跼蹐のゴーレムマスター~ビビリ少女ラヴィポッドはゴーレムに乗って~

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第28話 帰還

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 ドリサ邸。
 来客用の一室にて。

「ごれむにゃむにゃ……」

 ゴーレムに夢を乗っ取られていたのか。
 特徴的な寝ぼけ方でラヴィポッドが目を覚ました。
 キョロキョロと見回す。

「……どこ?」

 知らない部屋。
 けれど、ふかふかの布団や値の張りそうな調度品を見れば予想はつく。

「お屋敷?」

 布団をガバッと捲り、ベッドから飛び降りた。
 部屋の隅にラヴィポッドのバックパックを見つけ、ポイポイと中身を散らかしながら確認する。

「……あった」

 石の人形と赤土色の仮面。
 そして、

「これ、ブリザードゴーレムかな?」

 手にしているのは水色の単結晶──水晶から結晶を一つだけ外したものによく似ていた。
 恐らくこの単結晶がブリザードゴーレムの小さくなった姿なのだろう。

「試してみよ。出でよ、ブリザ──」

「あ、起きていらっしゃったんですね」

「ひぃ!」

 単結晶を高く翳し、いざブリザードゴーレムを呼び出そうとしたところに、ドアを開けてメイドが現れた。

 突然の来訪者に驚き、起動を中断してベッドにダイブ。
 流れるような動作で布団に潜り込んだ。
 こんもり膨らんだ布団がブルブルと震えている。

 本日一番のファインプレー。

 メイドが現れていなければ、ここでブリザードゴーレムが起動していただろう。
 そうなれば屋敷が吹き飛び、一帯が氷漬けになっていた。

「そ、そんなに怖がらなくていいですよ。お体の具合はどうですか?」

 苦笑するメイド。
 自慢ではないが愛嬌のある顔立ちをしていると自覚している。
 子どもに怖がられたことがなかったので本気で戸惑っていた。

「ゆ、指が……」

 布団から片腕だけを出し、人差し指を立てる。
 指先には絆創膏が巻かれていた。
 ゴーレム錬成に必要な血を採取するときについた傷。

「先ほどご確認させて頂いた時は何ともなさそうでしたけど……動かせますか?」

 とても浅い傷だったはず。
 メイドの問いに、人差し指をクイクイと曲げて答える。

「……他に痛いところはありますか?」

 小さな切り傷を主張しているだけだと気づき、再び問いかける。

 すると今度は布団から短い足が飛び出した。
 健康的で白く瑞々しいもち肌。
 若さを見せつけているのかと思ったが違うらしい。
 絆創膏のついた人差し指がチョイチョイ、と膝を示す。

「少し擦れちゃってますね。大事ないようで何よりです」

 小さな傷ばかり大げさに主張してくるということは、どこかが動かなかったり、眩暈や吐き気がする等の症状はないのだろう。
 メイドが若干呆れながらも一安心していると、布団の中からぐ~とかわいらしい音が聞こえた。

