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第2話 ギンガの灰
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ワインボトルを土から抜き出し、先端を持つ。罠にかかったマントモグラをラヴィポッドの目線の高さまで上げた。
「食べたよね?」
「いえ」
マントモグラが首を横に振ってとぼけた。平静を装い視線を背ける。罠にかかったのは食前の筈だが、丸々と肥えた腹は「作物を食べたのは私です」と雄弁に語っていた。
ラヴィポッドは赤子をあやすガラガラのようにワインボトルを左右に揺らす。
「お、おいやめんか!」
マントモグラが何度も体を打ち付けながら、ワインボトルの内側を縦横無尽に弾む。洗濯機に放り込まれたような有様だった。
「食べたよね?」
「食べたとも!」
素直になったマントモグラに免じて、揺らす手を止める。
「言い残すことはある?」
その言葉でラヴィポッドには逃がす気がないのだと悟る。
事の重大さに今更ながら気づき、慌てだしたマントモグラがコホンと咳ばらいを挟んで名乗りを上げた。
「我は土の王の息子、ジョニー・タルタル! この森を騒がせる神童、『穴掘りジョニー』とは我のことよ! 我を解放せねば、土の怒りがその身を埋め尽くすと知れ!」
両手を腰に当てて、これでもかとふんぞり返っている。マントがバサァッとはためいた。
ラヴィポッドはジト目でワインボトルを振る。
「あ、ちょっと、やめ、やめんか!」
反省が足りないようなので、静止の声を無視して暫く振り続けた。
ワインボトルが止まる頃には、ジョニーはぜぇぜぇと息を切らしていた。
それを一瞥してラヴィポッドが歩き出す。
ジョニーはワインボトルに両手を当て、己の行く先に目を凝らす。パトカーの窓に張り付く罪人のような哀愁が漂っていた。
「な、なにを企んでおる……」
その視界に移るのは、物干し竿のように組まれた木材。下方には落ち葉や細い枝が詰まれ、その周りを石が囲んでいる。
ジョニーには何故か、それが処刑台に見えた。
ラヴィポッドが火魔術を使って指先に火を点す。火元素への適性は低いが、初歩的な魔術なら扱える。小さな火を松ぼっくりに移し、積み上げた枝葉に放った。
ゆっくり時間をかけて燃え上がる。そうしてできた焚火の上、横に組まれた木材に紐を引っ掛ける。片端をワインボトルに巻き付けて吊るし、もう片端を掴む。
ラヴィポッドが紐を引けばワインボトルは引き上げられ、力を緩めれば落ちて火に近づく。
復讐のために用意しておいた特設ステージ。一息に燃やすなんて生温い。それでは反省も促せず、また同じ過ちを繰り返すモグラが現れないとも限らない。見せしめも兼ねて、低温でじわじわ炙ってやるのだ。
畑がラヴィポッドにとってどれだけ大事なものか。馬鹿でもわかるように。
「待て待て待たぬか! ちょっと野菜食べただけではないか! 横暴であるぞ!」
特設ステージの用途を理解したジョニーが抗議の声を上げる。こんな舞台の役者になるつもりはない。
「ちょっと食べただけ?」
ラヴィポッドの瞳から光が消える。反省が足りないらしいと判断し、紐を持つ手から少し力を抜いた。
ワインボトルは高度を下げ、焚火の熱がジョニーの足に伝わる。
「熱っち、も、申し訳なかった! ごめんなさいすみませんでした!」
このままでは乾涸びてしまう。思いつく限りの謝罪を並べると、何とかワインボトルが引き上げられた。ジョニーは未だ熱を持ったワインボトルの中で「あちあち」とタップダンスしている。
