異世界ホストNo.1

狼蝶

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57.【迷える子羊なお客様】4~鈴の音と”ナナ”~

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「それにしても、急に冷えてきたよねぇ・・・」
「そうだね」
 フェリスが余った袖をすり合わせ、それに顔を埋めた。うん。可愛い。それに首元も隠れている服を着ており、その隙の無さが彼の内面と上手くマッチしている。さすがおっとり系ドS様。と考えながらも、お揃いなのが嬉しい。ナナミも、今日はタートルネックの薄手の服を着ているのだ。今は夜ということもあり、寒さも強く羽織り物を羽織ってはいるが。
 フェリスの言うとおり、ここ最近で急に気温が下がった気がする。
 コンと知り合ったのが、夏が始まる少し前のこと。そしてユキちゃんとコンといっしょにユキちゃんの家に行ったときは初夏だった気がする。それからあまり月日も経っていないというのに、急激に気温が下がった。特に朝晩が冷え込む。
 ま、まぁ、朝ベッドの中で寒いからといってサーヴァル/マーヴル兄弟にサンドされてスリスリと身体を寄せ合うのも良きは良きなのだが・・・
 と、思考がピンクな方向へ向かってしまう。
「フンッ、こんなん寒いうちに入らねぇし!」
 見習いの子と三人で『寒いよねぇ』などと相槌を打ち合っていると、スルギが捲ってある袖をさらにまくし上げて胸を張った。見ているだけで寒くなる。
「強がってないで袖、下げなよ~、スルギ」
「わっちょっ、やめろ!」
「す、スルギ・・・・・・」
 フェリスがふんっと鼻を鳴らしたスルギの袖に手を添え、一気に下まで引き下げる。すると袖の先はスルギのちいちゃな手を通り越してだらんと脱力した。サイズが大きすぎて、袖が余りすぎているらしい。
「めちゃくちゃかわいい・・・・・・」
「ははっ、スルギってばほんとは袖が余ってるの隠したかっただけでしょ?」
「んな訳ねぇだろっ!っなに笑ってんだ、泣かすぞ!」
「あははは」
 ぼっ!と顔を赤くして再び袖を引き上げるスルギに、フェリスが意地悪く図星を言い当てる。普段S役であるスルギとM役であるフェリスだが、なんだか逆になっているように目に映った。
「スルギ、風邪引いちゃったら大変だから、あったかくしてて」
 本当は、萌え袖が可愛いから・・・とは言えず、ナナミは下心を隠して引き上げられた袖をそっと下げた。嫌がると思い、先を何度か折る。
「お、おぅ・・・・・・」
 するとスルギは顔を真っ赤にしながらも、今度は大人しく受け入れてくれた。ほっぺが真っ赤になっていて、冷えのぼせではないかと心配になる。だがしばらくすると元気になったようで、腕を振って前を歩いて行ってしまった。
 夜の雰囲気がそうさせるのか、将又近所の迷惑にならないように無意識のうちに口が閉じるのか、四人は静かに夜の街を歩いていた。その場に響くのは、四人の靴音のみである。そして、意外と歩く距離が長い。
 びゅぅううと風が吹き、四人は思わず『寒ぅ~!!』と言って身を寄せ合った。ダイレクトに風に晒される顔や手が、冷たい。だが、みんなでくっついていると、心からぽかぽかと温かくなっていった。スルギとフェリスがいるからか遠慮気味である見習いの子も、和やかな空気だからか少しだけ顔が和らいでいた。
 『さむい、さむい』と言いながら身を寄せ合って歩いていると、何度目かの角に行き当たった。目先の角を含め、あと二回曲がればナナミたちの店のある道に出る。
 ナナミが『よし、あともう少しだ』と、そしてその他三名が『あと少しでこの幸せな時間が終わってしまう』と思っていた時、角の向こう側からチリン、と鈴の音が聞こえた。気のせいかな、と全員が思った次の瞬間、再びチリンと音が鳴った。微かだが、確実に、鈴の音。
 ナナミと見習いは、猫の様に身体をビビビと震わせる。それに反して、スルギとフェリスの顔は途端に真剣なものになった。片方の眉を引き上げ、耳をそばだてているようだ。怖がりだと周知されはしたものの、ナナミは飛び上がりたい衝動を必死に抑えた。
 チリン・・・チリン・・・・・・
「なんだ、鈴の音だけかよ」
「でも、何の音だろうね」
 内心ヒェエと悲鳴を上げているナナミと見習い二人の前で、比較的チビっ子二人は果敢にも歩みを早めた。
 あと10メートルほどで角に差掛かるというとき、
 “ナナ・・・・・・ナナ・・・・・・”
 今度は高い男の子の掠れた声が聞こえた。
「ヒッ!!?」
 ナナミは自身の身体を何かが駆け巡るのを感じた。全身に鳥肌が立ったのがはっきりとわかる。身の毛もよだつ、とはこのことだろう。恐怖に思わず情けない声を漏らしてしまった。隣でナナミの腕を掴む見習いも、同様に真っ青な顔で足を震えさせている。しかし高く細く、少し震えた声を聞いた瞬間前を歩いていた二人は――
「あ゛あ゛!?今ナナミの名前呼んだ!?クッソ誰だ人騒がせな幽霊めっ!」
「こんな夜中にナナさんを求めて彷徨って、『desire』の人たちや僕たちを困らせて・・・・・・。しかも、当のナナさんを怖がらせるなんて――許せない!」
「「俺が/僕が 捕まえてやるっっ!!」」
 角の向こう側へと飛び出していった。ナナミは二人をとてつもなく勇敢だと思った。と同時にこの場からいなくなってしまったことに心細さを覚え、見習いの子と頷き合うと、
「「二人とも、待って(ください)――!!!」」
 すぐさま彼らを追いかけていった。

 ***

「ま、待って・・・・・・!」
 恐怖に声が震えながらも、二人の姿を認めて足を止める。寒い空気を吸い込んだことで、肺が痛い。
「スルギさん、フェリスさん・・・その、ゆ、幽霊は・・・・・・?」
 見習いが息を切らしながら恐る恐る問いかけると、なんとも柄の悪い顔をしたスルギが振り返った。そのぶすくれた顔を見て、見習いは違う意味でヒッと声を上げる。
「チッ、逃げやがった」
 悔しそうに頬を少し膨らませるスルギの横で、フェリスは肯定するかのように苦笑を浮かべながら頷いた。耳を澄ますと、遠くの方から微かに鈴の音が聞こえてきたような気がした。
 こうして、ナナミたちの第一回目の“夜の見回り”が幕を閉じたのだった。

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