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 ☆ ☆ ☆

「鈴~、アレ持った?あ、あとアレもー」
「うん、持ったよぉー」
 バタバタと、家の中が騒がしい。今日は、鈴音が実家に帰る日だ。
 朝から寝坊をかました鈴音は、いつも通り鳥の巣状態の頭で飛び起きてきて、第一声として『どうして起こしてくれなかったの!!?』と叫んだ。実際のところは何度起こしても起きなかったのだが、半泣き状態の鈴音の帰る準備を、仕方なく研も手伝う。正直、昨日のうちに準備くらいしておけと思ったが、昨日は夜遅くまで『送る会』のようなものをしていたため、しょうがないといえばしょうがない。
 鈴音が畳んだためぐちゃぐちゃになった衣服を畳み直し、鞄の中に押し込める。裕はリビングを見回り、忘れ物がないかチェックしていった。和室で寝泊まりしていたのにもかかわらず、鈴音の私物が散らばっていて裕も大変そうである。
 これは一人暮らしをしたら終わるな・・・と、裕と研は心の中で同じことを思った。
「携帯持った?」
「持った!」
「交通費はある?」
「ある!」
「忘れ物ない?」
「ない!と思う・・・・・・」
 小学生かよ・・・と思うような問答を繰り返し、やっと出発の準備が整った。新幹線を予約しておかなくて、本当によかったと思う。
 どっと疲れた研は、テーブルに手を付いてあからさまな溜息を吐いた。
「また来るね!」
「もう来なくていい・・・・・・」
 玄関先で元気よく言った鈴音に、絞り出すように拒否の意を述べる。するとぷぅっと頬を膨らませた。
「うっさいなー、いいじゃん別に!あ、てか、来年から僕もここに住もうかなぁ~」
 その言葉に、心底ゲッ!!となる。
「絶対来んな!!」
「ッハハハ!でも『落ちろ』とは言わないんだね?」
「っっ、うるさい。受験、がんばれよ・・・・・・」
 『受験に落ちろ』なんて、絶対に言わない。それを指摘され、二の句を告げられなくなった。本当に恥ずかしいが、口先で小さく『がんばれ』と言う。本心であるが、照れくさくて仕方ない。
 恥ずかしくて顔を逸らしていると、感極まったのか鈴音が腕に抱きついてきた。
「わっ、ちょっ、鈴音!?」
 するといきなり眼鏡を奪われ前髪をバサバサとかき分けられる。そしてガシッと両頬を手で挟まれたかと思うと、鈴音の可愛い顔が目の前に現れた。
「受験頑張って、同じ高校に通えるようになるね。『研治さん』♡」
「ちょっと鈴!研は俺のだから!!」
 裕が鈴音に怒鳴り、研から鈴音を引き剥がす。何が起こったのかわからず頭が真っ白になったが、遅れて頬にキスをされたことに気づく、
 だが頭は真っ白なままで、キスされた場所に手を当てるも思考は止まったままだった。
 悪戯の成功したときの子どものような顔をする鈴音に、そんな彼を不満そうに非難する裕を視界に入れながらも、研は体を動かすことができなかった。
 それほどまでに、鈴音からのキスは衝撃的だったのだ。それまで嫌われていた相手からの急なスキンシップ。頭がパニックになるのは当然のことである。
 不安そうに見上げてくる裕の姿に、フリーズ状態から立ち直る。
「バッ、なっ、にすんだよお前!!眼鏡返せ!!」
「や~だね~。『研』には用はないの!」
 見えないなりに鈴音に手を伸ばすが、さっと避けられ宙を掴む。じわじわと来た苛立ちに、研は子どものように本気になった。
「クソッ!もぅ、兄さん!!」
「鈴、もう時間だろ。ほら、返しなさい」
「やだ~もうちょっとだけー」
 三人で眼鏡の取り合いをしていると、裕から逃れる際に避けた鈴音の手から研の眼鏡が離れた。そのまま眼鏡は宙を飛び、ガシャンという音に三人ともが肩を竦める。
 床に着地した眼鏡を急いで拾い上げると、一見無事かと思われた。しかし次の瞬間、レンズがポコンと外れて床にカランと落ちた。
「す、鈴音~~~!!!」
 あまりのショックに研はわなわなと震えながら鈴音を睨むと、鈴音はぷっと吹き出した。
「っあはははは!!ごめん。ごめんて、でも・・・ふふふふふ」
「ちょっと鈴、笑うなんて・・・・・・ンッ、っふふ」
 鈴音を窘める裕も、途中で我慢しきれなくなったように含み笑いに切り替わる。笑い出した二人に眉を顰めながらも、レンズのないフレームを見ていると研も段々と笑えてきた。
「ちょ、も、ダメだ・・・・・・っははははは」
 いつの間にか聞こえなくなった蝉の声。
 長い長い夏は終わったが、天野家は今日も騒がしい。

 鈴音が帰り、一気に静かになった天野家。だがここに再び鈴音の太陽のような声が響き渡ることになるのは、もうしばらく後のことである。


〈完〉

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