の喉が治ったことにして外ではこの声で話すと説明し、この話はとりあえず終わりとなる。



次に、俺は今後のダンジョン活動について考えていたことを提案した。


「今日、というか今後の話なんだが……イリスとセリアには第4区に滞在してもらおうかと考えている」

「第4区に滞在?まぁ、ダンジョンの奥へ行くのならそれなりに滞在する期間は長くなるでしょうけど……わざわざ言うってことはもっと長期間を想定しているの?」

「いや、そこまで長期間ってわけじゃない。第3区は周囲に雷を撒き散らす魔狼とか、魔物の上位種が居て危ないから行き来するのがかなり危険で面倒なんだ。だから街との往復で2人を同行させる機会をなるべく減らそうかと思ってな」


2人を俺の魔鎧で保護することは可能だが……頻繁に街と第4区を行き来すると大手カンパニーに注目されそうだという件とは別に、フェリスの件が問題になる。

彼女は魔力に覆われていた俺を感知していたわけだし、2人にも魔鎧を纏わせていればそれを感知してしまうと考えたほうがいいだろう。

そうなれば"コージ"と"モーズ"の関係性を疑われる可能性が生まれてしまうし、更には透明化させたときに自身を覆っていた魔力が"モーズ"の魔鎧と同じものであることまで推察されてしまうかもしれない。

一応、魔力を纏っていれば同一人物になるのなら、魔法使いは全員同一人物か?と言いくるめるつもりではあるが……

それで誤魔化せなかった場合に透明化も俺の能力だという考えに行き着くかもしれず、透明化のマジックアイテムは偽物だったとバレてしまう。

当然、では眼の前で消滅したあれは何なのかという話になり、魔力で鎧を作れるのならあのタイマーも……?と思いつく可能性はそれなりにある。

そうなると最悪フェリスの身体を弄るために嘘をついたと思われかねないし、もう透明になれないことを利用して彼女に賠償の一種としていやらしい事をさせようとしていると疑われるかもしれない。

まぁ、透明になるマジックアイテムを使わせろと言ってきたのはフェリスなので、そこまでの疑いは掛けられないと思いたいが……

とりあえず、第3区が危険なので第4区に滞在してもらう考えを伝えると、イリスはあっさり承諾する。


「なるほどね。まぁ、私は構わないわよ。多少は不便でしょうけど、目的の物を手に入れやすくなるのが最優先だし」

「そうか。じゃあ、後はセリアの方に聞いて、あちらも問題なければ準備が出来次第出発しようか」


そう言った俺に、イリスは疑問の表情を浮かべる。


「え?セリアにも聞くの?」

「おかしいか?」

「だって、あの娘は貴方の命令に従うって契約になってるじゃない」

「それはそうだが、別に無理してついて来てもらう必要はないからな。魔法の触媒を受け取るのは……俺が街へ戻ったとき、1日浅い地区で狩りをすればいいし」


第4区に滞在させるのなら、1人より2人のほうが防犯上の都合は良いのだろう。

戦力としては控えめのセリアでも、聖職者としての抑止力はなくもないはずだ。

前回襲ってきた連中もそこは気にしていたわけだしな。

しかし、派遣先が街へ来て日の浅い人間となると、長期の派遣が認められるかが問題である。

セリアとの契約は基本的に秘密であるし、そうなるとこちらは普通の派遣先となるわけで。

派遣先としての評価はまだ未知数だと考えられて信用もないだろうから、教会からは長期の派遣を渋られる可能性が十分にあるんだよな。

それをイリスに伝える。


「そっか、本人が良くても教会が断る可能性はあるのね。そうなると……セリア次第では第4区に滞在するって話は無しになるの?」

「どうするかな。"銀蘭"って女性だけのカンパニーも拠点を持ってるらしいが、男は近づくのさえ止められるぐらいだから……イリスが1人で行ってみて、受け入れてもらえればそこに居てもらっても良いんだが」


その発言にイリスが反応する。


「"銀蘭"?うーん……」

「どうかしたのか?」

「いえ、そのカンパニーって私が加入を断られたところなのよ。でも、そこが後ろ盾になってるこの宿を紹介してくれたぐらいだし、もしかしたら受け入れてくれるかもしれないわ」

「え、そうなのか?じゃあ"銀蘭亭"って宿の名前は……」

「"銀蘭"というカンパニーが付いてるってことをわかりやすくするために付けたんでしょうね。その御蔭で女性店員が身体を売らなくてもそこまで苦情は出ないみたいよ」

「ああ、なるほど……」


ん?

