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10話
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「あら、おかえり。丁度いいわ」
自宅へ戻った俺に掛けられたのは、母のそんな言葉だった。
「ん?何が?」
「いや、あんた今日は外で何かやってて井戸からの水を汲んできてないでしょ。明日の朝までの分用意しておかないと困るわよ?」
「あ、そう言えば」
石鹸作りと肉欲に時間を費やしていて、重要なお仕事を忘れていたことを指摘される。
飲料水は基本的に井戸から汲み上げた物のみが使われており、適宜各家庭で確保するのがこの村での常識だ。
明かりなどはほぼ無いので、大抵は夕飯時から朝食までの水を用意しておかなければならない。
「すぐ汲んでくるよ」
そう応えて壺を持ち出そうとする俺だったが、母も俺より大きい水瓶を運ぼうとしていた。
「そっちは父さんに任せたら?」
「今日は外の見回りに出るって言ってたから、遅くなるかもしれないし私が汲んでおこうと思ってね」
これは時々あることで、父の帰りを待っていたら暗くなってしまい、もう暗いからと疲れている父が再び水汲みに外出することになったことがあるらしい。
というわけで、母は腰の高さほどもある水瓶を運ぼうとするが……中身が少ない今ならともかく、十分な量の水が注がれた水瓶は結構な重さになるはずだ。
ゴーレムの力で近くに流れる川から"飲める水"を収集してみてもいいのだが、現時点では飲用しても問題ないかの確認はできていないんだよな。
この村では医者と言えるほどの人はおらず、民間療法に詳しい老婆がいる程度だ。
腹を壊したりしてもすぐに治まるような薬はないので、常飲している井戸水を汲んでくるほうが安心できる。
そんなわけで井戸へ汲みに行くのは確定なのだが、母が使おうとしている水瓶をそのまま運ぶのは大変なので……ちょっと手を加えることにした。
「ちょっと待って」
「え?なに?」
そう返す母を手で制すと、俺は周囲を見回した。
えーっと……ああ、自分の部屋に運んだんだった。
俺は思い浮かべたそれを自室から持ち出し、水瓶のある場所まで転がしてきた。
「あら、昨日の石板じゃない」
俺が持ち出したのは、母が言った通り昨日作った石の円盤だ。
「ちょっと水瓶を運びやすくしようと思って」
そう言うと俺は魔石を取り出し、石板の形状を変化させる。
簡単に言うと……箱状の荷車だ。
2つの車輪に真っ直ぐ立てるためのスタンドになっていて、引いて移動させる買い物用のカートと同じ形である。
上部と後部が空いており、後部は下部30cmほどが塞がれているが……これは水瓶の形状的に縦長となり、重心が高くなってしまうのを考慮してのものだ。
路面は舗装されておらずガタガタで、押して移動させるタイプは不向きなので……下部は箱状、後部の中間辺りにロープを渡せるようにして荷車から落ちない形にしておいた。
これに一輪車のような取っ手が2本あり、引いて運ぶことを想定している。
積んだり下ろしたりで持ち上げるのは一時的に2、30cmで済むので、運ぶこと自体は楽になるはずだ。
リヤカーのように前部で横棒を渡せば片手でも引けるだろうが、それだと荷下ろしの際に屈んだり乗り越えたりで面倒だろうからな。
で、実際に家の中で試してもらうと問題なかったようで、
「うん、いいわね。これ」
ゴロゴロと水瓶を引く母が満足そうなので早速井戸へ向かうことにし、俺は自分が担当する壺を背負子で背負って共に行くことにした。
井戸に到着すると先客がおり、母が引く水瓶に目を引かれながらも話しかけてきた。
ベラさんという、母よりも幾分年上のあばさんだ。
「あら、レベッカも水汲み?」
「ええ。今日は夫が外だから」
「大変よねぇ。魔物が居そうだったら、ある程度調べ回らなきゃならないし」
「まぁ、いつものことだから」
母がそう話すと、ベラさんは母が引く荷車について聞いてきた。
「で、その荷車は何?水瓶用に作ったの?」
「ええ、ジオが作ってくれて」
「ああ、ゴーレム?を作れる力が使えるようになったのよね?」
「もうご存知で?」
「ええ、朝から噂になってたわよ。年の近い娘かその親に狙われそうだから、十分気をつけたほうがいいと思うわ」
ありえない話じゃないので、気をつけたほうがいいのは確かだろう。
お応えできない状況になる可能性が高いしな。
それは母も危惧しているのか、
「ええ、わかってます」
と答えていた。
そんな母にベラさんが荷車について聞いてくる。
「ロープ以外は石かしら?」
「ええ。使い道のなかった石材があったので」
木製でも良かったが、家の補修用の板材と薪ぐらいしかなく、必要なときに足りなくては困るのでそれらは使わなかったんだよな。
それを聞いてベラさんは自分も引いてみたいと言うので、母は水瓶が載った荷車を引かせてあげた。
井戸の周りをぐるりと回り、彼女は頷いて荷車を母へ返す。
「うん、いいわねこれ。私にも作ってもらえないかしら?」
「えっと……ジオ、どう?」
「魔石があるんならいいんだけど……」
硬い物は変形コストが高く、この件で残りの魔石は2つとなった。
リーナさんのご友人達の件もあるし、これ以上は消費できない。
俺がそう答えるとベラさんは残念そうながらも、次に商人が来たら魔石を買っておくからと予約を入れて帰っていった。
で、ベラさんが帰った後は水汲みだ。