徹底的に懲らしめてやろうと思っていたラヴィポッド。憎たらしいもぐら塚を見た時から、その思いは絶えず燃え続けていた。態々特設ステージを用意していたことからも、並々ならぬ執念が見え隠れしている。
しかしいざ熱さに悶えるジョニーの姿を見ると、なんだか可哀そうな気がした。
「はぁ……」
さすがに反省しただろうし、そろそろ解放してやろうかと考えていたところに、地響きがした。
驚いて力が緩んだのか、ワインボトルが焚火に突っ込み「ぎいやぁぁぁぁ!」とジョニーが悲鳴を上げる。ラヴィポッドが揺れに耐えながら咄嗟に紐を引いたことで、ジョニーは火達磨にならずに済んだ。
ゴゴゴゴと複数の気配が地中から接近し、それらはラヴィポッドの背後に飛び出した。一階建ての家屋ほどもある巨大なモグラが轟音を上げて着地し、人族の成人より少し小さいくらいのモグラたちが後に続いて身軽に着地した。
巨大モグラの頭には王冠、背には豪奢なマントを靡かせている。
側に控えるモグラたちは鎧を着こみ、鉄の鉤爪が特徴的な籠手を装備していた。
モグラの王はラヴィポッドを目にすると、驚いたように凝視した。しかしそれも一瞬。
「どういうことか、説明してもらおうか」
一歩踏み出した巨大モグラ王から放たれる威圧は、九歳の少女を竦み上がらせるには十分だった。
「ひぃぃ……」
か細く情けない声を上げる。体を丸めて縮こまり、ぶるぶると震えてしまう。必然、力は抜けてジョニーが火炙りになる。
「熱っ! 父上! あまりその者を刺激しないでくだされ熱っち!」
息子の悲惨な姿に、モグラ王が足を止めた。
「モグ質とは、卑劣な……」
人質のモグラ版だろうか。
モグラたちは火炙りにされたジョニーを目にして「これ以上近づけばジョニーを火に沈めるぞ」というメッセージだと捉えた。まさしく悪魔の所業。身動きを封じられたモグラの騎士たちが悔しさから拳を握りしめる。
「……要求はなんだ」
モグラ王が踏み出した足を引き戻し、探るような目つきで睨む。
「よう、きゅう?」
なんのことだかわかっていないラヴィポッドは首を傾げる。
「違うのです父上! これは我が……」
「子どもは黙っておれ!」
「「ひゃい!」」
モグラ王に事情を説明しようとしたジョニー。だがその発言はピシャリと一蹴される。勘違いしたラヴィポッドまで背筋を正していた。
「答えぬか、人間の娘よ」
「そ、そちらで決めてくださって結構です!」
別に何か欲しい訳じゃない。ただ畑を守りたかっただけ。突然凄まれて「要求はなんだ」と言われても困る。ビクビクと怯えるラヴィポッドは思考を相手に丸投げした。
そんなラヴィポッドの返答に、モグラ王は顔を顰める。
「……『息子の価値は自分で考えろ』ということか」
その呟きを耳にして、モグラ騎士たちが愕然とラヴィポッドを見つめる。なんて惨いことを、と。
「……あれを持ってこい」
モグラ王が告げる。
「で、ですが陛下。あれは」
「良いのだ。息子の命には代えられん」
「はっ」
臣下の忠言も遮り、モグラ王は次期の王たる息子の命を第一に考える。
二匹のモグラ騎士が地中に潜り、暫しの間ラヴィポッドとモグラたちに重たい空気が流れた。
やがて現れた二匹のモグラ騎士。抱えているのは重厚な宝箱。慎重な手つきでラヴィポッドの前に運ぶ。そして開かれた宝箱に入っていたのは、
「モグラの、泥人形?」
土を固めて作ったモグラの泥人形だった。王冠やマントの様なものがついているため、モグラ王を模したのだと思われる。
「父上、まだ持っていてくれたのですか……」
ジョニーが感極まって呟く。
中身を見たモグラ王が慌てて宝箱を取り上げた。その頬はほんのり赤い。
「ば、馬鹿者! これはジョニーからの誕生日プレゼントではないか!
