55 / 67
55.【迷える子羊なお客様】2~夜の見回り~
しおりを挟む「っねぇナナミくん!ちょっといい?」
あの客が不穏な話題を残して帰ってから数日後、彼の話に怖がっていたことも忘れかけていた頃、それは起こった。
今日はカウンターを担当していたナナミが台を拭いたり道具の片付けをしていると、一人のキャストが青い顔をして駆け寄ってきた。皆は仕事を終え上に上がってしまっていて、残っているのはナナミと彼だけであった。
「どうしたの?」
腕を掴む細い手が小刻みに震えており、相当不安がっていることがわかる。虫でも出たのだろうか、などと思いながら安心させるように彼の手にそっと手を添えると、今まで俯いていた彼が顔を上げた。そして身体を震わせたまま、やや色が悪くなっている唇を開いた。
「きょっ、今日僕が担当したお客さんなんだけどねっ、その人も、あの話をしてきたんだ」
「あの話・・・・・・。あ、あの夜に子どもの声が聞こえてくるっていう?」
目に小さな涙を溜めてこくんと頷く。それを見て、ナナミもごくんと唾を飲んだ。
「その人、昨日夜道を歩いてたら、例の声を聞いたって・・・・・・やっぱり誰かを探してるみたいで、その声が高くて細くて、不気味だったって・・・・・・」
ま、マジか・・・・・・。ナナミは思わず身震いしそうになってしまった。その話を聞いたときはそんな噂・・・と全く信じていなかった。酔っ払い(スイマセン)の作り話だと思っていたのだ。だが、実際に声を聞いた人がいるとなると・・・。
ナナミは落ち着かせるようにキャストの背中を撫でつつも、自身は背中にぞくりとした震えを感じていた。
事が大きくなったのは、翌日であった。業務を終え、皆が後片付けをしていると店長が『みんな、片付け終わったらちょっと集まってもらっても良い?』と言ってきた。
何だろうと言い合いながら皆と一緒に店長の元へ集まると、ソファに座った店長が深刻そうに溜息を吐いた。
「みんなも例の噂については聞いていると思うけど・・・・・・いよいよ無視できない事態になってきてるようなんだ」
テーブルに肘を付けて、組んだ手の上に顎を乗せて店長が脱力している。ナナミは昨夜キャストの子から聞いた話を思い出し、やはり実際に起きているのだと実感した。噂がここまで広がっていて、しかも実際に体験者もいるという事実に、もしかしたらこわがって客が減ってしまうのではないかと不安が過ぎった。
すると店長もそれが心配だったらしく、彼はテーブルに手を付いて立ち上がると握りこぶしを前に出し、
「っということで、今日からみんなで見回りをしましょう!」
と威勢良く言い放った。
***
「よ、ヨヨギさん・・・・・・、絶対に僕から離れないでくださいね!!」
「うん、絶対離れない!」
風俗街の店々の明かりも既になく、シンと静まりかえった街の中。うすぼんやりと視界を照らすのは、もうすぐ消えそうな街の灯火だけである。とてつもなく、心細い。
そんな中、ナナミは見習いの子と二人で見回りを行っていた。
店長に呼び集められこれからのことについて聞かされた後、具体的な対策としてチームを組んで順番に夜の見回りを行うことになった。キャスト、見習い全員をまず数人ずつのチームに分け、当番制で見回りをする。そのチームの中でもさらに二人組を作り効率的に行うことになった。そして早速今日から見回りをすることになり、クジでナナミたちになったのだった。
ここの風俗街は意外と健全なのか、想像よりも早い午後11時半には店が閉まる。噂で聞いた、声の聞こえる時間帯は11時過ぎ頃から1時頃までの間であり、見回りは翌日の仕事に支障を来さないよう零時半までとなった。
風俗街の従業員たちも皆寝静まっているようで、独特の静けさが耳に刺さる。それに反して心臓は煩く、ともすると手や足が震えてきそうだ。
パートナーとなった見習いの子は怯えながらナナミの腕を掴み『離れないで』と言うが、ナナミは自分の方こそ彼に離れてほしくなかった。だから、返事をすごく強調する。
マジで、俺から離れないで!!こわいから!!
内心では恐怖にこう叫んでいた。同じチームの他のメンバーは、他のルートを回っている。自分たちの靴の音を聞きながら、ランプの光を頼りに道を歩く。ちょうどあらかじめ決めたルートを二周すると時間となるのだが、今はまだ一周目の半分ほど。昼間とは全く違う夜の街の顔に、距離が非常に長く感じられる。
長く感じた直線の道がもうすぐで終わりそうだが、目の先には角がある。どんどん近づいてくる角。そこを曲がったら誰かいるのではないか。誰かいたらどうしよう。それが、声の持ち主だったら・・・・・・
そんなことをぐるぐると考え、二人とも無言のまま進む。見習いの子がナナミの腕を掴む力が、ぎゅうと一層強くなった。一方ナナミの方も、緊張と恐怖でランプを持つ手がやや震えていた。
「「っ!!」」
曲がり角を曲がった瞬間思わず目を瞑った二人だったが、恐る恐る目を開けるとそこには誰もいなかった。
「「~~・・・・・・」」
二人で顔を見合わせ、安堵に大きく息を吐く。緊張で収縮していた心臓が動きを再開し、一気に血液が身体を循環するのが感じられた。だが、安心するのはまだ早い。目の先にはまだまだ曲がり角がいくつもある。どちらのものか、唾を飲み込む大きな音がした。
「ヨヨギさん、何か、お話しながらにしませんか・・・・・・?」
「そ、そうだね・・・・・・。俺、緊張してて・・・」
確かに、黙っているとその分静寂が恐怖を煽ってくる。しりとりでもしようかと提案しようとしたその時、曲がった曲がり角の向こう側に人影が見えた。
「ぎゃっ!!」
「っっ!!」
見習いの子が猫がそうするように飛び上がって驚く。腕を掴む力は非常に強く、爪も立てられた。ナナミは、悲鳴は出さなかったものの、心臓がぎゅんと縮まり、悲鳴にならない悲鳴を上げた。
「っなんだ、ナナミかぁ~・・・ビックリした~・・・・・・」
「ナナミ・・・・・・!」
聞き覚えのその声。人影は二つあり、どちらも小さめで、片方が特に小さい。
「スルギにフェリス!!」
目を見開きランプで照らされた影の正体を認めると、そこにはナナミの常連客が同じくランプ片手に立っていたのだった。
20
お気に入りに追加
399
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる