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7話
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人間とは思えない速度で街を跳び回るデイタ。
目まぐるしく変わる光景。デイタに放されたら確実にあの世行きな高度への恐怖と、吹きつける風の強さにラムは目を閉じていた。自分で飛び降りるなら覚悟できるのだが、人に生殺与奪を握られていると思うと落ち着かない。
ふと、そんなラムをノイズが包む。
ノイズに気づいたデイタは腕を竜のようなものへ変化させた。そしてあろうことか変身中のラムのノイズを掴み、引き裂いた。
変身中だったからか着替え途中のように衣服がはだけ、ほっそりとした肩が露わになっている。外れかかった青色の下着が、頼りなくも最終防衛ラインを維持していた。
「は?」
初めての感覚にラムが戸惑う。外部からの干渉で力の行使を中断させられたことなんて一度もなかった。自分の体を確認して変身できなかったことを理解すると、再び変身しようとしてノイズが発生する。
それをデイタがもう一度引き裂いた。してやったり、と生意気な顔のデイタとラムの目が合う。
「……君がやったの?」
「どま~」
どんまいということだろう。
ラムには起こったことの意味が分からなかった。そもそもラムの他に特異な力を持って生まれた人間自体、デイタがプテラと戦った時まで見たことがなかったし、存在しないと思っていた。まさか自分の力に干渉できるなんて思いもよらない。
「ってか何してんの!? この見た目のままなの問題なんだけど!」
頬を染め、はだけた衣服を引き寄せる。
「服脱ぐの好きなの?」
「そうじゃない!」
ラムが言いたいのは裸云々の話ではなく、芸能活動を通して知名度が高まっているということだ。平日の朝に仕事でもなく、男子と二人でうろうろしているところを見られれば大問題になる。もちろん露出趣味もない。
「へー、ウケんね」
「ウケるとかじゃないから! せめてマスクくらいさせて!」
不安定な体勢ながら、なんとか制服を繕う。
「うるせーなー、わかったから」
「なんで私が駄々こねてるみたいになってんの……」
ラムは納得がいかず、ぶつくさと不満をたれる。
するとデイタが何か見つけたようで、
「お、ちょうどあったよ。何でも屋」
その視線の先には愕安の殿堂。赤いペンギンのようなキャラクターがおなじみの、大規模なディスカウントストアだ。
「ドンピじゃん」
「マスク買ってくるからちょっと待ってて」
「買い物できるの?」
今の姿で人目に付きたくなかったので、申し出は有難く思う。だが、デイタが買い物をできるのか甚だ疑問だった。病院も知らない非常識な少年なのだから。
「舐めんな!」
自信満々に胸を張るデイタ。
「じゃあ任せるよ」
胡乱な眼差しを向けたラムだったが、手をひらひらと振って一通りの少ない裏手に回る。変身したほうが早いのに、と呟いて。
そして数分後。
デイタが持ってきた黄色い袋の中身を見てラムが顔を引き攣らせる。
「マスクって言ったけどさあ……」
入っていたのは、今日をハロウィンだと勘違いしたかのようなお面の数々。
狐をモチーフにしたものから、目と口が三日月のような怪しいもの、更に般若のお面など。顔全体を覆うものから上下半分をそれぞれ覆うものまで豊富に取り揃えられていた。
「俺はこれにする!」
デイタが装着したのは、口元を覆うガスマスク。
「一番かっちょいいやつ!」
目を輝かせて見せびらかすデイタに、ラムはため息を吐く。
「君ってほんと……もう、これでいい」
年齢よりも更に子どもじみた燥ぎ方に冷たい目を向けたラム。手に取ったのは、仮面舞踏会を想起させる、目元を覆うタイプのマスク。
「似合ってんね。極悪女王様って感じで」
素直な感想を告げるデイタ。
「ひと言余計」
ラムがつねった。手を離しそっぽを向く。女王様は少し気恥ずかしいがまだ許せる。けれど極悪はいただけない。
少し赤くなった頬を摩るデイタ。
「マスクつけたし、行こうぜー」
