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しおりを挟むラッシュはB専ではなかったーー。
信じられない!と、おそらく全生徒が驚くことだろう。
将来王の右腕を務める俺、レイン=ブロックも先ほど聞いた本人からの「B専ではない」という言葉に今も信じられずにいる。
おかげで生徒会の仕事が全くはかどらない。
ちらりとラッシュを盗み見ると、あいつはいつもと変わらず残像が見えるほど早くペンを動かし、作業を進めている。
クソ・・・・・・
ラッシュと会ったのは、俺が1歳を迎えた誕生日の日だった。
ブロック家は名門貴族で代々王族との関わりも深い家系であり、両親と仲の深い両陛下が誕生パーティーにいらっしゃったのだ。
赤ん坊の頃の記憶がない人は大勢いるだろうが、俺は今でもはっきりと思い出せる。
優しげな眼差し、凛々しい眉、鼻に散らばった可愛らしいそばかす。
今はもう消えてしまったが・・・・・・そばかす、可愛かったんだぞ・・・・・・。
そして今でも変わらない、魅力的な爽やかな笑顔。
赤ん坊ながらに、美しいと思った。
それから俺は成長を待ち、ラッシュの役に立ちたい、あわよくば彼の隣に立っていたいという思いで何にでも励んだ。
そして上位貴族の子息たちによる熾烈な争いに勝ってめでたく将来の補佐ポストを約束された俺は、ニコニコ顔の父親にラッシュの前で紹介してもらった。
少し成長したラッシュはまだ俺よりも小さくて、だがすでに王子という威厳を持っていた。
「これからよろしくな!」
これから先ずっと彼の側にいられるという嬉しさで落ち着きのなかった俺に、ラッシュは小さな手を差し出してパカッと笑った。
「おい、レイン。大丈夫か?」
「っ! ごめんごめん。少しぼぅっとしてた」
知らない間に手を止めていたらしい。心配そうにこちらを見ているラッシュの手元を見ると、もうすでに書類の山が消えている。
どんだけ仕事早いんだよ。
男たらしのクセに・・・・・・
ああ、こいつは小さい頃からモテていた。
初めて嫉妬を覚えたのは、いつだったか・・・・・・。
あれは、とあるパーティーの日だ。
王子主催だったため皆それは美しく着飾っており、その様子はまるで庭園に咲き誇る色鮮やかな花々のようであった。
ラッシュはもちろん側にいた俺もが大勢の子息令嬢に囲まれていたとき、突然近くで令嬢の悲鳴が上がったのだ。
ラッシュと俺が人の壁から外へ出ると、そこには純白のドレスを真っ赤に染め涙ぐんでいる令嬢、そしてその下にはグラスを握ったまま地面に座り込んで顔を真っ青にしている令息がいた。
「まぁなんてことーーきゃぁっ!」
皆何が起こったのかと様子を見るが、すぐにその目を伏せ顔を逸らす。令嬢のドレスにドリンクを零したらしい令息の顔が、醜かったからだ。少年は皆の視線に怯え、可哀想なほど身体を震わせていて唯一見方である自身の腕で自分を抱きしめていた。
「あんな子が来ていたなんてっ!」
「あの子がドレスを台無しになさったの・・・・・・?」
「ああ・・・・・・気分が悪くなってきたわ・・・・・・」
召使いたちが令嬢へと近づく中、ざわざわと嫌な声が少年を囲み彼には味方など現れないと思われた。
そんな悪い空気の中、ラッシュはすばやく動いて令嬢の前まで来ると、眉を下げて優しく微笑み令嬢の手を包み込んだ。
「怪我はないか?ドレスなら俺がプレゼントしよう。ドレスは新しい物を着れば良い。だがお前の涙は泣いたら減るのだから、もったいないぞ?」
その瞬間広間の空気が柔らかいものとなり、令嬢だけでなく周りの者たちまで顔が蕩けた。
ひとまず令嬢の機嫌を収めた手腕は見事だと関心したが、心の中ではぐぐっと不穏なものが蠢いた気がした。
可愛らしい令嬢が頬をバラ色に染めながら召使いたちに連れられていくのを見て、他の者たちはすでに物事は収集したと思い各々が話に戻っていった。
震えている少年の存在など、初めからなかったかのように忘れて。すぐ後ろでは、早くも先ほどのラッシュの華麗さに淑女らしからぬ様子で騒いでいた。
「俺たちももう戻ろ――」
俺も、震えている奴なんて放っておいて早くラッシュと話がしたくて呼びかけようとしたとき、彼はなんと座り込んだ少年の側に膝をついた。
ちらちらとラッシュのことを気にしていた者も含め、会場にいた全員がその様子に唖然とする。上位貴族の中では底辺と言われるほど顔の醜い少年に、王子であるラッシュがこんなにも近く、さらに膝などついているのだから。
「もっ、申し訳ございません!!ぼ、僕がドレスをっっ、ら、ラッシュ様にお手を煩わせてしまってっ・・・・・・僕、ぼく・・・・・・」
皆ラッシュの気持ちを代弁している気になって存分に顔をしかめる。醜い奴の声を聞くのも耐えがたいという風に。
「謝るな。立てるか・・・・・・?膝が痛むだろう。 よっ、と」
「らっ、ラッシュさま!!?」
少年に優しく接した後ラッシュは少年に触れて、なんと抱き上げた。俗に言う、お姫様だっこ。
つい先ほどまで自分の犯してしまった罪に泣きそうになっていた少年は、今は泣いてしまいそうなほど焦っている。
「大丈夫!俺鍛えてるから!!だからお前のこと転ばした奴のことも、ちゃんと怒ってやるから安心しろ!つかお前可愛いな!!」
唖然とした。この少年が転ばされたことに気づいていたラッシュにも、少年に『可愛い』と言って微笑んだラッシュにも。
医務室かどこかに少年を連れて行く後ろ姿を見て、心にどす黒い気持ちが湧いた。我慢できなくて拳をひたすら強く握りしめ、血が出ていたのにも気がつかなかったほどだ。
俺は、あの少年に嫉妬したのだ。自分よりも地位も顔も遙かに下なのに。
あの後、令嬢たちに話しかけられてもどんな顔で対処したのかさえ覚えていない。
そう、あれが嫉妬の始まりだったのだ――・・・・・・
「おーい、また止まってるぞー」
顔の前で手を翳され、ハッとして手元を見ると全く進んでいない書類。ラッシュの机を見ると、残り数枚になっていた。
「昔のことを思い出していただけだよ。
あーあ、思えばお前ってホント男たらしだよなー。B専じゃないとか言っても不細工な子ばっか気に入ってるから納得できないよ」
回想の中で数々の男たちを侍らせていたラッシュのことを思うとなんだか腹が立ってきて、嫌みの一つでも言ってやろうと思ってしまった。
「いやいや、みんな可愛いし」
悪気のない笑顔を作ってさらりと言い放つ。
「は?みんな可愛いわけないだろ。じゃあ俺は?俺は可愛い?」
「可愛い」
半ばヤケになって聞いたところ、ラッシュは『可愛い』と即答した。俺の目を見て。
瞬間頭に一気に血が上り、くらりと目眩がした。机に頭を打ち付けそうになると、ふありと優しく受け止められる。その嬉しさと恥ずかしさとで意識が薄くなり、俺は気を失った。
「可愛いって言ってんだけどな・・・・・・」
レインの頭を静かに机に下ろした後、ラッシュはポリポリと頭を掻いた。
彼の言う通り、ラッシュはこれまで幾度もレインに『可愛い』と言ってきた。しかし可愛いと言うと今のようにすぐに倒れてしまい、起きたときにはそのことを覚えていないのだ。
ラッシュは大きな溜息を一つつき、眠っているレインの柔らかな髪を一撫でして口の端を上げた。
「お前は本当、可愛いな」
ふっと笑ったラッシュは、レインの机から書類の山を手に持ち、自分の机へと向かった。
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