とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶

文字の大きさ
上 下
5 / 6

5

しおりを挟む



「おはよう、ソイン」





 朝、目覚めると真っ白なベッドのシーツに逞しい身体。愛しい人の顔が優しげに緩められていて、小窓から注がれる朝日に溶け込んでいて神々しい。



 ソインは、こんな幸福な朝を迎えることができていることが、本当に今でも信じられない、そう思った。









 ラッシュの母親、前王妃は彼を出産したしばらく後に身体を壊し、すぐに儚くなってしまった。王は悲しみに暮れ、国では長い期間喪に服すことが命じられた。いつまで経っても塞ぎ込んでいる王を見かね、側近たちは新たな王妃を探すべく上位貴族たちに働きかけた。



 そして家柄と年齢を考慮した上で白羽の矢が立ったのが、後のスロウの母になる公爵家の次女、ソインだった。

 半ば適当に了承の意を示した王は初めから第二王妃と仲睦まじくするつもりはなく、容姿が悪く貰い手がなかったという噂をされていたソイン自身も、人の目から隠れるように日々静かに王宮で過ごしていた。

 誰もが、形だけの王妃だと思っていた。



 側近が努力し二人が顔を合わせる機会を設けても、ソインはひたすら申し訳なさそうに顔を隠し、王はソインの姿を目に入れようともしない態度を取っていた。

 午後の公務の休憩として設けられたティータイムでも、王はただ妻が植えた庭園の花々を眺めて回想にふけるだけだった。



 ラッシュは、廊下からその様な様子を目にする度にソインを蔑ろにする父親に腹を立てていた。ある夕食の席、いつものように顔を俯かせているソインと気にする様子もない父親という非常に静かな時間の流れる中、ラッシュはスプーンを置き口を開いて父に自分の思うところを話した。



 するとカッとなった王が手でテーブルを叩き、スープ皿がガチャンッと音を立てる。ソインはわかりやすく肩を踊らせて驚き、僅かだが躰を震わせて怯えているようだった。

 後ろに控える召使いたちも一様に緊張した面持ちになっていた。



「やはり私は彼女以外愛せないんだっ!!アーリア以上の存在なんていないっ!!!」



「ちちうえっ!そりゃあそうです」



 幼いラッシュが素直にそう言った瞬間、ソインは目を見開いて口に手を当て、見るからに泣きそうな表情になる。



「ははうえ以上のそんざいはいない。でも、それ以下もおりません」



「ラッシュ、お前何を言って――」



「そしてソインさんにも、ソインさん以上のそんざいもソインさん以下のそんざいもおりません。べつのにんげんなんです。

 ははうえが亡くなったことはわたしもかなしいです。でもソインさんはははうえではないし、ははうえにもなれない。ちちうえは、もっとソインさん自身を見るべきだとおもいます」



 食堂がシンと静まりかえった。ソインも思わず口に手を当てたまま固まってしまい、目を見開いてラッシュを凝視している。そして王も同様に驚きに目を開き、握りこぶしをテーブルに置いたままの状態である。

 誰もが口を開かない中、ラッシュはナプキンで口を拭い、食事は終わりだとさっさと食堂から出ていってしまった。



 後には、唖然としている王とソイン、そして召使いたちだけが取り残された。







 次の日から王は、ラッシュに言われたようにちゃんと“ソイン”自身を見るように努めた。エスコートをして庭園を歩いていると、ソインはふと進路を曲げるときがある。それは前王妃が頑張り屋だからとそのままにしていた、整備された石畳の間に咲く花を避けていることがわかった。その、当たり前のことだが、大半の人間が気にも止めないようなことに気づくという点に、まず惹かれた。

 共に食事や茶を楽しむ際、苦手な味に出会ったときに僅かだが一瞬口の端をきゅっと結ぶ仕草にもなんとも言えない甘い気持ちが浮上する。



 気がつくと王は、ソインに惹かれていた。そして、自身もソインに好かれたいと思うようになったのだ。





 後日王はラッシュに進言への感謝を述べた。

 ラッシュは二人の初々しい様子を見、にっこりと笑ったのだった。









 ソインは、あれから数年経った今でも信じられない心地でいる。誰も愛さず、誰からも愛されないと思っていた自分の人生。だが王は自分の内面、容姿も含めて好いてくださっている。向けられることのなかった温かい眼差しは大変面映ゆいのだが、それだけ胸が温かくなる。

 きっとあの時、ラッシュ様の進言がなければ自分は離縁を言い渡され暗い実家に帰らされていたか、それこそ愛のない、形だけの夫婦になっていたかのどちらかだろうと思う。それでもソインただ一人だけが不幸になるだけだ。

 だが、ラッシュ様は皆が幸せになる方向へ導いてくださった。





 言いようのない感謝と、愛しい人への愛を込めて、ソインは寝起きの夫の顔を見つめて今朝も言う。





「おはようございます」



 と。

















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独占欲強い系の同居人

狼蝶
BL
ある美醜逆転の世界。 その世界での底辺男子=リョウは学校の帰り、道に倒れていた美形な男=翔人を家に運び介抱する。 同居生活を始めることになった二人には、お互い恋心を抱きながらも相手を独占したい気持ちがあった。彼らはそんな気持ちに駆られながら、それぞれの生活を送っていく。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

美醜逆転の世界で推し似のイケメンを幸せにする話

BL
異世界転生してしまった主人公が推し似のイケメンと出会い、何だかんだにと幸せになる話です。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

猫の黒たんは騎士団長!?

ミクリ21
BL
ある日、青年はボロボロの黒猫を拾いました。 青年は猫に黒たんと名付け、可愛がりました。 だけどその猫は、実は………!?

なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!

柑橘
BL
王道詰め合わせ。 ジャンルをお確かめの上お進み下さい。 7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです! ※目線が度々変わります。 ※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。 ※火曜日20:00  金曜日19:00  日曜日17:00更新

処理中です...