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第13話 水風の騎士
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呆気なくユーエスに捕まったラヴィポッド。落とした木剣の側に立たされ、再び逃げ出さないよう後ろで見張られていた。
「い、痛いのはいやですぅ……」
弱々しく抗議する。血を採るために少し刃を突き立てることすら怖く、刺さる瞬間を想像しただけで気絶する根性の無さ。実戦形式の訓練など無理に決まっている。
しかしルムアナは聞くつもりがないのか木剣を向けた。
「ゴーレムには弱点があるわ」
その言葉にラヴィポッドはくりくりした目を更に丸くした。自分の知らないゴーレム情報が知れるかも、と好奇心が沸き上がる。
「そうなんですか!?」
「貴女よ」
「……わたしはゴーレムじゃないですよ?」
キョトンと首を傾げる。
「ゴーレムがどんなに強くても、主である貴女を捕まえて命令させれば攻撃を止められる。味方にだってできるわ」
「……て、天才ですか?」
「誰でも思いつくことよ」
ルムアナの指摘に、ラヴィポッドがあんぐりと口を開ける。
(そういえばあのゴブリンもわたしを狙ってきた……)
ヌバタマというイケメン少年ゴブリンを思い出す。彼もゴーレムを相手にせず、ラヴィポッドを狙って仕掛けてきた。
(天才だったんだ……)
頭の良いゴブリンだったのだ、とラヴィポッドの中でヌバタマの評価が上がる。
「戦闘になればまず真っ先に貴女が狙われる。そんな時、貴女自身にも戦う力がなければ切り抜けられないわ」
「せ、戦闘なんかしませんし……」
戦うことを前提に話を進めているが、そもそもラヴィポッドは自分で戦うのが好きじゃない。好き好んで争いを起こすつもりなどないのだ。ゴーレムの活躍を見るのは大好きだが、戦い以外でも活躍の場はある。
「貴女にその気がなくてもゴーレムの主である以上、襲われて戦いを余儀なくされることなんて今後幾らでもあるでしょう」
ラヴィポッドが積極的に争いを起こさなくても、ゴーレムの有用性を考えれば周りが放っておかないだろう。
「逃げればなんとか……」
「敵に背を向けるつもり?」
「じゃあどうやって逃げれば……」
「逃げるなって言ってるの」
逃げることは許されないらしい。幼き頃から貴族としての責任と騎士道精神を叩き込まれてきたルムアナにとって敵前逃亡など以ての外。次女であり不測の事態でも起きなければ当主になり得ない彼女は、ドリサ或いは嫁ぎ先の当主や後継ぎ、そして民を守るためにその身を犠牲にすることさえ躊躇わないよう心を鍛えてきた。
それにこれはルムアナなりにラヴィポッドを想ってのこと。ラヴィポッドが真っ先に狙われて捕らえられた場合、殺されることはないだろう。ゴーレムの錬成、制御と利用価値が高すぎるからだ。しかしその扱いはどうだろうか。逆らう気力も湧かないほど最低限の食事。作業時以外の身体拘束。捕虜ならあり得る話だ。
「戦闘技術のみならず、根性も鍛え直す必要があるようね。強くなりなさい。自分の命くらいは守れるように」
「は、はぁ……」
ラヴィポッドは全く気が進まないけれど、とりあえず返事だけはしておく。
「わかったなら剣を取って。始めるわよ」
おずおずとラヴィポッドが木剣を抱える。
するとルムアナは身体強化によって常人離れした脚力で距離を詰めた。
「ひぃぃ!?」
木剣を手放し、頭を抱えて蹲ったラヴィポッド。
そのガラ空きの背中に、ルムアナが剣を振り下ろした。木剣とはいえ、その洗練された上段の一振りを体で受ければただでは済まないだろう。
「……はぁ」
ルムアナがため息を吐く。
背骨を砕く一撃は、寸前で止まっていた。
「これじゃ、いじめてるみたいじゃない……」
興が削がれた。痛めつけたいわけではないのだ。剣を振り下ろされても抵抗すらしないとは思わなかった。本人がそれほど嫌だというなら無理強いはしない。
剣を引き、踵を返してゴーレムと騎士の戦いを眺める。そちらもちょうど終わりを迎えるところだった。
ストーンゴーレムが、足止めする騎士をすべて薙ぎ払い魔術部隊に拳を振り下ろす。
魔術部隊は散り散りになってなんとか回避した。幸い大きな怪我はしていないのでまだ戦闘は継続できる。だが前線を突破され後衛も瓦解した以上、模擬戦は終了でいいだろう。
