51 / 57
51
しおりを挟む「なんで・・・・・・」
「鈴音に全部聞いた。あの日、一緒に眼鏡選んだんでしょ?楽しかった?よかったね、似合うの見つかって。じゃあ俺と選んだやつはもういらないね」
どうして嘘なんかついたの?なんで俺に相談してくれなかったの?素顔の研と外で過ごしたことなんて一度もなかった。自分以外に素顔を晒すことなんて、できないと思っていたのに、なんで、どうして・・・・・・
「いらなくない!あれは兄さんが俺のために――
「もういいよ!どうせ鈴音みたいな可愛さは俺にはないし、研だって、自分の顔の良さには気づいただろ・・・?俺は研の顔を独り占めにしたいがために、顔を隠すのを手伝っていた嫌な奴なんだよ」
「どういうこと?何言ってるの兄さん・・・・・・?」
「だから、俺と別れて鈴音と付き合えばいいじゃん!!」
支離滅裂なことを言っているのはわかっている。今鈴音の話が出てくる必要はない。だが、どうしても一度開いた口は閉じなかった。思っていたことが、研に聞かれたくない言葉がどんどん口から溢れ出してくる。
困惑した研が、眉を潜めて心配げに手を伸ばそうとしたが、腕を振り払って距離を取った。それに傷ついた顔をする研。研の素顔を誰にも知られたくないと思い、率先して隠してきたのは自分である。なのに、素顔のまま出かけられる鈴音に酷い嫉妬をしていたのだ。
自分では絶対できないことを、軽く実現させた彼がどうしようもなく羨ましい。
衝動的に叫んだ瞬間、言ってはいけないことを言ってしまったことに、ハッとする。研を見ると、目を見開いて唖然としていた。『別れる』だなんて、取り返しのつかないような言葉を言ってしまったことに、自分でも動揺する。
「ちょっ待ってよ兄さん!!」
この場にいるのが嫌で、突発的に外へ行こうと足を踏み出した。が、直後に腕を研に掴まれる。
「離してよ!研!!」
掴まれた腕を振り払おうと大きな声で叫ぶ。自分よりも大きな手の平でしっかりと握られており、なかなか手は離れない。
そんなとき、小さな、だがよく響く声が落とされた。
「え、研って、なに・・・・・・?」
裕たちが揉めていたすぐ近くで、戻ってきていた鈴音が一部始終を見ていたのだ。
その呟きは間の抜けた高い声で、とても小さいものだったが、裕と研を凍らせるには十分なものだった。
「研って、どういうことなの?それに、研治さんも”兄さん“って・・・・・・」
「鈴っ、これは違――
裕の言葉を待たず、鈴音は二階に駆け上がると、しばらくして研の予備の眼鏡を手に降りてきた。そして無言で研へと歩み寄ると、目一杯背伸びをして研に掛けさせ、前髪を結ぶゴムを強引に奪うと手でバサバサと顔に下ろした。
今鈴音の目の前にいる男――先ほどまで研治だった男は、『研』の姿をしている。
「け、ん・・・・・・そんな、うそ・・・・・・」
「鈴音、これは」
「うそ、嘘だ!!研治さんが、なんで・・・・・・」
信じられないといった様子で、ふらりと後ずさる鈴音。ほんのりと赤かった頬は今はなく、顔面が青白くなっている。
「僕を欺してたの・・・・・・?」
「違うよ!これには訳があって――」
「欺して笑ってたんでしょ!!研だって気づかない僕を裏で嘲笑ってたんでしょ!裕兄も、裕兄ちゃんも知ってたの!?二人で僕を欺してたんだ!!二人とも、大っ嫌い!!!」
「鈴!!」
「鈴音!!」
鈴音は目に涙を溜めて裕たちを睨むと、ダッと玄関に向かって走って行ってしまった。呼び止めるが返事はなく、代わりに乱暴に閉まる扉の重い音が響く。
「ど、うしよ、う。バレちゃった」
「そんなこと言っている場合じゃない、追いかけなきゃ!鈴音、ここら辺のこと全く知らないんだから」
招待がバレたことに狼狽える研を叱咤し、すぐに鈴音の後を追う。鍵締めは、研に頼んだ。
玄関の扉から出て左右を見渡すが、どちらの道にも鈴音の姿は見えない。その事に、焦りが増す。
右の道は大通りに通じていることから開けた安全な道なのだが、左の道を進んでいくと、やや治安の悪い所に出てしまう。時刻は5時近くなっており、日が落ちるのが早くなってきた今、鈴音のような子どもがいるには危険な場所となり得る。
どうか、この先にいてくれと願いながら、裕は右の道に向かって走り出した。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である



ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる