上 下
9 / 13

09.口吻の契約、心の友。

しおりを挟む

「私、サイレント・ジョセスタインは神フォンタナの名の下に、フォンターヌ国の騎士として最期までこの身を捧げることを誓います」
「サイレント・ジョセスタイン。誓いの儀式を」
 成人を迎えた騎士団に所属する貴族の令息が、正式にこの国の騎士となることを誓約する場である通称”口吻の契約“で、名前を呼ばれた俺は壇上に上がり正面に座る国王の前まで来ると、跪いて彼の手の甲に口づけた。
 これは騎士がこれから命を尽くす主に対しての誓いの意味がある。
 国王に承認を受け、頭を下げた俺は次にその右隣に座るクリスタの前まで行き、同じように跪いて手に口づけた。
 手を取る際に震えているのがわかったが、いつもお気楽な様子のクリスタでも緊張はするのだろうか。
 お気楽と言えば、クリスタの弟のメイディオを思い出す。彼はクリスタの二つ下の弟で、今は学園の中等部に通っていた。
 彼は第三王子だが、王族という固い印象を感じさせずとても付き合いやすい性格である。いつも脳天気で時折羨ましくなるのだが、実のところ悩みがないという訳ではないのだろう。どちらかと言えば脳筋タイプで、人の話をよくは聞かないがポジティブで明るく、一緒にいると元気をもらえる相手だ。
 そしてクリスタにはもう一人、弟がいる。クリスタの双子の弟の、フェイタスだ。彼は物心ついたと早々に次期継承権を放棄し、好奇心のままに離れた国へ留学してしまった。フェイタスの頭は非常に優秀で、クリスタはいつも煮え湯を飲まされたような様子で俺に愚痴ってきたのを思い出す。
 こうやって見ると、王族は結構キャラが濃いように思える。
 ちなみに俺は宰相の息子だが次男であり、長男である俺の兄は超がつくほど優秀であることから、俺にその役職が回ってくることはない。気楽な立場だといえよう。身体を鍛えようと思い騎士団に所属したが、何やら性に合ったらしく、今日正式に騎士団入りしたというわけだ。
 まぁ、俺はドォリィただ一人を守れればよいのだが。

 ***

「サイレント様~、サイレント様ぁ~」
 昼休み、ピンク女が俺を探して学園中を歩き回っている。ドォリィは令嬢友達と一緒に食堂へ行ってしまい、俺は教師からのタスクを終えてから合流することになっていたのだが、どうやら今は表に出ない方が良いらしい。壁に張り付いて、ヒロインがどこかへ行くのを待つことにした。
 やっとどこかへ行ったようで、安堵に胸に手を当ててなで下ろす。と、手にガサリとしたものが触れた。
「そうだった・・・」
 懐から出したのは一通の手紙。質が良く、手触りも滑らかで上品な装飾があしらわれている。フェイタスからの手紙だ。
 彼が留学してしまう前日、俺は宮廷に呼び出されてフェイタスに呼ばれてこう言われたのだ。
『サイ、留学から帰ってきたら、お前に伝えたいことがある。それまで、僕のことを忘れるんじゃないぞ!毎週、いや毎日手紙を送るから!!これから行く国がどんな国なのかや、現地の文化、学校で学んだこととか・・・とにかく書いて送るから!僕のこと忘れるなよな!!』
 と、少し涙目で彼が睨んできたのがまるで昨日のことのようだ。
 彼は元気だろうか。
 手紙を開くと、そこには彼らしい几帳面な字が昔と変わらず並んでいた。あれから数年間、律儀に手紙を送り続けてくれているが、やはり忙しいのか手紙が届くのは月に一度。それでも、続けられるだけすごいと思うのだが。
 手紙が来ると、俺はすぐに返事を書いて送り出す。いつも彼が聞いてくる俺の近況や、こっちでの様子など、色々。
「何を読んでいるんだ?」
 今回は何を書こうかと考えながら読んでいると、突然後ろから声をかけられ身体を飛び上がらせる。
「っ・・・なんだ、メイディオか」
「よっ、サイ」
 今日も爽やかで、太陽を思わせるオレンジの髪が日光に照らされて輝いている。それに対する彼の白い歯も眩しい限りだ。
 見上げるほどの背丈に、年下と感じられない。
「久しぶりだな。ここ最近、忙しかったのか?」
「まぁな。サイの方は・・・・・・色々と大変そうだな。なんか、平民上がりがやらかしてんだって?」
「中等部の方まで話が伝わってるんだな。じゃあ、あの話も・・・・・・」
「ああ。クリスタがその女にメロメロっつー話も話題に上がってる」
「ははは・・・・・・」
「っとに、いい加減にして欲しいぜ。あの馬鹿兄貴が。ま、でも俺には関係ないけどな!」
「またお前は脳天気に・・・・・・」
 白い歯を出してはははと元気よく笑うメイディオの奴。
 自分の兄が噂の種になっているのにも関わらず、思いきり他人事のような面をするのはもはや恐怖も感じられる。
 現に、こいつは危ないキャラだ。
 前世の妹情報では、こいつは所謂ヤンデレキャラ、なのだそうだ。
 ・・・全くそう見えない。それが、こわい。言っておくが、脳筋でヤンデレが一番こわいと思う。爽やかな笑顔で殴り殺されそう。
 決めつけは良くないと思っているが、頭のどこかでは覚えていなければ。
だがいつも一定の距離を保たなければならないと思いつつも、こいつの人の良さに毎回その気持ちを忘れてしまう。それほど話しやすいし良い奴なのだ。俺の心の友ともいえるべき存在である。
「そういえば、クリスタに誓いの口付け、したんだって?」
「あ?ああ・・・、誓約な。したよ」
「っかぁー、良いなぁ!俺もサイに跪いてキスされてえ」
「何おかしなこと言ってんだよ!!ほら、もうすぐ授業始まるんじゃないのか?」
「うぉっ、ほんとだ。じゃ、またな」
「ああ。また」
 本当に、嵐のような奴だ。
 手には、先ほどから読みかけだった手紙が握られている。残り時間で読めるだろうか。
 ふと校舎の時計塔を見上げたとき、一陣の生温い風がその場を通り過ぎていった。

