天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

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 ☾ ☾ ☾

「あのね、僕ね、研治さんのことが、好きなんだ・・・・・・」
「・・・・・・そうなんだ」
 いつも喧しいくらいの大音量が放たれる鈴音の口から、驚くほど小さくその告白は告げられた。
 大事そうに、小さく呟かれた『すき』という言葉。
 研とギクシャクしてしまうようになって数日、鈴音の変な態度が変化したことに気がついた。
基本的に裕も鈴音も家の中にいるため、鈴音の変化にすぐ気づいたのだ。
 昨日研にも話した通り、最近鈴音の様子がどこかおかしいことは感づいていた。だがそのことについて考えを巡らせようとすると、自動的に昨夜のことも思い出されてしまい、裕は頭を振って顔に溜まった熱を霧散させる。
 ああ・・・何をしているのだろうか・・・・・・
 と汁物に映る自分の情けない顔を見ながら嘆いていると、正面からは微かな鼻歌が聞こえてきた。昼食のソーセージを囓り床に着かない足をぶらぶらとさせながら、鈴音が鼻歌を歌っていたのだ。
 鈴音の変化といえば、最近やけに機嫌が良い。何かあったのだろうか。
「最近すごく楽しそうだね。何か良いことあった?」
 気を落ち着かせようと手に持っていたカップをテーブルに置き、行儀悪いながらも頬杖をついて上機嫌の鈴音にそう尋ねてみる。
 すると緩みきった頬をピンク色に染め、浮かんだような声で思わず心臓が凍り付いてしまいそうなことを告げた。
「あのねぇ、今週末、研治さんとのデートなの――って、あっ!」
 行ってしまった後にマズかったかと両手で口を押さえ、表情を一変させてしまった鈴音に、裕は何もないような顔を努めた。
「そうなんだ・・・!それは楽しみだね」
 固い頬の筋肉を叱咤して笑顔を作りそう答えると、鈴音は意外そうに目を丸くして両手を口から離した。
 そしてじわじわとまた頬を染め出すと、昼食を取るのも忘れて今度の研治とのデートについて話し出したのだった。
 『研治』と連絡先を交換したということは知ってはいたが、メールのやり取りをしていたということは初耳で、何も言ってこなかった研に対し若干の怒りが沸き起こる。恋人でアル自分に対し、鈴音と連絡を取り合っていることを隠すなんてと、裏切られたような気持ちになった。
 しかし、研の交友関係に口を挟む権限は裕にもないし、誰と連絡を交わそうが研の自由だ。自分の知らないところで二人が仲良くしていたことに勝手に嫉妬し、そこまで研を拘束しようとしていた自分の狭量さにもダメージを受ける。
「それでねっ、こないだ思い出したんだ!あのね、僕昔ね、研治さんに助けて貰ったことがあったんだよ」
 再び驚きが裕を襲った。
 正直鈴音のことは、全部知っていると思っていた。
昔から何でも話してくる年下の従兄弟。日中親がいなくて寂しいだとか、学校で出た宿題が難しいだとか。今日転入してきた男の子が格好いいだとか、それでも、“裕兄ちゃんの方がかっこいい”だとか・・・。
昔から、些細なことから進路などの重要なことについても相談しにきてくれた鈴音。だから、鈴音のことで知らないことなど一つもないと思っていた。勝手に、いつも見ている鈴音が『全て』だと思い込んでいた。
だが、今裕の目の前でしているような、糸が切れ緩んだような顔など今まで見たことがない。頬を桃色に染め、恥ずかしそうにだが大事そうに他人のことについて話す姿なんて、見たことがなかった。
なんだ、この顔は・・・・・・
思わず、そう思ってしまった。
まるで初々しい思春期の男の子が、初恋の相手のことを親友に打ち明けるような、聞いているこちらまで気恥ずかしくなる甘酸っぱいような、こそばゆいような、そんな空気をもたらす顔。
 以前、鈴音が知らない男に拉致されそうになった話を聞いたことがある。その話を聞いた時は、恐怖と鈴音が無事で良かったという安堵、そして男への怒りが湧いたのを覚えているが、そういえば、鈴音は興奮しながら助けてくれた男の子のことも話していたのが頭の片隅で埃を被っていた。
 今、それを引っ張り出してみる。顔を真っ赤にさせて口ごもりながらも話していた、鈴音曰く『白馬の王子様』。確かくっきりとした大きな目に、ぷくりとした真っ赤な唇。特徴的なのは一際目を引くほどに凜々しい眉毛。
 ・・・・・・完全に研だな。
 今考えると、その特徴に当てはまるのは、素の状態の研だ。
 きっと当時はそれどころではなく、“王子”の話は後回しにしていたのだろう。そんな昔に伏線が張られていたとは、思いもしなかった。
 裕は深い溜息を吐き、笑顔を心がけた後心に余裕を持たせながら口を開いた。
「鈴の言うとおり、運命だね」
 自分に嘘を吐くのが、辛かった。
 『本当はそんなこと、少しも思っていないくせに』――・・・・・・

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