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「・・・・・・」
 気持ちやや蝉の声量が小さくなった頃、夕焼けの光に照らされる道を無言で歩く。あれだけ煩いと思っていた蝉だが、声が小さくなってくると途端に寂しく思うのは我儘だろうか。それとも心細く思いながら歩くのは、今歩いている道が帰り道だからだろうか。
 楽しみに思っていたことの帰り道は、どこか孤独感に溢れていて、今この瞬間も隣には研治がいるというのにもう悲しい気持ちになっている。
 感傷に浸っていると、待ち合わせしていた場所へと戻ってきた。何時間か前には自分がわくわくしながら立っていた場所。
「じゃ、ここで」
「うん・・・・・・」
 『今日は楽しかった。ありがとう』と言おうと顔を上げた瞬間、研治の顔を見て思い出した。自分を思い出して貰おうとしていたことに。
今朝ここで待っていたときにあれだけ練習したのに話題が研治の視力に変わり、そのまま憤怒した鈴音が眼鏡屋に連行していったのだった。
「あの――」
 研治の足が後ろに向きかけたので、焦って呼び止めようと声が裏返る。『ん?』とした顔で見返られると恥ずかしい。そして、眼鏡のレンズで夕日が反射され、すごく眩しい。
「覚えてないかも知れないけど、僕、昔研治さんに助けられたことがあるんです」
「えっ?俺が君を、助けた・・・・・・?」
 驚いた顔をする研治には、記憶がなさそうである。やはりな、と苦い思いを抱えつつ研治の言葉に頷き、続ける。
「はい。小学校2年生頃、公園のブランコで遊んでいたら知らないおじさんに声をかけられて、連れて行かれそうになったのを、助けてもらいました」
 ちらりと研治を覗くと、顎に手を当てて記憶を呼び起こそうとしている。言いたかったことを言えたことで肩の荷が下りた気がした。が、突如余裕を持った頭の中に一つの疑問が生じた。
『あれ、でもなんであの時研治さんがあそこにいたんだろう』
 何も疑わず、あの時助けに来てくれた少年を研治だと思い込んでいたという可能性を、全く無視していた。
 あの時の彼は、正真正銘鈴音にとっての王子様だった。その曖昧な記憶を、勝手に少年の顔に研治を嵌め込んで美化してしまったかもしれない。
 鈴音の家はここからかなり離れた場所にあるし、地元の話をした時『自分もそこに住んでいた』などということは聞いていない。そのとき偶々あの公園にいて、鈴音を助けたということが
 そう思うと、体温が下がっていくのを感じた。高揚していた気持ちも急降下していき、地面へとめり込んでいる。
 聞いてからそんな根本の不確かさに気づくなんて、本当に馬鹿だ。自分でも信憑性がないものを、相手に尋ねるなんて・・・・・・
 『僕の勘違いでした。ごめんなさい』と謝ろうとした直前、研治の口から『ああっ!』と合点のいったような、驚いているような声が発された。
「あの時のことか・・・・・・覚えてたんだ・・・・・・」
「やっぱり、研治さんだったの?」
「う、うん。今思い出したよ」
 最初の答え様に一瞬違和感をもったが、それよりも自分の思っていた王子様が彼だったという嬉しさの方が上回る。
「あのときはっ、ほんっとうにありがとうございました!!」
 当時は上手く言えなかった感謝の気持ちを、今、思いきりぶつける。あの時は本当に、こわかった。何が起こっているのかわからなくて、こわくて、恐怖で掴まれた手を振り払うことができなかった。あの時研治によって助けられていなかったとしたら、一体自分はどうなっていただろうか・・・と考えると今でも恐ろしい。
 親が身代金を要求されたかもしれないし、考えたくもないが、性欲処理に使われたかもしれない。はたまた、殺されていたかもしれない。悪く考えれば考えるほど、自分には最悪な結末しかなかったことがありありと感じられる。
 本当に、命の恩人だ。あの時助かって良かったという安心感と、心の底からの感謝で思わず涙ぐんでしまう。すると、優しい手の平が頭に乗せられる。
「うん。本当に、無事でよかった」
 その体温だけで安心する。なのに、研治から出る温かい声に、さらに心を包まれる。
「う゛ん゛・・・!」
  夕焼けの照らす色が濃くなり、段々と世界が一日の終わりという様相になってくるまで、研治は側にいてくれた。俯いて涙を流す鈴音の頭を撫でながら。

 ***

「今日はありがとうございました・・・っと」
 風呂上がり、ぽかぽかとした体を持て余しながら画面に文字を打ち込んでいく。書き終わり、ふぅと一息ついて携帯電話を机の上に置いた。
 扇風機の風を受けながらぼぅっとする。そして今日一日の出来事を頭の中でリプレイし、綺麗に敷かれた布団の上でキュンの嵐と照れにのたうち回った。一通り暴れ終わり、疲れから天井を向いて再び思考を止めていると、携帯電話がメールの受信を知らせてくる。見ると相手は研治だった。
 どうしてあの時あの場にいたのか、聞けば偶々祖母の家に来ていたのだという。それを聞いて、やはり運命だと確信を抱いた。自分たちはあの時あの場所で会う運命だったのだ、と。
 風呂から上がってもうかなり時間が経っているにも関わらず、頬が未だに熱い。
 気怠い体を起こし、鈴音はメールの中身を開いた。

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