マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第61話

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表向きではあるが"フータース"の所属となった俺は、契約書へのサインが済むと少しだけ待機をさせられる。

俺との契約書に何らかの印章を使って押印したウェンディさんはそれを持ち、俺を部屋に残してどこかへ行ってしまったのだが……さほど時間を掛けずに戻ってきた。


「お待たせしました、こちらをどうぞ」

スッ


そう言って彼女がテーブル上に置いたのは1枚の木札であり、これにも"モーズ"の名前が書き込まれて何らかの印章が押印されている。


「これは?」

「仮の会員証です。当店でのお買い物で精算時に提示されますと、少しですがお安くなる場合がございます」


社員割引みたいなものか。

社員証じゃないのは商会だからだろう。


「仮の、ということは正式な物も?」

「ええ。金属製でして、正式採用時に作られます」

「へぇ……それじゃ値引きを目当てに雇われたいって人もいそうですね」

「ええ、そうですね。表に出る仕事だけではありませんから、男女ともに雇用希望者は多いですよ。そのぶん能力の高い方か、表で外見を利用することに抵抗のない方だけが雇用されます」

「なるほど……それじゃあ、これはあまり人に見せないほうがいいのでは?」


そう聞いた俺にウェンディさんは微笑んで答える。


「そうですね。人との距離を詰めたい方なら積極的に見せびらかすのでしょうけど、問題が起きる可能性もありますので会員は基本的に見せないようにしているようです。貴方の場合も下手に見せないほうが良いでしょうね。イリスさんやフレデリカさんがいますし」


む、あの2人と恋愛関係にあると思われるのは困る。

どちらもあくまで力を貸している代償としての肉体関係しかないし、俺もそれ以上のことは望んでいないからな。


「別に、2人共そういう関係ではありませんが……」

「あら、そうなのですか?ではお2人以外にそういう関係の方が?」

「いやいや、1人もいませんよ」


その答えに彼女は再び微笑む。


「あらあら……そうなのですね。前回のように店員の制服でお迎えしたほうが良かったかしら♪」


そう言うと彼女は正面の席で前屈みになり、胸の谷間を強調する。

俺を取り込もうとしているのか?

ある程度の力は見せたとは言え、それによる正式な成果はまだなのだが……

仮ではあるが雇用主ということになるので、なるべく穏便にやんわりとお断りしておく。


「いえ、色々あって今のところはそういう相手を作る気がないんですよ。なので、貴女に魅力がないわけではありませんが……」

「あら、でもフレデリカさんとはなのでしょう?」

「いや、成り行きでそうなっただけで……」


そう答えたところで笑みを深めるウェンディさん。


ニヤリ

「へぇ……やっぱり♪」

「?……あっ」


しまった!