つねられたことは釈然としないが、気を取り直してラムを肩に担ごうとする。
「待って」
しかし、ラムが一歩後退る。近寄り方で肩に担ごうとしているのを察したから。また荷物のような扱いはごめんだ。
「女王様みたいなマスクつけてるんだからさ……」
不満を漏らすように声を出す。喋りながらもどんどん後ろを向いてラムの顔が見えなくなっていく。
「抱え方が、違うんじゃない……?」
尻窄みになっていく声。最後の方は殆ど聞こえなかった。
デイタは疑問符を浮かべながらも、ラムをお姫様抱っこする。
「これでいい?」
「……しらない」
デイタは顔を合わせようとしないラムに首を傾げた。
膝を曲げて腰を丸める。ラムが寝る時と似た姿勢。安心するのは布団の中を思い出すからかもしれない。
「よくわかんねーやつだな」
「君にだけは、言われたくない」
ラムがぼそっと言うと、その身に突如として浮遊感が訪れた。デイタが急に手を離した所為だ。
「!?」
咄嗟にデイタにしがみつく。だが何事もなかったように抱え直された。ほっと一安心し、何てことをするんだ、とデイタを睨みつけた。
「ビビり」
悪い笑顔を浮かべるデイタ。顔を真っ赤にして悔しそうに歯噛みするラムを他所に、壁を蹴って跳び上がり屋根伝いに動物園へ向った。
そしてその日。ハーフマスクに制服姿の不審者二名の目撃情報が相次いだという。
◇
止められるのではないかと冷や冷やしていたが、二人はあっさりと入場できた。受付のお姉さんの生暖かい目が忘れられない。
「いろんなのいんだ」
食い入るように動物を見るデイタ。動物が好きなのだろう。柵から身を乗り出しそうになることもあれば、ガラスにへばり付いていたりと忙しない。
ラムは片時も目を離せなかった。時折注意しておかなければ何を仕出かすか。デイタの背中をみて「ガキ」と呟くが、デイタには聞こえていなかったようだ。
「あっちの触っていいらしいよ」
「はいはい」
そそくさと動くデイタの後に、ラムが続く。その際デイタはチラッと後ろを確認していた。
デイタの希望で訪れた施設は、動物と触れ合えるスペースだった。デイタがモルモットを手に乗せまじまじと見つめる。
「かわいい」
思わずといったように零す。
それを見たラムは意外そうに目をぱちぱちした。
「かわいいとか、言うんだ」
デイタの耳がピクリと反応する。
「言ってない」
シュバッと立ち上がり、取り繕う。普段の太々しさが薄まり、落ち着かないのか視線を彷徨わせる。
一方、ラムはモルモットを手に乗せて、
「かわいい」
とデイタの真似をした。
初めてラムが優位に立った瞬間だ。剥れるデイタを見てここぞとばかりにニヤニヤする。
「うぜー……」
デイタはモルモットをそっと戻し、早足に施設を出ていく。
「ありがとうねー」
ラムもご機嫌にモルモットを撫でる。このモルモット様こそ、デイタに一泡吹かせた功労者なのだから。優しく戻してデイタを追う。
続いて水中に作られたトンネルを歩く。ペンギン、アザラシやホッキョクグマが泳ぐ姿を下から見上げられる人気の施設。間近に見るホッキョクグマの迫力。体に浮き輪を仕込んでいるかのようにぷかーと浮かび上がっていくアザラシ。ペンギンに至っては空を飛んでいるかのようだ。
他にもノッシノッシと散歩する長閑なカピバラたちや、のほほんとしながら餌をもぐもぐするマーモットを見て歩く。
歩いているとサルのエリアに入った。生息地に近い環境を再現した設備で、気ままに動き回っている。
そんなサルのエリアを抜けて少しした時、デイタの頬に何かがぶつかった。
飛んできた方向を見ると、おじさんのように頬杖をついて寝そべったゴリラがいた。鼻をほじり、あろうことかゴリラは鼻くそを指で弾いた。デイタが最小限の体捌きで避ける。
つまるところ、デイタの頬にぶつけられたのはゴリラの鼻くそだった。
「……ふっ」
馬鹿にするように失笑するラム。
デイタの肩が、怒りに震えていた。
「あいつ、わからせてくる」
そういって袖を捲ると、檻を力づくでこじ開けた。檻に入るなり、鼻くそを飛ばしたゴリラと殴り合いを始めてしまう。一応手加減はしているのだろう。仮にもプテラを倒す実力の持ち主。本気を出せばゴリラは天に召されてしまう。
