天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

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「なんで・・・・・・」
「鈴音に全部聞いた。あの日、一緒に眼鏡選んだんでしょ?楽しかった?よかったね、似合うの見つかって。じゃあ俺と選んだやつはもういらないね」
 どうして嘘なんかついたの?なんで俺に相談してくれなかったの?素顔の研と外で過ごしたことなんて一度もなかった。自分以外に素顔を晒すことなんて、できないと思っていたのに、なんで、どうして・・・・・・
「いらなくない!あれは兄さんが俺のために――
「もういいよ!どうせ鈴音みたいな可愛さは俺にはないし、研だって、自分の顔の良さには気づいただろ・・・?俺は研の顔を独り占めにしたいがために、顔を隠すのを手伝っていた嫌な奴なんだよ」
「どういうこと?何言ってるの兄さん・・・・・・?」
「だから、俺と別れて鈴音と付き合えばいいじゃん!!」
 支離滅裂なことを言っているのはわかっている。今鈴音の話が出てくる必要はない。だが、どうしても一度開いた口は閉じなかった。思っていたことが、研に聞かれたくない言葉がどんどん口から溢れ出してくる。
 困惑した研が、眉を潜めて心配げに手を伸ばそうとしたが、腕を振り払って距離を取った。それに傷ついた顔をする研。研の素顔を誰にも知られたくないと思い、率先して隠してきたのは自分である。なのに、素顔のまま出かけられる鈴音に酷い嫉妬をしていたのだ。
 自分では絶対できないことを、軽く実現させた彼がどうしようもなく羨ましい。
 衝動的に叫んだ瞬間、言ってはいけないことを言ってしまったことに、ハッとする。研を見ると、目を見開いて唖然としていた。『別れる』だなんて、取り返しのつかないような言葉を言ってしまったことに、自分でも動揺する。
「ちょっ待ってよ兄さん!!」
 この場にいるのが嫌で、突発的に外へ行こうと足を踏み出した。が、直後に腕を研に掴まれる。
「離してよ!研!!」

 掴まれた腕を振り払おうと大きな声で叫ぶ。自分よりも大きな手の平でしっかりと握られており、なかなか手は離れない。
 そんなとき、小さな、だがよく響く声が落とされた。
「え、研って、なに・・・・・・?」
 裕たちが揉めていたすぐ近くで、戻ってきていた鈴音が一部始終を見ていたのだ。
 その呟きは間の抜けた高い声で、とても小さいものだったが、裕と研を凍らせるには十分なものだった。
「研って、どういうことなの?それに、研治さんも”兄さん“って・・・・・・」
「鈴っ、これは違――
 裕の言葉を待たず、鈴音は二階に駆け上がると、しばらくして研の予備の眼鏡を手に降りてきた。そして無言で研へと歩み寄ると、目一杯背伸びをして研に掛けさせ、前髪を結ぶゴムを強引に奪うと手でバサバサと顔に下ろした。
 今鈴音の目の前にいる男――先ほどまで研治だった男は、『研』の姿をしている。
「け、ん・・・・・・そんな、うそ・・・・・・」
「鈴音、これは」
「うそ、嘘だ!!研治さんが、なんで・・・・・・」
 信じられないといった様子で、ふらりと後ずさる鈴音。ほんのりと赤かった頬は今はなく、顔面が青白くなっている。
「僕を欺してたの・・・・・・?」
「違うよ!これには訳があって――」
「欺して笑ってたんでしょ!!研だって気づかない僕を裏で嘲笑ってたんでしょ!裕兄も、裕兄ちゃんも知ってたの!?二人で僕を欺してたんだ!!二人とも、大っ嫌い!!!」
「鈴!!」
「鈴音!!」
 鈴音は目に涙を溜めて裕たちを睨むと、ダッと玄関に向かって走って行ってしまった。呼び止めるが返事はなく、代わりに乱暴に閉まる扉の重い音が響く。
「ど、うしよ、う。バレちゃった」
「そんなこと言っている場合じゃない、追いかけなきゃ!鈴音、ここら辺のこと全く知らないんだから」
 招待がバレたことに狼狽える研を叱咤し、すぐに鈴音の後を追う。鍵締めは、研に頼んだ。
 玄関の扉から出て左右を見渡すが、どちらの道にも鈴音の姿は見えない。その事に、焦りが増す。
 右の道は大通りに通じていることから開けた安全な道なのだが、左の道を進んでいくと、やや治安の悪い所に出てしまう。時刻は5時近くなっており、日が落ちるのが早くなってきた今、鈴音のような子どもがいるには危険な場所となり得る。
 どうか、この先にいてくれと願いながら、裕は右の道に向かって走り出した。

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