人の多い町などでは手押しポンプがあるらしいが、この村では滑車で引き上げる形である。
東西どちらからも商人は来るが、その頻度が少ないから井戸の整備はこの程度に留まっているのだろうか。
イマイチこの村の立地を把握しきれていないんだよなぁ。
今後のことを考えると詳しく聞いておいた方が良いのだろうが、村を出たがっていると思われるのも心外だ。
美人母娘といつでもヤれる……もしくはヤられる環境が手に入ったわけだし、危ない目に合うかもしれない外へ行く必要はないからな。
まぁ、住環境を整えるために魔石を欲してはいるので、そのために弱い魔物の多い土地へ出稼ぎぐらいはしてもいいが。
とはいえ、これは権力者等に目をつけられない場合の話になるんだけどな。
そんな事を考えつつ水汲みを終え、俺達が家へ向かっていると……村の西口の方で騒ぎが起きていた。
村の内側ではあるが橋の掛かった川の向こう側で……1台の馬車と同行して来たらしい数人の男女が、身振り手振りで何かを伝えているようだ。
「「?」」
その様子に母と顔を見合わせる俺。
そんな中、村人と共にその一団の対応をしている父の姿を見つけ、無事ではあるが獲物は無さそうなことに少々複雑な心境になる。
「とりあえず水を運びましょ」
「はーい」
母も父の無事を確認するも、あちらの様子は気になるようだが……すぐに対応する必要があるなら誰かが触れて回るだろうし、そうでない以上は緊急事態というわけでもないからか水を家に持ち帰ることを優先した。
家に帰ると所定の位置に水瓶と壺を置き、夕飯の支度をする母を手伝っていると父が帰宅した。
「あ、おかえりなさい」
「おかえりー」
「ああ、ただいま」
村の外を見回っていたので冒険者姿であり、帰ってくるなり武装を解除していく父が俺と母にそう返す。
そんな父に、母は先程の騒ぎについて事情を尋ねた。
「西口で少し騒ぎになってたけど、何かあったの?」
「ああ。ちょっと……いや、結構な問題が起きたな」
「あら、穏やかじゃないわね」
緊急で対応が必要というわけではなさそうだが、言い直す程度には大きい問題が起きたようだ。
父は脱いだ防具の手入れをしつつ、その問題についての説明を始めた。
「簡単に言うと、落石が起きて道が塞がったそうだ」
それを聞いた母は不思議そうな顔をして父に聞く。
「落石?道が塞がるほどの?」
「向こうには左右が崖になった狭い場所があるからな。襲う側としては仕掛けやすいし、だからこそ商人は十分な戦力を護衛として用意して行く」
「狭い道があるのは聞いたことあるわ。でも落石ねぇ……そんなのが起こるほどの雨風が起きたの?この辺では起きてないけど」
「西で起きていたのなら、その後にこちらにもそれは来ているはずだ。だがこちらには来ていない以上、雨風が原因ではないだろう」
その発言に、母はやや険しい顔で父に確認する。
「まさか……盗賊?」
話に聞く限りでは物も人も略奪するらしく、当然一般人からは蛇蝎の如く忌み嫌われている存在が盗賊だ。
人である以上はそれなりに頭を使ってくるようで、場合によっては魔物以上に用心する必要があり、それ故余計な出費をさせられる商人達は天敵のように扱っている。
その結果が価格に反映されるので……母の険しい表情も納得だ。
だが、そんな母に父は首を横に振った。
「いや、それを報告してきた商人達によると魔物がやったらしい」
「魔物が?その人達はその場所を通ってきたのよね?岩が落ちる所を見てたの?」
「ああ。というか、魔物達が大岩を落とそうとしているのを見て急いで通ってきたそうだ。ゴブリンの集団だったからか落とすのに手間取っていたらしくてな。後ろからもゴブリン達が襲ってきたそうだから、道を塞いで立往生しているところを襲うつもりだったんだろう」
「それで急いで通り抜けたってことね。倒しきれないほど数が多かったのかしら?」
「上からも後ろからも投石があったらしいからな。それに……商人以外は若い女の冒険者ばかりだった」
「ああ、そう言えば。なるほどね」
先程見た商人一行を思い出したのだろう。
確かに商人以外は女性だったので、全速力で駆け抜けたんだろうな。
ゴブリンに囚われた女性のその後が容易に想像できるからか、更に険しい顔をする母とそれに釣られたように険しい顔をする父。
そこで俺が口を挟む。
「怪我人とかは出てないの?」
「……」
その問いに父は残念そうな顔をする。
「え、まさか死人とか……」
最悪な想像をした俺だったが……その言葉には否定の意を示す父。
「いや。死人は出ていないが、投石で骨に傷を負ったかもしれない娘が居てな。一応エイヤ婆さんが診てはいるが、骨の怪我は魔法以外だと寝ているしかないから時間が掛かりそうだ」
エイヤ婆さんとはこの村での医療担当みたいな人で、診療の最後に「エイヤッ!」とおまじないのようなことを言う人である。
それが効いているかは微妙なところだが。
にしても、複雑骨折でもない限りは父が言う通り寝ているしかなく、その人以外も多少の怪我はしているらしいので数日はこの村で商売をするつもりらしい。
積荷を減らしてその怪我人を乗せていくつもりだろうか。
怪我の箇所にもよるだろうが……まぁ、捻挫でも悪化すれば不味いと聞いたし、用心に越したことはない。
骨の怪我ねぇ……ん?
ここで俺はふと思いついてしまう。
ゴーレムはダメージを受けても魔力を消費して即座に回復していたが、それを人体に応用できないだろうか?
