マガイモノサヴァイヴ

狩間けい

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第46話

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結局、イリスの部屋を出たのは外がすっかり暗くなってからだった。

宿1階の食堂兼酒場は賑わっており、一般的な店に比べて少なめとは言え男性客が多い。

そんな場所にある程度は身綺麗にしているとはいえ、ヤリ終えてを強烈に発しているイリスを出すのは危険だろうと考えて、彼女の夕飯は部屋に運んでもらうことにする。


「……」

「……」


筆談を用いて頼んだのは別の従業員だったのだが、それを請け負ったのは俺に絡んできたあの女だった。

夕飯が入った籠を提げたその女は、俺に顔を寄せて匂いを嗅いだ。


「スン、スン……私がお相手すると言ったでしょう?」


不服そうな顔で言う彼女に、俺は筆談でこう返す。


「(何者かわからない相手に従う理由はない)」

「ぐ……」


暗に正体を明かせば検討はすると言っているのだが、それはあちらも困るようで……


「ハァ、今日のところはいいでしょう。ただ……女が欲しくなったら私に。いくらでもお相手しますので」


そう言って2階へ上がっていった。

今のイリスと会い、戻ってきたあの女が文句を言ってくるかもしれないので……俺はすぐに借りたばかりの部屋へ帰ることにする。




借りた部屋の建物へは酒場などで比較的明るい道を進むことができ、特に問題なく辿り着くことができた。

まぁ、途中で"コージ"に戻ると女性に誘われかけたりはしたのだが……匂いで事後だとわかるのか、すぐに諦めて離れていくなんて事はあったけどな。

そういう事があったので、女性ばかりだというここの住人にはなるべく会わないようにと願いつつ建物に入ると……ちょうど管理人室から出てきたサクラさんと出くわした。


ガチャ

「あら」

「あ、どうも」


彼女はそう返した俺と俺の背後を見る。


「……本当にお一人なんですね」

「え?はぁ、まぁ……」


おそらく……本当に部屋を1人で使うんだな、という意味なのだろう。

俺がそれを肯定すると、彼女は俺に顔を寄せてきた。


スッ

「スンスン……ああ、なるほど。外で済ませてこられたんですね」


俺が纏う事後の匂いを確認したらしく、頷きながら言うサクラさん。

微妙に恥ずかしいのだが……そんな俺に彼女は続けて言った。


「ここの住人に手を出されるよりはいいんですけど、できればそういった匂いはなるべく早く消してくださいね?」

「あ、はい」


こちらとしてもそのつもりなのでそう答えると、サクラさんは軽くため息をつく。


「ハァ、他の人もこれぐらい素直だといいんですが……」

「何か問題が?」

「問題と言うほどではないんですけど……まぁ何と言うか、の人が居て、毎回ではありませんが帰ってきたときには結構……」

「あー、それは……」


毎回ではないということは気をつけるようにはしているのだろうが、タイミングによっては匂いを残してしまう場合もあるのだろう。


「いやまぁ、その人もある程度は気をつけてるんで強くは言えないんですけど。これから寒くなるし水浴びはしづらくなるでしょうから、濡らした布で拭くにしても……」

「雑になりそうではありますね。髪にも匂いは残るでしょうし」

「ええ。実際ここ数年は毎年そうなんですよ……ハァ」


再びため息を付くサクラさん。

これから部屋で入浴するつもりの俺としては少々申し訳ない。

一応、ここには室内の水場があるのだが……俺の入浴手段を提供するわけにもいかないからな。


「じゃあ、くれぐれも程々に」


そう言うとサクラさんは水場の方へと去っていった。




……バタン、ガチャ

「ふぅ」


サクラさんと別れた俺は、自室に入ると一息ついた。

多少ではあるが、宿とは違った安心感があるな。

さて、主目的である入浴の準備に入るとしよう。

まずは……浴槽の保護とクッション性を確保するためにシリコンマットを敷き、その上にビニールの浴槽を膨らませた状態で作って設置する。

その周囲を衝立で囲んで水跳ね対策をし、後は浴槽にお湯を作り出すと……そのまま中で洗えるように洗剤を投入して泡風呂に。

準備が出来た所で再び裸になった俺は浴槽に浸かり、数日ぶりの入浴を堪能した。

その後は後片付けをして、夕食に牛丼を食べ終えると歯磨きをする。

状態が変化した物は魔力に戻せないようなので、口の中に残った物はちゃんと取ってしまわないとな。

水は魔力に戻せるので、適当なビニール袋に口を濯いだ水を吐き出して魔力に戻すと……ベッド等を作り出し、久しぶり(?)にスッキリとした睡眠に入った。






翌朝。

朝食(海苔弁とサラダ)を取るとベッド等を魔力に戻し、ゴミ袋を鞄に入れて部屋を出る。

1階の水場にあるトイレで袋や料理が入っていた容器だけを魔力に戻し、入浴や歯磨きで出た廃棄物を水で流すつもりなのだ。

誰にも会うことなく1階へ降りると水場の方へ向かい、トイレより手前にある台所のような場所の前を通るのだが……そこである女性を見かけた。

昨日会った、302号室の住人であるミラさんだ。

水を運び込みやすくするためかここにはドアがなく、通れば普通に中が見える。

そこで洗い物をしていたミラさんは俺の足音に気づいたようで、俺だとわかると声を掛けてくる。


「あら、おはようございます」

「おはようございます。洗い物ですか」

「ええ、まぁ……そちらは外出されるんですか?」


洗い物かと聞くと微妙な反応をされた。

おそらく、注目されたくない部類のものなのだろう。

外出すると思われたのは鞄を背負っているからだな。

というわけで、俺は外出先を彼女に教える。


「ええ。これからダンジョンに」

「あぁ、そうなんですか……その、大丈夫なんですか?」

「はぁ。まぁ、今のところは」

「……」


俺の答えに心配そうな顔をするミラさん。

今後は奥へ行くつもりなのでこういう言い方をしたが、それが心配させてしまったのだろうか?

