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第59話
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暫く2人に話を聞き、その間に現れたウサギは情報のお礼として譲った。
というか……正確に言うと俺が魔石の反応でウサギがいる方向へ誘導した、ということなのだが。
ここで出てくる魔物はほとんどがウサギらしく、多く取れるので街の店でもお手頃な値段で提供されるようだ。
何なら街の外へも出荷されるそうな。
俺はすでに荷物が一杯だと言ってウサギを獲る機会を譲り、その結果マルドとウィットの荷物が一杯になった。
そうして、2人は宿泊地としている"金獅子"の拠点で換金すると言い出すことになったのである。
「なんか今日は数が多いな。金になるからいいんだが、流石に多すぎると動きづらくて危ねぇか」
「そうだな。拠点に戻って換金しようぜ」
「ああ。つっても査定の木札になるだけだがな。帰りの便は2日後だっけ?」
「だったかな。"宝石蛇"なら明日だったはずだが」
「あっちは高ぇ金を払うんならって形だし、2日後の"金獅子"でいいだろ」
「だな」
そう話す2人に、気になった"帰りの便"について聞く。
「"帰りの便"ってのはなんですか?」
「ん?あぁ、ここまで来たのが初めてならまだ使ったことねぇか」
「簡単に言うと商隊について行くようなもんだよ。大手の一部が帰るときに、金払って同行するんだ」
「へぇ、そんなものが」
どうやらそう言うサービスがあるらしい。
同行する側も冒険者であり、戦闘になれば戦力にはなるはずだが……強い魔物が多い第3区では数が多ければいいというわけではなく、高い戦力を持つ少数の冒険者で対応するほうが被害は少ないそうだ。
周囲に電撃を撒き散らす狼なんかもいたしな。
で、その高戦力の少数精鋭を抱えるのが大手のカンパニーであり、その中でも"金獅子"は取引相手である冒険者が無駄に減るのは都合が悪いのでこういったサービスをやっているようだ。
行きでそういうサービスがないのは足手まといを嫌ってのことらしく、帰りであれば少なくとも第4区まで来れる実力があると判断されるんだろうな。
"宝石蛇"も高額な料金を支払えば、という形でやってはいるらしいが、基本的に利用する人はいないようだ。
"銀蘭"はカンパニーの性質上、そういったサービス自体をやっていないとのこと。
第4区まで女性のみで到達できる人達がほぼおらず、男女混成のチームを受け入れる気がないからだろうな。
拠点へ戻る2人に「もう少し見て回る」と言って別れ、俺は再び1人で草原を探索する。
目的地は……第5区への入口だ。
地図によれば第4区はどこまでも広がる草原らしく、それが自分でも確認できたのでここの先を見てみようと思った。
ここに門番などは居らず、4区に入ってきた通路から真っ直ぐ進んだ先に街にある門と似たものがあるらしい。
だからか第4区の地図は非常に簡素であり、拠点の位置と門の位置が書いてあるだけだった。
これで10000オールは高くないか?と思わなくもないが……この程度も出せない冒険者はそこまで行く実力がないということになるからな。
何なら、前の地区の地図を買えないと次の地区の地図は売ってもらえない場合があるらしい。
つまり……地区に関係なく、地図を買うかどうかでも冒険者としての資質をチェックされているわけだ。
そういったことでもギルドは冒険者を"ふるい"に掛け、無駄な人的損失を避けようとしてるんだろうな。
そんな地図を参考に第5区への入口に向かうと、遠くに門のような物が見えてきた。
できれば門の奥に広がる第5区を覗いてみたかったのだが、その近くに人が居るようにも見えたのでそれ以上近づくのは止めておく。
マルドとウィットの反応から、第4区なら単独での下見もアリではあるようだが……このまま1人で第5区を覗きに行くのは不自然だろう。
透明化は……"銀蘭"の拠点からは離れており透明な俺を感知できるフェリスはそこへ戻ったようだが、一旦用心して封じておくつもりである。
というわけで、第5区への門を確認できただけで良しとした俺はここで引き返し、拠点のある広場へと戻ることにした。
さて、広場に戻ってきたはいいがどうするか。
夕暮れに浮遊して戻ってくるつもりだったが、予定を変更して早めに戻ってくることにしたので普通に徒歩で戻ってこれた。
時間は……"今の時間を表示した時計"を作成すると15時ぐらいだった。
ダンジョンの外なら夕暮れには少し早い時間だな。
どうせなら夜の様子も見ておきたいし、今後利用する可能性があるので"金獅子"の拠点を見てみたいのだが……変に詮索されたりはしないだろうか?
