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 そんな風に懲りずにメールを送り続ける鈴音であったが、研治はいつも鈴音を喜ばせる返しばかり送ってくれたことから、遠慮というものは消え去った。
 日常生活の中のほんの些細な事柄から、受検に対する相談まで、何でも話を聞いてくれる。それまで深い仲の友達のいなかった鈴音にとって、いつでも、何でも話せる相手という存在は初めてだった。両親は共働きで、二人とも疲 れて帰ってくるので、言いたいことも我慢していた。
 裕も身近な存在だったが、いつも何かと忙しそうで、些細な出来事を話すのが躊躇われた。研は、論外だ。研に相談するぐらいだったら自己解決をしてしまう。それくらい、意地を張りたくなる相手だったのだ。
 これほど気安く接し合える相手はいない、と鈴音は思った。裕に抱いていたものとは違う、明らかな恋心。恋する相手なのに、気安く接することが非常に不思議だった。だが、それも運命だということにする。

 『あ~あ、研治さんに会いたいなぁ』
 映画館へ行った日から早一週間が経ち、鈴音は恋しさに重い溜息を吐いた。夏休みの課題もできるところはやり終え、他にすることもなかったのでもう寝ることにする。寝る前に、昼間交わした研治とのやり取りをもう一度ゆっくりと眺めてから、布団に入った。

「ぅう、ん・・・・・・といれ・・・・・・」
 夜、尿意に目が覚める。起きるのが面倒くさいが、我慢できそうになかったためゆっくりと起き上がって洗面所へと向かっていった。
 すると、扉の隙間から光が漏れていたが、特に気にすることなくぼんやりとしたまま扉を開けた。
 目の前には背中を向けている黒髪の、男。落ちてくる瞼に力を入れようと一度ぐっと目を閉じると、前方から驚く声が聞こえた。
 目を開け声の持ち主に目を向ける。
「え、けんじ、さん・・・・・・?」
すると、なんとそこにはここにいるはずのない研治の姿があった。
「なんでけんじさんがここにいるの?あれ・・・これ、ゆめ・・・・・・?」
 目の前に研治がいるということが信じられず、思った事を口から出してしまう。起きてから体の感覚はあったたが、実は今自分は夢の中にいるのかもしれない。
 夢と判断した直後、鈴音は思いきり研治の胴体に抱きついた。夢に出て来てくれたことに嬉しくなり、夢の中だったらいいかな、と思ったのだ。
 腹部からふわりと易しい匂いが香ってくる。
 『けんじさんのにおいだ。いいいおい・・・・・・』
 幸せな気持ちで一杯になり、甘えるように腹部に頭を押しつける。今手を回している、このがっしりとした体も格好いい。
 初めは顔が一番の理由だったが、今では研治全てに恋をしている。根元から来る優しさ、人と接するときの丁寧さ、歳も違い共通するものが何もないにもかかわらず、いつの間にか気の置けない仲になっているという柔らかい空気。そして時々見せる可愛らしさも。
 知れば知るほど、魅力的に思えてくる。鈴音は研治のことを、本当に大好きなのだ。
「ぁっ」
 ぐりぐりと頭を押しつけていると、突然回した手が解かれ体を離される。あっと思ったときには研治は扉の向こうに行ってしまい、パタンと静かに扉が閉まってしまった。
「けんじさん、どこいっちゃうのぉ・・・・・・」
 行かないで。そう小さく呟いても扉はもう開かない。鈴音はふわふわとしたまま用を足し、そして布団へと戻った。
 翌朝目を覚ました鈴音は、昨晩とてもリアルな夢を見たことをうっとりと思い出し、裕に呼ばれるまでずっと宙を見つめていた。朝食にてそれを大々的に自慢し、隣に座る研が味噌汁を吹くことになるのは、数分後のことだった。

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