そう思っていると……彼女は気を取り直したように明るく取り繕う。


「あっ、すみません。部屋を借りられるぐらいですし、問題ありませんよね」

「えぇ、まぁ」

「じゃあ、私は洗い物のほうに。お引き止めしてすみません」


そう言うとミラさんは洗い物を再開したので、俺はその場を離れてトイレへ移動した。

何だったんだ?と思いつつも用を済ませ、洗い物を続けていた彼女を横目に建物を出た。



薄暗い中、いつものように人気のない路地で"モーズ"になるとダンジョンへ向かう。

今日はいつもと違ってリヤカーを引いており、その荷台には水や食料が入っている体で木箱を乗せておいた。

これはセリアから受け取る魔法の触媒を隠すためと、魔石の量から稼ぎを予測されないためでもある。

よくわからないがフレデリカの話に乗るなら必要な対応だろうし、帰りにを受けることも減らせるだろう。

なるべく注目されないほうが良いだろうと、車軸以外は木製だしな。

それにしても……ウェンディさんに横流しねぇ。

どういうつもりなんだか。

まぁ、今はセリアから無事に荷物を受け取り、今後も俺達に同行するのを諦めさせることに集中しよう。



というわけで……リヤカーをゴロゴロと言わせながらダンジョン前の広場へ到着すると、イリスとセリアを探し始める。

今日も朝から若手の冒険者がごった返しており、人手が足りないらしいチームからは勧誘の声が上がっていた。

セリアは格好で聖職者だとわかり、強引な勧誘をされたりしないだろうから……まずはイリスだ。

彼女に関しては、を受け付けていないことを表明する赤いスカーフがある。

イリスが身に着けている物は俺が作った物にすり替えており、それによって位置がわかるのですぐに見つけられた。

で、見つけたのはいいのだが……今回も男の集団に絡まれているイリス。

彼女は女だとわかりにくいようにフード付きのローブも持っており、それを被っていたようだが……フードを取って顔を晒しているな。

それでは意味がないことをわかっているだろうし、イリスが女だと気付いた男達に剥がされたかな?

俺は勧誘している連中の背後に回り、イリスの視界に入ると手を振ってみる。

声を出せない設定だからなのだが……彼女はすぐに気づき、男達を避けて笑顔で俺に駆け寄った。


「おはよう、モーズ♪」

「(コクリ)」


それに頷いて応えると、さっきまでイリスを誘っていた連中が絡んでくる。


「おい、見た限りじゃそいつは1人じゃねぇか。俺達4人よりもそっちが良いってのか?」

「そうよ?」

「なっ!?」


あっさり答えたイリスに驚いた男達は、すぐに剣呑な雰囲気を漂わせてきた。


「オイオイ、舐めたこと言ってくれるじゃねぇか。なら、そいつをブチのめしたら俺達のモンになるってことだよなぁ?」


なぜそうなる、と言いたいところだが……話せない設定なので筆談の道具を出そうとすると、その前にイリスが言葉を返す。


「やめておいたほうが良いわよ。これからダンジョンに入るんでしょ?無駄に怪我でもして稼げなくなるのは困るんじゃない?」

「はぁ?4対1で怪我人が出るとしたらソイツのほうだろ」

「1人も怪我人が出ないとは限らないでしょ。ならダンジョンの中で頑張ったほうが良いんじゃないかしら」

「…………おい」

「「ボソボソ……」」


イリスの言葉に男達は集合して密談すると……あっさりと彼女を諦めた。


「チッ、行くぞ」
「「おう」」


リーダー格らしき男がそう言うと男達は去っていき、そのままダンジョンへ入っていった。


「わかってくれたみたいで良かったわね」


満足そうにそう言うイリスだったが……俺にはそう見えなかったな。

こういう事があり得るので、当初は俺1人で触媒の受け取りに来ようと考えていたのだ。

だが……俺は彼女の護衛という設定があるので、彼女抜きでダンジョンへ入るのは不自然かと考え同行してもらうことにした。



男達が見えなくなったところでイリスに経緯を聞こうとすると、そこで少し離れた場所から声を掛けられる。


「モーズさーん……」


その声がする方へ目を向けると、小走りでセリアがこちらへやって来た。


タタタ……
ぶるぶるぶる……


彼女はリュックを背負っており、両肩のストラップで強調された胸が弾んでいる。

良い揺れだ。


そんなことを思っている間に彼女は俺達の傍まで来ると、軽く乱れた呼吸を整えて話しかけてくる。


「ふぅ。おはようございます、モーズさん。そちらがイリスさんですか?」

「ええ、そうよ。貴女がセリアさんね?」

「はい。今日よろしくお願いします!」


人目のある場所では俺が話せないのでイリスが応対したのだが、すでにチームに入ったかのようなセリアの発言に彼女は俺へ視線を送ってきた。

当然、俺は首を横に振る。

イリスはそんな俺の反応にセリアが勝手に言っているだけだと察し、その点についてはスルーすることにしたようだ。


「えーっと……まぁ、よろしく。荷物のほうは大丈夫かしら?」

「はい!ちゃんと用意しております」


その返事に安心した俺達は、意気揚々とダンジョンへ入ったのだが……




しばらくして、第2区の人気が無い場所で触媒を受け取ることになるも、出されたそれにイリスが疑問を呈する。


「……少なくない?」


セリアが鞄から出してきた魔法の触媒は、"フータース"で買ったはずの量よりもずいぶん少なかった。
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