話の流れでフレデリカとの関係を否定し損ねた。

いや待て、彼女は"そういう関係"としか言っておらず、肉体関係だとは言っていない。

ならば、こう……協力関係みたいな言い逃れが可能だろう。

と思っていたのだが、ウェンディさんは先手を打ってきた。


「ああ。今の流れで肉体関係という意味ではない、なんて言い逃れができるとは思ってませんよね?」

「ぐ」


魅力がどうこうという話で"そういう関係"と言われれば、一般的には恋愛関係か肉体関係に当たるだろう。

その前提として、俺はそういう相手……つまり恋人を作るつもりがないと言っていたので、残るは肉体関係となるわけだ。

不味いな、いきなり部外者にバレてしまった。

フレデリカの家に報告でもされたら面倒なことになる。

どうしたものか……と黙り込んで考えていると、ウェンディさんが姿勢を戻す。


スッ

「ご安心ください、口外する気はございませんので。そもそもこちらに都合の良い契約をしたばかりなのに、その相手をようなことはいたしません」

「は、はぁ。では何故その件について言及されたのでしょうか?」

「仲の良い友人の人間関係を気にするのは自然なことではありませんか?」

「それは、まぁ……」


友人の人間関係というのは、何らかの形で自分にも影響が出る可能性が高いしな。

となれば、それを知ってどう思われたかが重要になるわけだ。


「それで、そのー……」


どう聞いたものかと言い淀む俺に、彼女は再び微笑んでこう答える。


「特に何もいたしませんわ……彼女を悲しませるようなことさえされなければ」


そう言ったウェンディさんの目は、笑顔ながらも一切笑っていないように見えた。




用事を済ませた俺は"フータース"を離れると、次は"牛角亭"へ向かうことにする。

宿替えを不安に思われたことで部屋を確保しておいたが、今夜は自分の部屋で過ごす予定なのでそれを伝えておこうと考えたからだ。

部屋に来る予定のモノカさんがキャンセルでもすれば……宿に向かうかもしれないが。

今日1日で随分とからなぁ……

そんな俺は人目を盗んで"コージ"に戻ると"牛角亭"に到着し、中に入ってすぐのテーブルを拭いていたティリカさんに声を掛けた。


「ティリカさん」

「あら、コージ。おかえり♪」

「ただいま……と言いますか、また出かけるんですが」

「ん?他の店で食べるの?」

「店というか、ちょっと大きな声では言えないんですが……」


店内にはそこそこ客がいる。

なのでそう言いながら耳を貸せという手振りをすると、顔を寄せてきた彼女に事情を話す。


「で?」

「ちょっとお偉いさんに目をつけられまして。それでその関係者の方とお会いする用事が」


全くの嘘ではない、というか事実のみである。

フレデリカの関係者であるモノカさんと会うわけだからな。

少々誤解させるような言い方だったが、これなら詳しい事情を聞こうとはしないだろう。

ティリカさんは俺が想定していた受け取り方をしたようで、驚いてやや大きな声を上げる。


「ええっ!?」

「ちょ、ちょっと」

「あっ、ゴメンゴメン。詳しい事情は……聞かないほうが良いか」


俺の諌める声に周囲を見て音量を戻した彼女は詳しい話を聞こうとするも、権力者が関わることを詮索しないほうが良いと判断してそれを止めた。


「じゃあ、今夜は外泊になるの?」


ん?そう言えばモノカさんは泊まる気なのか?

孤児院のことを考えれば終わったら帰るつもりなのかも知れないが……夜に来るという話だし、その場合は夜道を帰ることになるわけだ。

そうなったらもちろん俺が送るつもりではあるが、彼女の方は俺に送らせることを前提として予定を組むだろうか?

この話自体が急なものではあるし、こちらの都合を聞かずに決めていることから俺に送らせるつもりはないように思える。

となると……モノカさんは俺の部屋に泊まるつもりである可能性があるのか。

なら……


「先方はそのつもりのようですね。ほら、交渉事になると色々と……」


俺が暗に性的な接待を示唆すると、ティリカさんは納得しつつも大きな胸を腕に押し付けてくる。


ムニムニ……

「なるほどねぇ……もう、一体何をやって目をつけられたんだか。交渉ってことは悪いことじゃないんでしょうけど、無理なことを言われたらちゃんと断るのよ?」

「わかってます。無理をする気は全くありませんから」

「なのにお偉いさんに目をつけられるって、本当に何をやったんだか……」

「ハハハ……」


身体を離しつつもそう訝しがる彼女に、俺は苦笑いをしながら"牛角亭"を離れたのだった。




すでに"コージ"の姿だったのでそのままマンションに戻ると、軽く掃除をしてから風呂に入る。

夕食は食べてくるのか?などを気にしてこの世界でも普通に存在する保存食を作成しておき、使うだろうから水瓶に水を満たした状態で用意しておく。

その後は空いた時間を使い、ある物の作成を試してみることにした。

そのある物とは……ボイスチェンジャーだ。

"モーズ"のときに喋れないのはやはり不便であり、筆談という対話手段は相手が字を読めることを前提としている。

今のところ下手に知り合いを増やすつもりがなく、そのため対話することが少なくて読める相手ばかりだったので良かったのだが……"モーズ"単独で動く際にいよいよ面倒となってきた。

筆談のみで対応していた相手に対して喋れるようになったことの説明としては、痛めていた喉が治ったからだということにでもすればいい。

街に来てまだ数日だし、重い病気や呪いだと思われずに済むだろう。

普通にダンジョンで稼いでいたので、それぐらいなら動けていてもそこまで変に思われないよな。

そんなわけで、この機会に声を変えられる道具を作ろうと思う。

これは前世でも存在していたのでそれを作成しても良いのだが、今日のある一件で方針を変える。

それは……"銀蘭"と遭遇したときに作った30分のカウントダウンタイマーだ。

あれは前世で知っていた物というわけではなく、俺が仕様を指定して作成した物である。

外見は100円ショップにありそうなキッチンタイマーに近かったが。

つまり、俺が仕様を指定して魔力や何らかの条件をクリアできていれば作成できるようなので、ボイスチェンジャーも前世に存在しない、使い勝手の良い物を作れるのではないかと考えた。