違う! あれを持って来んか」
「も、申し訳ありません! あれ、ですね?」
「ああ、あれだ」
王と騎士の間で意味深な目配せが交わされる。
「ちなみにあれって、なんでしょうか?」
騎士にはあれが何か伝わっていなかった。先刻はその場の雰囲気で理解した振りをしてそれっぽい宝箱を持ってきたものの、二度目の失敗は許されない。王の気分を害さぬよう恐る恐る伺いを立てる。
「……『ギンガの灰』だ」
「……!?」
モグラ騎士が息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「くどい」
神妙な面持ちのモグラ騎士だったが、再び穴に潜る。
そしてラヴィポッドの前に、荘厳な宝箱が運ばれた。一層慎重な手つきで宝箱が開かれる。内側から眩い光が溢れだした。
「きれい……」
そこに収められていたのは、キラキラと輝く黄金の土。
土魔術師として幼いころから土に触れてきたラヴィポッドだからこそ、黄金の土が秘める神聖な気配を感じ取れた。
「これは我がタルタル家が、土の民が代々受け継いできた秘宝、『ギンガの灰』だ。我の所有する限り最も価値のある代物。伝承によれば、世界創造以前から存在する物質と言われておる」
スケールが大きすぎてもはやよく分からない説明を聞き流しながら、ラヴィポッドは震える手で宝箱を受け取る。続いてジョニーを解放しようとして、ふと動きを止めた。ギギギと振り返り、不安そうにモグラ王を見上げる。
「あのう、解放したら襲い掛かってきたりは……」
「せん。一族の誇りにかけてな」
「えと、一族の誇りって、大切なものなんですか?」
「ほう?」
「今すぐ解放します!」
ラヴィポッドには一族の誇りなるものを重要視する感覚がわからない。わからないものを引き合いに出されても、今ひとつ納得できなかった。しかしモグラ王の低い声を聞きこれ以上踏み込んではいけない気がして、そそくさと紐を引く。ワインボトルを手にしゃがみ、ジョニーを土の上に返した。
「父上ー!」
ジョニーがモグラ王に駆け寄り、飛びついた。
「おおジョニー、怪我はないか?」
モグラ王が受け止め、頬ずりする。
「足がヒリヒリします」
「可哀そうに。何故こんなことになったのだ?」
慈愛に満ちた父の声音。ジョニーの肩がギクッと跳ねる。
「わ、我にもなにがなんだか……そこな残虐娘がいきなり我を捕らえ、火にかけたのです!」
大袈裟な身振り手振りで説明する。ジョニーには全く非がないのだと。
「それは実か?」
モグラ王の鋭い眼光がラヴィポッドを射抜く。
まるで喉元に刃物を突き立てられたよう。冷酷な視線に腰が抜けて、内股のままペタンと座る。だがガクブルと震えながらも、畑を指さした。
「そいつが、わたしの畑をめちゃくちゃにしたの……!」
モグラ王は静かに指が示す先を見る。そしてゆっくりと荒れた畑に近づき、散らばった作物を手に取った。角度を変えながら、幾つかの作物をまじまじと検分する。
「……ジョニーの歯形に似ておるな」
ぼそっと漏れた呟き。ジョニーから冷や汗が出ている。
「歯形が似ている者など幾らでもおります!」
続いて畑の中のもぐら塚に近寄る。
「……この右側に片寄った土の積み上げ方、ジョニーの癖と同じだ」
「く、癖など疾うに矯正いたしました!」
状況証拠が出そろって尚、反論するジョニー。
「この本道の爪痕を調べれば誰が掘ったのか、すぐにわかるであろう。ジョニー、まだ言い訳はあるか?」
低くなっていく追及の声。モグラ王は真相に辿り着いていた。
言い逃れできなくなったジョニーはガクガクと震え、モグラ王の肩から飛び降りる。