可能であれば……魔石の保有数次第だが、ある程度の怪我には対応できるようになる。
流石に死亡していては治せてもほぼ無意味だし、大量の出血や病気には対応できないとは思うが。
試してみたいところではあるが魔石は残り2つであり、試すとなれば自分の身体が無難というか一番問題が少ないと思うが……そもそもそのために自傷行為をする気はない。
人体にゴーレムの力を使って異常が出たら不味いしな。
まぁ、川の一部をゴーレム化してもそれ以外の部分は普通に流れ続けていたので、上手くいく可能性がないわけではないが……動物なんかで試せるといいんだけど。
そんな事を考えていると、話は塞がった街道の件に移った。
商人による物流は重要であり、生活に直結する問題なので心配するのは当然だな。
「それで、塞がった道はどうなるのかしら?」
「とりあえず明日、遠くから様子を見てくる。向こう側からもいずれは人が来るだろうから、大きな街へは連絡が行くとは思うが……こちらでも確認して、結果次第では領主様に対応して頂くしかないな」
「……気をつけてね」
「ああ」
父の立場上、止めることはできないとわかっている母はそう言うしかなく、父はそれに短く応えた。
翌日。
父は朝早くに、塞がった街道の状況を確認するために出発した。
川での洗い物が行われている中、街道が大岩で塞がれた件が盛んに話されている。
商隊に怪我人が出ていることも伝わっているのか、それをやったのが魔物だということも知られているようで皆不安そうにしていた。
そんな中、見慣れない女性が洗い物をしにやって来た。
赤っぽい髪を後ろで一纏めにした、リーナさんを一回り大きくした感じだな。
前世で言えば高校生ぐらいに見えるので、おそらく17歳前後だろう。
聞いた限りでは商人以外が冒険者のようだから彼女も冒険者のはずだが、武装はしていないので普通の村娘に見えなくもない。
昨日の件で怪我しているのか、頭に包帯を巻いているので頭に投石を受けたのだろうか。
まぁ、普通に動けてはいるようだが……
「おはようございまーす」
そう挨拶して、彼女は上流の汚れを拾ってしまわないようにかスカートをだいぶ捲り上げ、川の中ほどまで入って洗い物を始めた。
商人に貸し出される家は村長宅の直ぐ側であり、そこの備品である"たらい"に数人分の洗い物を入れて洗っているようだ。
今洗っているのは衣類だけのように見えるので、食器類も後ほど洗いに来るのだろう。
どうせなら商人の荷物に魔石がないかなどを聞きたいが、怪我人を抱えているわけだし、精神的に余裕がない可能性もあるので止めておくか。
後で商人自身から聞けばいいし……と思いながら見ていると、傍へリーナさんがやって来た。
「ジオ君。湯浴みの件は皆いつでもいいけど、できれば夕飯前にって……ん?あの人昨日来た冒険者よね?ああいう人が好み?」
リーナさんの友人達にも湯浴みをさせてあげるという件について話してきた彼女だが、洗い物をしている女性冒険者を見ていた俺にそう聞いてくる。
俺は村を出る可能性が高く、それについて行ける可能性は低そうだからか独占欲はないようで怒ったりしておらず、あくまでも興味本位で聞いているようだ。
「好みでないとは言えませんが……まぁ、別に」
「ふーん……ああ、さっき商人さんがお店開いてたって聞いたわよ」
「へぇ、じゃあ魔石の在庫見に行こうかな?昨日のでまた減ってますし」
「あ、アハハ……」
石鹸作りで減った魔石を更に減らした自覚があるからか、リーナさんは乾いた笑いで誤魔化そうとする。
「いや、別にいいんですけどね。俺も愉しみましたから。で、お友達の湯浴みは夕飯前がいいってのはわかりました。場所はリーナさんの家でいいですか?」
「あ、うん。ジオ君以外に見られなければどこでもいいって言ってたから」
ん?俺には見られる前提なのか?
別に俺が見ておかなければならない理由はないが……まぁいいや、見せてくれるなら見させてもらおう。
洗い物を終えた俺は母と同じ仕事をするというリーナさんと別れ、店を開いているという商人の元を訪れる。
住居兼店舗になっている建物に居たその商人は、若い男で中々のイケメンだった。
昨日は遠目にしか見てなかったのでわからなかったが……もしかすると、護衛の女冒険者達は彼のベッドにまで護衛する関係だろうか?
そんな事を考えていると、対応していた客が去った所で俺に声をかけてきた。
「おや、いらっしゃい。何か御用かな?」
おお、爽やかな笑顔だ。
これは女性客に人気がありそうだな。
そんな彼に挨拶を返し、俺は用件を伝えることにする。
「おはようございます。魔石は扱ってますか?」
「魔石?あるにはあるけど……どうするんだい?」
「最近、ちょっとした力に目覚めまして。それに魔石を使うんです」
「えっ、そうなのかい?どんな力なのか気になるんだけど……」
下手に聞き出すのは、親が秘密にさせていた場合に聞いたこと自体が問題になる。
なので驚きながらもその程度に留めた彼だったが……俺はあっさりとゴーレムの力について教えた。
いや、村で既に広まってるしな。
「わー……、本当なんだね。ただの土なのにこんなに硬いし」
ペシペシ
目の前で作った土人形を軽く叩きながらそう言う商人は、その手を止めるとこちらを見る。
「……ちょっと聞きたいんだけど、これって生き物にも使えるのかな?」
おっ。
ゴーレムの修復能力も説明したのだが、いきなりいい所に疑問を持ったな。
「わかりません。どうなるか不安だったので試してないんです」
「ああ、それもそうか。ゴーレムのように意思を持たない存在になってしまうかもしれないしね」
商人は不安な点についてもすぐに察して納得した。
おそらく、護衛の怪我人を治すのに使えないかと考えたのだろう。
その結果人としての意識を失ってしまう可能性に思い当たったようで、一旦落ち着いたのだが……
「……うん、ちょっと来てくれるかな?」
と言って俺を滞在している家へ誘ってきた。
如何わしい理由でないのはわかるが、流石にそれを確認せずについて行くほど能天気ではない。
「いや、用件も聞かずについて行けませんよ」
「あ、そうか。人に使うのは不安なんだよね?だったら動物で試してみたらどうかと思って」
「動物?怪我した動物がいるんですか?」
「ああ。昨日、魔物の集団に襲われたんだけど……聞いてない?」
「聞きました」
「それで雨みたいな投石を受けて、骨にまで傷を受けたらしい護衛も出てしまったんだけど、馬車を引く馬も結構な傷を負っていてね」
「その馬で試してみる、と?使い物にならなくなるかもしれませんし、責任は持てないんですが……」
「わかってるよ。ただ、上手く行けば護衛の怪我も治せるかもしれないんだろ?なら……試す価値はある。当然、失敗しても責任取れなんて言わないよ」
「えーっと、使った魔石の代わりは頂けるんでしょうか?」
失敗だからといって魔石の補填をしてもらえないのは困る。
リーナさんの友人達の件があるし。
そんな心配をする俺だったが、商人からは気前のいい返事が発せられた。
「いやいや。上手く行かなくても倍にして返すし、上手く行ったら10倍にして返すよ」
「おお、いいんですか?」
喜ぶ俺に、商人は若干気まずそうな顔をする。
「いや、骨の怪我が治るんだったら小型の魔石を10倍に、なんて全然安いんだけど……治癒魔法がが使える人に頼むとかなりの大金を請求されるよ」
「そうなんですか。まぁ、今のところは10倍になるだけでも構いませんよ。試せる機会があるっていうのが重要なんで」
その発言に、商人はスッと目を鋭くさせた。
「君、歳の割にはずいぶん聡いんだね」
「そうですかね?」
「ああ。目の前の小金よりも遠くの大金が見えている」
損して得取れ、みたいなことがわかっているということだろうか?