機能としては想像した声にリアルタイムで変えられるという物で、身に着けておけるようにヘッドセットの形を指定する。

左耳の部分が動作に必要なバッテリーや声の変換処理を行う装置を内蔵しており、そこからマイクが伸びている形だ。

口元のマイクは丸い円盤状で外側がスピーカーになっており、地声を拾う範囲がかなり狭くなっている。

なので、スピーカーから出力した声を拾って拡声するループである"ハウリング"という現象は起こらない仕様だ。

"モーズ"なら兜を被っていて声も籠もっているので、これなら小声で話せば素の声には気づかれないと思われる。

動力も必要だろうから、そうそう切れることのない魔力で動作するように指定して作成を試みるが……これは作成できなかった。

何故だ?

うーん……あのタイマーは裏に外せるカバーがあったし、普通にボタン電池で動く物だったな。

すぐに使わなくなる予定だったからそう指定しておいたのだ。

となると……魔力を動力とする物は作成できないということか?

解呪のマジックアイテムが作れなかったのもそれが原因か。

魔法の触媒らしき赤い石は作れたが……あれはあくまでもただの物質であり、魔力に反応して影響を及ぼしているだけだからか?

だが、そうなると薬品類はどうなるんだ?

すぐに効くし、効果も大きい。


フッ


試しに同じ物を作ってみるが、やはり普通に作成できている。

魔力の消費が結構大きいんだよなコレ。

魔物との戦闘経験で能力の成長があったのか、困らない程度にはなっているが。

俺の推察が合っていれば、これはマジックアイテムではないということになるのだが……よくわからんな。

とりあえず薬を魔力に戻し、ボイスチェンジャーの作成に戻る。

今度は普通のバッテリーで動作する仕様に変え、そのサイズを指定した上で可能な限り容量を増やす。

で、作成してみたわけだが……


フッ

「っ!?」


驚いた。

作成自体は成功したのだが、魔力をゴッソリ消費してしまったのだ。

んー……森で貯めておいたぶんの半分ぐらいか?

まぁ、今はダンジョンもあるし困りはしないが……そんなに作成難易度が高い物だったのだろうか。

リアルタイムで想像した声になる、という仕様が高性能すぎたのかもしれないな。



「『あー、あー……待たせたな』」


試しに使ってみると、想像通りの渋い声になっていた。

機能には問題なさそうだ。

バッテリーの消費量は……試しに使った後でも99%のままだったので、稼働時間はさほど気にしなくてもいいだろう。

不要なときは魔力に戻しておけるしな。

このボイスチェンジャーによってマジックアイテムは作成できないという可能性が大きくなったが、結局あの薬品類のことがあってハッキリしない。

まぁ、今のところは放っておいていいか。



後は……"モーズ"の声として"コージ"の声を知っている人に対してどうするかだな。

イリスやフレデリカ、モノカさんとセリアに……ウェンディさんぐらいか?

筆談のみだった相手なら喉が治ったからだと言い張れるが、声を知っている彼女達には使えない説明だ。

声が変わるのもおかしいし、声を変えられる道具を手に入れたなんて言えば面倒なことになるだろう。

まず、ウェンディさんには顔を見られていないし、変えた後の声を本来の声だということにするか。

そうなると素の姿を晒せなくなるが仕方ない。

それ以外の関係者に対してはどうするかだが……魔力の糸で出来た鎧を纏っているときの話だし、能力の成長により鎧を通して声を変えられるようになったとでも言っておこう。

魔法の一種である呪いで手足が石になったりするぐらいなので、これぐらいの事があってもあり得ないとは言えないはずだ。

現時点で考えておくのはこんなところかな?

何か見落としがありそうな気もしないでもないが……




そうこうしているうちに閉めたままの窓から入ってくる日差しは収まり、俺はランプを灯すことにする。


コンコン


程なくしてドアがノックされ、俺はそれに応じてドアを開けると……そこには予想通りにモノカさんが居た。


「こ、こんばんは。その……こ、今夜はよろしくお願いします!」

バッ

ブルンッ


顔を真っ赤にした彼女はそう言うと勢いよく頭を下げ、同時に胸もブルンッと揺れさせた。
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