「あ、足から頭痛がするので先に帰らせていただきます!」
訳の分らぬことを言うや否や、華麗なフォームで土にダイブして、ジョニーは去っていった。
モグラ王はため息を吐き、へたり込むラヴィポッドの前に歩み寄る。
「息子が迷惑をかけたようだ。すまなかった。立場上、頭を下げれぬことを許してくれ」
「も、もうしないですか?」
「ああ。他者の畑には手を出すなと言っておるのだがな。改めてきつく言っておこう」
怯えて宝箱に抱きつくラヴィポッドに苦笑しながら、モグラ王は息子を甘やかし過ぎたと自省する。
「では、我々も戻るとするか」
「「はっ!」」
要件は済んだと、帰ろうとするモグラたち。
「あ、あの……」
そこへ、ラヴィポッドが遠慮がちに声をかける。
「なんだ?」
呼び止められるとは思っていなかったのか、モグラ王は目を丸くした。
「あいつが食べた野菜、捨てるのも勿体ないので、良かったら持っていきませんか?」
可食部は多く残されているが、ジョニーが齧った野菜を食べるのは些か抵抗がある。
ラヴィポッドの提案にモグラ騎士たちが顔を見合わせた。王族の護衛をする身の上、飲食物には毒を警戒せねばならない。
「よいのか?」
「わたしばっかり、貰っちゃったので」
「ならばその言葉に甘えるとしよう。ありがとう」
モグラ王が一足先に潜り、王の判断を聞いたモグラ騎士たちは掘り起こされた作物を運んでいった。去り際、モグラ王が笑ったように見えた。
「はぁ……ちびるかと思ったぁ」
臆病なラヴィポッドには限界ギリギリの体験だった。緊張しきっていた空気が弛緩し、体からドッと力が抜ける。
「大変だったけど、いいもの貰っちゃった」
少女の体には少し大きい宝箱を開けて、輝く土に目を光らせる。
「たしか、ギンガの灰って言ってたよね。これなら、できるかも」
この黄金に輝く土でなら、成し遂げられるかもしれない。
土魔術師なら誰もが一度は夢に見る、土魔術の奥義。
「ゴーレム錬成……!」
「食べたよね?」
「いえ」
マントモグラが首を横に振ってとぼけた。平静を装い視線を背ける。罠にかかったのは食前の筈だが、丸々と肥えた腹は「作物を食べたのは私です」と雄弁に語っていた。
ラヴィポッドは赤子をあやすガラガラのようにワインボトルを左右に揺らす。
「お、おいやめんか!」
マントモグラが何度も体を打ち付けながら、ワインボトルの内側を縦横無尽に弾む。洗濯機に放り込まれたような有様だった。
「食べたよね?」
「食べたとも!」
素直になったマントモグラに免じて、揺らす手を止める。
「言い残すことはある?」
その言葉でラヴィポッドには逃がす気がないのだと悟る。
事の重大さに今更ながら気づき、慌てだしたマントモグラがコホンと咳ばらいを挟んで名乗りを上げた。
「我は土の王の息子、ジョニー・タルタル! この森を騒がせる神童、『穴掘りジョニー』とは我のことよ! 我を解放せねば、土の怒りがその身を埋め尽くすと知れ!」
両手を腰に当てて、これでもかとふんぞり返っている。マントがバサァッとはためいた。
ラヴィポッドはジト目でワインボトルを振る。
「あ、ちょっと、やめ、やめんか!」
反省が足りないようなので、静止の声を無視して暫く振り続けた。
ワインボトルが止まる頃には、ジョニーはぜぇぜぇと息を切らしていた。
それを一瞥してラヴィポッドが歩き出す。
ジョニーはワインボトルに両手を当て、己の行く先に目を凝らす。パトカーの窓に張り付く罪人のような哀愁が漂っていた。
「な、なにを企んでおる……」
その視界に移るのは、物干し竿のように組まれた木材。下方には落ち葉や細い枝が詰まれ、その周りを石が囲んでいる。
