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24.拾い子5~少年の名前~
しおりを挟む「ただいま帰りましたー」
「お帰りナナミくん~~って、何子ども持って帰ってきちゃってんのぉおおおおお!!?」
まだ開店前の『desire』に帰ると、カウンターでグラスを磨いていた店長が顔を上げた。
にっこりと蕩けそうな笑顔を俺に向け、直後目線を横下に向けた瞬間、かの有名な人が叫んでいる絵画の様な表情になる。うっかりと手を離したのに驚異的な反射神経でグラスをキャッチした店長、すごいっス。
そんな店長の前で俺は、てへへ、と可愛くもないボケ方をして、頭を掻くことしかできなかった。
あまりにも大きな声だったからか、上からドタドタと複数の足音が聞こえてきて、キャストたちが姿を見せた。
「えっ、店長どうしたのーーって、ナナミ!?何その子っっ!?」
「何々ー、ヨヨが誘拐でもされたのぉ?っと、うわぁヨヨちゃんが子供買ってきたぁ!」
「ナナミが子供買ってきたぁ!?はぁ!?」
「ほんとだ!!買い物して来るって普通に出て行ったのに」
「見して見して~」
などなど。
野次馬よろしく壁の陰から複数の視線が光る。
「ナナミくん、おっかえり~」
「モモ!」
みんながヒソヒソ言う中、モモがいつも通り抱きついて迎えてくれた。今日もふわんといい匂いが香ってくる。それこそ桃のような、優しくて甘くて良い匂いだ。
腰の下に抱きつくモモを抱きしめ返そうとして腕の中の存在を思い出し、片手で軽く抱き返してから彼に紙袋を渡した。
「はいこれ、お土産。みんなに」
「え~!?僕のために買ってきてくれたのぉ?ありがと!!」
お土産と聞いて、キャストのみんなが声を上げる。モモは俺が手渡した紙袋を掲げ嬉しそうにはしゃいだが、勢い余って中身を落としてしまいそうで、見かねたカシアがそれを受け取った。
「こらモモっ、“みんなに”だからな!悪いなナナミ、折角のお前の休日なのに」
カシアが片手で軽々と袋を持ちつつ、申し訳なさそうに眉根を下げる。
「ううん、初めて見る物だったから、みんなと一緒に食べたいなって思って・・・・・・」
本心だ。見たことのない物に興味が沸いたのも本当のこと。それに、一人で食べるよりもみんなと食べた方が美味しいというのも本当のことだから。
それに、お土産に喜んでくれる仲間の顔を見たいというのもある。みんなの輝く笑顔に心が温かくなった。
「見た?今の恥ずかしそうに笑う顔・・・・・・。天使。天使がおる・・・・・・!!!」
「見た見た。何『俺たちといっしょに食べたい』って。可愛すぎるだろっ」
などとナナミを拝むキャストたちの会話は本人に聞こえることはなく、ひそひそと秘密裏に交わされていた。
「モモ、ここにもう一袋あるから頼めるかな?持っててくれて、ありがとうね。君も一緒に食べよう」
カウンター裏にシューを持っていこうとしていたカシアにむくれたモモに声をかける。今までずっと黙って袋を持っていてくれていた少年に感謝を述べて袋を受け取る。受け取りざまに頭を撫でると、顔を少し赤くして俯いてしまった。うん、かわいい。
頼まれごとにぱぁっと顔を輝かせたモモが少年の前まで来て目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「お名前、なんていうの?」
「・・・・・・」
モモが優しげに笑って問うと、少年はにこりともせずにプイッと顔を背けてしまった。完全無視である。モモから身体を避けてぎゅっと俺の服を掴んでくる少年。モモには悪いが、かわいいっ!と思ってしまう。保護者認定されているのかもしれない。
「えっ、無視~!?ひっどーい!!」
子どもっぽいモモは思ったことをそのまま口に出す。せっかく機嫌が直ったのに、再びむぅと頬を膨らませてしまった。
「ナナミくん、その子の名前何て言うの?」
見かねた店長が苦笑いをしながら俺に聞いてくる。
「そういえば、まだ聞いてませんでした」
本当に、うっかりとしていた。なんというか、言い訳だが道中話しにくい雰囲気だったというのもある。
「君のこと、なんて呼べば良いかな?」
モモに土産を頼んで俺も少年の前にしゃがみ込む。
「俺に名前なんてない」
少年は当然の如く言った。なんていう名前なのだろうと期待していた表情のまま、固まる。子どもを囲んでざわざわしていたみんなが一瞬で静まりかえってしまった。
「この子って、ナナミくんが買ったんだよね?」
店長が、他の人には聞こえない様に耳元で尋ねてくる。気まずいながらも、俺は一つ頷いた。そうだ。この少年は奴隷なのだ。俺が、買った。きっと俺がこの子を連れ帰ってきた時点で、みんなは気づいていただろう。人間を買うという行為への罪悪感やこわさが、再び蘇ってきた。
「ん~じゃあさ、ナナミくんが付けてあげたら?この子の名前」
「・・・・・・え」
ポンと肩を叩かれる。店長の目線の先を追うと、少年はじっと俺を見上げていた。
名前、付けてほしいのかな・・・・・・?俺が、付けてもいいのだろうか?
本当に俺でいいの?という気持ちを込めて店長を見ると、微笑みと頷きを返してくれた。
名前か・・・・・・。金、きん、ゴールド・・・・・・なんかいまいちだな。“きん”以外の読み方は・・・・・・金色って“こんじき”とも読むよな・・・・・・。
「“コン”・・・・・・」
「“コン”?変わった響きだね」
小さく呟くと、シノが素直な感想を述べる。金貨が出会いのきっかけだから、何か『金』に関わる名前がいいなと考えた。しかしネーミングセンス皆無の俺がつけるとなると、そのまんまになってしまった。なんとも味気ない。なんだよ『コン』って。キツネかよ。
恐る恐る少年の顔色を窺うと、小さく何度も『コン』と口ずさんでいた。かと思うと、きろり、と俺の方を見上げる。
「やっぱ嫌だった・・・・・・?だよね、俺ネーミングセンスない――
「俺の名前、“こん”。あ、ありがとう・・・・・・」
申し訳なさ100%で他の名前を考えようとした時、少年が俺の服をぎゅっと掴んで赤い頬でそう言ってきた。上目遣いに。
ぎゃんかわ
え、なんか俺の中から変な言葉が・・・・・・。え、いいの!?ネーミングセンスクソなのに?
「じゃあ“コン”くん、だね!」
店長も微笑まし気に俺たちを見る。少年の名前が、“コン”に決定してしまったのだった。
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