すでに通行証らしき物を持つ人が入っていくところは見ていたが、初めて利用する人を見ていないのでどんな手続きがあるのかが不明なんだよな。
マルドとウィットには複数人で来ていて1人で偵察していたと誤魔化したが、実際は1人で来ているのでそれを話せば珍しく思われてしまうだろう。
実は仲間がいて後から来ると言っても……危険の大きい第3区で別行動をし、そのあとに拠点へ仲間が来ないというのは色々と疑われてしまうかもしれないしな。
透明になるのは当然無理だ。
広場に戻ったということは先程より拠点に近く、自分の拠点へ戻ったらしいフェリスに感知されるだろうからな。
それを考慮すると、姿を消して拠点を利用するための手続きを観察することももう出来ない。
……今日は帰るか。
"モーズ"を"フータース"に所属している形に、という話をフレデリカに確認しておきたいし、人目の少ない早目の時間に戻ったほうが良いかもしれないしな。
そう決めた俺は帰還を開始する。
俺が通ってきた第4区への通路は大きな岩山の中にあり、第3区へはこの通路の裏側にある入口からだと地図に書かれていた。
ほぼ真裏のようだが……あの長さの通路なら同じ通路のように思えるも、地図上では1本の通路が途切れた形で表現されている。
行き先が違うし、別の通路だという扱いなのかな。
通路を内包する岩山を見上げる。
"金獅子"の拠点を観察した際に10mぐらいの高さで浮いていたので見ていたが……高さ50mぐらいありそうな岩山は頭頂部が割と平坦に見え、街へ来る前に住んでいた森の岩山が思い出された。
上り下りを見られさえしなければ、上でテント張っても良さそうだ。
というか、それが可能なら風呂場代わりに部屋を借り続けなくてもいいのだが。
でもせっかく紹介してもらったわけだし、短期間で契約を解除すれば次に借りるのが難しくなるかもしれないか。
などと考えながら俺は岩山の裏手へ向かった。
人に見られている可能性を考慮し、ウサギを探しているフリをしながら第3区への通路に到着し入ってみる。
おそらく見られてはいないはずだが……
第3区への通路は奥が暗くなっているだけであり、ある程度進んだところで暗視ゴーグルと透明化を使って帰路に着く。
振り向いてみると……第4区に繋がる出入り口は見えなくなっていた。
地図の注意書きによれば、この通路はある程度進むと戻れなくなるという一方通行らしい。
戻ろうとしても第4区へは辿り着けないが、進もうとすれば第3区へ進めるという仕様なのだそうだ。
そして、第3区の復路は別ルートと言っても門番の部屋を通らないだけで、途中からは来た道をそのまま帰ることになるんだよな。
これは最短ルートであればという話なのだが、大手カンパニー同士の物資輸送ですれ違うことにはならないのだろうか?
