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「っふぅ~、終わったー・・・・・・」
出題された課題の内、最も量の多い数学が終わり、思いきり腕を伸ばして伸びをする。 長時間酷使した目の疲労を感じ、眼鏡を取って眉間を揉むと、疲労が少しだけマシになった気がした。
顔を近づけて時計を確認すると、12時近くになっていた。いつも日を跨ぐ前に就寝するよう心がけているため、慌ててスタンドの明かりを消して寝る準備をする。
目をしばしばとさせながら、寝る前に用を足しておこうと扉を静かに開け、足音を立てないように注意しながらひたりと進む。裕も鈴音も寝ているため、物音を立てないよう階段を慎重に降りていく。
日中の温度を忘れたかのように、木製の階段がひんやりと冷たい。
気がつけば、もう夏も終わりだ。あれだけ賑やかだと思っていた蝉たちの泣き声も、今は朝や夕方といった少し涼しい時間にさわさわとしか聞こえない。暑さを助長する泣き声に汗をかいていたというのに、泣き声が聞こえてこなくなると途端に寂しくなるのは我儘だな、としみじみと思う。
洗い終わった手をタオルで丁寧に拭き、洗面所を後にしようと振り返った瞬間、目の前にふわふわとした甘栗色が見えて驚きに声が出た。
「ぅわっ、す、すずね!?」
直後、しまったと思い両手で顔を覆う。今研は眼鏡を取っていて、素顔・・・『研治』の状態なのだった。
「え、けんじ、さん・・・・・・?」
ヤバい!と思いすぐさま顔を俯かせる。が、すでに顔を見られているため、もはや意味のない行動だった。
「なんでけんじさんがここにいるの?あれ・・・これ、ゆめ・・・・・・?」
舌っ足らずな声に、そろりと指の間から鈴音を窺うと、いつもパッチリと開けられている特徴的な目がとろんと眠そうに蕩けていた。
その顔を見て、『これは、誤魔化せるかもしれない』と思う。寝ぼけているであろう様子から、この場を速やかに立ち去れば、鈴音の中で勝手に夢だと解釈してくれるという考えが浮かんだ。
「すず――うわっ!」
「けんじさんっ!会いたかったー」
適当なことを言って立ち去ろうと口を開いた瞬間に、ガバリッと前から抱きつかれた。驚きにセリフが飛んでしまう。
今まで過ごしていて、こんなに激しいスキンシップを取られたことがなかったため、初めての状況に体が固まる。
「ふふっ、けんじさんだぁ~。けんじさん、だいすき・・・・・・」
「ひぇっ!」
ドキリ、とした。まさかその言葉を鈴音から言われるとは、夢にも思っていなかったのだ。
背中に細い腕が回り、ぎゅっと弱い力が入れられる。
腹に頭を押しつけられるが、研は見事にテンパっていて、どう対処すればよいかわからなかった。
だがこのままではいけないと思い、焦った手つきで後ろに回った腕を掴んで引き離すと急いでその場を立ち去った。
閉めた扉の向こうからは『けんじさん、どこいっちゃうのぉ?』と未だに寝ぼけている声が聞こえてきたが、小走りで階段を駆け上り、自室へ入ると扉に鍵を閉めた。
心臓がばっくばっくと脈打っている。階段を一気に駆け上がっただけではこんな風にはならないことから、おそらく先ほどの鈴音の行動による反応だった。
まさか研治があれほど好かれていたとは。
研は思いも寄らなかった。まるで裕に対する態度で、自分が抱きつかれるなどとは。そう考えると、研治の存在は鈴音にとってそれほど特別なものなのだろう。
そう思うと、今度は研治に対して微妙な感情が湧いてくる。研である自分には見せない表情や態度を、素顔の研治になら惜しげもなく晒される。
研治は信頼されていると感じた。従兄弟という関係である自分よりも。
それがどうにも微妙な気持ちにさせるのだ。軽い嫉妬のようなものなのか、研治も自分であるにもかかわらず、複雑な心境だ。
落ち着いた心臓から手を離し、形を整えた枕に頭を乗せてベッドの上に横たわる。
電気を消し、部屋中に広がる星空を眺めると、夏期休暇前に裕と二人で寝転がっていたのを思い出す。鈴音が来る前のことで、週末だけ裕と夜を過ごしていたのだった。一ヶ月も経っていないだろうに、随分昔のことのように感じられる。
研は目を瞑り、どうか鈴音が今晩のことを覚えていませんようにと願いながら眠りについた。
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