ジョニーには何故か、それが処刑台に見えた。
ラヴィポッドが火魔術を使って指先に火を点す。火元素への適性は低いが、初歩的な魔術なら扱える。小さな火を松ぼっくりに移し、積み上げた枝葉に放った。
ゆっくり時間をかけて燃え上がる。そうしてできた焚火の上、横に組まれた木材に紐を引っ掛ける。片端をワインボトルに巻き付けて吊るし、もう片端を掴む。
ラヴィポッドが紐を引けばワインボトルは引き上げられ、力を緩めれば落ちて火に近づく。
復讐のために用意しておいた特設ステージ。一息に燃やすなんて生温い。それでは反省も促せず、また同じ過ちを繰り返すモグラが現れないとも限らない。見せしめも兼ねて、低温でじわじわ炙ってやるのだ。
畑がラヴィポッドにとってどれだけ大事なものか。馬鹿でもわかるように。
「待て待て待たぬか! ちょっと野菜食べただけではないか! 横暴であるぞ!」
特設ステージの用途を理解したジョニーが抗議の声を上げる。こんな舞台の役者になるつもりはない。
「ちょっと食べただけ?」
ラヴィポッドの瞳から光が消える。反省が足りないらしいと判断し、紐を持つ手から少し力を抜いた。
ワインボトルは高度を下げ、焚火の熱がジョニーの足に伝わる。
「熱っち、も、申し訳なかった! ごめんなさいすみませんでした!」
このままでは乾涸びてしまう。思いつく限りの謝罪を並べると、何とかワインボトルが引き上げられた。ジョニーは未だ熱を持ったワインボトルの中で「あちあち」とタップダンスしている。
徹底的に懲らしめてやろうと思っていたラヴィポッド。憎たらしいもぐら塚を見た時から、その思いは絶えず燃え続けていた。態々特設ステージを用意していたことからも、並々ならぬ執念が見え隠れしている。
しかしいざ熱さに悶えるジョニーの姿を見ると、なんだか可哀そうな気がした。
「はぁ……」
さすがに反省しただろうし、そろそろ解放してやろうかと考えていたところに、地響きがした。
驚いて力が緩んだのか、ワインボトルが焚火に突っ込み「ぎいやぁぁぁぁ!」とジョニーが悲鳴を上げる。ラヴィポッドが揺れに耐えながら咄嗟に紐を引いたことで、ジョニーは火達磨にならずに済んだ。
ゴゴゴゴと複数の気配が地中から接近し、それらはラヴィポッドの背後に飛び出した。一階建ての家屋ほどもある巨大なモグラが轟音を上げて着地し、人族の成人より少し小さいくらいのモグラたちが後に続いて身軽に着地した。
巨大モグラの頭には王冠、背には豪奢なマントを靡かせている。
側に控えるモグラたちは鎧を着こみ、鉄の鉤爪が特徴的な籠手を装備していた。
モグラの王はラヴィポッドを目にすると、驚いたように凝視した。しかしそれも一瞬。
「どういうことか、説明してもらおうか」
一歩踏み出した巨大モグラ王から放たれる威圧は、九歳の少女を竦み上がらせるには十分だった。
「ひぃぃ……」
か細く情けない声を上げる。体を丸めて縮こまり、ぶるぶると震えてしまう。必然、力は抜けてジョニーが火炙りになる。
「熱っ! 父上! あまりその者を刺激しないでくだされ熱っち!」
息子の悲惨な姿に、モグラ王が足を止めた。
「モグ質とは、卑劣な……」
人質のモグラ版だろうか。
モグラたちは火炙りにされたジョニーを目にして「これ以上近づけばジョニーを火に沈めるぞ」というメッセージだと捉えた。まさしく悪魔の所業。身動きを封じられたモグラの騎士たちが悔しさから拳を握りしめる。
「……要求はなんだ」
モグラ王が踏み出した足を引き戻し、探るような目つきで睨む。
「よう、きゅう?」
なんのことだかわかっていないラヴィポッドは首を傾げる。
「違うのです父上! これは我が……」