ああ……そうならないように予定を組んでいるから、街へ戻る日をずらしているのか。
そんな推察をしつつ、暗視ゴーグルからの赤外線で襲ってくる魔物達を狩りながら街へ帰還した。
早い時間だからか売っている女性達はおらず、俺はすんなりダンジョン前の広場を離れると……物陰で"モーズ"になってギルドの解体場へ向かう。
今後のことを考えると、"コージ"としてフレデリカに会うのもなるべく控えた方が良いだろうからな。
解体場に入ると空いており、俺は一番奥にあるフレデリカの受付へ向かう。
やはり空いているぶん目立ってるな、"コージ"のままじゃなくて正解だったか。
で、目当ての受付には当然フレデリカが居たわけだが……いつもと同じ退屈そうな様子ながらも、いつもと違ってボーっとした表情だった。
コンコン
「っ!?」
バッ!サッ、サッ……
机を軽くノックすると彼女は俺に気づき、背筋を伸ばすと髪をササッと整える。
「あら、今日は何の用?」
「……」
いつもの澄ました顔にはなったが、その顔には少々赤みがかっていた。
俺への態度に細かい変化が見られ、それに対してどう反応したものかと考えていると……黙っているのが"モーズ"だからだと思ったフレデリカは俺を手招きする。
それに応じてカウンターに身を乗り出すと、合わせて顔を寄せてきた彼女は俺の兜の面を上げた。
スィッ
「……んっ」
チュッ
「むぐ……いや、いきなりだな」
「いいでしょ?このぐらい」
いきなりされたキスに言及するも、フレデリカは笑顔でそう返す。
もちろん小声でのやり取りなので顔は近いままであり、ならばと俺はやり返す。
グィッ
「ンッ!……レロッ」
チュルッ……
いきなり彼女の後頭部に手を回してキスしてやったのだが、そのまま受け入れられた上に舌を入れて絡め合わせてきた。
この反撃はコイツを喜ばせるだけだったようだ。
それがわかったのでフレデリカの頭を解放するも、彼女はその体勢を維持したのでこちらから離れた。
俺は一息つくと、本来の用件について話すことにする。
「"フータース"の件は?」
「あぁ、ウェンディにはもう言ってあるわ。簡単に決められる事じゃないからか返事はまだだけど、私の提案を受けるんなら後はアンタが契約書にサインを入れるだけなんじゃない?」
聞けば……夜に使いを出すのは基本的に緊急の連絡で目立つので、この件については今日の朝に届けさせたらしい。
「動きが早いな」
「アンタの気が変わる可能性はあるでしょ?」
「いやいや。対価か契約料かはわからんが、受け取った以上は反故にしたりしないぞ」
その言葉にフレデリカはニヤリとする。
「それは良かったわ。言葉通り身体を張ったんだし、その効果はあったみたいね」
むにゅり
そう言いながら腕で胸を持ち上げる彼女だったが、セリフはそこで終わらなかった。
「昨日言ったとおり……あれで終わりじゃないからね?」
「あー……言ってたな」
やはり、コイツも次の機会を期待しているようだ。
昨日は楽しんでいたようだし、それ自体は気分がいいのだが……
「良家のお嬢様だろうに」
「アンタの前じゃただの女になったのよ♪チュッ」
再び顔を寄せてきたフレデリカを口唇で受け止めると、今度はすぐに離れたので俺も面を下ろして受付を離れようとする。
「もう行くの?」
「お前に対応してもらえるだけでも目立つからな。今後、ここには偶にしか来ないぞ」
「まぁ、それが良いでしょうね」
先程の態度の割にはあっさりだな……まぁいいか。
「じゃあな」
そう言って受付を離れようとする俺だったが、その俺に彼女は言う。
「あ、そうそう。今夜はアンタが借りてる部屋に居なさいよ」
「えっ?まさか来る気か?」
「ええ。モノカがね」
再び近づき小声で聞いた俺に、フレデリカがニヤリとしてそう返す。
こいつが来るのかと思ったのだが、モノカさんが来るつもりなのか?