「っしゃおらぁ!」
ゴリラをノックダウンさせたデイタが雄叫びとともにダブルバイセップスを決める。他のゴリラたちは頭上で拍手して奮闘を称えていた。一時的に群れのボスが変わった瞬間だった。
「もう鼻くそ投げんなよ」
ボスからの命令にゴリラたちが力強く頷く。
「あと弱すぎ。もっとこう……」
デイタが洗練されているとは言い難い荒々しいフォームでパンチを繰り出して指導する。
ゴリラたちは見様見真似でデイタに続く。新たなボスからの直々の指導にやる気を漲らせていた。パンチにデイタ程の鋭さは無いが、デイタが個別に手を取って指導していく内に少しづつキレが良くなっていく。
「……」
ラムはその一部始終を、ただただ呆然と見ていた。なるべく他人の振りをしてやり過ごす。間違っても同類だと思われたくなかった。デイタには人間社会よりもゴリラの社会の方が相応しいのではと考えてしまう。
するとすぐに、異変に気付いた飼育員が駆け付けた。
「な、なにをしているんだ君は! 早く檻から出なさい!」
「やっべ!」
デイタは急いで檻を出る。こじ開けた箇所を力づくで元に戻し、ラムに駆け寄った。
「逃げるぞ!」
「……バカじゃないの」
呆れ果てたラムを抱えて動物園を後にした。
◇
続いて訪れたのは水族館。
デイタは特にシャチが気に入ったらしく、「かっけー」と水槽に張り付きながら目を輝かせていた。
ラムはそんなデイタの様子をぼんやりと見ながら後ろを歩く。時折立ち止まって水槽を見た。
最も長く足を止めたのはクラゲの水槽。漂うクラゲを見ていると意識が溶けそうになる。何も考えず、波に逆らわない。前進も後退もせず、ただ揺蕩っている。そんなクラゲに自分を重ねているのかもしれない。
クラゲが触手を動かし、傘を閉じる。後方に渦を出しながら、引き寄せられるように前に出た。
動いたクラゲを見て勘違いに気づいたラムが顔を逸らす。目についたコミカルな手描きのポップによると、クラゲは二つの水のリングを作り、地面効果なるものを利用して揚力を高めて泳いでいるらしい。自分で動くというよりは、環境を操作して体を引き揚げているという感覚だろうか。
「そんな器用に……できないって」
歩みを止めてしまっても、自分で動きだせなくても、他に方法があると示されてしまった。
どれくらい眺めていただろうか。デイタはとっくに先へ行ったものだと思っていたが、意外にも近くにいた。ちょろちょろと水槽を見て回っていたようで、ラムのところまで戻ってくる。
「もういいの?」
ラムはその一言でデイタが自分を待っていたのだと思い至る。
「うん」
「おけー」
デイタが返事を聞くと、然も当たり前のように右手を伸ばし自然な動作でラムの左手を握った。そのまま歩き出そうと手を引くが、
「なに、これ」
ラムは立ち止まり、重ねられた手を見つめた。伝わる少し冷たい体温と、ラムのものよりも骨張った感触。しかし手を握られたこそばゆい感覚よりも、驚きが勝った。戸惑いを隠せない。
「ん? あー、ごめん」
無意識だったらしく、デイタが手を放す。特に気にした様子もなく歩き出した。
「……」
ラムは無表情で、歩き出したデイタについていく。
思えば二人で歩いているとき、デイタは先行してはいるものの、ラムがついて来ているか確認していた。さっきの自然に手を握ってきたことといい、誰かと歩くことへの慣れを感じさせる。
(バカでガキだと思ってたけど、そういう相手、いるのかな……)
デイタと手を繋いで歩く、見知らぬ少女の姿が脳裏に浮かぶ。ぼんやりとしたイメージの中だけの、実在するかも分からない少女。虚像でしかない相手に、気持ちを陰らされる。
(だから、なに)
強引に思考を端へ追いやった。
ちょうどやっていたアシカのショーを見ることにした二人。
アシカが鼻先でボールを投げる。それをキャッチしたアシカがまた別のアシカへボールを投げた。器用なパス回しを見ていると、ガスマスクをつけた少年が混ざっていた。後ろ手を組み、アシカのように顔面でボールを受け渡ししている。
ラムが横を見ると、いつの間にかデイタがいなくなっていた。