「そこまで!」
ダルムが終了の合図をし、騎士たちが意気消沈する。完膚なきまでに打ちのめされ、青空を見上げながら無力を痛感した。自分に何が足りないのか、次があるならどう動くべきか、それぞれが思いを巡らせる。
そうしていると、見上げた空が暗くなった。何故突然。原因に気がつくまで、そう時間はかからなかった。
騎士の視界を遮り空を奪っていたのは、ストーンゴーレムの足だった。高く上げた足が、疲労困憊の騎士たちを踏み潰さんと迫る。
「「「「死んだぁぁぁぁ!」」」」
もはやどうすることもできず、己の死を受け入れて絶叫を上げる騎士たち。
しかしいつの間にか騎士たちの前に人影が現れていた。
その人物は迫りくるストーンゴーレムの足を、水で形成されたカイトシールドで振り払う。その間、突っ立ったまま。足腰に力を籠めることもない。脱力しているように見えるが、腕の動きだけは鋭かった。
ストーンゴーレムの足は水盾の激流に飲まれ、軌道を逸らされる。狙いを外した足は誰もいない地面を陥没させた。
「「「「だ、団長ぉぉ~!」」」」
騎士たちの命を救った、誰よりも頼れるリーダーの背中に歓声が起こる。
「今日だけだよ」
ユーエスは情けなくも微笑ましい部下にポツリと呟き、ストーンゴーレムの追撃を容易く受け流し続ける。
男性陣から野太い声援が送られ、悩殺された女性陣は黄色い声援を送りながら昏倒していた。
その頃、ルムアナは蹲るラヴィポッドの肩を揺らしていた。
「ほらっ、あなたが止めないと! もう模擬戦は終わったから!」
ラヴィポッドが命令を上書きしない限り、騎士と戦うよう命令されたストーンゴーレムが止まることはない。何度も訴えかけるが余程ルムアナが怖かったのか、放心状態で震え続けるラヴィポッドから返答はなかった。
「ったく……」
ルムアナがラヴィポッドの後ろからお腹に腕を回して抱っこする。事態が見えるようストーンゴーレムに近寄った。戦いに巻き込まれないギリギリの距離。
しかし蹲ったラヴィポッドは下を向いたまま。その状態でもゴーレムを視界に収めるにはどうすればよいか。
「ふっ!」
ルムアナは限界まで腰を反らせる。抱っこしたラヴィポッドを正面に向けるにはこれが手っ取り早い。ラヴィポッドが震えていることと、きつい姿勢であることが相まって腰を反らせたままぷるぷる震えている。重心を安定させるため足を大きく開いていることもあり、傍目から見ればなんとも間抜けな姿。
憧れの人に見られているとは露知らず。知らないほうが良いだろう。乙女の心にはダメージが大きすぎる。
「と、め、な、さ、い……」
脇目も振らず決死に働きかける。
当のラヴィポッドは瞳孔が開きっぱなしで状況が見えていない。
ユーエスは、覚悟が決まった乙女とパニック状態の乙女を見て苦笑する。
「待ったからね」
ストーンゴーレムへの指示を待ち、防ぐだけに止めていた。それももう十分だろう。ラヴィポッドには聞こえていないだろうが言い訳をしておく。
ラヴィポッドが命令を出せないなら、倒すしかない。
攻勢に転じるユーエス。ゴーレムへ向けて手を翳すと、腕の水盾が消失し代わりに水流が放たれた。太く荒ぶる水の奔流がストーンゴーレムの胴体に直撃し、その体を押し込む。
ユーエスに分があるようにも見えるが。
「だ、だめだ……」
若い騎士が呟く。詠唱無しで激流を生み出し続ける魔術の腕は流石と言える。これほど水魔術に長けた者は人族でも一握りだろう。だが詠唱有りなら騎士団の水魔術師でも同様のことができる。そしてそれは既に模擬戦で試していた。魔術が続く間ストーンゴーレムの巨体を食い止めることができたが、それだけ。いずれユーエスのマナが枯渇し、ストーンゴーレムには一切の外傷を与えられない。
先の見えた戦況。
(どうする? どうすれば……)
ユーエスのマナが枯渇したとき、再び始まるストーンゴーレムの攻撃をどうやって凌ぐか。答えを出せない騎士。
そんな騎士を他所に、ユーエスが更なる動きを見せた。
手にした剣の刀身に暴風が渦巻く。
無理な体勢を維持していたルムアナ。暴風の中心から離れているにもかかわらず強い風を受け、ラヴィポッドを抱っこしたままコテンと尻もちをつく。
