天使の声と魔女の呪い

狼蝶

文字の大きさ
上 下
30 / 60

30

しおりを挟む

 今日も、昼休みの少しの時間を使い昼食を食べているリリーの隣では欠伸を噛みしめ眠そうなフラウが一定の距離を保って座っている。リリーが教室を抜け出すのは大体昼休みで、その時間はいつもべったりな兄やゼノが大抵いなくなることから教室に一人でいることが耐えられなくなるからだった。リリーは人の多い場所でものを食べることが苦手だった。誰も自分のことなど見ていないのはわかっているが気がそぞろになってしまって、何を食べてもあまり美味しいと感じないのだ。だから、こうやって人が少なくかつ緑の多い静かな場所は、リリーにとって食事をするに適した場所なのだ。
 そして、こんな風に一人でいるのは危険だと今までリリーを虐めてきたフラウは、似合わない心配顔でリリーが昼食を取っている間は側で見守るということになってしまったのだった。今ではもう慣れたもので、至極静かな庭園の噴水の音を聞きながら、リリーは昼食のパイを囓って飲み込むのだった。
 昼食を食べ終わるとすぐに教室に戻るため、今のところは誰もリリーとフラウがこうして共に時間を過ごしていることは知らないだろう。今日も、リリーは食べ終わるとガサガサと片付けをし、フラウに小さく頭を下げてから教室へと戻っていった。フラウはベンチに寝転がり、リリーを見もせず手を振ってリリーを見送る。そんな、上級貴族の令息にあるまじき行為に、リリーは目を丸くするとともに少しだけ頬を緩めた。
 彼は以前まで自分の家柄に非常にこだわっていた気がする。だから、ホワイトローズ家への敵愾心が強かったのだろう。ホワイトローズ家の者が次々に王族の婚約者となっていき、自分の家が立たされている危機に気が焦って、常に余裕がないように見えていた。
 だが彼は、あのパーティーでリリーにしてしまったことを深く後悔しているという。きっと、それで考え方を変えたのだろう。今の彼は、今までで一番“彼自身”である気がした。

 こんなに毎日自分を守ってくれているのに、お礼の一つも言えていない・・・・・・。

 リリーは教室に戻りながら、頭の中でフラウのことを考える。彼にお礼を言いたい。普通に話してみたい。でも、それはできない。自分は普通に話せないから・・・・・・。


 これまでなかった程に兄やゼノたちと離れる時間は多く、そのことが以外にもリリーの中で大きな暗雲となっていたのだった。その餓えと寂しさという溝を埋めてくれたのは、他でもないフラウで、兄たちが聞けば激怒しブロッサム家に突撃しに行くかもしれない・・・。それほどブロッサム家とホワイトローズ家は仲が悪いのだ。パーティーで作られた傷は未だ癒えないし、フラウを見る度にあの夜のことを思い出してしまい人の視線も怖いままだが、嫌いな人を嫌い続けるエネルギーが、リリーには湧いてこなかった。


 あんなに自然と笑うのに・・・・・・わざとらしくなく、恩着せがましくなく助けてくれるのに、嫌いで居続けることの方が難しいだろう。

 リリーを狙う生徒を一掃してくれる、少し掠れた低い声。普段は眉間に皺を寄せ不機嫌な顔のことが多いのに、ふと笑ったときにできる口の横の笑窪。細められる目は、意地悪な顔をしているときはすごく怖いのに、笑っているときは優しげで、その笑顔を見るとドキドキと鼓動が激しくなる。

 彼のことが大事。だと、リリーは気づいた。

 彼のことが大事だから――彼がその顔に傷を受けたとき、リリーはその目から涙が出、胸はキリリと痛んだのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

幸福からくる世界

林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。 元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。 共に暮らし、時に子供たちを養う。 二人の長い人生の一時。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...