 ***

 俺が成人の儀式を終えた辺りから、クリスタの様子があからさまになり始めた。
 今までは、ドォリィ以外の令嬢たちとも仲が良かったものの、婚約者のいる男として一線を超えるようなことは決してしなかった。
 しかしここ最近、リドリータに対する態度が明らかにその一線を越えている気がするのだ。開き直っているようにも見える。
 一方リドリータの方もクリスタにべったりで、もはや勝ち誇ったかのような表情で学園内を闊歩していた。
 それをみてドォリィは傷ついたかと思ったら、全くそんなことはなかった。それよりも、もしかしたら彼女も俺のことを意識し初めてくれているのかもしれない。彼女の俺を見る目が、ある時から熱を持っているように思えるからである。自惚れもいいところかもしれないが、もしそうであったならどれだけ嬉しいだろう。
 だが今は、素直に喜べない状況であった。俺が成人の儀式を終えた辺りから、馬鹿王子とピンク女の関係以外に新たなる問題が発生したのだ。
 それは、
「サイ!今晩僕と一緒にディナーでもどうかな?ああリド?彼女はいないよ。君と僕の二人きりさ。どうだい?」
 秒で距離を詰められ腰に手を添えられる。そして異様に近い顔と、意味不明の誘い文句・・・・・・。
 王子、あんた頭がイカれたのか?

 ――09.口吻の契約、心の友。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴
恋愛
「結婚してください……」 「……はい?」 「……あっ!?」  主人公の小日向恋幸(こひなたこゆき)は、23歳でプロデビューを果たした恋愛小説家である。  そんな彼女はある日、行きつけの喫茶店で偶然出会った32歳の男性・裕一郎(ゆういちろう)を一眼見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。  ――……その裕一郎こそが、前世で結婚を誓った許嫁の生まれ変わりだったのだ。  初対面逆プロポーズから始まる2人の関係。  前世の記憶を持つ恋幸とは対照的に、裕一郎は前世について何も覚えておらず更には彼女に塩対応で、熱い想いは恋幸の一方通行……かと思いきや。  なんと裕一郎は、冷たい態度とは裏腹に恋幸を溺愛していた。その理由は、 「……貴女に夢の中で出会って、一目惚れしました。と、言ったら……気持ち悪いと、思いますか?」  そして、裕一郎がなかなか恋幸に手を出そうとしなかった驚きの『とある要因』とは――……?  これは、ハイスペックなスパダリの裕一郎と共に、少しずれた思考の恋幸が前世の『願望』を叶えるため奮闘するお話である。 (🌸だいたい1〜3日おきに1話更新中です) (🌸『※』マーク=年齢制限表現があります) ※2人の関係性・信頼の深め方重視のため、R-15〜18表現が入るまで話数と時間がかかります。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...