マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第60話

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「では、私は通常業務へ」

「ええ、ご苦労さま」

……バタン


俺を案内してきてくれた女性店員は各部署にいるウェンディさん直属の部下だそうで、俺が普通の客として来ているように対応しながらウェンディさんの部屋へ案内してくれた。

朝一で届いたフレデリカの連絡を受けたウェンディさんが、彼女へ出迎えの指示を出していたらしい。

外見的な特徴は鎧姿なのだが、前回店員に扮したウェンディさんが俺を出迎えたことで印象が強く残っていたそうだ。

彼女が去り、室内は俺とウェンディさんの2人だけとなる。


「どうぞ、お掛けください」

「はい」


前回、彼女には俺が喋れることを明かしているので普通に言葉で応え、テーブルを挟んだソファに向かい合って座ると……とりあえず現状の確認に入った。


「えっと、フレデリカ様からは……」

「あなた方が稼いだ魔石を孤児院で仕分けた後、こちらが回収する形で納品して頂くという話ですね」


昨日フレデリカと話していた内容はしっかり伝わっているようで、それを聞いたウェンディさんがどう判断するかという話になった。


「双方に都合の良い話ではありますが……聞いたところによると、貴方は別のお名前で冒険者ギルドに登録されていらっしゃるのですよね?ギルドからの評価を上げにくくなりますが、それは構わないのですか?」


フレデリカはそこまで伝えていたか。

まぁ、納税をウェンディさんに任せるという事情的に必要ではあったのだろうが。


「はぁ、特にランクを上げたい理由はありませんので」


冒険者ギルドへの登録は、魔石を目当てにダンジョンへ通っても不自然に見られないためにしたようなものだしな。

そう答えた俺に、ウェンディさんは続けて尋ねてくる。


「では、別人としてこちらでも納税されることになりますが……そちらも構わないのですか?」

「はい。それぐらいは問題ないぐらいに稼げると思いますので」


冒険者ギルドで"コージ"、"フータース"で"モーズ"と2人分の税金を収めることになるので、それについての金銭的負担を懸念点として挙げられた。

ダンジョンのもっと奥ではどうなるか不明だが、少なくとも1人で第3区を狩場にすれば問題なく稼げはするだろう。

イリスの用事でもっと奥に行く予定であり、浅い地区での狩りは頻度が下がると思うが……それでも十分な量の魔石を納品しておけば、納品間隔が多少長くなっても構わないとモノカさんから聞いている。

孤児院としては安定した収入があれば良いわけなので、俺が納品するペースは自由に決めていいそうだからな。

だが……俺の答えにウェンディさんは微妙な表情を見せた。


「何か問題がありましたか?」

「いえ、その……随分な自信がお有りのようですが、貴方の実力を把握していないこちらとしてはその自信の根拠はどこにあるのか気になりまして」

「あぁ、なるほど」


自分の力を過信したり、自分を売り込むために大げさに言う人間はそれなりに多いのだろう。

特に大きい商会ともなれば、就職先としてそう言って自分を売り込んでくる人間は枚挙に暇がないほどに存在するのかもしれない。

前回はフレデリカからの紹介で、俺があくまでも客という立場だったのもあって特殊な取引に応じてくれたが……別に実力を評価してくれていたわけではないんだろうな。

ただ……


「例の孤児院には結構な量の魔石を納品しておりますが?」

「ええ、それはわかっております。だからこそ、こちらとしてはフレデリカさんの提案に乗るつもりでしたので。ですが……こちらで納税の手続きをするとなれば表向きは雇用するという形になりますので、それ相応の実力があることを示していただきたいのです」


そう言うと彼女は席を立ち、自分の机から書類と筆記用具を持って戻ってきた。


スッ

「こちらがその契約書です。"モーズ"さんとして、魔石などを当商会に納品することを業務とした役職で雇用することになっています。これにサインしていただくためには貴方のお力を見せていただきたいのですが……」