加入は断られたがこの宿を紹介され、その宿ではイリスに手を出すなと言って身体を使ってまで止めようとする女が居た。

イリスは魔法が使えることを隠していたわけだし、ただの親切心で新人の女性冒険者に宿を紹介した可能性はある。

だがそこで、あの女が"銀蘭"の指示でそうしていると仮定すると……"銀蘭"はイリスに一定の注目をしていることになるな。

その理由がまだ不明ではあるが、それなら第4区の拠点に受け入れられる可能性はあるか。

そう考えた俺はイリスに提案した。


「ここを紹介してくれたんだったら、第4区の拠点にも融通を利かせてくれるかもしれないな。ただ、現地でいきなり行っても受け入れてはくれないだろうから、イリスが加入を申し込みに行った所で聞いてみたらどうだ?」

「あぁ、それは良いわね。だったらこれから行ってみましょうか」

「ああ、そうしてみてくれ」


同行する気がなく、その間にセリアのほうにもこの話をと考えていた俺がそう返すと、イリスは意外そうに聞いてくる。


「え?貴方は来ないの?」

「え?俺も行くのか?」

「それは……受け入れてもらえたらの話ではあるけど、拠点には近づかなくてもモーズとしては行動を共にするでしょう?」

「まぁ、そうだな」

「そこを"銀蘭"の関係者に見られると私に付きまとっている不審者だと誤解されかねないから、最初からこういう同行者がいるって伝えておいたほうが良いと思うのだけど」

「わからなくはないが、だったら2人で"金獅子"の拠点を利用すればいいと言われないか?」

「そこはほら……私の身が心配だから、より安全そうな拠点にって言えば」

「話の筋としては通ると思うが、だったらダンジョンに連れ込むなと言われそうだな」

「加入を申し込んだときの話で私がダンジョンで狙っている物があるとはわかってるでしょうから、貴方が私を連れ込んでいるとは思われないわよ」

「ああ、それで待遇について都合の良いことを言って断られたんだったか」

「ぐ……ま、まぁ、それで貴方の協力を得られたんだから結果的には良かったわけだし。で、どう?」

「んー……」


イリスの言う通りではある。

受け入れられるかは別として、ダンジョン内で同行している俺が不審者扱いされる可能性は確かにあるからな。

そこで万が一、フェリスが出張ってでも来たら厄介なことになるだろう。

あの怪力で攻撃されるのは魔力的なダメージが大きいだろうし、交戦は極力避けたいところである。


「わかった、俺も行こう。窓から出て外で待ってるよ」

「え、窓から?」

「ああ、それは……」


イリスの疑問に、あの女性授業員に見つからないようにこの部屋へ来たからだと説明する。

それを聞き、彼女は「ああ……」と微妙な顔をした。


「あの人、何故か貴方が私にいやらしい事を強要してるんじゃないかって疑ってるのよね。昨日の朝にあの人が来たときも、その……部屋の匂いで貴方との事に気づいて、無理矢理じゃないかって確認してきたし」

「やっぱりか……さっさと帰ってよかったな。これから"銀蘭"の事務所に行って、正式な同行者だと言っておけばマシな対応になるかな?」

「"銀蘭"からその情報が伝われば疑われなくなるんじゃない?じゃあ、出かける準備をするから……」


そう言ってベッドから立ち、一応の備えとして防具などを付けようとしたイリスだったが


「あっ、ちょっと待って」


と言って近寄って来ると、俺の兜の面をスイッと上げた。


「んっ……」

チュッ


特に拒む理由がないのでそれを受け入れたところ、顔を離した彼女はニコリとして俺に言う。


「うん、今後はもっと積極的に行ったほうが良いみたいね」


モノカさんとの事に気づいたのか?

別にバレても構いはしなかったのだが……一応、匂いは消してきたのによく気づいたな。

とりあえず、協力関係について無駄に不安がらせるつもりはないので言及しておく。


「約束を反故にする気はないぞ」

「それはわかってるわ。でも優先順位が変わっちゃうかもしれないから……今後はもっとってだけよ♡」


そう言いながらウィンクしたイリスへ、俺はこう返して窓から外へ出た。


「……人前では控えるようにな」
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