確かに、彼女は次の機会にと言っていたが……
「"次の機会"にしては早すぎないか?」
「昨日、イリスがいる上にもう1人同行者を増やしたって言ってたでしょ?」
「ああ」
「それを教えてあげたから、ただでさえ出遅れてるのに勿体ぶってる余裕はないって考えたんじゃない?教えてあげたその場で決めてたわ」
フレデリカと別れ、解体場を出ながらモノカさんの事を考える。
本人が次の機会には自分をと言っていたので、いずれその機会は来るのかもと思ってはいたが……部屋に帰る予定が出来たな。
今夜と言っていた以上は夜に来るのだろうし、放って置いて事件にでも巻き込まれたら気が咎める。
勝手に決められた予定だし俺のせいではないと言えなくもないが、来ると聞いたからにはそれを防げる手段が俺にあったってことになるからな。
このまま孤児院に行ってキャンセルさせてもらうことも可能ではある。
ただ……今日はフェリスやタイアの件もあり、正直言って女を欲してるんだよな。
先程のフレデリカとのやり取りもあったし、不満だったつもりはないが不完全燃焼ではあったのか?
そんなわけで。
モノカさんとの事は今夜の楽しみということにし、俺は用事を済ませるために"フータース"へ向かった。
"モーズ"として契約するのだからとその姿のままで店へ到着した俺だったが……前回と違って1人である。
"モーズ"は喋ることができない設定であり、そうなると筆談でウェンディさんに取り次いでもらうことになるよな。
となれば俺が本人だということを証明してくれる人がおらず、顔を隠したままではこの商会の重役である彼女に取り次いでもらえない可能性がある。
……面倒だがイリスを連れてくるか。
そう判断した俺が店の前から立ち去ろうとしたところ、
「いらっしゃいませ!本日もお得な商品が揃ってますよぉっ♪」
ガシッ、グィッ
と"フータース"の女性店員に腕を取られ、やけに強引な客引きをされる。
「……」
グィッ
「……」
グィッ、ムニュリ
今は喋れないので掴まれている腕を引くが、彼女は胸を押し付けるほどに距離を詰めてきた。
肩を叩かれるなど、接触によって呼ばれる場合を考慮して魔鎧の触感を有効にしている。
そのため腕に感じる柔らかな感触は嬉しくも……一旦店を離れようとしている今は少々困るんだよな。
なのでもっと強く拒否をしようとしたのだが、そこで密着するほど近くなった女性店員が囁いた。
「モーズ様、ウェンディ様がお待ちです」
というか……正確に言うと俺が魔石の反応でウサギがいる方向へ誘導した、ということなのだが。
ここで出てくる魔物はほとんどがウサギらしく、多く取れるので街の店でもお手頃な値段で提供されるようだ。
何なら街の外へも出荷されるそうな。
俺はすでに荷物が一杯だと言ってウサギを獲る機会を譲り、その結果マルドとウィットの荷物が一杯になった。
そうして、2人は宿泊地としている"金獅子"の拠点で換金すると言い出すことになったのである。
「なんか今日は数が多いな。金になるからいいんだが、流石に多すぎると動きづらくて危ねぇか」
「そうだな。拠点に戻って換金しようぜ」
「ああ。つっても査定の木札になるだけだがな。帰りの便は2日後だっけ?」
「だったかな。"宝石蛇"なら明日だったはずだが」
「あっちは高ぇ金を払うんならって形だし、2日後の"金獅子"でいいだろ」
「だな」
そう話す2人に、気になった"帰りの便"について聞く。
「"帰りの便"ってのはなんですか?」
「ん?あぁ、ここまで来たのが初めてならまだ使ったことねぇか」
「簡単に言うと商隊について行くようなもんだよ。大手の一部が帰るときに、金払って同行するんだ」
「へぇ、そんなものが」
どうやらそう言うサービスがあるらしい。
同行する側も冒険者であり、戦闘になれば戦力にはなるはずだが……強い魔物が多い第3区では数が多ければいいというわけではなく、高い戦力を持つ少数の冒険者で対応するほうが被害は少ないそうだ。
周囲に電撃を撒き散らす狼なんかもいたしな。
で、その高戦力の少数精鋭を抱えるのが大手のカンパニーであり、その中でも"金獅子"は取引相手である冒険者が無駄に減るのは都合が悪いのでこういったサービスをやっているようだ。
行きでそういうサービスがないのは足手まといを嫌ってのことらしく、帰りであれば少なくとも第4区まで来れる実力があると判断されるんだろうな。