「……お食事をお持ちしますね」

「……ありがとうございます」

 布団から顔だけ出して礼を言うラヴィポッド。

 その様子に笑顔を浮かべてメイドは去っていく。

 料理が運ばれてくるよりも先に別の訪問者によってドアが開かれた。

「おー、ほんとに起きてんじゃん」

「おはよう、大活躍だったね」

 アロシカとハニだった。
 メイドからラヴィポッドが起きたと聞かされたようだ。

「お、おはようございます」

 ラヴィポッドは布団から顔だけ出したまま挨拶する。

「体はどう? 動いても大丈夫そう?」

 心配するハニ。

「ゆ、指が痛いです……」

 ラヴィポッドはメイドにしたのと同じ返答をするが、

「あー、はいはい。大丈夫なのね」

 ラヴィポッドが痛みに敏感なことを知っているハニにはあっさりと流されてしまう。

「ならユーエスさんのところに行かない?」

 ユーエス、と聞いてラヴィポッドが布団を被ったまま勢いよく立ち上がる。

 目覚めた時には安全な部屋にいたので安心してしまった。
 肝心の、ユーエスの樹木化を治せたのかどうかがわかっていない。

「き、騎士さん助かったんですか?」

「ラヴィポッドちゃんのおかげでね。ついさっき目を覚ましたの。起きてるのが意味わかんないくらい酷い怪我だけど」

 それを聞いてホッと肩から力が抜ける。

「よかったぁ……」

 ぐでっ、と寝転んだ。
 暫く何も考えず、ぼーっとしていたい気分。

 大切な人の命が自分に懸かっている。
 そんな張り詰めた状況は生まれて初めて。
 眠って疲れは取れたはずなのに、心の疲れは取れていなかった。

「顔見せてあげたら安心すると思うよ……アロシカ手伝って」

「へいへい」

 ハニは面倒くさそうにするアロシカと共に、ラヴィポッドを布団ごと持ち上げ簀巻き状態のまま運んだ。



「あら、ラヴィポッド様。どちらに行かれるのでしょうか?」

「……」

「ユーエスさんのところまで」

 廊下で先刻ラヴィポッドのもとを訪れたメイドに出会った。

 ぼーっとしているラヴィポッドの代わりにハニが答える。

「畏まりました。ではお食事もそちらにお持ち致しますね」

「ありがとうございます」



 そして三人は目的の部屋の前に到着し、ドアを開けた。

 ベッドで上体を起こし笑顔を浮かべるユーエス。
 側で椅子に腰かけ何やら話しているルムアナは心配そうに眉を垂れさせていた。

「ラヴィポッド連れてきたぞー」

 アロシカの声で二人が顔を向ける。
 どちらも驚いていたが、特にユーエスの反応が顕著だった。

「チビッ! 腕は何ともない? マナ欠乏だって聞いたけど具合は?」

 余程心配だったのか捲し立てる。

「ちょっとっ、まだ動いちゃダメよ」

 絶対安静だというのに立ち上がろうとするユーエスを、ルムアナが止めた。

 ハニはアロシカに目配せし、ユーエスにラヴィポッドの顔が見えるよう運ぶ。

「体調は問題ないみたいです。さっきは普通に喋ったり動いたりしてたんですけど、ユーエスさんの無事を伝えたら安心したみたいで……」

「……そっか」

 聞いたユーエスの表情が柔らかくなる。
 人一倍臆病なラヴィポッドが汚染地帯という危険な場所で自分のために戦ってくれた。
 その事実が心を温かくしていく。

「守るつもりだったのに、助けられちゃったね……」

 顔を覗き込む。

 するとラヴィポッドがハッ、と動いた。
 ユーエスの顔を見て硬直する。

「騎士さ……」

 顔を見ただけなのに、色々な感情が込み上がってきた。

 助けられた。
 生きてて良かった。
 帰って来られた。
 危ないことは終わった。

 また、会えた。

 堰を切った感情は、うるうるとした瞳から涙となって溢れた。

「泣かせた」

「あーあ」

「それでも男かよ」

 ルムアナ、ハニ、アロシカ。
 三者三様の反応でユーエスを非難する。

 アロシカの当たりが強いのは、訓練でユーエスに勝てない腹いせか。
 それとも……

「えー……」

 ユーエスが困っているとドアがノックされた。

「失礼いたします」

 入ってきたのはメイド。
 メイドの押すキッチンワゴンには銀色の丸い蓋──クローシュをかぶせた皿が乗っている。
 メイドがそれらやカトラリーケースをテーブルに並べていると。

 ラヴィポッドが颯爽と布団から飛び出してテーブルの前に座った。
 泣きべそはかいたまま。

「ふふっ」

 もじもじと待機するラヴィポッドの首にメイドが食事用エプロンを巻く。
 これで白い逆三角形が汚れから守ってくれるだろう。

 メイドが蓋の取っ手を持つと、ラヴィポッドが前のめりになった。

 そうして蓋が外された瞬間、絶景が広がる。
 食欲を掻き立てる香ばしい香りが溢れ出し、その行方を追うようにラヴィポッドが宙を舞った。
 すぐにテーブルの前に座り直すと泣きながらナイフとフォークを使って食事を口に運んでいく。

