天使の声と魔女の呪い

狼蝶

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 午後は日差しが強く暑い・・・・・・。日向になんかいたら焦げてしまいそうだ。

 昔から家に居がちだったリリーは、過保護な兄たちにも『お前は極力日を浴びるな。綺麗な肌が傷ついてしまう』と、まるで妹にでも言っているようなことを言われてきた。最初から外に出る気もなかったが、彼らのおかげでリリーはインドア生活を謳歌できたのだ。
 だから、あっちにいるまさにヒロインとその攻略対象者たちみたいなキラキラ軍団みたいに、日のばんばん当たるところで喋りながら食事をする気が知れないと思った。べ、別に楽しそうだとか羨ましいとか思っていない。

 『というか自分の場合、口を開いたらもう最悪だから・・・・・・』

 そうぼんやりと眺めていたら、こちらの視線に気づいたのかアランがこちらに目を向けてきた。急いで目を逸らすと、隣で一部始終を見ていたらしいゼヌが『何、彼らが羨ましいんですか?』と意地悪そうな笑みを浮かべながら俺に言った。
 リリーは『違うし!』という意を込めてブンブンと首を横に振ったが、彼は耳に手を翳し『え、何?何て?』とさらに意地悪をしてくる。
 子どものように『羨ましぃんだぁ。そうかぁ、じゃあ今度兄さんたちと一緒に領土の草原で昼食でも取りましょうか?』

「うややましくなんか、ないもん・・・・・・。れも、それは、ちたい(したい)」

「・・・・・・っそうか!じゃあ俺から兄貴たちに言っとくわ。あ゛あ゛ーー、かっわいっ!!」

 あまりにしつこく言ってくるので羨ましくなんかないと言ったが、ゼヌの提案はすごく魅力的だったのでそれは是非やりたいと思った。口に出すといつも通り舌足らずな言葉になってしまい、恥ずかしさに途中から声が小さくなっていく。
 いつもなら喋るとすぐに『かわいい!』と飛びついてくるゼヌだが、一人の人格“ゼノ”を演じているためそれは我慢したらしい。だが耐えた後に、本音が漏れたようにぼそりと本人の素が出てしまっていた。やはり学園に入学するまで長いこと素の彼らと接してきたからか、演じている彼らと話しているとすごく気持ちが悪いと感じてしまう。
 彼らが外で演じているのは一人の第三王子、“ゼノ”。名前は音が良いからと末っ子のものだが、口調や動作は三つ子の中の長男、ゼウのものを基として作り上げられている。しかしあえて人格は固定したものを作ってはいないようだった。全く同じ姿の全く別の人間がそれぞれの考えで動くからこそ、“ゼノ”は捉えどころのない謎の人物となるのだ。

「やぁリリー、ご機嫌よう。少し弟を借りてもいいかな?」

「おっと、噂をすればだな・・・・・・」

 なんだか周りがざわざわするなと思っていると、今話題に上がっていた彼の兄弟、第一王子でありこの学園の生徒会長様であるクォードライトが柔らかな笑みをたたえて姿を見せた。彼もリリーが普通に話せないことを知っている一人なので、こくりと頷くと言葉での返事はいらないというようにゼヌに目線を促した。ゼヌは素の言葉遣いでぼそりと言うと、一瞬でふんわりとした“ゼノ”の雰囲気を纏い、立ち上がってまさに王子様という顔でこちらを見た。

「リリー、私は少し席を外しますね。すぐに戻って来ますから」

 そう言って優雅に兄の後ろに付いて行くゼヌの姿を、見えなくなるまで眺めていた。

 建物内に入っていったのを見届けてから、また本に目を落とす。そう言えば、ここを読んでいるときにあの太陽みたいな人たちの姿に目を奪われたんだっけな・・・・・・と思いながら、一度読んだ部分にまた目を通していく。
 今は主人公の女性が彼女を護るために嘘をついて別れようとする彼を追いかけている途中だ。ああ、どうなってしまうのだろうか・・・・・・!!

 バシャッ

 次は次はとドキドキしながら文を目で追っていると、いきなり上から水が振ってきた。突然のことで、心臓がぴしゃりと打たれたように驚き、本も水でベタベタになっており真っ白なページが茶色に染まっていた。それは水ではなく、紅茶だった。

「ああ、申し訳ない麗しのリリーくん。君の伸ばされた長い足に躓いてしまったようだ」

 謝る気がないだろうと心が嫌な感じでざわつく、上っ面だけの謝罪の声に顔を上げると、カップを手にしたフラウが根性の悪い顔で歪んだ笑みを浮かべていた。
 ずぶ濡れになったリリーを、遠巻きで鑑賞していた生徒たちが声を殺して笑っている。みんな、何を話しても返さないリリーのことを嫌っているのだ。今も、いい気味だと思っているのだろう。こんなことをされても何も言い返せない自分がもどかしい。文句が出そうになるのを、唇に力を入れて我慢した。

「おいフラウ!これはいくらなんでも酷いぞ。ああごめんな俺の従兄弟が・・・・・・」

 そう言って申し訳なさそうに顔を顰めながらポケットから取り出したハンカチでリリーの頭を拭ってくれたのは、フラウリーゼの取り巻きの一人、セイだった。優しく顔を拭われ、少し気持ちよくて目を瞑る。

「おいっ、何やってるんだよセイ!そんなことを不要だ!!」

「お前こそ何を言っているんだ!正気か!?」

 彼もブロッサム家の一員なのに、なんで――と思っていると、同じことを思ったのかフラウも顔がわかりやすく怒りに染まり、彼に向かって怒鳴り始める。するとセイも激怒し、信じられないという風にフラウに食ってかかった。そのためハンカチは離れていき、吹いてくる風に濡れた身体が冷え、寒い・・・!!早く拭くのを再開してくれ・・・・・・というリリーの思いは届かないまま。

「おい。そこで何をやっている」

 二人が目の前で言い争っていると、突然第三者の声が聞こえてきた。その場を凍てつかせるほど冷たく、恐怖を覚えさせるほど低い声だったが、リリーにはそれが兄、ギムリィの声だとすぐわかった。




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