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店員からかけられる声と共にカランと鳴って扉が閉まる。すると一気に熱気が襲ってきた。
ひととき涼しい場所にいたからか、心なしか先ほどよりも暑さを感じる。8月ももう来週で終わるというのに、今年はなかなか暑さが引かない。毎年夏休みの終わり頃には涼しい風が吹き始めるというのに。
店から出て歩き出したところで投げ出した課題のことを思い出し、家に向かっていた足がそれを拒否した。仕方なく、家から離れた場所にある公園のベンチに腰掛ける。やらなければならないことがあるときの時間つぶしは、とても心境に悪い。早くやればそれなりに終わるだろう。しかし、着手するまでが長いのだ。
『あっつ・・・・・・』
座ったときは日陰だったのに、雲の流れが速いからかすぐに日向になってしまう。熱せられたベンチも熱いし、そこに座る自分自身も当然暑い。
好き勝手に伸びている前髪で顔に熱が籠り、意識が朦朧とするほど怠い。帰れば話が早いのだが、部屋には投げ出した課題がある。
研は鞄の中から最近よく使うヘアゴムを取り出すと、それで前髪を適当に纏めて結んでしまった。暑さに思考を奪われており、今はとにかくこの暑さから逃れたい一心で、顔が晒されるとか関係なくやってしまったのだ。
おそらく今の自分は近寄りたくもないほど変な人間に思われているだろう、と研は思った。ぼさぼさの前髪を止めた、ビン底眼鏡の男。不審者だと思われてもおかしくはないかもしれない。
半ばどうでもよくなった研は、真横の自販機で冷えた水を購入し、キャップを開けて口に流し込んだ。ペットボトルを頬に当てると、ひんやりとして気持ちが良い。
すぐにぬるくなってしまったペットボトルを首元から離すと、そこはベッタリと濡れ絵閉まっている。
ついた水滴と共に汗も拭おうと重い眼鏡を外してハンカチで顔を拭っていると、前方からさあに汗をかくような相手の声が聞こえてきた。
「あれっ、研治さん!久しぶり!!ここで何してるの?」
帽子を被り、紫外線対策万全の姿の鈴音が、弾むような声で喋りながら小走りで寄ってくるのを感じ、研は急いで眼鏡を鞄の中に押し込んだ。
『まさかの素顔の状態になったときに会うとか。どんだけタイミングが悪いんだ』と心底思ったが、顔には出さずに笑顔を作る。少し引きつっているかもしれないが。
「何か用事?」
「え、ううん・・・・・・図書館の帰りに休憩してるだけ」
「あ、研治さんって、来週空いてる日ある?」
隣に座った鈴音が小声で『あつっ!』と言いながら、来週の予定を聞いてきた。来週は夏休み最後の週。一日だけ登校日があるが、あとは何も予定はない。
しかし、まだ家庭科の課題が終わりそうにないのを思うと、快い返事はできなかった。
「あー・・・・・・少し忙しいかな」
「そうなんだ・・・・・・」
嫌なことを後回しにする自分の嫌な習性が理由で断るのが心苦しかったが、そう言ってしゅんとしてしまった鈴音に言葉が詰まる。
「っじゃあ、今日これからは?」
「えっ?」
だが落ち込んだのはその一瞬で、鈴音はすぐに立ち直ると顔を近づけてきた。
「空いてるけど・・・・・・」
しまったと思ったのはその直後。余計なことを言ってしまったと自分を罵倒したい気持ちに陥る。確かに空いているは空いているが、自分が研治の姿のまま鈴音と過ごすリスクを考えると、共にいる時間を作らない方が身のためであるのに・・・。落ち込む鈴音の姿を見たくないが為に返事をしてしまうとは。
「前にも話したけど、僕夏休みの間だけここに来てて・・・・・・。だから来週帰らなきゃいけないんだ」
「そ、うなんだ・・・・・・」
そう言えば、そうか。ずっといるような感じがしていたが、夏休みの間だけだったことを思い出す。
「うん。だからね、帰る前にもう一回研治さんと遊びたいなーって思って・・・・・・。でも今からだとどこにも行けないよね」
寂しそうに言うのを止めて欲しい。どうにかしてやりたくなってしまうから。
弟の様に感じられる鈴音が悲しむのを見るのは、心が苦しい。
鈴音が言うとおり今の時刻は午後2時を過ぎており、どこに行くにも微妙な時間だ。本屋や喫茶店などには行けるが、鈴音が言う『遊ぶ』には入らないのだろう。しかも、家には裕が待っている。
研としても、裕を待たせるのは嫌だった。鈴音だけでなく、ふらりと出ていった研まで帰らないとなると、余計な心配もかけてしまう。
「じゃ、じゃあ、天野ん家に行こうかな・・・・・・。久しぶりに裕にも会いたいし」
「っっ!!うん!新しいゲーム見つけたんだ!それやろっ!」
元気になってくれたことに、ほっと安堵する。が、自分で掘った墓穴に笑いながら落ちていこうと研はペットボトルを潰してゴミ箱へと投げ捨てた。
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