そう言うとウェンディさんは俺をじっと見てきた。


「……」


話自体はわからなくもない。

雇用主が雇用希望者の能力を見極めようとするのは、仕事を任せる側として当然のことである。

魔石の納品実績があるといってもそれはどこかから持ってきたものかも知れず、実力そのものを示したことにはならないからな。

うーん……

フレデリカとの関係もあり、別に悪さをするわけではないが……この契約が成立すれば、彼女もある意味では共犯関係となるわけだ。

なら他の関係者と同じように、俺の力は魔力の糸を操る"魔繕法"であるとして教えてもいいか。

そう判断した俺は、テーブルに置かれていた羽根ペンを魔力の糸で持ち上げる。


スッ

「っ!?」


突然宙に浮いたペンに驚くウェンディさん。

そんな彼女に尋ねてみる。


「これでどうでしょう?」

「これは……触ってみても大丈夫ですか?」

「どうぞ」


ペンは魔力の糸で吊り下げた状態であり、空中に固定しているときとは違ってペンの先から触れても刺さったりはしない。

なので俺は浮いたペンに驚くウェンディさんへ頷き、彼女はそれに手を伸ばす。


つんっ

ゆらゆら……

「……」

そっ……


揺れるペンを見つめたウェンディさんはその揺れが治まると、ペンを掴んでその周囲を撫で回す。

触れたときの動きから、ペンが糸か何かで吊られていることに気づいたのだろう。

ほどなくして彼女は見えない糸を手探りで見つけ、それを軽く引きながら俺に質問してくる。


クイッ、クイッ……

「これは……糸、ですか?」

「そうですね」

「見えないのは何故でしょうか?」

「魔力で作っている糸でして」

「あぁ、なるほど……魔力そのものに色はありませんものね。」


ウェンディさんは見えない糸を弄り続ける。

魔力で糸を作れること自体に疑問を持たないのは、魔法やスキルがある世界であり、今実際に自分が触れているからだろう。


クイクイ、グッ……

「……細いのに強度はありそうですね。これを自由に操れる、と?」

「ええ、でも気をつけてください。普通の糸でも可能なように、対象によっては切断することも出来ますから」


その言葉で彼女は気づく。


「もしかして、この糸で魔物を切れるのですか?」

「流石に骨がある相手は……手足を拘束して頭を斧で割る、というのが俺の戦い方ですね」


実際はそのまま切断して殺すことも出来るが、それでどんな魔物も対処できると思われ特定の魔物を狩ってこいと言われても困る。

"フータース"に所属するのは魔石の換金を外部の者に見えない形で行うためであり、解呪のマジックアイテムを狙う俺達は基本的に注文を受けられないからな。

なので、この糸の強度は対象を拘束する程度だと言っておくが……


「……本当ですか?」


眉根を寄せた顔でそう言うウェンディさん。

めっちゃ疑われてる。

まぁ、商売人であれば交渉事も多いのだろうし、相手との心理戦に慣れていて隠し事に気づきやすいのかもしれない。

とはいえ、イリス達にも言っていないありのままを話すわけにはいかないので、彼女達と同じようにこの糸で鎧を作れることを話して全てを白状したように装うか。




ペタペタ

「へぇ……これが?確かに不思議な感触ですね。色まで変えられるなんて」

「ええ。魔力の糸で作ってたんですよ、この鎧」


俺は魔鎧に覆われている腕を差し出し、それに触れて感触を確かめているウェンディさんにそう話す。

魔力で作られていることを証明するため、腕を部分的に別の色にしたりして見せていた。

鎧として使える強度があるのなら魔物を切断できそうだと思われかねないが、鎧として使えるのは厚さがあってのものだと言ってあるので大丈夫だろう。


「なるほど。魔力の糸を操れるのならこの鎧も同じように操れる、と。そうなると重さはほぼないようなものですね」

「ほぼというか、全くありませんね」


そう返した俺に彼女は頷く。


「魔力ですものね。自由に操れてそれなりの強度があるとなれば、鎧としては非常に使い勝手が良い物なのでしょう」

スリスリ……


魔鎧の表面を撫で、硬さを確かめようと手に力を込めるウェンディさん。


スッ

グッ、グッ……


力を入れやすくするためか席を立ち、前屈みで俺の腕を押し潰そうとしている。

その体勢によって胸が重力に引かれつつ両腕で寄せられて強調される形となり、体を動かす度に揺れている様子が少々開いていた胸元から見えていた。

そういう女性的な部分に目が行くのは元からで、男とは違う部分に目が行くのは自然なことだろう。

一般的な服より奇抜な服に目が行くのと同じだ。

その上で動くことによって更に目を引きやすくなっているので、こういう場でもそういう部分を見てしまうのは仕方のないことである。

よし、自己弁護できたな。

そんな事を考えていたところ、彼女は再び席に着くと微笑んで契約書を指し示す。


「貴方のお力について、大体のことは理解いたしました。この契約書にあります通り、一応の試用期間はありますが……納品される魔石の量次第でそのまま本採用としても問題はないでしょう」


契約書を見ると1ヶ月は試用期間があり、その間はどちらからも雇用関係の解消が可能らしい。


「雇われる側がそれを言い出すことはあまりないと思いますが……」

「ええ。ですがこの店の場合は女性店員の制服がきつめで体型を強調しており、納得の上であってもそれが原因で何らかの問題が発生して辞職したくなる場合がございますので」

「何らかの問題……店の前に居たような男達と何か関係が?」


今日も数人の男達が遠巻きに店を見ており、早い時間から暇なんだなと思っていた。

連中が店で何らかの問題を起こしたのかと予想して聞いてみると……それは当たっていたようだ。


「ええ、やはり身体を売っていると思って金額の交渉をしてくる方が出てまして。スカーフは巻かせているのですが、それでも強引に誘われる方は入店をお断りしております」


そう言いながら、自分の首に巻かれた赤いスカーフを指差すウェンディさん。

その話を聞いた俺は、ごく当たり前の改善案を提示した。


「制服をこう……普通の物にすればいいのでは?」

「それではごく普通の商店になってしまいます。立地はそこまで悪くないのですが、それだけでは他の商店からお客様を引き寄せることができません。強引に誘われる方はごく一部ですし、男性冒険者が多いこの街での集客力を考えますとこのままのほうが都合は良いのです」

「はあ。それで店員側からも辞めやすい期間を用意している、と」

「ええ。それを考慮したお給金の設定をしておりますし、部屋を借りたいという方にはなるべく安全な物件を紹介すると契約書に記載しております。こちらとしてはかなり配慮しているつもりです」

「まぁ、それはわかります。そもそも大して恩恵のないフレデリカの依頼に応えている時点で、そちらの約束事に対する誠実さはわかりますので」

ピクッ


俺の言葉にウェンディさんの眉が一瞬動く。

何か不味いことを言ったか?


「……どうかしましたか?」

「いえ、何でもありませんわ。それでご契約の方は……」

「あぁ、はい。契約させていただきたいと思います」

「それは良かった。では、契約書の方にお名前を」

「はい。そういえば、この契約書の名前は"モーズ"でいいんですかね?」

「ええ。この契約書はあくまでも"フータース"と"モーズ"様の雇用契約書ですので」


こうして俺は契約書にサインをし、"モーズ"は"フータース"所属の傭兵ということになった。
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