「別に、そこまで大層な考えではないと思いますが……」
「見た目の歳には見合ってないかな。少なくともこのぐらいの村ではね」
ああ、教育レベルの話か。
確かに、この村で教育と言えるのは親から受けるものぐらいだからな。
ただ……今はその辺のことはどうでもいいので、
「はぁ、そうなんですか」
と、ちょっとやる気なさげに返しておく。
そんな俺の態度でゴーレムの力による治癒を試す気がなくなるのを恐れてか、鋭くしていた目を緩めて馬小屋へ誘導してくる。
「あっ、今はその件どうでもいいか!とりあえず馬で試してみよう!人まで治せたら魔石は20倍にして返すから!」
「はぁ、わかりました」
なるほど。
目の前のことで先のことを逃してしまいかけたところを見る限り、彼はまだ未熟ということなのだろう。
実験自体は試したいので止める気はないのだが、次の機会がなくなる可能性を危惧してか商人は上手く行った場合の見返りを20倍にした。
まぁ、多く貰えることになったからいいか、上手く行ったらだけど。
開いていた店を閉めた商人と馬小屋へ向かう。
商人の馬車を引いていた馬は一頭だけだったようで、だからかかなりの数の投石を受けていくつもの傷を負っていた。
競馬などでは思い切り鞭を振るう必要があるほど痛みには強いのだろうが、それでも動くのが億劫に見えるほどの態度である。
馬小屋に入ってきた商人に若干恨みがましい視線を送ったように見えたが……まぁ、彼のせいではなくとも、こんな目にあったら誰かを責めたくはなるだろう。
そんな馬を指して商人が俺に治療を促す。
「さぁ、やってみてくれ」
「じゃあ……」
ここでやるやらないの確認をすると、馬が不安がって暴れたりするかもしれない。
なので俺は魔石を取り出し、とりあえず怪我だとわかる部分をゴーレム化して修復させてみる。
「っ!?」
「どうだい?」
力の感覚だけでなく、魔石が接触したいくつかの傷のほうを不思議そうに見る馬。
その態度でもわかるが……傷は治ったし、意識もはっきりしているようだ。
「上手く行ったと思います。ただ、頭の方も試したほうがいいと思いますが」
意識という点では頭部が重要だろうし、頭の傷を治しても自我や記憶が失われては意味がない。
それは商人もわかっているようで、追加で必要になるかもしれないからと言って魔石の入った袋を持ってきた。
……何故か川で見かけたあの女冒険者も一緒だ。
「リョーガ、この子が?」
「ああ。少なくともいくつかの傷は治った」
女性にそう返しながら商人は俺に寄ってくると、袋を渡しながらその女性の紹介をする。
というか……商人はリョーガって名前なのか、初耳だ。
「彼女は護衛の1人で剣士のテレーナだ。防具が一番しっかりしていて怪我が少なかったから、雑用を手伝ってもらっているんだよ」
「テレーナよ。怪我が治せるって聞いたけど、傷跡も残らないの?」
問われて俺は馬を見た。
毛皮である動物だと見た目にはわかりにくいが、感覚としては治っていると把握している。
「頭の傷とか、もう少し残ってる傷を今から治すので見ていてもらえば」
「そう」
彼女は簡潔にそう返すと、馬の傷を注視する。
商人を見ると頷いたので、俺は馬の頭部へ魔石を飛ばした。
結果……馬の傷は全て治り、自我や記憶に問題はないようだ。
俺が治したことを覚えており、感謝しているのか頭を擦り付けてくる。
……馬の習性には詳しくないので、これが敵対行動である可能性がないとは言えないが。
ともあれ、無事に怪我を治せることが証明できると、俺の頭部は彼女の胸に埋められることになった。
剣士という割にはそこまで筋力を感じられず、女性らしい柔らかさが俺を包む。
「あのぅ……?」
「仲間の怪我を治してほしいの。その歳でも女の身体に興味はあるんでしょ?川でチラチラ見てきてたし……治してくれたら色々してあげるから」
「えーっと……」
言い淀む俺にテレーナさんは残念そうな顔をする。
「身体はともかく、顔は好みじゃなかった?」
「いや、そういうわけでは。怪我の治療はそちらのリョーガさんから報酬を貰うことになってますので……」
そう答えると、彼女はおかしなことを言い出した。
「えっ!?男の方が良いの!?」
「違います。報酬として使ったぶんの20倍の魔石を貰うことになってるんです」
迅速かつ正確に否定した俺。
そのような趣味はないからな。
そんな俺の返事に、テレーナさんは勘違いをしていたことを理解したようだ。
「ああ、そういうことなのね。なら、おまけで好きなだけ揉んでいいわよ♪」
そう言うと彼女は抱きしめる力を強めてきた。
嬉しい感触ではあるが、リョーガさん的には問題ないのだろうか?