やがて暴風は刀身を縁取るように収束し圧縮された。通常、人族はマナを知覚できるが視認はできない。だが超圧縮された濃密な大気、風元素を帯びたマナは可視化され、総毛立つほどの暴力的なエネルギーが刀身を輝かせる。
ユーエスは水流に向かって、暴風を宿した剣を力任せに薙いだ。水中で解放された暴風は斬撃となって、捉えきれないほどの速度で水流を割り進む。水流を利用することで実現する、大気中を進むよりも遥かに速い神速の斬撃。割れた水流は泡となって飛び散り、斬撃の軌跡を彩った。
剣が最後まで振り抜かれた時、ストーンゴーレムの胴は横一文字に両断されていた。
刀身に宿った風のマナが霧散する。同時に、斬れたストーンゴーレムの上半身がズレ、落ちる。風が散って初めて、体が斬られたことを自覚した。
切断されたストーンゴーレムは土人形へ戻り、落ちた飛沫が土の体を湿らせる。
「すげぇ……」
騎士が溢す。圧倒的な力を持つユーエスだが、その力が必要になる機会というのは少ない。騎士団員でもユーエスの実力を目の当たりにしたことがない者は多かった。団長がどれほど規格外の存在であるかを思い知らされる。
沸き立つ騎士たち。ユーエスの技の凄まじさを口々に語る。
そんな中でただ一人、真逆の反応を示している者がいた。
「ストーン、ゴーレム……?」
状況を理解できる程度には落ち着いていたラヴィポッド。ルムアナの腕の中から抜け出して、トテトテと土人形に駆け寄り手に取った。石とは違う、思い切り力を籠めれば歪むくらいの柔らかな感触。水に濡れた土人形がラヴィポッドの指に押されて形を変える度、ストーンゴーレムではなくなってしまったのだと実感していく。
お気に入りのおもちゃが壊れてしまった時の子どものような、なんとも痛々しい小さな背中。
罪悪感に苛まれたユーエスがその背に声をかけようと近づく。
そして手を伸ばした時。
地面から棘が飛び出した。
「っ!?」
間一髪ユーエスは飛び退いたが、大地の棘が追従して飛び出し続ける。鉄さえも砕くのではないか。そう思わせるほどに鋭く硬い大地の怒り。このままでは埒が明かないと、風魔術で空に浮かび安全圏へ逃れた。
上空で冷や汗を流すユーエスを、ラヴィポッドが見上げる。
「ブッチーン。ブチブチにブチ切れちゃったんだから」
そこにいつもの怯えた様子はない……いや、足が僅かに震えている。恐怖に怒りが勝っているのだろう。
模擬戦第二ラウンドが幕を開けた。
「い、痛いのはいやですぅ……」
弱々しく抗議する。血を採るために少し刃を突き立てることすら怖く、刺さる瞬間を想像しただけで気絶する根性の無さ。実戦形式の訓練など無理に決まっている。
しかしルムアナは聞くつもりがないのか木剣を向けた。
「ゴーレムには弱点があるわ」
その言葉にラヴィポッドはくりくりした目を更に丸くした。自分の知らないゴーレム情報が知れるかも、と好奇心が沸き上がる。
「そうなんですか!?」
「貴女よ」
「……わたしはゴーレムじゃないですよ?」
キョトンと首を傾げる。
「ゴーレムがどんなに強くても、主である貴女を捕まえて命令させれば攻撃を止められる。味方にだってできるわ」
「……て、天才ですか?」
「誰でも思いつくことよ」
ルムアナの指摘に、ラヴィポッドがあんぐりと口を開ける。
(そういえばあのゴブリンもわたしを狙ってきた……)
ヌバタマというイケメン少年ゴブリンを思い出す。彼もゴーレムを相手にせず、ラヴィポッドを狙って仕掛けてきた。
(天才だったんだ……)
頭の良いゴブリンだったのだ、とラヴィポッドの中でヌバタマの評価が上がる。
「戦闘になればまず真っ先に貴女が狙われる。そんな時、貴女自身にも戦う力がなければ切り抜けられないわ」
「せ、戦闘なんかしませんし……」
戦うことを前提に話を進めているが、そもそもラヴィポッドは自分で戦うのが好きじゃない。好き好んで争いを起こすつもりなどないのだ。ゴーレムの活躍を見るのは大好きだが、戦い以外でも活躍の場はある。
「貴女にその気がなくてもゴーレムの主である以上、襲われて戦いを余儀なくされることなんて今後幾らでもあるでしょう」
ラヴィポッドが積極的に争いを起こさなくても、ゴーレムの有用性を考えれば周りが放っておかないだろう。
「逃げればなんとか……」
「敵に背を向けるつもり?」
「じゃあどうやって逃げれば……」
「逃げるなって言ってるの」
