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「兄さん、ちょっと出かけてくるね」
「随分早いね。何か用事?」
鈴音との約束の日、研は鈴音が起きる前に外に出ることにした。鈴音が家にいる間に来ていなかった服を着て玄関で靴を履く。するとキッチンで洗い物をしていた裕が、やや意外そうな顔をしながら玄関へとやって来た。
「課題が終わらなくて・・・・・・図書館。多分帰るの遅くなると思う」
「そっか、それなら弁当作ればよかったな」
裕に嘘を吐くのが、非常に辛く感じた。何も知らない裕に、背中に嫌な汗をかきつつ嘘を吐く。
だがその後の裕の言葉で罪悪感がさらに積もった。
何故鈴音とのことを話さないかというと、裕に心配してほしくないからである。
自分の素顔があまり良くないことを、研はよく知っていた。周りは皆顔を背ける。声をかけても顔を逸らし、すぐに逃げようとする。肩などに触れたなら、短い悲鳴を上げて逃げて行ってしまう。
特に記憶に深く残っているのは、小学校に上がってすぐの出来事だ。初めて好意を持った女の子に勇気を出して声をかけたら、その子は目を見開いて悲鳴を上げ、走って逃げて行ってしまったのだ。
その時に初めて、自分の容姿に疑問を持った。それまでは、自分の容姿や相手のことなどあまり気にしたことはなかった。だが、ここまで皆から嫌われはっきりと拒絶を露わにされる自分は、きっと醜いのだろうということは理解できた。
泣いている自分に、いつものように裕が優しく声をかけてくれる。何があったか促された研は、思い出し口に出すことも辛いことを裕に零した。
裕は泣いている研と同じように悲痛な顔をして、ぎゅっと小さな研の体を抱きしめてくれた。2歳しか離れていなかったが、裕の体がすごく大きく感じた。
それからめっきり人との関わりを持たなくなった研だが、裕だけは変わらずに接してくれる。いくら自分の容姿を責めても、裕だけは『研はかっこいいよ。かっこいいからみんな照れて、声をかけづらいんだよ』素直になればいいのに、といつも慰めてくれたのだ。優しい嘘だと思ってはいるものの、裕から掛けられるその言葉はまるで魔法の言葉のようだった。
自分を気に掛けてくれる裕に、これ以上心配をかけたくないのだ。素顔で人と会って、しかもそのまま外を歩くなんて。そして万が一また嫌な目に遭った場合、また裕に泣きそうな顔をさせてしまう。
「いいよそんな!兄さんも勉強で忙しいんだし。じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。頑張ってね」
その言葉がなんとなく寂しそうに聞こえたのは、ただの気のせいなのだろうか。
バタンと締まる扉の音を背後に受け、鞄を肩にかけ直した。
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