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10.次期執事長の自分語り(メイドル)
しおりを挟む俺の名はメイドル。辺境の地に領を構えるメイゼン侯爵家に使える執事の一人だ。
俺は十年前に、侯爵家の当主に拾われた。それまでは、とてもじゃないが人様に言えない様な生活を送ってきた。
元々生まれは伯爵家とそれほど卑しくはなかったが、ここは顔が物を言う世界。家の者の中で一番顔の悪かった俺は、兄弟の中で一番優秀であったにも関わらず、家を継ぐ権利を得られず挙げ句の果てには捨てられたも同然だった。
俺は顔が悪いと言うことを物心ついたときから理解していた。だからこそ、顔で判断されないように努力に努力を重ね、さらに努力を続けていた。顔で全て決まってたまるものかと、顔が良いというだけで優遇されている兄弟たちを目の敵にし、その怒りを燃料にし日々勉学や剣術、ありとあらゆるものを学んだものだ。それが全て無駄だったと気づいたのは、いつだったか。きっと、生まれてから何も努力らしいことをしたことがない二つ下の弟が次期当主になったことが告げられた時、だっただろう。
本当に、今までの俺は馬鹿だったと、虚しいながら俺自身を嘲笑った。それは哀しい笑いで、表情では笑っているのに目からは絶えず涙が流れていた。
悔しい。それしか思いつかなかった。
無駄になった今までの努力への滑稽さが兄弟たちに対する恨みに変わり、どす黒いものが腹底に溜まっていった。
やはり、顔が全てなのだと、思い知らされた。
おそらく弟が当主になったら、俺の存在は無下にされ家からも切り捨てられるに違いない。そう思い、俺はその前にどうにか自立をしようと荷造りをし始めた。そしてちょうどその頃、伯爵家に悪名高きメイゼン家から俺に執事として働かないかと勧誘がきたのだ。
金払いも良く、俺は一も二もなく伯爵家に売られた。俺は俺で、もうどうでも良かった気がする。悪名高いと言われていようが、その屋敷には顔の悪いものばかりだと言われていようが、どうせ俺もその一員だ。むしろ、家との縁が切れてよかったとも思った。甘やかされて勉強だって碌にやってこなかった馬鹿な弟が当主なんかになったからには、あの家は十中八九没落するだろう。特にあの弟は人の意見も聞かない奴だ。きっと領の経営に難航する。
俺は、メイゼン家に拾われ、執事見習いとして使えることになった。
俺を雇ったメイゼン家当主のカルテン様は、噂に違い、その顔は善人に見えた。ありとあらゆる悪事に手を染めていると言われていたのを聞いていたため一体どんな悪人で労働環境もどれだけ悪いのか、構えていた部分もあったが、対面してみると、この方のどこにそんな噂の要素があるのかと印象との差に驚いたのは懐かしい。
そこで納得した。メイゼン家は貴族の中でも随一と言われるほど醜い容姿をしているという。当主に対面した後では、それは確かに肯定できた。
だからか、と理解できた途端、俺は再びこの世界というものにうんざりした気持ちになった。結局は、どこへ行っても顔なのだ。
メイゼン家は領の経営も上手く、貴族の中でも上位の地位にある家である。しかし、その家の者の誰もが不器量で、そのため社交界でも嫌な噂を広められ嫌われているのだ。あることないこと勝手に話を作り上げられ、貴族や市民までにもその噂を広げられる。
最低だ。胸くそ悪い。
俺はそんな黒い思いを抱いていたが、メイゼン家の屋敷で働く者の中には、誰しもそんな苛立ちや哀れさを纏った者はいなかった。メイゼン家の屋敷で雇われ働いている者は、皆揃って俺のように醜い者ばかりだった。
それは、当主であるカルテン様が色んな家や場所から顔が悪いというだけで悪い環境下におかれている者たちを皆雇い入れているからだということを執事長から聞いた。最初は、とんだ偽善者もいるものだ、とどこか馬鹿にしたような気持ちで働いていたが、その気持ちは段々変わっていった。
ここでは、顔は関係なかった。
努力した分だけそれが成果として認められる。頑張った分だけそれは実になる。
そうだ。俺が望んでいたのはこの様な場所なのだ。と働いていてすぐにそれを感じた。皆が同じように醜ければ、そこでの差はほとんど生まれない。だったら、そこでは顔以外のところでの勝負になる。
俺は努力した。伯爵家ではある意味無駄な努力をしたと思ったが、それは悔しいながら努力が認められないフィールドに立っていたからだ。努力が通用しない場だったのだ。
俺はこの場所で努力を重ね、それが功を奏し時期執事長の地位までのし上がった。カルテン様には、優秀だとお褒めの言葉もいただき、周りの同僚たちにも賞賛の声を貰った。
今まで褒められたことなどなかったため、すごく嬉しかったのだ。
カルテン様の奥様はすでに他界されていたが、お子様が二人おり、そのお二人ともが実に活発で元気溌剌としていて、自分たち使用人の中では天使のような存在だった。いつも廊下で顔を合わすと駆け寄ってきてくれ(貴族のマナーとしてはいかがなものだが)、光り輝く笑顔で挨拶を交わし、時には話し相手にも強請られる。
皆、セイラ様とローシュ様が大好きだった。彼らがカルテン様と楽しそうに過ごされている様子を見て、みな幸せな気持ちを抱いていた。
しかし、そんな明るいメイゼン家が一気に暗くなってしまう出来事が起きた。
セイラ様とローシュ様が、カルテン様について街の方へ出かけられたときのことを行者の者から聞いたのだが、それは目を瞑りたくなってしまうようなものだったらしい。
メイゼン家で働くようになって顔を意識せずにいられたのに、その出来事が起きたことで再び俺の中の、顔の良い奴に対する怒りが膨れ上がった。
許さない。セイラ様を、ローシュ様を貶す権利がお前らにはない。所詮見てくれが良いだけで世間からは必要とされ、自分の居場所があると安心しているだけの奴らが。
その居場所に胡座を掻き、努力なんてしてことのない奴らがが。
お二人のことを傷つけるなんて、許さない。
それからセイラ様は部屋からお出にならなくなり、始めの方は彼女の部屋に通っていたローシュ様も、部屋に籠りがちになってしまった。あんなに助け合って明るかった家族が、バラバラになってしまった。
使用人たちも、暗い顔をして仕事をするようになった。皆胸に奴らへの恨みを潜めて。
それからしばらくしてだった。
どこぞの顔の良い子爵の令息がメイゼン家に訪れるという話を聞いたのは。
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