目まぐるしく変わる光景。デイタに放されたら確実にあの世行きな高度への恐怖と、吹きつける風の強さにラムは目を閉じていた。自分で飛び降りるなら覚悟できるのだが、人に生殺与奪を握られていると思うと落ち着かない。
ふと、そんなラムをノイズが包む。
ノイズに気づいたデイタは腕を竜のようなものへ変化させた。そしてあろうことか変身中のラムのノイズを掴み、引き裂いた。
変身中だったからか着替え途中のように衣服がはだけ、ほっそりとした肩が露わになっている。外れかかった青色の下着が、頼りなくも最終防衛ラインを維持していた。
「は?」
初めての感覚にラムが戸惑う。外部からの干渉で力の行使を中断させられたことなんて一度もなかった。自分の体を確認して変身できなかったことを理解すると、再び変身しようとしてノイズが発生する。
それをデイタがもう一度引き裂いた。してやったり、と生意気な顔のデイタとラムの目が合う。
「……君がやったの?」
「どま~」
どんまいということだろう。
ラムには起こったことの意味が分からなかった。そもそもラムの他に特異な力を持って生まれた人間自体、デイタがプテラと戦った時まで見たことがなかったし、存在しないと思っていた。まさか自分の力に干渉できるなんて思いもよらない。
「ってか何してんの!? この見た目のままなの問題なんだけど!」
頬を染め、はだけた衣服を引き寄せる。
「服脱ぐの好きなの?」
「そうじゃない!」
ラムが言いたいのは裸云々の話ではなく、芸能活動を通して知名度が高まっているということだ。平日の朝に仕事でもなく、男子と二人でうろうろしているところを見られれば大問題になる。もちろん露出趣味もない。
「へー、ウケんね」
「ウケるとかじゃないから! せめてマスクくらいさせて!」
不安定な体勢ながら、なんとか制服を繕う。
「うるせーなー、わかったから」
「なんで私が駄々こねてるみたいになってんの……」
ラムは納得がいかず、ぶつくさと不満をたれる。
するとデイタが何か見つけたようで、
「お、ちょうどあったよ。何でも屋」
その視線の先には愕安の殿堂。赤いペンギンのようなキャラクターがおなじみの、大規模なディスカウントストアだ。
「ドンピじゃん」
「マスク買ってくるからちょっと待ってて」
「買い物できるの?」
今の姿で人目に付きたくなかったので、申し出は有難く思う。だが、デイタが買い物をできるのか甚だ疑問だった。病院も知らない非常識な少年なのだから。
「舐めんな!」
自信満々に胸を張るデイタ。
「じゃあ任せるよ」
胡乱な眼差しを向けたラムだったが、手をひらひらと振って一通りの少ない裏手に回る。変身したほうが早いのに、と呟いて。
そして数分後。
デイタが持ってきた黄色い袋の中身を見てラムが顔を引き攣らせる。
「マスクって言ったけどさあ……」
入っていたのは、今日をハロウィンだと勘違いしたかのようなお面の数々。
狐をモチーフにしたものから、目と口が三日月のような怪しいもの、更に般若のお面など。顔全体を覆うものから上下半分をそれぞれ覆うものまで豊富に取り揃えられていた。
「俺はこれにする!」
デイタが装着したのは、口元を覆うガスマスク。
「一番かっちょいいやつ!」
目を輝かせて見せびらかすデイタに、ラムはため息を吐く。
「君ってほんと……もう、これでいい」
年齢よりも更に子どもじみた燥ぎ方に冷たい目を向けたラム。手に取ったのは、仮面舞踏会を想起させる、目元を覆うタイプのマスク。
「似合ってんね。極悪女王様って感じで」
素直な感想を告げるデイタ。
「ひと言余計」
ラムがつねった。手を離しそっぽを向く。女王様は少し気恥ずかしいがまだ許せる。けれど極悪はいただけない。
少し赤くなった頬を摩るデイタ。
「マスクつけたし、行こうぜー」
つねられたことは釈然としないが、気を取り直してラムを肩に担ごうとする。
「待って」
しかし、ラムが一歩後退る。近寄り方で肩に担ごうとしているのを察したから。また荷物のような扱いはごめんだ。
「女王様みたいなマスクつけてるんだからさ……」