「えーっと……それ自体はいいんだけど、とりあえず治療してもらわない?」
いいんかい。
護衛の女冒険者達とはそういう関係ではないのか。
単にテレーナさんはそうではないということなのかもしれないが……まぁ、それは置いておいて。
リョーガさんの言葉でテレーナさんの胸から開放された俺は、彼女の案内で怪我人が休んでいる部屋へ向かった。
自宅へ戻った俺に掛けられたのは、母のそんな言葉だった。
「ん?何が?」
「いや、あんた今日は外で何かやってて井戸からの水を汲んできてないでしょ。明日の朝までの分用意しておかないと困るわよ?」
「あ、そう言えば」
石鹸作りと肉欲に時間を費やしていて、重要なお仕事を忘れていたことを指摘される。
飲料水は基本的に井戸から汲み上げた物のみが使われており、適宜各家庭で確保するのがこの村での常識だ。
明かりなどはほぼ無いので、大抵は夕飯時から朝食までの水を用意しておかなければならない。
「すぐ汲んでくるよ」
そう応えて壺を持ち出そうとする俺だったが、母も俺より大きい水瓶を運ぼうとしていた。
「そっちは父さんに任せたら?」
「今日は外の見回りに出るって言ってたから、遅くなるかもしれないし私が汲んでおこうと思ってね」
これは時々あることで、父の帰りを待っていたら暗くなってしまい、もう暗いからと疲れている父が再び水汲みに外出することになったことがあるらしい。
というわけで、母は腰の高さほどもある水瓶を運ぼうとするが……中身が少ない今ならともかく、十分な量の水が注がれた水瓶は結構な重さになるはずだ。
ゴーレムの力で近くに流れる川から"飲める水"を収集してみてもいいのだが、現時点では飲用しても問題ないかの確認はできていないんだよな。
この村では医者と言えるほどの人はおらず、民間療法に詳しい老婆がいる程度だ。
腹を壊したりしてもすぐに治まるような薬はないので、常飲している井戸水を汲んでくるほうが安心できる。
そんなわけで井戸へ汲みに行くのは確定なのだが、母が使おうとしている水瓶をそのまま運ぶのは大変なので……ちょっと手を加えることにした。
「ちょっと待って」
「え?なに?」
そう返す母を手で制すと、俺は周囲を見回した。
えーっと……ああ、自分の部屋に運んだんだった。
俺は思い浮かべたそれを自室から持ち出し、水瓶のある場所まで転がしてきた。
「あら、昨日の石板じゃない」
俺が持ち出したのは、母が言った通り昨日作った石の円盤だ。
「ちょっと水瓶を運びやすくしようと思って」
そう言うと俺は魔石を取り出し、石板の形状を変化させる。
簡単に言うと……箱状の荷車だ。
2つの車輪に真っ直ぐ立てるためのスタンドになっていて、引いて移動させる買い物用のカートと同じ形である。
上部と後部が空いており、後部は下部30cmほどが塞がれているが……これは水瓶の形状的に縦長となり、重心が高くなってしまうのを考慮してのものだ。
路面は舗装されておらずガタガタで、押して移動させるタイプは不向きなので……下部は箱状、後部の中間辺りにロープを渡せるようにして荷車から落ちない形にしておいた。
これに一輪車のような取っ手が2本あり、引いて運ぶことを想定している。
積んだり下ろしたりで持ち上げるのは一時的に2、30cmで済むので、運ぶこと自体は楽になるはずだ。
リヤカーのように前部で横棒を渡せば片手でも引けるだろうが、それだと荷下ろしの際に屈んだり乗り越えたりで面倒だろうからな。
で、実際に家の中で試してもらうと問題なかったようで、
「うん、いいわね。これ」
ゴロゴロと水瓶を引く母が満足そうなので早速井戸へ向かうことにし、俺は自分が担当する壺を背負子で背負って共に行くことにした。
井戸に到着すると先客がおり、母が引く水瓶に目を引かれながらも話しかけてきた。
ベラさんという、母よりも幾分年上のあばさんだ。
「あら、レベッカも水汲み?」
「ええ。今日は夫が外だから」
「大変よねぇ。魔物が居そうだったら、ある程度調べ回らなきゃならないし」
「まぁ、いつものことだから」
母がそう話すと、ベラさんは母が引く荷車について聞いてきた。
「で、その荷車は何?水瓶用に作ったの?」
「ええ、ジオが作ってくれて」
「ああ、ゴーレム?を作れる力が使えるようになったのよね?」
「もうご存知で?」
「ええ、朝から噂になってたわよ。年の近い娘かその親に狙われそうだから、十分気をつけたほうがいいと思うわ」
ありえない話じゃないので、気をつけたほうがいいのは確かだろう。
お応えできない状況になる可能性が高いしな。
それは母も危惧しているのか、
「ええ、わかってます」
と答えていた。
そんな母にベラさんが荷車について聞いてくる。
「ロープ以外は石かしら?」
「ええ。使い道のなかった石材があったので」
木製でも良かったが、家の補修用の板材と薪ぐらいしかなく、必要なときに足りなくては困るのでそれらは使わなかったんだよな。
それを聞いてベラさんは自分も引いてみたいと言うので、母は水瓶が載った荷車を引かせてあげた。
井戸の周りをぐるりと回り、彼女は頷いて荷車を母へ返す。
「うん、いいわねこれ。私にも作ってもらえないかしら?」
「えっと……ジオ、どう?」
「魔石があるんならいいんだけど……」
硬い物は変形コストが高く、この件で残りの魔石は2つとなった。
リーナさんのご友人達の件もあるし、これ以上は消費できない。
俺がそう答えるとベラさんは残念そうながらも、次に商人が来たら魔石を買っておくからと予約を入れて帰っていった。
