天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

文字の大きさ
上 下
37 / 57

37

しおりを挟む

 ☆ ☆ ☆

「兄さん、ちょっと出かけてくるね」
「随分早いね。何か用事?」
 鈴音との約束の日、研は鈴音が起きる前に外に出ることにした。鈴音が家にいる間に来ていなかった服を着て玄関で靴を履く。するとキッチンで洗い物をしていた裕が、やや意外そうな顔をしながら玄関へとやって来た。
「課題が終わらなくて・・・・・・図書館。多分帰るの遅くなると思う」
「そっか、それなら弁当作ればよかったな」
 裕に嘘を吐くのが、非常に辛く感じた。何も知らない裕に、背中に嫌な汗をかきつつ嘘を吐く。
 だがその後の裕の言葉で罪悪感がさらに積もった。
 何故鈴音とのことを話さないかというと、裕に心配してほしくないからである。
 自分の素顔があまり良くないことを、研はよく知っていた。周りは皆顔を背ける。声をかけても顔を逸らし、すぐに逃げようとする。肩などに触れたなら、短い悲鳴を上げて逃げて行ってしまう。
 特に記憶に深く残っているのは、小学校に上がってすぐの出来事だ。初めて好意を持った女の子に勇気を出して声をかけたら、その子は目を見開いて悲鳴を上げ、走って逃げて行ってしまったのだ。
 その時に初めて、自分の容姿に疑問を持った。それまでは、自分の容姿や相手のことなどあまり気にしたことはなかった。だが、ここまで皆から嫌われはっきりと拒絶を露わにされる自分は、きっと醜いのだろうということは理解できた。
 泣いている自分に、いつものように裕が優しく声をかけてくれる。何があったか促された研は、思い出し口に出すことも辛いことを裕に零した。
 裕は泣いている研と同じように悲痛な顔をして、ぎゅっと小さな研の体を抱きしめてくれた。2歳しか離れていなかったが、裕の体がすごく大きく感じた。
 それからめっきり人との関わりを持たなくなった研だが、裕だけは変わらずに接してくれる。いくら自分の容姿を責めても、裕だけは『研はかっこいいよ。かっこいいからみんな照れて、声をかけづらいんだよ』素直になればいいのに、といつも慰めてくれたのだ。優しい嘘だと思ってはいるものの、裕から掛けられるその言葉はまるで魔法の言葉のようだった。
 自分を気に掛けてくれる裕に、これ以上心配をかけたくないのだ。素顔で人と会って、しかもそのまま外を歩くなんて。そして万が一また嫌な目に遭った場合、また裕に泣きそうな顔をさせてしまう。
「いいよそんな!兄さんも勉強で忙しいんだし。じゃあ、行ってきます」
「うん、いってらっしゃい。頑張ってね」
 その言葉がなんとなく寂しそうに聞こえたのは、ただの気のせいなのだろうか。
 バタンと締まる扉の音を背後に受け、鞄を肩にかけ直した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...