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 『あの、昔僕と会ったことがあるの、覚えていますか?』
 ・・・・・・いや、なんかナンパみたいなセリフだな・・・・・・却下。
 『僕、昔貴方に助けられたんです。ありがとうございます』
 ・・・・・・いきなり直球すぎるよな。少女漫画のセリフみたいだし・・・・・・却下。
 『研治さんっ!貴方は僕の王子様だったんですね!?』
 論外だ。
 『ああ、どうしよ。どうやって僕たちは運命の――いやいや、以前に面識があるということを思い出させようか』
 待ち合わせ場所で研治を待つ間、どのようにして彼の中の鈴音の記憶を蘇らせ、なおかつ自分を意識させるかについて鈴音は熟考していた。
 そんなことに気を揉みながらも、これから研治に会うことの緊張で気がはやる。
 研治さん、まだかな・・・・・・
 携帯の画面で時計を確認しつつ、せわしなく辺りを見回しながらひっきりなしに前髪を弄る。
 鈴音は、そんな落ち着きのない子どものような様子で研治が来るのを待っていた。
 先ほどから摘まんでは離している前髪の束は、せっかく裕が直してくれたのに少し癖がついてしまっている。待ち合わせの時間よりもだいぶ早めに来てしまったため、彼が来るのがとても待ち遠しかった。
 人の気配を察知する度に研治ではないかと顔を上げ、そして落胆する。
 そしていよいよ待ち合わせしている時間の10分前、向かいの道から待ち焦がれた彼の姿が見えてきた。
「研治さん!!」
「おまたせ!待たせてごめん」
「ううん・・・!!今来たところだから」
小走りで近づいてきた研治は、黒のパンツに白いシャツ、その上に紺色の薄めのジャケットというごく普通の服装であったが、着ているのがスタイル抜群顔も抜群な研治だからか、この上なくスタイリッシュに見えた。喉から出そうな心臓を押しとどめ、やや震える声に恥ずかしさを感じながらも応える。
とても、かっこよい。
語彙が、宇宙へ飛んで行ってしまったようだった。
蒸し暑い中でも通り抜ける風に、彼の艶のある髪が靡きふんわりと柔らかい匂いが漂ってくる。単純な気温の高さによるものではない熱い汗が、鈴音の背中を駆け下りていった。
『暑いね・・・』と呟きながら髪をかき分ける仕草がまるで雑誌に出てくるモデルのように綺麗で、額に光る汗の粒に思わずくらりと目眩を覚える。
「じゃあ、行こうか」
「っ、あ、あのっ!」
 一通り落ち着いた研治が、白い歯を見せながら鈴音に笑いかけてきた。思わず鈴音は少女漫画さながら『ドキッ』という効果音を背負い、弾む足に忠実に一歩を踏み出そうとしてしまった。が、思いとどまることができた。
 そして、先ほど脳内で数々のシュミレーションを終えたイベントを繰り出そうと口を開く。
「僕っ、僕の顔っ!この顔を見て何か思い出しませんかっ?」
 一番面倒くさい質問になってしまった。
 鈴音は反射的に『あ、終わった・・・』と静かに目を閉じて涙を流したい心情に陥った。直球的に言うならばまだマシな方だ。クイズのようにいきなり質問をぶつけるなど、面倒くさいの何物でもない。
 だが、一種の期待のようなものはあった。自分の顔を見て昔の記憶を思い起こしたならば儲けものだが、それができなくとも『かわいい』と言われるかもしれないからだ。憧れの研治から。その言葉だけで数週間は勉強を頑張れる気がする。
 一瞬の内にそこまで巡らせたものの、期待を裏切り研治からは一向に言葉が出てこなかった。
 顔を見上げると、なんて言って良いのだろうと思案しているような、そんな困惑した表情をしていた。
 段々と自分に自信が持てなくなってきた鈴音は、視界が滲むのを無視して歪んだ口を開き、
「ぼく・・・・・・、かわいくない、ですか・・・・・・?」
 超ナルシスト発言をかましてしまった。
 しかしそれに気づくのは本日の夜、研治との初デートを思い出して布団の上でのたうち回った後のことなのだ。
 このときの鈴音は、ただひたすら自分は脈なしなのかという悲しさと、今まで自分の事を可愛いと思ってきた自分への悲しさにくれていたのである。
「えっ、いや、そう、じゃなくて・・・・・・。あの、さ。言いにくかったんだけど、俺、視力がすっっごく悪くて、さ・・・・・・。鈴音の顔、よくわかんないんだ」
「・・・・・・は?」
 滲んでいた涙はどこへやら。驚きに乾いてしまった目を見開き、間が抜けたように口をかぱりと開けてわかりやすく驚愕!を露わにする。
 今日、映画見に行くんだよね・・・・・・?
 どうする、つもりだったの・・・・・・?
 そうなのだ。今日は鈴音が見たいと思っていた映画に付き合ってもらう予定で、そのためパンフレットやグッズ用にお財布にお小遣いを詰めてきたのだ。
 なのに、一緒に観に行く研治は視力が悪いと言う。一体そんな視力でどうやって映画を観ようというのだ。
「研治さん、映画の前に、まず眼鏡屋!!!」
「へっ!?え、あ、ちょっと!!」
 鈴音は頬を膨らませ、携帯電話を片手に研治の腕をむんずと掴むとズンズンと歩き出した。

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