「子どもは黙っておれ!」
「「ひゃい!」」
モグラ王に事情を説明しようとしたジョニー。だがその発言はピシャリと一蹴される。勘違いしたラヴィポッドまで背筋を正していた。
「答えぬか、人間の娘よ」
「そ、そちらで決めてくださって結構です!」
別に何か欲しい訳じゃない。ただ畑を守りたかっただけ。突然凄まれて「要求はなんだ」と言われても困る。ビクビクと怯えるラヴィポッドは思考を相手に丸投げした。
そんなラヴィポッドの返答に、モグラ王は顔を顰める。
「……『息子の価値は自分で考えろ』ということか」
その呟きを耳にして、モグラ騎士たちが愕然とラヴィポッドを見つめる。なんて惨いことを、と。
「……あれを持ってこい」
モグラ王が告げる。
「で、ですが陛下。あれは」
「良いのだ。息子の命には代えられん」
「はっ」
臣下の忠言も遮り、モグラ王は次期の王たる息子の命を第一に考える。
二匹のモグラ騎士が地中に潜り、暫しの間ラヴィポッドとモグラたちに重たい空気が流れた。
やがて現れた二匹のモグラ騎士。抱えているのは重厚な宝箱。慎重な手つきでラヴィポッドの前に運ぶ。そして開かれた宝箱に入っていたのは、
「モグラの、泥人形?」
土を固めて作ったモグラの泥人形だった。王冠やマントの様なものがついているため、モグラ王を模したのだと思われる。
「父上、まだ持っていてくれたのですか……」
ジョニーが感極まって呟く。
中身を見たモグラ王が慌てて宝箱を取り上げた。その頬はほんのり赤い。
「ば、馬鹿者! これはジョニーからの誕生日プレゼントではないか!
違う! あれを持って来んか」
「も、申し訳ありません! あれ、ですね?」
「ああ、あれだ」
王と騎士の間で意味深な目配せが交わされる。
「ちなみにあれって、なんでしょうか?」
騎士にはあれが何か伝わっていなかった。先刻はその場の雰囲気で理解した振りをしてそれっぽい宝箱を持ってきたものの、二度目の失敗は許されない。王の気分を害さぬよう恐る恐る伺いを立てる。
「……『ギンガの灰』だ」
「……!?」
モグラ騎士が息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「くどい」
神妙な面持ちのモグラ騎士だったが、再び穴に潜る。
そしてラヴィポッドの前に、荘厳な宝箱が運ばれた。一層慎重な手つきで宝箱が開かれる。内側から眩い光が溢れだした。
「きれい……」
そこに収められていたのは、キラキラと輝く黄金の土。
土魔術師として幼いころから土に触れてきたラヴィポッドだからこそ、黄金の土が秘める神聖な気配を感じ取れた。
「これは我がタルタル家が、土の民が代々受け継いできた秘宝、『ギンガの灰』だ。我の所有する限り最も価値のある代物。伝承によれば、世界創造以前から存在する物質と言われておる」
スケールが大きすぎてもはやよく分からない説明を聞き流しながら、ラヴィポッドは震える手で宝箱を受け取る。続いてジョニーを解放しようとして、ふと動きを止めた。ギギギと振り返り、不安そうにモグラ王を見上げる。
「あのう、解放したら襲い掛かってきたりは……」
「せん。一族の誇りにかけてな」
「えと、一族の誇りって、大切なものなんですか?」
「ほう?」
「今すぐ解放します!」
ラヴィポッドには一族の誇りなるものを重要視する感覚がわからない。わからないものを引き合いに出されても、今ひとつ納得できなかった。しかしモグラ王の低い声を聞きこれ以上踏み込んではいけない気がして、そそくさと紐を引く。ワインボトルを手にしゃがみ、ジョニーを土の上に返した。
「父上ー!」
ジョニーがモグラ王に駆け寄り、飛びついた。