逃げることは許されないらしい。幼き頃から貴族としての責任と騎士道精神を叩き込まれてきたルムアナにとって敵前逃亡など以ての外。次女であり不測の事態でも起きなければ当主になり得ない彼女は、ドリサ或いは嫁ぎ先の当主や後継ぎ、そして民を守るためにその身を犠牲にすることさえ躊躇わないよう心を鍛えてきた。
それにこれはルムアナなりにラヴィポッドを想ってのこと。ラヴィポッドが真っ先に狙われて捕らえられた場合、殺されることはないだろう。ゴーレムの錬成、制御と利用価値が高すぎるからだ。しかしその扱いはどうだろうか。逆らう気力も湧かないほど最低限の食事。作業時以外の身体拘束。捕虜ならあり得る話だ。
「戦闘技術のみならず、根性も鍛え直す必要があるようね。強くなりなさい。自分の命くらいは守れるように」
「は、はぁ……」
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おずおずとラヴィポッドが木剣を抱える。
するとルムアナは身体強化によって常人離れした脚力で距離を詰めた。
「ひぃぃ!?」
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そのガラ空きの背中に、ルムアナが剣を振り下ろした。木剣とはいえ、その洗練された上段の一振りを体で受ければただでは済まないだろう。
「……はぁ」
ルムアナがため息を吐く。
背骨を砕く一撃は、寸前で止まっていた。
「これじゃ、いじめてるみたいじゃない……」
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ストーンゴーレムが、足止めする騎士をすべて薙ぎ払い魔術部隊に拳を振り下ろす。
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「そこまで!」
ダルムが終了の合図をし、騎士たちが意気消沈する。完膚なきまでに打ちのめされ、青空を見上げながら無力を痛感した。自分に何が足りないのか、次があるならどう動くべきか、それぞれが思いを巡らせる。
そうしていると、見上げた空が暗くなった。何故突然。原因に気がつくまで、そう時間はかからなかった。
騎士の視界を遮り空を奪っていたのは、ストーンゴーレムの足だった。高く上げた足が、疲労困憊の騎士たちを踏み潰さんと迫る。
「「「「死んだぁぁぁぁ!」」」」
もはやどうすることもできず、己の死を受け入れて絶叫を上げる騎士たち。
しかしいつの間にか騎士たちの前に人影が現れていた。
その人物は迫りくるストーンゴーレムの足を、水で形成されたカイトシールドで振り払う。その間、突っ立ったまま。足腰に力を籠めることもない。脱力しているように見えるが、腕の動きだけは鋭かった。
ストーンゴーレムの足は水盾の激流に飲まれ、軌道を逸らされる。狙いを外した足は誰もいない地面を陥没させた。
「「「「だ、団長ぉぉ~!」」」」
騎士たちの命を救った、誰よりも頼れるリーダーの背中に歓声が起こる。
「今日だけだよ」
ユーエスは情けなくも微笑ましい部下にポツリと呟き、ストーンゴーレムの追撃を容易く受け流し続ける。
男性陣から野太い声援が送られ、悩殺された女性陣は黄色い声援を送りながら昏倒していた。
その頃、ルムアナは蹲るラヴィポッドの肩を揺らしていた。
「ほらっ、あなたが止めないと! もう模擬戦は終わったから!」
ラヴィポッドが命令を上書きしない限り、騎士と戦うよう命令されたストーンゴーレムが止まることはない。何度も訴えかけるが余程ルムアナが怖かったのか、放心状態で震え続けるラヴィポッドから返答はなかった。
「ったく……」
ルムアナがラヴィポッドの後ろからお腹に腕を回して抱っこする。事態が見えるようストーンゴーレムに近寄った。戦いに巻き込まれないギリギリの距離。
しかし蹲ったラヴィポッドは下を向いたまま。その状態でもゴーレムを視界に収めるにはどうすればよいか。
「ふっ!」
ルムアナは限界まで腰を反らせる。抱っこしたラヴィポッドを正面に向けるにはこれが手っ取り早い。ラヴィポッドが震えていることと、きつい姿勢であることが相まって腰を反らせたままぷるぷる震えている。重心を安定させるため足を大きく開いていることもあり、傍目から見ればなんとも間抜けな姿。
