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01.サイレント、目覚め。
しおりを挟む背中で風に靡き鈴の音のような音を立てる、光沢のある美しい黒髪。
真っ白く、柔い、肌。触れたらさぞかし滑らかだろう。
ほっそりとした華奢な体躯に頬はふっくらと膨れており、厚みのある唇にはいつも鮮紅の紅が塗られている。
睫は長く、ぱっちりとした目元をさらに際立たせ、一方目を閉じるとそれが影を落とし、まるで月の光に照らされる乙女のように思わせる。
小ぶりな鼻は、しかし形は良く、思わず摘まんでみたくなる。
黒色の、フリルがふんだんにあしらわれたドレス――所謂『ゴスロリ』――のよく似合う彼女の名前は、“ドォリィ”。
この世界の主人公であるヒロイン――リドリータ・アイネクライン――の敵である。
ああ・・・可愛いドォリィ。
かわいい。かわいい。
食べてしまいたいくらいに。
・・・・・・と、危なげなことを考えていたとき、ふと頭の中で薄れた記憶の断片が流れ出した。
それは、自分の前世、と言うべきもの。
そう、俺は成人していた。昔から我がままで、兄である俺を下僕としか認識していない、どうしようもない年の離れた妹。だがやはり可愛くてしかたない彼女の頼みで、仕事帰りに予約注文してあった新作のゲームを受け取り家に帰る途中、交通事故に巻き込まれたのだ。
そしてそのまま――・・・・・・。
冷静に、自分の死に際を思い出す。
そしてふいに自分の手を見ると、それはさきほどの記憶に比べてあまりにも小さかった。
「“さい”・・・?どうしたの?」
「ハッ・・・!!」
その小さな手にさらに小さく柔らかい手が触れた。顔を上げるとそこにはお目々がぱっちりとした美幼女。
真っ黒な艶のある髪はさらりと音を立て、無垢な瞳が僕を捉えていた。“こてん”と首を傾げる様子が、胸を貫く。
「どぉりぃ、なんか、しちゃった・・・・・・?」
「ングゥ゛ゥ゛!!!!!」
「おにいさまたいへん!さいがヘンなの!!」
「サイ!どうした?胸が痛いのか!?」
「う、うん・・・・・・萌えで胸がいたいぃ・・・・・・」
そうだ。
今わかった。
ここはあれだ。憎らしいながらも可愛く思ってしまう妹が夢中でやっていたゲーム、『星降る夜の乙女』の世界だ。
大層な題名だが、中身はそれほど凄くはない。ただ、貴族の愛人の子どもで今まで村落で生活していたヒロインが貴族の通う学園に招待され、そこで出会うイケメンたちとラブを繰り広げるという・・・まぁ、量産型のストーリーというところである。
ヒロインが攻略するのは第一王子、第二王子、第三王子に“ドォリィ”の兄――リディオ・サンドレア、学園一可愛いアイドル男子・・・・・・
そしてこの俺、宰相の子どもで侯爵家次男、サイレント・ジョセスタイン。
そう、俺は攻略対象の一人なのだ。
サイレントは昔から大人しく、無口で、次男という立場からか常に目立たないよう日陰を住処とする子どもだった。政敵であるサンドレア家の長男、リディオとも無難な関係を築き、争いを好まずいつも一人で行動する人畜無害なキャラクターである。だがビジュアルのせいか、攻略対象の中でもなかなかの人気を誇っていた。
何故こんなにも設定に詳しいのかというと、それは妹が目を血走らせながらプレイしていたからだ。
夜、青白い光の漏れる妹の部屋を覗いた時の衝撃といったら・・・・・・。あまりの恐怖に思わず失禁しそうになってしまったほどだった。
そして家族揃って取る食事の時間は妹の独断場で、一度口を開くと止めどなくヒロインとキャラクターの話が流れ出た。
そして妹に見せられたパッケージで、“ドォリィ”ことドリータ・サンドレアに一目惚れした。意地悪そうに描かれていたが、膨れている頬も、フリフリのドレスが似合うのも、総合的に完璧に好みだった。
逆に、ヒロインの印象は薄かった。桃色の髪をしていたのは覚えている。が、ドォリィみたくパッとする容姿ではなかった気がする。
さて、回想はこのくらいにしてそろそろソファから立ち上がろう。
幼いドォリィの可愛さにやられ、いきなり苦しみだした俺にリディオが心配してくれ、しばらく休ませてくれたのだ。
隣の部屋からドォリィの心配そうな声が聞こえてくる。一秒でも早くあの子を安心させなければ。
「サイ!もう大丈夫なのか?」
「さい、もぉへいき?」
「う゛っ゛、うん、もう元気」
一瞬胸を矢で射られたような痛みが走ったが、へらりと笑いかけると彼女もふにゃりと笑ってまた胸が痛い。
それにドォリィの横でリディオも笑うものだから、のほほん兄妹に俺の心臓は持つ気がしない。ドォリィと揃いの黒髪に、サンドレア夫人譲りであろう一束深紫のメッシュが入っていて目を引く。妹と並んで立つその姿はその美しさに、天使の兄妹が降り立ったかのようだった。
和やかな兄妹の様子を目にし、俺は静かに心の中で決意した。
絶対に、ドォリィを泣かせない。
そして、必ずドォリィを俺のものにする。
と。
――01.サイレント、目覚め。
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