天使の声と魔女の呪い

狼蝶

文字の大きさ
上 下
40 / 60

40

しおりを挟む


「リリー、少しいいか?」

 時は夕刻、ホワイトローズ家の屋敷で夕食が終わったあと、ギムリィとハレムは最近常となったぽやぽやと夢心地のような表情のリリーを呼び止め、食後のティータイムへと誘った。

 生暖かい風が吹く中、三人はテラスに用意されたチェアに腰掛け食後の胃に優しい紅茶を嗜む。

「・・・・・・ふふっ・・・・・・」
「どうした、リリー?」
 湯気の立ち上るカップを両手でちょこんと持つリリーの可愛さに二人の兄が静かに悶える中、表面を見つめていたリリーがいきなり可愛らしい笑い声を上げたため、二人は首を傾げた。

「あのねぇ、こないだね、“ふらう”が――」

 どうやら思い出し笑いだったらしく、最近リリーの口から出る回数が非常に多い“フラウ”についての事柄がまたもやリリーの口から語られ始めた。
 顔を上気させうるうると潤んだ瞳で口元を緩ませ話す姿は大変胸を刺激する様子なのだが、さすがにここまで頻繁に政敵の話をされることと、愛する末弟が恋をしているかのように彼の名を口に出すことにギムリィとハレムは限界を感じていた。

「リリー、話を中断してすまない。兄さんからリリーに聞きたいことがあるんだ」
「僕からも」
「ん、いいよ。なに・・・・・・?」

 止まらなそうな話を申し訳なく中断させ、ギムリィとハレムがカップをソーサーに置き真剣な顔でリリーに身体を向けると、彼はいつもの優しい兄の雰囲気が少し怖いことに驚きぽかんとした表情で彼らのことを見つめた。両手にはまだカップが握られており、カップを持つ手に力が入っていて緊張していることがよくわかる。

「あのな、はっきりしておきたいのだが・・・・・・。リリーはその、フラウのことを好きなのか?」
「ふぇっ!!?」
 ギムリィも緊張して額に汗を感じながら近頃ずっと考えていた疑問を、答えを聞くのが恐ろしい問いを、リリーに向かって投げかけた。いきなり兄から言われたその言葉に、リリーは肩を弾ませて驚き、珍妙な、だが思わず頬が緩んでしまいそうになる声を上げる。リリーは顔を赤くしたが口は閉じたままで、視線を徐々に下に下ろしていき、紅茶の表面を見つめて黙りこくってしまった。

「ははっ、やっぱり僕たちの早とちりだったみたいですね、兄上?」
 しばらく沈黙し続けていたリリーに、『否』と取ったハレムが身体を弛緩させ『あぁ~緊張したぁ』と項垂れていた。未だ無言のままのリリーに、ギムリィも釣られてほっと息をつきそうになった瞬間、リリーの小さな声が零された。

「・・・・・・き」
「え、何て・・・・・・?」

 あまりにも小さい声に、思わず聞き返してしまう。
 リリーは両手で持っていたカップをそろそろと下ろし、コツンとソーサーの上に置いた。そしてゆっくりとギムリィたちに目を向け恥ずかしそうに噛みしめていた唇を開くと、今度はもっと大きな声で確かに言った。

「しゅき・・・・・・。ふらうのことが、しゅ、しゅきなの・・・・・・」
「ああリリー!!」
「なんてことだ・・・・・・」
 ギムリィとハレムは二人して頭を抱えた。まさかと恐れていたことを本人に形にされ、目の前が真っ暗になったかのようだった。

「リリー!リリーはあいつに何をされたか覚えているよね!?」
「う、うん・・・・・・」
「じゃあ何故なの?どうして!?」
「ハレム、一度落ち着け。リリー・・・・・・、お前も、ちゃんと冷静になって考えた上で、フラウのことが好きなのか?」
「しょ、しょうだよ・・・・・・?にいしゃんたち・・・・・・ぼくのことぉ、おうえんしてくぇないの・・・・・・?」
 今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙を溜めたリリーに、二人は唇の端を噛んだ。『愛するリリーを泣かせたくない』。それは共通の想いである。しかし、これはただ単に相手がホワイトローズと敵対するブロッサム家の人間だからでも、ギムリィたちと気が合わない人間だからでもなく、ただただリリー自身が心配だからだ。
「ああごめんよリリー。兄さんが驚かせたね」
「聞いてくれリリー、あいつ・・・・・・いや、フラウはな――」
「にいしゃんたちは、よよこんで(よろこんで)くえないの・・・・・・?りりぃのきもち、みとめてくえないの・・・・・・?」
「違うんだリリー、」
「もっ、もぉやだ!ぼくはふらうのことがしゅきらの!わかってくえないなんて・・・・・・に、にいしゃんたちきらい!!」

「「リリー!!!」」

 目を瞑り涙を零し、リリーは服の裾を握りながらそう叫びテラスから走って行ってしまった。後に残された二人は、まるで魂でも抜かれたかのような絶望を表した表情で椅子に座っていた。


 そして次の日からリリーは兄たちから距離を取るようになってしまった。まず朝は部屋から出てこず、兄たちとは違う馬車に乗り、学園でも顔を見合わせず、また家でも食事を別で取るという断固とした態度で怒りの意を露わにした。
 そんな様子を、二人の兄がまるで干からびたような顔で“ファーストリリーの会”のメンバーたちに語り、それを聞いた皆はそれはそれは彼らに同情をした。
 それでも生徒会の仕事は減らず、彼らはリリーの天使の声を聞き己の糧にすることもなく奔走し続けたのだった。


 そして彼らが奮闘し完璧な準備がなされ、とうとうやってきた修学パーティー。そこで、彼ら全員、いや会場にいる全ての生徒が皆驚くことが、起こるのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

幸福からくる世界

林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。 元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。 共に暮らし、時に子供たちを養う。 二人の長い人生の一時。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...