「おおジョニー、怪我はないか?」
モグラ王が受け止め、頬ずりする。
「足がヒリヒリします」
「可哀そうに。何故こんなことになったのだ?」
慈愛に満ちた父の声音。ジョニーの肩がギクッと跳ねる。
「わ、我にもなにがなんだか……そこな残虐娘がいきなり我を捕らえ、火にかけたのです!」
大袈裟な身振り手振りで説明する。ジョニーには全く非がないのだと。
「それは実か?」
モグラ王の鋭い眼光がラヴィポッドを射抜く。
まるで喉元に刃物を突き立てられたよう。冷酷な視線に腰が抜けて、内股のままペタンと座る。だがガクブルと震えながらも、畑を指さした。
「そいつが、わたしの畑をめちゃくちゃにしたの……!」
モグラ王は静かに指が示す先を見る。そしてゆっくりと荒れた畑に近づき、散らばった作物を手に取った。角度を変えながら、幾つかの作物をまじまじと検分する。
「……ジョニーの歯形に似ておるな」
ぼそっと漏れた呟き。ジョニーから冷や汗が出ている。
「歯形が似ている者など幾らでもおります!」
続いて畑の中のもぐら塚に近寄る。
「……この右側に片寄った土の積み上げ方、ジョニーの癖と同じだ」
「く、癖など疾うに矯正いたしました!」
状況証拠が出そろって尚、反論するジョニー。
「この本道の爪痕を調べれば誰が掘ったのか、すぐにわかるであろう。ジョニー、まだ言い訳はあるか?」
低くなっていく追及の声。モグラ王は真相に辿り着いていた。
言い逃れできなくなったジョニーはガクガクと震え、モグラ王の肩から飛び降りる。
「あ、足から頭痛がするので先に帰らせていただきます!」
訳の分らぬことを言うや否や、華麗なフォームで土にダイブして、ジョニーは去っていった。
モグラ王はため息を吐き、へたり込むラヴィポッドの前に歩み寄る。
「息子が迷惑をかけたようだ。すまなかった。立場上、頭を下げれぬことを許してくれ」
「も、もうしないですか?」
「ああ。他者の畑には手を出すなと言っておるのだがな。改めてきつく言っておこう」
怯えて宝箱に抱きつくラヴィポッドに苦笑しながら、モグラ王は息子を甘やかし過ぎたと自省する。
「では、我々も戻るとするか」
「「はっ!」」
要件は済んだと、帰ろうとするモグラたち。
「あ、あの……」
そこへ、ラヴィポッドが遠慮がちに声をかける。
「なんだ?」
呼び止められるとは思っていなかったのか、モグラ王は目を丸くした。
「あいつが食べた野菜、捨てるのも勿体ないので、良かったら持っていきませんか?」
可食部は多く残されているが、ジョニーが齧った野菜を食べるのは些か抵抗がある。
ラヴィポッドの提案にモグラ騎士たちが顔を見合わせた。王族の護衛をする身の上、飲食物には毒を警戒せねばならない。
「よいのか?」
「わたしばっかり、貰っちゃったので」
「ならばその言葉に甘えるとしよう。ありがとう」
モグラ王が一足先に潜り、王の判断を聞いたモグラ騎士たちは掘り起こされた作物を運んでいった。去り際、モグラ王が笑ったように見えた。
「はぁ……ちびるかと思ったぁ」
臆病なラヴィポッドには限界ギリギリの体験だった。緊張しきっていた空気が弛緩し、体からドッと力が抜ける。
「大変だったけど、いいもの貰っちゃった」
少女の体には少し大きい宝箱を開けて、輝く土に目を光らせる。
「たしか、ギンガの灰って言ってたよね。これなら、できるかも」
この黄金に輝く土でなら、成し遂げられるかもしれない。
土魔術師なら誰もが一度は夢に見る、土魔術の奥義。
「ゴーレム錬成……!」
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