天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

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 ☀ ☀ ☀

「やった!裕兄ちゃんといっしょに寝れる!」
 風呂から上がると、冷たい麦茶が入ったコップを差し出してくれた裕に了承をもらい、鈴音は喜びに顔を綻ばせた。
 昔は互いの家に泊まりに行った時や祖母の家などに泊まったときなどによく布団を並べて喋りながら寝たもので、互いに年をとっていく中で受験などの問題で会う機会も減っていった。久しぶりに会っても宿泊を伴わないことが多かったのだ。それに、例え宿泊を伴ったとしても親の前では子どもでもないのに『裕兄ちゃんと一緒に寝たい!』などと言うことはできるはずがない。
 ダメ元で言ってはみたものの了承は得られないと思っていたが、予想外にも優しい笑顔で『いいよ、久しぶりだしね。たくさん話そう』と言われた。甘く甘く、自分を蕩けさせてくれる裕。一人っ子である鈴音にはこうやって甘やかしてくれる存在はいなかった。両親は二人とも働いており、休日の少ない時間しか共に過ごすことはできなかったからだ。
 だからこそ、裕に対する執着の気持ちが強いのかも知れない。
 だからこそ、そんな大好きな裕と時間も空間も共有できる研が嫌いなのかもしれない。彼の置かれている状況が羨ましくて。
 次に入ってくると言って裕が脱衣所へ向かっていった。リビングには研はおらず、おそらく自室にいるのだろう。さっきの口喧嘩を思い出した鈴音は『どうだ!』と高笑いしに行こうと階段を上って行った。
 扉を開けると、そこは大きなベッドに大きな本棚だけというごくシンプルな部屋だった。普段のダサい格好を見ていると部屋の中もごちゃごちゃとしているに違いないと思っていたが実に意外である。当の研は机に向かっていて、音楽を聞いているのか入ってきた鈴音には気づいていない様子だった。部屋の中の暑さからか、Tシャツを肩まで巻いておりその顔に似合わない逞しい腕を惜しみなく晒している。
 なんだよ、その腕・・・・・・。ダサいくせにそんな腕してんな!と理不尽な言葉が頭に浮かんだ。
 気づかれないようにそろりと背後に近づいていき、そっと机の上を覗くと研が集中してやっていたのは学校の課題らしきもの。それを見て『そうだった』と自分も大量の課題を持ってきたのだったと思い出した。リビングに戻ってやり始めようと思い後ずさると、踵がそこにあったゴミ箱に辺り鈍い音を立てた。
「いった!」
「ビックリしたー・・・・・・鈴音か。オイ、何勝手に入ってきてんだよ」
 音と鈴音の悲鳴に驚いたのか、研が身体を捻りこちらに顔を向けてきた。相変わらず暑苦しい前髪と分厚いメガネで表情は見えない。だが声色からして鈴音を心配しているようではなかった。
「いいじゃん別に。どんな部屋かな~って覗いただけだし」
むっとした鈴音は足に当たったゴミ箱を蹴り飛ばし部屋を出ようとしたが、ここに来た目的を思い出しまた机に向き直った研ににやりとした笑みを浮かべた。
「僕、今日裕兄ちゃんと一緒に寝るんだ~。いいだろ」
「あっそ、別に」
「~~!!」
 精一杯自慢してやったのに研から返されたのは素っ気ない態度。その態度にムカついた鈴音は何も言い返せず、そのまま扉を凄い勢いで閉めて部屋を出ていった。バタンッ!と大きな音を背後に聞きながら、態と足に体重を掛けて階段を降りる。
 あ~自分は何をしたかったんだろう・・・・・・と怒りが冷めてから自分の子どもっぽい態度に恥ずかしく思った。リビングに戻ると、テーブルの上には裕が用意してくれた麦茶の入ったコップがそのままの状態で置いてあった。
 汗をかいているコップを手に取って中身を飲み干し、水が輪になっている場所に戻す。そして気を取り直した鈴音は、リュックサックから課題の束を取り出しテーブルの上に放り投げた。

「っふ~、やっぱ夏に風呂ってあっついね。あれ鈴、勉強?偉いね」
「裕兄ちゃんっ!」
 風呂から上がったばかりの裕は、周りに湯気を漂わせていて、頬は上気し目も潤んでおり、大変大変色っぽかった。思わず目を逸らしてしまいそうになるぐらいに。
 冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎ、ゴクゴクとそれを飲み干す喉に目が行く。コップを口から離したときに見える、濡れた唇にもどきりと胸が鳴った。無意識にとてもセクシーな裕を見て心臓がドキリとしたが、これは恋のときめきではないな、と鈴音はどこか感じた。脳裏に浮かぶのは一目惚れしてしまった相手である研治。自分が寝ている間に消えてしまった人のこと。
 研治だったら、風呂上がりにどんな風にお茶を飲むのか。上下する喉仏に、胸がうるさく騒ぎそうだ。コップから離した後の濡れた唇なんか見たら、自分は我慢できないかもしれない。
 ごくり、と知らない間に唾を飲み込んだが、そこで心の隅にズキとした痛みも生じた。目の前のすごく魅力的な人――裕。自分はどう頑張っても彼のような美人系にはなれず、いつも元気な可愛らしい感じの印象が付きまとう。
 研治は裕さんのような色っぽい人が好きなのだろうか・・・・・・。
思い出すのは昼間、レストルームから出た後リビングにいなかった研治を探し裕の自室を覗いたときのこと。机に向かう裕の背中を覆うように曲げられた上半身は大きく、まるで寄り添う恋人のような雰囲気だった。杞憂だと、思いたい。

 初めて裕に感じてしまった嫉妬から、思わず下唇を強く噛んでしまった。

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