で、ベラさんが帰った後は水汲みだ。
人の多い町などでは手押しポンプがあるらしいが、この村では滑車で引き上げる形である。
東西どちらからも商人は来るが、その頻度が少ないから井戸の整備はこの程度に留まっているのだろうか。
イマイチこの村の立地を把握しきれていないんだよなぁ。
今後のことを考えると詳しく聞いておいた方が良いのだろうが、村を出たがっていると思われるのも心外だ。
美人母娘といつでもヤれる……もしくはヤられる環境が手に入ったわけだし、危ない目に合うかもしれない外へ行く必要はないからな。
まぁ、住環境を整えるために魔石を欲してはいるので、そのために弱い魔物の多い土地へ出稼ぎぐらいはしてもいいが。
とはいえ、これは権力者等に目をつけられない場合の話になるんだけどな。
そんな事を考えつつ水汲みを終え、俺達が家へ向かっていると……村の西口の方で騒ぎが起きていた。
村の内側ではあるが橋の掛かった川の向こう側で……1台の馬車と同行して来たらしい数人の男女が、身振り手振りで何かを伝えているようだ。
「「?」」
その様子に母と顔を見合わせる俺。
そんな中、村人と共にその一団の対応をしている父の姿を見つけ、無事ではあるが獲物は無さそうなことに少々複雑な心境になる。
「とりあえず水を運びましょ」
「はーい」
母も父の無事を確認するも、あちらの様子は気になるようだが……すぐに対応する必要があるなら誰かが触れて回るだろうし、そうでない以上は緊急事態というわけでもないからか水を家に持ち帰ることを優先した。
家に帰ると所定の位置に水瓶と壺を置き、夕飯の支度をする母を手伝っていると父が帰宅した。
「あ、おかえりなさい」
「おかえりー」
「ああ、ただいま」
村の外を見回っていたので冒険者姿であり、帰ってくるなり武装を解除していく父が俺と母にそう返す。
そんな父に、母は先程の騒ぎについて事情を尋ねた。
「西口で少し騒ぎになってたけど、何かあったの?」
「ああ。ちょっと……いや、結構な問題が起きたな」
「あら、穏やかじゃないわね」
緊急で対応が必要というわけではなさそうだが、言い直す程度には大きい問題が起きたようだ。
父は脱いだ防具の手入れをしつつ、その問題についての説明を始めた。
「簡単に言うと、落石が起きて道が塞がったそうだ」
それを聞いた母は不思議そうな顔をして父に聞く。
「落石?道が塞がるほどの?」
「向こうには左右が崖になった狭い場所があるからな。襲う側としては仕掛けやすいし、だからこそ商人は十分な戦力を護衛として用意して行く」
「狭い道があるのは聞いたことあるわ。でも落石ねぇ……そんなのが起こるほどの雨風が起きたの?この辺では起きてないけど」
「西で起きていたのなら、その後にこちらにもそれは来ているはずだ。だがこちらには来ていない以上、雨風が原因ではないだろう」
その発言に、母はやや険しい顔で父に確認する。
「まさか……盗賊?」
話に聞く限りでは物も人も略奪するらしく、当然一般人からは蛇蝎の如く忌み嫌われている存在が盗賊だ。
人である以上はそれなりに頭を使ってくるようで、場合によっては魔物以上に用心する必要があり、それ故余計な出費をさせられる商人達は天敵のように扱っている。
その結果が価格に反映されるので……母の険しい表情も納得だ。
だが、そんな母に父は首を横に振った。
「いや、それを報告してきた商人達によると魔物がやったらしい」
「魔物が?その人達はその場所を通ってきたのよね?岩が落ちる所を見てたの?」
「ああ。というか、魔物達が大岩を落とそうとしているのを見て急いで通ってきたそうだ。ゴブリンの集団だったからか落とすのに手間取っていたらしくてな。後ろからもゴブリン達が襲ってきたそうだから、道を塞いで立往生しているところを襲うつもりだったんだろう」
「それで急いで通り抜けたってことね。倒しきれないほど数が多かったのかしら?」
「上からも後ろからも投石があったらしいからな。それに……商人以外は若い女の冒険者ばかりだった」
「ああ、そう言えば。なるほどね」
先程見た商人一行を思い出したのだろう。
確かに商人以外は女性だったので、全速力で駆け抜けたんだろうな。
ゴブリンに囚われた女性のその後が容易に想像できるからか、更に険しい顔をする母とそれに釣られたように険しい顔をする父。
そこで俺が口を挟む。
「怪我人とかは出てないの?」
「……」
その問いに父は残念そうな顔をする。
「え、まさか死人とか……」
最悪な想像をした俺だったが……その言葉には否定の意を示す父。
「いや。死人は出ていないが、投石で骨に傷を負ったかもしれない娘が居てな。一応エイヤ婆さんが診てはいるが、骨の怪我は魔法以外だと寝ているしかないから時間が掛かりそうだ」
エイヤ婆さんとはこの村での医療担当みたいな人で、診療の最後に「エイヤッ!」とおまじないのようなことを言う人である。
それが効いているかは微妙なところだが。
にしても、複雑骨折でもない限りは父が言う通り寝ているしかなく、その人以外も多少の怪我はしているらしいので数日はこの村で商売をするつもりらしい。
積荷を減らしてその怪我人を乗せていくつもりだろうか。
怪我の箇所にもよるだろうが……まぁ、捻挫でも悪化すれば不味いと聞いたし、用心に越したことはない。
骨の怪我ねぇ……ん?
ここで俺はふと思いついてしまう。
ゴーレムはダメージを受けても魔力を消費して即座に回復していたが、それを人体に応用できないだろうか?