"宝石蛇"も高額な料金を支払えば、という形でやってはいるらしいが、基本的に利用する人はいないようだ。
"銀蘭"はカンパニーの性質上、そういったサービス自体をやっていないとのこと。
第4区まで女性のみで到達できる人達がほぼおらず、男女混成のチームを受け入れる気がないからだろうな。
拠点へ戻る2人に「もう少し見て回る」と言って別れ、俺は再び1人で草原を探索する。
目的地は……第5区への入口だ。
地図によれば第4区はどこまでも広がる草原らしく、それが自分でも確認できたのでここの先を見てみようと思った。
ここに門番などは居らず、4区に入ってきた通路から真っ直ぐ進んだ先に街にある門と似たものがあるらしい。
だからか第4区の地図は非常に簡素であり、拠点の位置と門の位置が書いてあるだけだった。
これで10000オールは高くないか?と思わなくもないが……この程度も出せない冒険者はそこまで行く実力がないということになるからな。
何なら、前の地区の地図を買えないと次の地区の地図は売ってもらえない場合があるらしい。
つまり……地区に関係なく、地図を買うかどうかでも冒険者としての資質をチェックされているわけだ。
そういったことでもギルドは冒険者を"ふるい"に掛け、無駄な人的損失を避けようとしてるんだろうな。
そんな地図を参考に第5区への入口に向かうと、遠くに門のような物が見えてきた。
できれば門の奥に広がる第5区を覗いてみたかったのだが、その近くに人が居るようにも見えたのでそれ以上近づくのは止めておく。
マルドとウィットの反応から、第4区なら単独での下見もアリではあるようだが……このまま1人で第5区を覗きに行くのは不自然だろう。
透明化は……"銀蘭"の拠点からは離れており透明な俺を感知できるフェリスはそこへ戻ったようだが、一旦用心して封じておくつもりである。
というわけで、第5区への門を確認できただけで良しとした俺はここで引き返し、拠点のある広場へと戻ることにした。
さて、広場に戻ってきたはいいがどうするか。
夕暮れに浮遊して戻ってくるつもりだったが、予定を変更して早めに戻ってくることにしたので普通に徒歩で戻ってこれた。
時間は……"今の時間を表示した時計"を作成すると15時ぐらいだった。
ダンジョンの外なら夕暮れには少し早い時間だな。
どうせなら夜の様子も見ておきたいし、今後利用する可能性があるので"金獅子"の拠点を見てみたいのだが……変に詮索されたりはしないだろうか?
すでに通行証らしき物を持つ人が入っていくところは見ていたが、初めて利用する人を見ていないのでどんな手続きがあるのかが不明なんだよな。
マルドとウィットには複数人で来ていて1人で偵察していたと誤魔化したが、実際は1人で来ているのでそれを話せば珍しく思われてしまうだろう。
実は仲間がいて後から来ると言っても……危険の大きい第3区で別行動をし、そのあとに拠点へ仲間が来ないというのは色々と疑われてしまうかもしれないしな。
透明になるのは当然無理だ。
広場に戻ったということは先程より拠点に近く、自分の拠点へ戻ったらしいフェリスに感知されるだろうからな。
それを考慮すると、姿を消して拠点を利用するための手続きを観察することももう出来ない。
……今日は帰るか。
"モーズ"を"フータース"に所属している形に、という話をフレデリカに確認しておきたいし、人目の少ない早目の時間に戻ったほうが良いかもしれないしな。
そう決めた俺は帰還を開始する。
俺が通ってきた第4区への通路は大きな岩山の中にあり、第3区へはこの通路の裏側にある入口からだと地図に書かれていた。
ほぼ真裏のようだが……あの長さの通路なら同じ通路のように思えるも、地図上では1本の通路が途切れた形で表現されている。
行き先が違うし、別の通路だという扱いなのかな。
通路を内包する岩山を見上げる。
"金獅子"の拠点を観察した際に10mぐらいの高さで浮いていたので見ていたが……高さ50mぐらいありそうな岩山は頭頂部が割と平坦に見え、街へ来る前に住んでいた森の岩山が思い出された。
上り下りを見られさえしなければ、上でテント張っても良さそうだ。
というか、それが可能なら風呂場代わりに部屋を借り続けなくてもいいのだが。
