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しおりを挟む「誓いますか?」
「・・・・・・はい」
「リリー!!!」
周りは第三王子の突然の行動に驚きざわざわと会場が揺れ出したが、フラウとリリーの目の前に立つ牧師は細い目を開きもせずただ落ち着いた様子で誓いの言葉を続けた。第三王子の言動に動じない牧師に促され、リリーはやや騒がしい会場の声々を聞きながらも、ぼんやりとした心地のまま『はい』と答えていた。
笑顔で頷いた牧師に反し、リリーが誓いの言葉に答えたことでゼノがさらにリリーの名を呼ぶ。その声に反応しゼノの方を振り返ったリリーの目は、いつものような澄んだものではなく、どこかどろりと濁っているように見えた。
“やはり、変だ・・・・・・!!”
リリーのその瞳を見て、ゼノだけでなくギムリィたちも『これはリリーじゃない』とごくりと息を飲む。
「リリー、目を覚ませよ!このままいくとリリー、フラウの婚約者になっちゃうよ!?婚約宣言は中止だ!今すぐ中断しろ!!」
「ゼノタール様、これは神聖な儀式ですよ。いくら王子である貴方様だからといって、止めることは許されません」
「なっ、お前・・・・・・!」
ゼノがクォードの手を振り切ってリリーたちに向かって歩いて行くと、生徒たちは緊張した面持ちで道を開けていったが、神父や司会に中断だと叫ぶゼノの前にタイムが現れゼノの歩みを止めた。後ろには取り巻きなのか、数人の生徒たちが同じようにゼノの行方を塞いでいる。毎度本当に邪魔な奴だと心の奥底からタイムへの怒りが湧いてくるのを感じたが、普段冷静さを見せる第三王子“ゼノ”の仮面を全て取り去ることはできないと思い、殴りかかりたくなった衝動を抑え込んだ。
「神聖な儀式だって?リリーは魔女に操られているんだ。そんな状態のまま儀式を行う方が許されないことなんじゃないのか!?」
「魔女ですって――・・・・・・?・・・っはははははっ!!!」
「何が可笑しい!?」
ハレムがゼノの後ろから前に出て歪んだ笑みを受かべるタイムに必死に食らい付くが、ハレムの言葉を聞いた途端タイムはキョトンとした顔になり、直後腹を抱える勢いで笑い出した。それにむっとしたハレムが睨みを返すと笑いを納めたタイムが目尻に溜まった涙を指で掬い、まだ収まりきらないのか思い出し笑いのように口元をにやにやと歪ませる。
「だって魔女ですよ!?そんなものいるわけないじゃないですか。ホワイトローズ家の方がそんなことを言い出すなんて、思ってもみませんでしたよ」
ブロッサム派の貴族たちは、皆一様に『何を馬鹿なことを』というような表情でクスクスと笑い合っていた。それ以外の貴族は、皆困惑したような表情を浮かべている。一体どのような状況なのか、掴みかねている様子だ。だがやはり、皆ハレムの発した『魔女』という言葉に戸惑っているようだった。
「牧師さん。どうぞ、続けて下さい?せっかく宣言を行うために呼ばれたお二人に失礼でしょう?」
「は、はい。ではお二人とも、この婚約にご署名を。これで正式にお二人の婚約を宣言するものと致します」
「っリリー!!」
「いくら呼ばれても意味はありませんよ。あれはリリー様のご意志ですからね。それに、お二人の婚約は大変喜ばしいことではありませんか。長年ライバル同士だったブロッサム家の御長男とホワイトローズ家の麗しの御三男が婚約なさるんですから。これで、これからも王国は安泰ですね」
「貴様、先ほどから無礼なことをつらつらと・・・・・・。何の権限があって俺たちに盾突くんだ!!」
「リリー様に頼まれたからです!ギムリィ様、ハレム様。リリー様がフラウ様をお慕いしているのをご存じですよね?なのにお二人に反対されて、非常に悲しんでおられましたよ。でもリリー様のお心は変わらなかった・・・・・・。だから、僕は頼まれたのです。もし宣言中に貴方様たちが中断させようとしても、止めてくれって」
「そ、んな・・・・・・」
「リリー・・・・・・」
タイムの口から出された衝撃的な真実に自分はリリーにとって立ちはだかる邪魔者なのかとショックを受け、ギムリィがゆらゆらと後ずさると背中が誰かに当たった。肩を優しく抱かれ、驚きにゆるりと顔を上げるとクォードが怒気を孕んだ顔でタイムを見つめている。だがクォードは次の瞬間ふわりと雰囲気を和らげ、ギムリィの耳元へと顔を近づけてきた。
「騙されるな、ギムリィ。さっきのリリーの目を見ただろ?リリーは今、リリアナに操られている。タイムの言葉を鵜呑みにするな。リリーはお前たち兄弟のことを心から愛している。それは、絶対に変わらないことだ。安心しろ」
「クォード・・・・・・」
「珍しく弱ったお前の顔を堪能したいのは山々だが、巫山戯るのはリリーを取り戻してからにしよう」
最後にぽんと頭を撫でられ、気を持ち直す。クォードの冗談に、少しだけ心が軽くなった気がした。ハレムの方も、ジルに落ち着かせてもらったらしい。ゼノも、ジルに肩を摩られやや落ち着きを取り戻している。
「リリー、そこに名前を書くな」
「・・・・・・?」
ギムリィは顔を上げ、目の前に立っているタイムではなくその後ろに立つリリーを強く見つめた。身を屈め今にも婚約状に署名をしようとしていたリリーは身体の動きを止め、ふらりと危なげな様子でギムリィの方を振り返る。
その目はまだぼんやりとしており光を持ってはいないが、自分の兄を認識はできているようだ。ギムリィはギリリと唇を噛んだ。
数日前、フラウのことを反対したときから口は聞いてくれないが、こんなことは初めてだった。けんかをしても心優しいリリーはすぐに涙を目に溜めて、『ごぇんなしゃい・・・・・・』と謝りに来てくれる。だが今回リリーは謝るどころか、ギムリィたちを限界まで避けていた。そして今日は、今までで一番おかしかった。自分の声にこんなに反応を示さないリリーは異常だし、その目はいつもの綺麗な瞳ではなく明らかに変な色をしている。
「リリー様、お書きになってよろしいんですよ。そうしないと、大好きなフラウ様と一緒になれませんよ?」
「っ!・・・・・・」
ギムリィの方をぼんやりと見ていたリリーは、タイムの言葉に顔をさっと青くして書類の方へと向き直ってしまった。手にはペンを握っており、リリーは書類に自分の名を書き始める。
「リリー、書いちゃダメだっ!!」
「おいお前、そこをどけっ!!」
ゼノが我慢の限界だというように、ハレムを押しのけタイムの肩に力を入れた。タイムは痛みに『くっ』と声を漏らしたが、その表情にはまだ余裕があり口元もニヤついている。
「ゼノタール様、一体どうされたのです?それにギムリィ様たちも少し変ですよ。僕には、貴方様方の方が魔女に操られているように見えますが」
「馬鹿げたことを言うなっ」
「タイム、命令だ。そこをどけ」
「ふふっ、まさかクォード様までそんなことをおっしゃるなんて・・・・・・。でももう遅いですよ?」
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