不満を漏らすように声を出す。喋りながらもどんどん後ろを向いてラムの顔が見えなくなっていく。
「抱え方が、違うんじゃない……?」
尻窄みになっていく声。最後の方は殆ど聞こえなかった。
デイタは疑問符を浮かべながらも、ラムをお姫様抱っこする。
「これでいい?」
「……しらない」
デイタは顔を合わせようとしないラムに首を傾げた。
膝を曲げて腰を丸める。ラムが寝る時と似た姿勢。安心するのは布団の中を思い出すからかもしれない。
「よくわかんねーやつだな」
「君にだけは、言われたくない」
ラムがぼそっと言うと、その身に突如として浮遊感が訪れた。デイタが急に手を離した所為だ。
「!?」
咄嗟にデイタにしがみつく。だが何事もなかったように抱え直された。ほっと一安心し、何てことをするんだ、とデイタを睨みつけた。
「ビビり」
悪い笑顔を浮かべるデイタ。顔を真っ赤にして悔しそうに歯噛みするラムを他所に、壁を蹴って跳び上がり屋根伝いに動物園へ向った。
そしてその日。ハーフマスクに制服姿の不審者二名の目撃情報が相次いだという。
◇
止められるのではないかと冷や冷やしていたが、二人はあっさりと入場できた。受付のお姉さんの生暖かい目が忘れられない。
「いろんなのいんだ」
食い入るように動物を見るデイタ。動物が好きなのだろう。柵から身を乗り出しそうになることもあれば、ガラスにへばり付いていたりと忙しない。
ラムは片時も目を離せなかった。時折注意しておかなければ何を仕出かすか。デイタの背中をみて「ガキ」と呟くが、デイタには聞こえていなかったようだ。
「あっちの触っていいらしいよ」
「はいはい」
そそくさと動くデイタの後に、ラムが続く。その際デイタはチラッと後ろを確認していた。
デイタの希望で訪れた施設は、動物と触れ合えるスペースだった。デイタがモルモットを手に乗せまじまじと見つめる。
「かわいい」
思わずといったように零す。
それを見たラムは意外そうに目をぱちぱちした。
「かわいいとか、言うんだ」
デイタの耳がピクリと反応する。
「言ってない」
シュバッと立ち上がり、取り繕う。普段の太々しさが薄まり、落ち着かないのか視線を彷徨わせる。
一方、ラムはモルモットを手に乗せて、
「かわいい」
とデイタの真似をした。
初めてラムが優位に立った瞬間だ。剥れるデイタを見てここぞとばかりにニヤニヤする。
「うぜー……」
デイタはモルモットをそっと戻し、早足に施設を出ていく。
「ありがとうねー」
ラムもご機嫌にモルモットを撫でる。このモルモット様こそ、デイタに一泡吹かせた功労者なのだから。優しく戻してデイタを追う。
続いて水中に作られたトンネルを歩く。ペンギン、アザラシやホッキョクグマが泳ぐ姿を下から見上げられる人気の施設。間近に見るホッキョクグマの迫力。体に浮き輪を仕込んでいるかのようにぷかーと浮かび上がっていくアザラシ。ペンギンに至っては空を飛んでいるかのようだ。
他にもノッシノッシと散歩する長閑なカピバラたちや、のほほんとしながら餌をもぐもぐするマーモットを見て歩く。
歩いているとサルのエリアに入った。生息地に近い環境を再現した設備で、気ままに動き回っている。
そんなサルのエリアを抜けて少しした時、デイタの頬に何かがぶつかった。
飛んできた方向を見ると、おじさんのように頬杖をついて寝そべったゴリラがいた。鼻をほじり、あろうことかゴリラは鼻くそを指で弾いた。デイタが最小限の体捌きで避ける。
つまるところ、デイタの頬にぶつけられたのはゴリラの鼻くそだった。
「……ふっ」
馬鹿にするように失笑するラム。
デイタの肩が、怒りに震えていた。
「あいつ、わからせてくる」
そういって袖を捲ると、檻を力づくでこじ開けた。檻に入るなり、鼻くそを飛ばしたゴリラと殴り合いを始めてしまう。一応手加減はしているのだろう。仮にもプテラを倒す実力の持ち主。本気を出せばゴリラは天に召されてしまう。
「っしゃおらぁ!」
ゴリラをノックダウンさせたデイタが雄叫びとともにダブルバイセップスを決める。他のゴリラたちは頭上で拍手して奮闘を称えていた。一時的に群れのボスが変わった瞬間だった。