でもせっかく紹介してもらったわけだし、短期間で契約を解除すれば次に借りるのが難しくなるかもしれないか。
などと考えながら俺は岩山の裏手へ向かった。
人に見られている可能性を考慮し、ウサギを探しているフリをしながら第3区への通路に到着し入ってみる。
おそらく見られてはいないはずだが……
第3区への通路は奥が暗くなっているだけであり、ある程度進んだところで暗視ゴーグルと透明化を使って帰路に着く。
振り向いてみると……第4区に繋がる出入り口は見えなくなっていた。
地図の注意書きによれば、この通路はある程度進むと戻れなくなるという一方通行らしい。
戻ろうとしても第4区へは辿り着けないが、進もうとすれば第3区へ進めるという仕様なのだそうだ。
そして、第3区の復路は別ルートと言っても門番の部屋を通らないだけで、途中からは来た道をそのまま帰ることになるんだよな。
これは最短ルートであればという話なのだが、大手カンパニー同士の物資輸送ですれ違うことにはならないのだろうか?
ああ……そうならないように予定を組んでいるから、街へ戻る日をずらしているのか。
そんな推察をしつつ、暗視ゴーグルからの赤外線で襲ってくる魔物達を狩りながら街へ帰還した。
早い時間だからか売っている女性達はおらず、俺はすんなりダンジョン前の広場を離れると……物陰で"モーズ"になってギルドの解体場へ向かう。
今後のことを考えると、"コージ"としてフレデリカに会うのもなるべく控えた方が良いだろうからな。
解体場に入ると空いており、俺は一番奥にあるフレデリカの受付へ向かう。
やはり空いているぶん目立ってるな、"コージ"のままじゃなくて正解だったか。
で、目当ての受付には当然フレデリカが居たわけだが……いつもと同じ退屈そうな様子ながらも、いつもと違ってボーっとした表情だった。
コンコン
「っ!?」
バッ!サッ、サッ……
机を軽くノックすると彼女は俺に気づき、背筋を伸ばすと髪をササッと整える。
「あら、今日は何の用?」
「……」
いつもの澄ました顔にはなったが、その顔には少々赤みがかっていた。
俺への態度に細かい変化が見られ、それに対してどう反応したものかと考えていると……黙っているのが"モーズ"だからだと思ったフレデリカは俺を手招きする。
それに応じてカウンターに身を乗り出すと、合わせて顔を寄せてきた彼女は俺の兜の面を上げた。
スィッ
「……んっ」
チュッ
「むぐ……いや、いきなりだな」
「いいでしょ?このぐらい」
いきなりされたキスに言及するも、フレデリカは笑顔でそう返す。
もちろん小声でのやり取りなので顔は近いままであり、ならばと俺はやり返す。
グィッ
「ンッ!……レロッ」
チュルッ……
いきなり彼女の後頭部に手を回してキスしてやったのだが、そのまま受け入れられた上に舌を入れて絡め合わせてきた。
この反撃はコイツを喜ばせるだけだったようだ。
それがわかったのでフレデリカの頭を解放するも、彼女はその体勢を維持したのでこちらから離れた。
俺は一息つくと、本来の用件について話すことにする。
「"フータース"の件は?」
「あぁ、ウェンディにはもう言ってあるわ。簡単に決められる事じゃないからか返事はまだだけど、私の提案を受けるんなら後はアンタが契約書にサインを入れるだけなんじゃない?」
聞けば……夜に使いを出すのは基本的に緊急の連絡で目立つので、この件については今日の朝に届けさせたらしい。
「動きが早いな」
「アンタの気が変わる可能性はあるでしょ?」
「いやいや。対価か契約料かはわからんが、受け取った以上は反故にしたりしないぞ」
その言葉にフレデリカはニヤリとする。
「それは良かったわ。言葉通り身体を張ったんだし、その効果はあったみたいね」
むにゅり
そう言いながら腕で胸を持ち上げる彼女だったが、セリフはそこで終わらなかった。
「昨日言ったとおり……あれで終わりじゃないからね?」
「あー……言ってたな」
やはり、コイツも次の機会を期待しているようだ。
昨日は楽しんでいたようだし、それ自体は気分がいいのだが……
「良家のお嬢様だろうに」
「アンタの前じゃただの女になったのよ♪チュッ」
再び顔を寄せてきたフレデリカを口唇で受け止めると、今度はすぐに離れたので俺も面を下ろして受付を離れようとする。
「もう行くの?」
