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09.口吻の契約、心の友。
しおりを挟む「私、サイレント・ジョセスタインは神フォンタナの名の下に、フォンターヌ国の騎士として最期までこの身を捧げることを誓います」
「サイレント・ジョセスタイン。誓いの儀式を」
成人を迎えた騎士団に所属する貴族の令息が、正式にこの国の騎士となることを誓約する場である通称”口吻の契約“で、名前を呼ばれた俺は壇上に上がり正面に座る国王の前まで来ると、跪いて彼の手の甲に口づけた。
これは騎士がこれから命を尽くす主に対しての誓いの意味がある。
国王に承認を受け、頭を下げた俺は次にその右隣に座るクリスタの前まで行き、同じように跪いて手に口づけた。
手を取る際に震えているのがわかったが、いつもお気楽な様子のクリスタでも緊張はするのだろうか。
お気楽と言えば、クリスタの弟のメイディオを思い出す。彼はクリスタの二つ下の弟で、今は学園の中等部に通っていた。
彼は第三王子だが、王族という固い印象を感じさせずとても付き合いやすい性格である。いつも脳天気で時折羨ましくなるのだが、実のところ悩みがないという訳ではないのだろう。どちらかと言えば脳筋タイプで、人の話をよくは聞かないがポジティブで明るく、一緒にいると元気をもらえる相手だ。
そしてクリスタにはもう一人、弟がいる。クリスタの双子の弟の、フェイタスだ。彼は物心ついたと早々に次期継承権を放棄し、好奇心のままに離れた国へ留学してしまった。フェイタスの頭は非常に優秀で、クリスタはいつも煮え湯を飲まされたような様子で俺に愚痴ってきたのを思い出す。
こうやって見ると、王族は結構キャラが濃いように思える。
ちなみに俺は宰相の息子だが次男であり、長男である俺の兄は超がつくほど優秀であることから、俺にその役職が回ってくることはない。気楽な立場だといえよう。身体を鍛えようと思い騎士団に所属したが、何やら性に合ったらしく、今日正式に騎士団入りしたというわけだ。
まぁ、俺はドォリィただ一人を守れればよいのだが。
***
「サイレント様~、サイレント様ぁ~」
昼休み、ピンク女が俺を探して学園中を歩き回っている。ドォリィは令嬢友達と一緒に食堂へ行ってしまい、俺は教師からのタスクを終えてから合流することになっていたのだが、どうやら今は表に出ない方が良いらしい。壁に張り付いて、ヒロインがどこかへ行くのを待つことにした。
やっとどこかへ行ったようで、安堵に胸に手を当ててなで下ろす。と、手にガサリとしたものが触れた。
「そうだった・・・」
懐から出したのは一通の手紙。質が良く、手触りも滑らかで上品な装飾があしらわれている。フェイタスからの手紙だ。
彼が留学してしまう前日、俺は宮廷に呼び出されてフェイタスに呼ばれてこう言われたのだ。
『サイ、留学から帰ってきたら、お前に伝えたいことがある。それまで、僕のことを忘れるんじゃないぞ!毎週、いや毎日手紙を送るから!!これから行く国がどんな国なのかや、現地の文化、学校で学んだこととか・・・とにかく書いて送るから!僕のこと忘れるなよな!!』
と、少し涙目で彼が睨んできたのがまるで昨日のことのようだ。
彼は元気だろうか。
手紙を開くと、そこには彼らしい几帳面な字が昔と変わらず並んでいた。あれから数年間、律儀に手紙を送り続けてくれているが、やはり忙しいのか手紙が届くのは月に一度。それでも、続けられるだけすごいと思うのだが。
手紙が来ると、俺はすぐに返事を書いて送り出す。いつも彼が聞いてくる俺の近況や、こっちでの様子など、色々。
「何を読んでいるんだ?」
今回は何を書こうかと考えながら読んでいると、突然後ろから声をかけられ身体を飛び上がらせる。
「っ・・・なんだ、メイディオか」
「よっ、サイ」
今日も爽やかで、太陽を思わせるオレンジの髪が日光に照らされて輝いている。それに対する彼の白い歯も眩しい限りだ。
見上げるほどの背丈に、年下と感じられない。
「久しぶりだな。ここ最近、忙しかったのか?」
「まぁな。サイの方は・・・・・・色々と大変そうだな。なんか、平民上がりがやらかしてんだって?」
「中等部の方まで話が伝わってるんだな。じゃあ、あの話も・・・・・・」
「ああ。クリスタがその女にメロメロっつー話も話題に上がってる」
「ははは・・・・・・」
「っとに、いい加減にして欲しいぜ。あの馬鹿兄貴が。ま、でも俺には関係ないけどな!」
「またお前は脳天気に・・・・・・」
白い歯を出してはははと元気よく笑うメイディオの奴。
自分の兄が噂の種になっているのにも関わらず、思いきり他人事のような面をするのはもはや恐怖も感じられる。
現に、こいつは危ないキャラだ。
前世の妹情報では、こいつは所謂ヤンデレキャラ、なのだそうだ。
・・・全くそう見えない。それが、こわい。言っておくが、脳筋でヤンデレが一番こわいと思う。爽やかな笑顔で殴り殺されそう。
決めつけは良くないと思っているが、頭のどこかでは覚えていなければ。
だがいつも一定の距離を保たなければならないと思いつつも、こいつの人の良さに毎回その気持ちを忘れてしまう。それほど話しやすいし良い奴なのだ。俺の心の友ともいえるべき存在である。
「そういえば、クリスタに誓いの口付け、したんだって?」
「あ?ああ・・・、誓約な。したよ」
「っかぁー、良いなぁ!俺もサイに跪いてキスされてえ」
「何おかしなこと言ってんだよ!!ほら、もうすぐ授業始まるんじゃないのか?」
「うぉっ、ほんとだ。じゃ、またな」
「ああ。また」
本当に、嵐のような奴だ。
手には、先ほどから読みかけだった手紙が握られている。残り時間で読めるだろうか。
ふと校舎の時計塔を見上げたとき、一陣の生温い風がその場を通り過ぎていった。
***
俺が成人の儀式を終えた辺りから、クリスタの様子があからさまになり始めた。
今までは、ドォリィ以外の令嬢たちとも仲が良かったものの、婚約者のいる男として一線を超えるようなことは決してしなかった。
しかしここ最近、リドリータに対する態度が明らかにその一線を越えている気がするのだ。開き直っているようにも見える。
一方リドリータの方もクリスタにべったりで、もはや勝ち誇ったかのような表情で学園内を闊歩していた。
それをみてドォリィは傷ついたかと思ったら、全くそんなことはなかった。それよりも、もしかしたら彼女も俺のことを意識し初めてくれているのかもしれない。彼女の俺を見る目が、ある時から熱を持っているように思えるからである。自惚れもいいところかもしれないが、もしそうであったならどれだけ嬉しいだろう。
だが今は、素直に喜べない状況であった。俺が成人の儀式を終えた辺りから、馬鹿王子とピンク女の関係以外に新たなる問題が発生したのだ。
それは、
「サイ!今晩僕と一緒にディナーでもどうかな?ああリド?彼女はいないよ。君と僕の二人きりさ。どうだい?」
秒で距離を詰められ腰に手を添えられる。そして異様に近い顔と、意味不明の誘い文句・・・・・・。
王子、あんた頭がイカれたのか?
――09.口吻の契約、心の友。
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