「もう鼻くそ投げんなよ」
ボスからの命令にゴリラたちが力強く頷く。
「あと弱すぎ。もっとこう……」
デイタが洗練されているとは言い難い荒々しいフォームでパンチを繰り出して指導する。
ゴリラたちは見様見真似でデイタに続く。新たなボスからの直々の指導にやる気を漲らせていた。パンチにデイタ程の鋭さは無いが、デイタが個別に手を取って指導していく内に少しづつキレが良くなっていく。
「……」
ラムはその一部始終を、ただただ呆然と見ていた。なるべく他人の振りをしてやり過ごす。間違っても同類だと思われたくなかった。デイタには人間社会よりもゴリラの社会の方が相応しいのではと考えてしまう。
するとすぐに、異変に気付いた飼育員が駆け付けた。
「な、なにをしているんだ君は! 早く檻から出なさい!」
「やっべ!」
デイタは急いで檻を出る。こじ開けた箇所を力づくで元に戻し、ラムに駆け寄った。
「逃げるぞ!」
「……バカじゃないの」
呆れ果てたラムを抱えて動物園を後にした。
◇
続いて訪れたのは水族館。
デイタは特にシャチが気に入ったらしく、「かっけー」と水槽に張り付きながら目を輝かせていた。
ラムはそんなデイタの様子をぼんやりと見ながら後ろを歩く。時折立ち止まって水槽を見た。
最も長く足を止めたのはクラゲの水槽。漂うクラゲを見ていると意識が溶けそうになる。何も考えず、波に逆らわない。前進も後退もせず、ただ揺蕩っている。そんなクラゲに自分を重ねているのかもしれない。
クラゲが触手を動かし、傘を閉じる。後方に渦を出しながら、引き寄せられるように前に出た。
動いたクラゲを見て勘違いに気づいたラムが顔を逸らす。目についたコミカルな手描きのポップによると、クラゲは二つの水のリングを作り、地面効果なるものを利用して揚力を高めて泳いでいるらしい。自分で動くというよりは、環境を操作して体を引き揚げているという感覚だろうか。
「そんな器用に……できないって」
歩みを止めてしまっても、自分で動きだせなくても、他に方法があると示されてしまった。
どれくらい眺めていただろうか。デイタはとっくに先へ行ったものだと思っていたが、意外にも近くにいた。ちょろちょろと水槽を見て回っていたようで、ラムのところまで戻ってくる。
「もういいの?」
ラムはその一言でデイタが自分を待っていたのだと思い至る。
「うん」
「おけー」
デイタが返事を聞くと、然も当たり前のように右手を伸ばし自然な動作でラムの左手を握った。そのまま歩き出そうと手を引くが、
「なに、これ」
ラムは立ち止まり、重ねられた手を見つめた。伝わる少し冷たい体温と、ラムのものよりも骨張った感触。しかし手を握られたこそばゆい感覚よりも、驚きが勝った。戸惑いを隠せない。
「ん? あー、ごめん」
無意識だったらしく、デイタが手を放す。特に気にした様子もなく歩き出した。
「……」
ラムは無表情で、歩き出したデイタについていく。
思えば二人で歩いているとき、デイタは先行してはいるものの、ラムがついて来ているか確認していた。さっきの自然に手を握ってきたことといい、誰かと歩くことへの慣れを感じさせる。
(バカでガキだと思ってたけど、そういう相手、いるのかな……)
デイタと手を繋いで歩く、見知らぬ少女の姿が脳裏に浮かぶ。ぼんやりとしたイメージの中だけの、実在するかも分からない少女。虚像でしかない相手に、気持ちを陰らされる。
(だから、なに)
強引に思考を端へ追いやった。
ちょうどやっていたアシカのショーを見ることにした二人。
アシカが鼻先でボールを投げる。それをキャッチしたアシカがまた別のアシカへボールを投げた。器用なパス回しを見ていると、ガスマスクをつけた少年が混ざっていた。後ろ手を組み、アシカのように顔面でボールを受け渡ししている。
ラムが横を見ると、いつの間にかデイタがいなくなっていた。
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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