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『ねぇ、今夜は泊まっていくんでしょ?』
『・・・・・・ああ』
『はやくキスして。濃厚なのを・・・・・・んっ、んふぅっ・・・・・・』
湿った舌の絡まる水音がに劇場内に響き渡る。
『・・・・・・え。こんなに激しいシーン入るの!!?』
今日見に来たのは海外の映画で、幅広い年齢層が楽しめるような内容だったはずだ。しかし今、主人公の男はヒロインではない敵キャラの女性に夜を誘われ、まるで催眠に掛かったかのように彼女の唇を貪り出したのだ。
劇場内では非常に気まずい空気が流れている。
キスはとても長く、とても今の鈴音が直視できるような代物ではなかった。鈴音にはそんな勇気は皆無で、そういう系に慣れていないことが丸わかり状態である。瞬間的に研治は一体どのような顔をして観ているのだろうかということが気になり、思わず隣に座る彼の方に視線を向ける。彼はなんとも無いような、“無”に近い目をしてスクリーンを見つめていた。鈴音は意外なような、はたまたやはりというような、微妙な気持ちになった。やはり、そういうことには慣れているのだろうか。初心な反応をした自分が、途端に恥ずかしくなってきてしまう。
『きっと慣れているんだろうな・・・・・・』
と気落ちしながら視線を前に戻そうとしたとき、スクリーンから一層明るい光が差し研治の横顔を照らした。
白い光に照らされた彼をよく見ると、耳が赤いような気がした。耳どころか、顔全体が朱に染まっているような――
「っ!!」
もしかして、研治さんも照れてる・・・?と思考していた時、ふと彼の目が鈴音の方を向き心臓がどきっと跳ねる。
顔の位置はあちらの方が上なのに、気まずそうに上目遣いで鈴音を窺う目。唇はこの場をどうやって乗り切れば良いのかわからないと言わんばかりに甘噛みが繰り返されている。
ぼっ!!
一気に顔の熱が上がるのを感じた。
一体何度キュンとさせられるのだろうか。かっこいいくせに、かわいい。そんな存在がいていいのだろうか!?
もう視線と意識をスクリーンに戻すことはできなかった。
二人静かに見つめ合う時間が過ぎる。正面では催眠から解けた主人公が敵キャラとの交戦を繰り広げており、大変騒々しい音が聞こえてくる。
が、実際鈴音にはもはやなにも聞こえていなかった。まるで時が止まったかのように、瞬きすらも忘れる。危うく呼吸をするのも忘れるところだったが、ハッと吸った息に自分自身びっくりする。
どちらからだろうか、互いに視線がスクリーンへと戻る。キツめのヒロインから叱咤されるが、別れた直後敵に攫われ、彼女を助けに行く主人公。そしてラスボスとの最終決戦が行われ、主人公はボロボロになりながらも敵を倒し、無事にヒロインを救出して二人は結ばれるという映像が流れていたが、鈴音の頭では研治のことで一杯で映像はただ目に映るだけだった。
エンドロールが終わり、劇場内に明かりが戻る。皆がガヤガヤと席を立って出口へと入っていく中、鈴音と研治は最後の方まで残っていた。
「面白かったね」
「う、うん・・・・・・」
ちらりと覗き見た研治の顔は、鑑賞後のほんのりと上気したものではない赤色に染まっていた。
行こうか、といって立ち上がる研治を追って、腰を上げる。座っていた席は、じんわりと湿っているように感じた。映画のわくわくでというよりも、隣に座る想い人を想っての緊張による汗だろう。
エスカレーターで階を下っていくのと同時に頬の熱も徐々に冷めていく。人はまだ多いが、先ほどまでではなくスペースに余裕があった。
そこからは、ふわふわとした気持ちで研治と過ごしていた。まるで夢の中のことのようで、現実味が感じられない。
お洒落なカフェで遅めの昼食を取り、鈴音の気になった店へと二人で入る。始終周りからの羨望の視線を受けながら、鈴音は猫を被るのも忘れて夢中ではしゃいだ。何故だろうか。可愛いと思って貰いたいのに口調が砕けてしまう。猫を被りたいのに本心が口から出て来てしまう。しおらしく、いつもはできるはずなのに・・・・・・。
研治は不思議な空気を纏っているのだ。なんというか、気安い雰囲気を持っている。だからか、油断すると研に対するような、感情をぶつけるような話し方をしてしまうのだ。
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