可能であれば……魔石の保有数次第だが、ある程度の怪我には対応できるようになる。
流石に死亡していては治せてもほぼ無意味だし、大量の出血や病気には対応できないとは思うが。
試してみたいところではあるが魔石は残り2つであり、試すとなれば自分の身体が無難というか一番問題が少ないと思うが……そもそもそのために自傷行為をする気はない。
人体にゴーレムの力を使って異常が出たら不味いしな。
まぁ、川の一部をゴーレム化してもそれ以外の部分は普通に流れ続けていたので、上手くいく可能性がないわけではないが……動物なんかで試せるといいんだけど。
そんな事を考えていると、話は塞がった街道の件に移った。
商人による物流は重要であり、生活に直結する問題なので心配するのは当然だな。
「それで、塞がった道はどうなるのかしら?」
「とりあえず明日、遠くから様子を見てくる。向こう側からもいずれは人が来るだろうから、大きな街へは連絡が行くとは思うが……こちらでも確認して、結果次第では領主様に対応して頂くしかないな」
「……気をつけてね」
「ああ」
父の立場上、止めることはできないとわかっている母はそう言うしかなく、父はそれに短く応えた。
翌日。
父は朝早くに、塞がった街道の状況を確認するために出発した。
川での洗い物が行われている中、街道が大岩で塞がれた件が盛んに話されている。
商隊に怪我人が出ていることも伝わっているのか、それをやったのが魔物だということも知られているようで皆不安そうにしていた。
そんな中、見慣れない女性が洗い物をしにやって来た。
赤っぽい髪を後ろで一纏めにした、リーナさんを一回り大きくした感じだな。
前世で言えば高校生ぐらいに見えるので、おそらく17歳前後だろう。
聞いた限りでは商人以外が冒険者のようだから彼女も冒険者のはずだが、武装はしていないので普通の村娘に見えなくもない。
昨日の件で怪我しているのか、頭に包帯を巻いているので頭に投石を受けたのだろうか。
まぁ、普通に動けてはいるようだが……
「おはようございまーす」
そう挨拶して、彼女は上流の汚れを拾ってしまわないようにかスカートをだいぶ捲り上げ、川の中ほどまで入って洗い物を始めた。
商人に貸し出される家は村長宅の直ぐ側であり、そこの備品である"たらい"に数人分の洗い物を入れて洗っているようだ。
今洗っているのは衣類だけのように見えるので、食器類も後ほど洗いに来るのだろう。
どうせなら商人の荷物に魔石がないかなどを聞きたいが、怪我人を抱えているわけだし、精神的に余裕がない可能性もあるので止めておくか。
後で商人自身から聞けばいいし……と思いながら見ていると、傍へリーナさんがやって来た。
「ジオ君。湯浴みの件は皆いつでもいいけど、できれば夕飯前にって……ん?あの人昨日来た冒険者よね?ああいう人が好み?」
リーナさんの友人達にも湯浴みをさせてあげるという件について話してきた彼女だが、洗い物をしている女性冒険者を見ていた俺にそう聞いてくる。
俺は村を出る可能性が高く、それについて行ける可能性は低そうだからか独占欲はないようで怒ったりしておらず、あくまでも興味本位で聞いているようだ。
「好みでないとは言えませんが……まぁ、別に」
「ふーん……ああ、さっき商人さんがお店開いてたって聞いたわよ」
「へぇ、じゃあ魔石の在庫見に行こうかな?昨日のでまた減ってますし」
「あ、アハハ……」
石鹸作りで減った魔石を更に減らした自覚があるからか、リーナさんは乾いた笑いで誤魔化そうとする。
「いや、別にいいんですけどね。俺も愉しみましたから。で、お友達の湯浴みは夕飯前がいいってのはわかりました。場所はリーナさんの家でいいですか?」
「あ、うん。ジオ君以外に見られなければどこでもいいって言ってたから」
ん?俺には見られる前提なのか?
別に俺が見ておかなければならない理由はないが……まぁいいや、見せてくれるなら見させてもらおう。
洗い物を終えた俺は母と同じ仕事をするというリーナさんと別れ、店を開いているという商人の元を訪れる。
住居兼店舗になっている建物に居たその商人は、若い男で中々のイケメンだった。
昨日は遠目にしか見てなかったのでわからなかったが……もしかすると、護衛の女冒険者達は彼のベッドにまで護衛する関係だろうか?
そんな事を考えていると、対応していた客が去った所で俺に声をかけてきた。
「おや、いらっしゃい。何か御用かな?」
おお、爽やかな笑顔だ。
これは女性客に人気がありそうだな。
そんな彼に挨拶を返し、俺は用件を伝えることにする。
「おはようございます。魔石は扱ってますか?」
「魔石?あるにはあるけど……どうするんだい?」
「最近、ちょっとした力に目覚めまして。それに魔石を使うんです」
「えっ、そうなのかい?どんな力なのか気になるんだけど……」
下手に聞き出すのは、親が秘密にさせていた場合に聞いたこと自体が問題になる。
なので驚きながらもその程度に留めた彼だったが……俺はあっさりとゴーレムの力について教えた。
いや、村で既に広まってるしな。
「わー……、本当なんだね。ただの土なのにこんなに硬いし」
ペシペシ
目の前で作った土人形を軽く叩きながらそう言う商人は、その手を止めるとこちらを見る。
「……ちょっと聞きたいんだけど、これって生き物にも使えるのかな?」
おっ。
ゴーレムの修復能力も説明したのだが、いきなりいい所に疑問を持ったな。
「わかりません。どうなるか不安だったので試してないんです」
「ああ、それもそうか。ゴーレムのように意思を持たない存在になってしまうかもしれないしね」
商人は不安な点についてもすぐに察して納得した。
おそらく、護衛の怪我人を治すのに使えないかと考えたのだろう。
その結果人としての意識を失ってしまう可能性に思い当たったようで、一旦落ち着いたのだが……
「……うん、ちょっと来てくれるかな?」
と言って俺を滞在している家へ誘ってきた。
如何わしい理由でないのはわかるが、流石にそれを確認せずについて行くほど能天気ではない。
「いや、用件も聞かずについて行けませんよ」
「あ、そうか。人に使うのは不安なんだよね?だったら動物で試してみたらどうかと思って」
「動物?怪我した動物がいるんですか?」
「ああ。昨日、魔物の集団に襲われたんだけど……聞いてない?」
「聞きました」
「それで雨みたいな投石を受けて、骨にまで傷を受けたらしい護衛も出てしまったんだけど、馬車を引く馬も結構な傷を負っていてね」
「その馬で試してみる、と?使い物にならなくなるかもしれませんし、責任は持てないんですが……」
「わかってるよ。ただ、上手く行けば護衛の怪我も治せるかもしれないんだろ?なら……試す価値はある。当然、失敗しても責任取れなんて言わないよ」
「えーっと、使った魔石の代わりは頂けるんでしょうか?」
失敗だからといって魔石の補填をしてもらえないのは困る。
リーナさんの友人達の件があるし。
そんな心配をする俺だったが、商人からは気前のいい返事が発せられた。
「いやいや。上手く行かなくても倍にして返すし、上手く行ったら10倍にして返すよ」
「おお、いいんですか?」
喜ぶ俺に、商人は若干気まずそうな顔をする。
「いや、骨の怪我が治るんだったら小型の魔石を10倍に、なんて全然安いんだけど……治癒魔法がが使える人に頼むとかなりの大金を請求されるよ」
「そうなんですか。まぁ、今のところは10倍になるだけでも構いませんよ。試せる機会があるっていうのが重要なんで」
その発言に、商人はスッと目を鋭くさせた。
「君、歳の割にはずいぶん聡いんだね」
「そうですかね?」
「ああ。目の前の小金よりも遠くの大金が見えている」
損して得取れ、みたいなことがわかっているということだろうか?
