17 / 57
17
しおりを挟む☾ ☾ ☾
チッ、チッ、チッ
静かな室内に、時計の秒針が動く音だけが響く。秒針が刻むリズムよりも速い速度でシャーペンの芯が滑らかな紙の上を動いていた。
下ではリビングのテーブルで鈴音が課題をやっている。しかし先ほどから微かに独り言のような声がぼそぼそと聞こえていており、少し気になりつつも裕は問題を解いていた。もう少しで居間の問題を時終わる。時計を見ても、時間内に全て終わりそうだった。
「ふぅー・・・・・・」
ペンを置いて背伸びをし、さて採点をしようと参考書に触れたとき、下からガサゴソというやや大きめの音が断続的に聞こえてきた。一体鈴音は何をやっているのだろうか。
荷物でも整理しているのかも、と思いながらも赤ペンに持ち替え、解答を見ていく。
全て採点し終わる頃、大きな足音が階段を駆け上がる音が響いてきて、一気に裕の自室の扉が開かれ思わず驚きに声が漏れてしまう。
「裕兄ちゃん!僕、ちょっと出かけてくるね!!」
「えっ!?あ、ああっ、わかった。気をつけてね。あっ、帰るのって何時頃に――」
『夕方ぐらいー』と言いながら、裕の返事も碌に聞かずにすぐさま階段を駆け下りていき、玄関の扉が閉まる音がする。本当に鈴音は動作が速い。
裕は突然通り過ぎた嵐から、意識を手元の参考書に戻し、次の単元に取り掛かることにした。
それにしても、鈴音が外に出た理由はなんだろう・・・・・・。
問題に集中したいのに、どうしてもさっきの鈴音の行動が気になってしまう。何をあんなに急いでいたのか。
それに、鈴音の服装も気になった。持ってきた中でも、かなりお洒落なものを組み合わせていたのだ。
まさか、ね・・・・・・。嫌な予感が頭を過ぎったが、研は今日も補習だし、第一外で『研治』になれるはずがない。
無駄な想像は止めておこう、そう裕が思ったとき、ピコンと鞄の中にあった携帯電話が鳴った。
見ると、画面上には研からのメール。
『兄さんごめん。昼に帰るって言ってたけど、今日遅くなる。多分夕方』
と来ていた。
『夕方』・・・・・・。
文面を見て、急いで出かけていった鈴音の言葉を思い出す。
まさかね・・・・・・
先ほどよりももやもやとしたものを胸に抱え、裕は再び問題に取り掛かった。
***
「んん~!!裕兄ちゃん、これすっごく美味しい!!」
「いや、今日はほとんど研が作ったから・・・・・・」
裕と研が作った料理を一口食べ、鈴音はピンク色の頬に手を当てると顔を緩ませた。テーブルの下から見える足はパタパタと振られている。とても上機嫌のようだ。
彼が帰ってきたとき、上機嫌の理由はわかった。おそらく今日、『研治』に会ったのだろうと。
家に帰ってきた研は、すごく、くたびれて見えた。
夕方5時頃、太陽が傾き窓から光が差し込んできてそれに眩しさを感じ、裕は勉強を切り上げて部屋のカーテンを閉め始めた。
そろそろ夕食を作り始めようかとエプロンを着けたところで、玄関から扉が開く音と共に鈴音の元気な声が聞こえてくる。頬は薔薇色に染まっていて、顔が緩みきっている。その顔で裕は悟った。
嬉しそうに冷蔵庫から取り出した茶を飲みながら、研治のことについて話し出す鈴音。裕は柔らかい表情と声色に努め、当たり障りのない返事を返しながら料理の下ごしらえをしていた。
そこに再び玄関の扉が開く音がし、疲れた様子の研が『ただいま・・・』と蚊の鳴くような声で零した。
部屋で着替えてきた研がエプロンを着けて裕に並び立つと、『兄さんごめんね、忙しいのに』と耳を垂らした犬のようにしゅんとする。鈴音と外で何をしてきたんだ!と問いただしたい気持ちだったが、その姿を見てすぐにその心は萎んだ。
研も好きで研治を演じているわけではない。きっとやらざるを得ない状況になってしまったのだろう。なのに、帰ってきてすぐに裕を気遣ってくれる研に、勉強漬けでやや下向きになっていた気持ちが癒やされた。
気を取り直して、研といつものように食事を作る。後ろでは鈴音が鼻歌を歌いながら課題に取り組んでいたが、自分と研の二人の空間はいつものようで、裕はどこかほっとした。
だが、研の様子に何となく違和感を抱く。基本鈴音がいると機嫌が悪くなりその様な雰囲気を漂わせるはずなのに、今日はどこか浮かれているような感じである。
もしかして、鈴音と何かあった・・・・・・?
聞きたくても聞けないこの状況がもどかしい。
今日二人で何をしていたのか、どんな会話をしたのか、詮索したい気持ちと共に、裕の中に漠然とした不安が広がっていった。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である



ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる