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9.『かるーきあ』って、何?
しおりを挟むふんふふーん、ふんふんふ~ん・・・
今日も今日とて庭園でお散歩。
最近の僕のお気に入りスポットは、言わずもがな光樹がある南の庭園!
今日もえっさかほいさと下に落ちているガラス玉みたいに綺麗な実を一生懸命拾っては、腰にかかっているポシェットに入れている。
この頃毎日こうして拾っているので、僕の部屋には光樹の実がたっくさん溜まっている。でも、飽きないのだ。どれだけあっても。
今まで集めていた光樹の実たちは、メイドルさんに用意してもらった大きなガラスのビンのような容器に入れてある。色んな色をしているけど全部が透明だから、太陽の光が窓から差し込んでくるとビンの中の実たちもその光を身に受けてキラキラしてすっごく綺麗なんだ!まるでビンいっぱいに入っている色とりどりのキャンディーみたいで、見ていてわくわくしてくる。
ビンはまだまだ隙間があり、だからこうして今日も拾いに来ているのです。
こないだも僕がここで実を集めていると、ローシュ様が来てくれて『そんなに毎日拾って、飽きないのか?』と呆れた顔をしていたが、見ているだけでわくわくするキャンディーがビンいっぱいになったらローシュ様に見せたいなぁと思いながら、にこにこして『はい!』と返事をした。
ローシュ様には、嫌われていないようだ。あれ以降に会った時は、何て言われるかどんな目で見られるか怖かったけど、普通通りに接してくれているってことは、嫌われていないってことだよね?
もう勝手にそう思っておこう。
つい先日のことを思い出しながら、あちらの方に見つけた青っぽい色の実を拾いに行く。熱中してしゃがみ込んで実を集めていると、草が踏まれる音が近づいてきた。おそらくローシュ様だろうと思い振り返ってみる。
と、そこにいたのはローシュ様・・・くらいの背丈で、頭に布を被りそれを輪で止めてあるような格好をした人だった。絹・・・だろうか、白い布は滑らかでやや光沢もあり、高級そうだ。
「まぁた拾ってんのか。いい加減こっちが見飽きたぜ」
「あれ・・・・・・その声はローシュ、さま・・・・・・?」
間違いなく布の中から聞こえてきた声は、ローシュ様のものだった。でも、一体どうしたっていうんだろう。何かの、仮装?
「どうしたんですか?その格好・・・」
「どうだ、この新しいカルーキア!似合うか?」
正直に訪ねてみると、表情は窺えないが自信満々という風にその場でくるりと回り僕に意見を求めてくるローシュ様。そのはしゃいでいる様子が少し可愛いと思ってしまった。
おっと、それよりも、今耳慣れない言葉が彼の口から聞こえてきたような・・・・・・
「かるー、きあ?って、なんですか・・・・・・?」
「・・・え」
首を傾げながら質問すると、固まってしまったローシュ様。小さな子のように手を両サイドでぱたぱたしていた動きも、ピタッと止んでしまった。
あれ・・・?僕、何かいけないことを聞いちゃったのかな?
むんずっとかるーきあ?なるものを引っつかんでポカン、とした表情を見せたローシュ様。
「お前・・・・・・カルーキア、知らないのか?」
「うん・・・・・・」
「そっか・・・・・・じゃあ、こんなことお前に聞いても意味なかったな・・・・・・」
そう言って、肩を落したローシュ様は踵を返して来た道をとぼとぼと帰って行ってしまった。
僕は彼がいきなり帰ってしまったこと、彼の様子、彼の格好、そして謎のワード“かるーきあ”と様々な事柄が頭の中でぐるぐると回っていた。
かるーきあって、なに・・・・・・?
********
「失礼します」
重厚な扉が開かれ、中へと招かれ促されるソファに腰を下ろすとそれは僕の体重を心地よく支えてくれる。
本邸の方に来てから定期的に訪れているメイゼン家当主、カルテン様の書斎。ローテーブルを挟んだ向かいのソファには、優雅に紅茶を嗜んでいるカルテン様が優しい笑みを浮かべている。
「それで、聞きたいことって何だい?」
二口ほど含んだ後、音を立てずにカップをソーサーに戻して顔を僕に向けてきた。
「あの、“かるーきあ”って、何でしょうか・・・・・・?」
僕がそう言うと、先ほどのローシュ様のようにカルテン様の顔が一瞬ポカンとなった。そして見る見るうちに渋い表情になり、無意識なのか言いにくそうに手を口元に持っていく。
「そうか・・・、カルーキアを、知らないのか・・・・・・」
“カルーキア”とは、要するに頭に被る頭巾のようなもののことだった。しかし、ローシュ様のような、世界で顔が悪いと言われている子どもがそれを被る対象となる。カルーキアはその見るに堪えない容姿を隠すためのものであり、子どもは16までそれを使用することが認められているという。言わば、醜い子どもへの慈悲、なのだそうだ。
このことを聞いて、僕の胸の中では色んな感情が混ざり合った。怒り、苦しみ、悲しさ・・・。許せない。許されないことだ。使用は任意らしいが、そもそもこの顔を隠す布は子どもの醜い姿を見たくないがためにその身内が作ったものだという伝承がある。何が慈悲だ、ふざけんな!!と憤りを覚えた。
16までとは、それは即ち義務化されている学校教育での一学年までのことである。一学年終了と共に、自分の身を隠し視線から守ってくれていたカルーキアから卒業し、そこからは自力で世間からの無情な視線に耐えて生活していけということなのだそうだ。『卒業』だなんて、ふざけてる。
しかも、ありがた迷惑・・・ほぼ嫌がらせとしか思えないが、一年次の修学祭に醜い生徒たちの“カルーキア卒業の儀”というものがあって、そこで全生徒の注目を受けながらカルーキア卒業を果たすのらしい。なんて、地獄だ。なんてっっ、性格の悪い・・・・・・。
やはり、この世界は“顔”が全てだ。卒業の儀なんてものも、顔が良い奴の娯楽の一端なのだろう。
セイラ様とローシュ様が街へ出たのは以前一度行ったときのみで、あれからセイラ様は自室に閉じ籠り、ローシュ様は交流会やパーティーには渋々参加するものの、街にはあれから一度も行っていないのだそうだ。街へ行ったときは二人にはまだこの世界の常識を伝えていなかったことから、カルーキアを身につけさせることはできなかった。しかしそのことを後悔し、外に出ずとも念のために数ヶ月に一度彼らのカルーキアを新調しているのだと、カルテン様は肩を落しながら静かに話した。
滑らかで手触りの良さそうな、高級そうな布。でもそれは自分を着飾るものではなく、隠すものなんだと、その事実に胸が切なさできゅぅと締め付けられて痛かった。
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