「単純でいいわね」

 その様子を頬を緩めて見ていたルムアナがぼやく。

「今飛んでなかった?」

 気のせいか?
 とアロシカは目を擦る。

 ハニはメイドを手伝い、ルムアナやユーエスにも料理が行き渡ると、それぞれ落ち着いて食事をとり始めた。

「貴族飯うめー!」

「食べるのが勿体ないくらい」

 田舎村出身の二人が感激する。

 舌の肥えたユーエスとルムアナは静かなもの。

 それから少し食事を進めた頃。

 ユーエスが口を開いた。

「そういえばさ……ここの三人は何であそこにいたの?」

 何故か汚染地帯にいた件についてだろう。
 ユーエスの目は笑っているようで笑っていない。

 後ろめたいことでもあるのか、ルムアナの肩がギクッと跳ねた。

「そ、その、あれは……」」

「面白そうだからついてくことにした!」

 歯切れの悪いルムアナに代わってアロシカが答えた。

「わ、私だって最初は止めようとしたのよ……でも気になるし、成り行きで……」

「意外と乗り気でしたよね」

 尻すぼみになっていくルムアナの供述。

 ハニが事実を証言してしまう。

「ふーん、待機組に混ざってたのは……わかった。じゃあ汚染地帯の中に入ってきたのは? 撤退命令出したんだけど」

 ユーエスはユウビと交戦してすぐに撤退の合図を送っている。
 待機組の騎士団は速やかにドリサへ戻り、ダルムへ報告を行う手筈だった。

「て、撤退命令を出すくらい危険な状況なら……助けに行くわよ」

「撤退命令ってなんだっけ……」

 ユーエスは、顔を合わせようとしないルムアナに溜息を吐く。

「それを誰も止めなかったの?」

 そこには騎士団がいたはずだ。
 まだ若い三人とは違い冷静な判断ができる、頼れる大人たちが。

「止められたから、勝手に突っ込んだわ……」

「それでルムアナちゃんを守るために騎士団もついて行くしかなかったと。僕みたいに熱の対策ができる訳でもないのに火球を浮かべて、茹で上がりながら」

 ルムアナが頷く。

「はぁ~……」

 再び大きな溜息。
 結果的に助けられたとはいえ命令違反。
 場合によっては不要な犠牲を出す恐れがある。
 厳しく言っておきたいところだが……

「どうせもうダルムさんにこってり絞られてるんでしょ」

 ダルムは娘だからと言って甘やかすタイプじゃない。
 独断専行して騎士たちを危険に曝したとあっては、それはもう厳しく叱られたことだろう。

「僕の方から色々言ってもくどいし、一つだけ。今後は自分の命を何よりも優先すること」

「……はい」

 不貞腐れながらも返事をするルムアナ。

「あ、あともう一つ」

 何を言われるのかともぞもぞ身構えるが……

「ありがとう」

「……え?」

 予想していなかった感謝の言葉。
 不意を打たれたルムアナがポカンとした後、その顔が真っ赤に染まっていく。

「こういう時ってどんな顔して聞いてればいいんだろうね~」

「怒られててウケるし笑っときゃいいんじゃねーの?」

 ガヤがうるさい。
 それに若干噛み合っていない。

 調子に乗る二人にユーエスが笑顔を向ける。

「君たちは訓練に勉強、それから雑用まで何でもやってもらうから。暇な時間はないと思ってね」

 ムッと少し嫌そうなアロシカと、顔を青褪めさせるハニ。

 それからあれこれと話しながら食事を終えた頃。

 ドアが開かれ、新たな来訪者が現れた。

「……お前さんに話がある」

 部屋に踏み込むなりラヴィポッドを見てそう言ったのはダルム。

 強面のおじさんからの呼び出し。
 地獄へ誘う悪魔のような恐ろしさ。

 何でかわからないけど、怒られる。

 そんな予感を感じたラヴィポッドはナイフとフォークを落とし、食べかすのついた口を開けて震え出した。
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