「別に、そこまで大層な考えではないと思いますが……」
「見た目の歳には見合ってないかな。少なくともこのぐらいの村ではね」
ああ、教育レベルの話か。
確かに、この村で教育と言えるのは親から受けるものぐらいだからな。
ただ……今はその辺のことはどうでもいいので、
「はぁ、そうなんですか」
と、ちょっとやる気なさげに返しておく。
そんな俺の態度でゴーレムの力による治癒を試す気がなくなるのを恐れてか、鋭くしていた目を緩めて馬小屋へ誘導してくる。
「あっ、今はその件どうでもいいか!とりあえず馬で試してみよう!人まで治せたら魔石は20倍にして返すから!」
「はぁ、わかりました」
なるほど。
目の前のことで先のことを逃してしまいかけたところを見る限り、彼はまだ未熟ということなのだろう。
実験自体は試したいので止める気はないのだが、次の機会がなくなる可能性を危惧してか商人は上手く行った場合の見返りを20倍にした。
まぁ、多く貰えることになったからいいか、上手く行ったらだけど。
開いていた店を閉めた商人と馬小屋へ向かう。
商人の馬車を引いていた馬は一頭だけだったようで、だからかかなりの数の投石を受けていくつもの傷を負っていた。
競馬などでは思い切り鞭を振るう必要があるほど痛みには強いのだろうが、それでも動くのが億劫に見えるほどの態度である。
馬小屋に入ってきた商人に若干恨みがましい視線を送ったように見えたが……まぁ、彼のせいではなくとも、こんな目にあったら誰かを責めたくはなるだろう。
そんな馬を指して商人が俺に治療を促す。
「さぁ、やってみてくれ」
「じゃあ……」
ここでやるやらないの確認をすると、馬が不安がって暴れたりするかもしれない。
なので俺は魔石を取り出し、とりあえず怪我だとわかる部分をゴーレム化して修復させてみる。
「っ!?」
「どうだい?」
力の感覚だけでなく、魔石が接触したいくつかの傷のほうを不思議そうに見る馬。
その態度でもわかるが……傷は治ったし、意識もはっきりしているようだ。
「上手く行ったと思います。ただ、頭の方も試したほうがいいと思いますが」
意識という点では頭部が重要だろうし、頭の傷を治しても自我や記憶が失われては意味がない。
それは商人もわかっているようで、追加で必要になるかもしれないからと言って魔石の入った袋を持ってきた。
……何故か川で見かけたあの女冒険者も一緒だ。
「リョーガ、この子が?」
「ああ。少なくともいくつかの傷は治った」
女性にそう返しながら商人は俺に寄ってくると、袋を渡しながらその女性の紹介をする。
というか……商人はリョーガって名前なのか、初耳だ。
「彼女は護衛の1人で剣士のテレーナだ。防具が一番しっかりしていて怪我が少なかったから、雑用を手伝ってもらっているんだよ」
「テレーナよ。怪我が治せるって聞いたけど、傷跡も残らないの?」
問われて俺は馬を見た。
毛皮である動物だと見た目にはわかりにくいが、感覚としては治っていると把握している。
「頭の傷とか、もう少し残ってる傷を今から治すので見ていてもらえば」
「そう」
彼女は簡潔にそう返すと、馬の傷を注視する。
商人を見ると頷いたので、俺は馬の頭部へ魔石を飛ばした。
結果……馬の傷は全て治り、自我や記憶に問題はないようだ。
俺が治したことを覚えており、感謝しているのか頭を擦り付けてくる。
……馬の習性には詳しくないので、これが敵対行動である可能性がないとは言えないが。
ともあれ、無事に怪我を治せることが証明できると、俺の頭部は彼女の胸に埋められることになった。
剣士という割にはそこまで筋力を感じられず、女性らしい柔らかさが俺を包む。
「あのぅ……?」
「仲間の怪我を治してほしいの。その歳でも女の身体に興味はあるんでしょ?川でチラチラ見てきてたし……治してくれたら色々してあげるから」
「えーっと……」
言い淀む俺にテレーナさんは残念そうな顔をする。
「身体はともかく、顔は好みじゃなかった?」
「いや、そういうわけでは。怪我の治療はそちらのリョーガさんから報酬を貰うことになってますので……」
そう答えると、彼女はおかしなことを言い出した。
「えっ!?男の方が良いの!?」
「違います。報酬として使ったぶんの20倍の魔石を貰うことになってるんです」
迅速かつ正確に否定した俺。
そのような趣味はないからな。
そんな俺の返事に、テレーナさんは勘違いをしていたことを理解したようだ。
「ああ、そういうことなのね。なら、おまけで好きなだけ揉んでいいわよ♪」
そう言うと彼女は抱きしめる力を強めてきた。
嬉しい感触ではあるが、リョーガさん的には問題ないのだろうか?
「えーっと……それ自体はいいんだけど、とりあえず治療してもらわない?」
いいんかい。
護衛の女冒険者達とはそういう関係ではないのか。
単にテレーナさんはそうではないということなのかもしれないが……まぁ、それは置いておいて。
リョーガさんの言葉でテレーナさんの胸から開放された俺は、彼女の案内で怪我人が休んでいる部屋へ向かった。
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