憧れの人に見られているとは露知らず。知らないほうが良いだろう。乙女の心にはダメージが大きすぎる。
「と、め、な、さ、い……」
脇目も振らず決死に働きかける。
当のラヴィポッドは瞳孔が開きっぱなしで状況が見えていない。
ユーエスは、覚悟が決まった乙女とパニック状態の乙女を見て苦笑する。
「待ったからね」
ストーンゴーレムへの指示を待ち、防ぐだけに止めていた。それももう十分だろう。ラヴィポッドには聞こえていないだろうが言い訳をしておく。
ラヴィポッドが命令を出せないなら、倒すしかない。
攻勢に転じるユーエス。ゴーレムへ向けて手を翳すと、腕の水盾が消失し代わりに水流が放たれた。太く荒ぶる水の奔流がストーンゴーレムの胴体に直撃し、その体を押し込む。
ユーエスに分があるようにも見えるが。
「だ、だめだ……」
若い騎士が呟く。詠唱無しで激流を生み出し続ける魔術の腕は流石と言える。これほど水魔術に長けた者は人族でも一握りだろう。だが詠唱有りなら騎士団の水魔術師でも同様のことができる。そしてそれは既に模擬戦で試していた。魔術が続く間ストーンゴーレムの巨体を食い止めることができたが、それだけ。いずれユーエスのマナが枯渇し、ストーンゴーレムには一切の外傷を与えられない。
先の見えた戦況。
(どうする? どうすれば……)
ユーエスのマナが枯渇したとき、再び始まるストーンゴーレムの攻撃をどうやって凌ぐか。答えを出せない騎士。
そんな騎士を他所に、ユーエスが更なる動きを見せた。
手にした剣の刀身に暴風が渦巻く。
無理な体勢を維持していたルムアナ。暴風の中心から離れているにもかかわらず強い風を受け、ラヴィポッドを抱っこしたままコテンと尻もちをつく。
やがて暴風は刀身を縁取るように収束し圧縮された。通常、人族はマナを知覚できるが視認はできない。だが超圧縮された濃密な大気、風元素を帯びたマナは可視化され、総毛立つほどの暴力的なエネルギーが刀身を輝かせる。
ユーエスは水流に向かって、暴風を宿した剣を力任せに薙いだ。水中で解放された暴風は斬撃となって、捉えきれないほどの速度で水流を割り進む。水流を利用することで実現する、大気中を進むよりも遥かに速い神速の斬撃。割れた水流は泡となって飛び散り、斬撃の軌跡を彩った。
剣が最後まで振り抜かれた時、ストーンゴーレムの胴は横一文字に両断されていた。
刀身に宿った風のマナが霧散する。同時に、斬れたストーンゴーレムの上半身がズレ、落ちる。風が散って初めて、体が斬られたことを自覚した。
切断されたストーンゴーレムは土人形へ戻り、落ちた飛沫が土の体を湿らせる。
「すげぇ……」
騎士が溢す。圧倒的な力を持つユーエスだが、その力が必要になる機会というのは少ない。騎士団員でもユーエスの実力を目の当たりにしたことがない者は多かった。団長がどれほど規格外の存在であるかを思い知らされる。
沸き立つ騎士たち。ユーエスの技の凄まじさを口々に語る。
そんな中でただ一人、真逆の反応を示している者がいた。
「ストーン、ゴーレム……?」
状況を理解できる程度には落ち着いていたラヴィポッド。ルムアナの腕の中から抜け出して、トテトテと土人形に駆け寄り手に取った。石とは違う、思い切り力を籠めれば歪むくらいの柔らかな感触。水に濡れた土人形がラヴィポッドの指に押されて形を変える度、ストーンゴーレムではなくなってしまったのだと実感していく。
お気に入りのおもちゃが壊れてしまった時の子どものような、なんとも痛々しい小さな背中。
罪悪感に苛まれたユーエスがその背に声をかけようと近づく。
そして手を伸ばした時。
地面から棘が飛び出した。
「っ!?」
間一髪ユーエスは飛び退いたが、大地の棘が追従して飛び出し続ける。鉄さえも砕くのではないか。そう思わせるほどに鋭く硬い大地の怒り。このままでは埒が明かないと、風魔術で空に浮かび安全圏へ逃れた。
上空で冷や汗を流すユーエスを、ラヴィポッドが見上げる。
「ブッチーン。ブチブチにブチ切れちゃったんだから」
そこにいつもの怯えた様子はない……いや、足が僅かに震えている。恐怖に怒りが勝っているのだろう。
模擬戦第二ラウンドが幕を開けた。
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