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 待ち合わせの時間の10分前、腕時計を確認しながら早足で待ち合わせの場所まで急ぐ。かなり前もって外へ出たというのに、やはり前髪の癖が強く上げるのに時間がかかった。ぼやぼやとした視界で、躓かないように気をつけながら橋を登り始めると、前方に人の姿が見えた。何やらぶつぶつと独り言を呟いているのか、少し離れたところからも微かに声が聞こえてくる。
「研治さん!!」
 少し近づくと前方から大きな声がかけられ、立っている人物が鈴音だとわかる。突然大きな声で呼ばれたのでやや驚いてしまったがすぐに小走りに近づいていった。
「おまたせ!待たせてごめん」
「ううん・・・!!今来たところだから」
 10分前で大丈夫だと思っていたが、今回も鈴音を待たせてしまい申し訳なくなる。
そして、少し走っただけで汗がすごい。日が昇った後から太陽の熱がすごく、さらに暑い中手間取る前髪と格闘をしてきたのですでに汗をかいていたのだが、今小走りしたので新たに汗をかいてしまったのだ。首からたらりと垂れていった汗が不快で、Tシャツの襟を摘まみ隙間を空けると中からむわりとした熱気が上ってきた。
額の汗もすごい。
「暑いね・・・」
 はぁ、と息を吐きながらサイドの髪を搔き上げ少しでも涼しさを得ようとしたが、あまり効果はなかった。
 無言のままの鈴音が気になり目を向けると、ぼぅっとしてこちらを見ている気がする。もしかして、待ちすぎて熱中症になったのだろうかと思い声をかけようとしたが、ハッとなった後に首を振っていたのでおそらく本当にぼぅっとしていただけだろう。一先ず安心したが、自販機を見つけたら冷たい飲み物を飲ませようと思った。
「じゃあ、行こうか」
「っ、あ、あのっ!」
 安堵に頬が緩み、そのまま今日の目的の場所へと促そうとすると鈴音から制止の声がかけられる。
 どうしたのだろうかと思って足を止めると、赤い顔をした鈴音が見上げてきていた。
「僕っ、僕の顔っ!この顔を見て何か思い出しませんかっ?」
 そして思いもしなかった質問を繰り出してきた。
 『鈴音の顔!?こいつの顔を見て思い出すことって・・・っまさか、俺の正体がバレてるっ!!?』
 何が目的かわからず、自分が研であることがバレているのではないかという考えも浮かんできてしまう。声に怒りが籠っているようには思えないが、ひょっとしたらものすごく憤怒しているのかもしれない。それとも、自分が研だとバレていないとしたら、一体この質問は何だろうか。
 ただ単純に鈴音の顔の印象を答えれば良いのだろうか。もしかしたら髪型を換えただとかだろうか。
それだとして、今の視力では非常に近づかないといつもとの違いがわからない。なんせ、研の視力は眼鏡をしていないと学校一悪いかもしれないほどなのだ。
 どう答えるべきか応えが見つからず黙ったままでいると、だんだんと鈴音の元気がなくなっていくのが空気でわかった。
 どうしよう。白状した方が良いのか。このまま黙っていたら、さらに怒りそうだ・・・・・・。
 何か口にしなければと思い口を開きかけたとき、またしても鈴音が突飛な質問を投げかけてきた。
「ぼく・・・・・・、かわいくない、ですか・・・・・・?」
 『しゅんとしてる!!なんか元気なくしてる!?やっぱり今日はこないだとなにか違うんだ!』
 目を細めようとしたが、その仕草は目つきが悪くなりさらに不快にさせてしまう。
 研は言いにくかったが、観念して白状することにした。
「えっ、いや、そう、じゃなくて・・・・・・。あの、さ。言いにくかったんだけど、俺、視力がすっっごく悪くて、さ・・・・・・。鈴音の顔、よくわかんないんだ」
「・・・・・・は?」
 場が、凍った。
 鈴音の無感情な『は』が怖い。
 じぃと見られて、暑さとは異なる汗が噴き出る。
「研治さん、」
 俯いているため表情がわからないが、例え顔を上げていても眼鏡がないため結局は同じである。
 そんなことを考えている場合ではなく、顔に暗い影を落としている鈴音がひたりと口を開いた。
 そのむっとした響きで呼ばれた名前に、背筋が伸びる。
「映画の前に、まず眼鏡屋!!!」
 鈴音は『むんっ!』というような鼻息を立てると研の腕を掴み、勇み足で進んでいった。
「へっ!?え、あ、ちょっと!!」
 先ほどまで近くで聞こえていたはずの蝉の声は、背中で遠く感じた。

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