「お前に対応してもらえるだけでも目立つからな。今後、ここには偶にしか来ないぞ」
「まぁ、それが良いでしょうね」
先程の態度の割にはあっさりだな……まぁいいか。
「じゃあな」
そう言って受付を離れようとする俺だったが、その俺に彼女は言う。
「あ、そうそう。今夜はアンタが借りてる部屋に居なさいよ」
「えっ?まさか来る気か?」
「ええ。モノカがね」
再び近づき小声で聞いた俺に、フレデリカがニヤリとしてそう返す。
こいつが来るのかと思ったのだが、モノカさんが来るつもりなのか?
確かに、彼女は次の機会にと言っていたが……
「"次の機会"にしては早すぎないか?」
「昨日、イリスがいる上にもう1人同行者を増やしたって言ってたでしょ?」
「ああ」
「それを教えてあげたから、ただでさえ出遅れてるのに勿体ぶってる余裕はないって考えたんじゃない?教えてあげたその場で決めてたわ」
フレデリカと別れ、解体場を出ながらモノカさんの事を考える。
本人が次の機会には自分をと言っていたので、いずれその機会は来るのかもと思ってはいたが……部屋に帰る予定が出来たな。
今夜と言っていた以上は夜に来るのだろうし、放って置いて事件にでも巻き込まれたら気が咎める。
勝手に決められた予定だし俺のせいではないと言えなくもないが、来ると聞いたからにはそれを防げる手段が俺にあったってことになるからな。
このまま孤児院に行ってキャンセルさせてもらうことも可能ではある。
ただ……今日はフェリスやタイアの件もあり、正直言って女を欲してるんだよな。
先程のフレデリカとのやり取りもあったし、不満だったつもりはないが不完全燃焼ではあったのか?
そんなわけで。
モノカさんとの事は今夜の楽しみということにし、俺は用事を済ませるために"フータース"へ向かった。
"モーズ"として契約するのだからとその姿のままで店へ到着した俺だったが……前回と違って1人である。
"モーズ"は喋ることができない設定であり、そうなると筆談でウェンディさんに取り次いでもらうことになるよな。
となれば俺が本人だということを証明してくれる人がおらず、顔を隠したままではこの商会の重役である彼女に取り次いでもらえない可能性がある。
……面倒だがイリスを連れてくるか。
そう判断した俺が店の前から立ち去ろうとしたところ、
「いらっしゃいませ!本日もお得な商品が揃ってますよぉっ♪」
ガシッ、グィッ
と"フータース"の女性店員に腕を取られ、やけに強引な客引きをされる。
「……」
グィッ
「……」
グィッ、ムニュリ
今は喋れないので掴まれている腕を引くが、彼女は胸を押し付けるほどに距離を詰めてきた。
肩を叩かれるなど、接触によって呼ばれる場合を考慮して魔鎧の触感を有効にしている。
そのため腕に感じる柔らかな感触は嬉しくも……一旦店を離れようとしている今は少々困るんだよな。
なのでもっと強く拒否をしようとしたのだが、そこで密着するほど近くなった女性店員が囁いた。
「モーズ様、ウェンディ様がお待ちです」
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今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
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異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~
ス々月帶爲
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元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。
対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。
これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。
防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369
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