天野兄弟のドキハラ!な日常生活

狼蝶

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 “ピピピ ピピピ”
「んー・・・・・・」
 天野研はもふもふのベッドから起き上がると、側に置いてあった目覚まし時計の設定をオフに切り替えた。ふぁああと大きな欠伸を一つし、戸棚に置いてある眼鏡をかける。その眼鏡のレンズは研の目下を隠してしまうほど分厚く、俗に言う“ビン底眼鏡”である。
 ぼりぼりと腹を掻きながらリビングへ向かうと、テーブルにはしっかりとした朝食が用意されており、二つ年上の兄はすでに学校へと行ったようだった。
 皿にかかったラップを乱暴に取り去り、味わうこともせずばくばくと口に流し込む。食べ終わった食器をシンクの中へと置くと、研はボサボサな髪で学校に行く準備をするために自分の部屋に戻っていった。

「きゃ~~!!天野先輩よ!!今日も格好いい!!」
「ホントだ~!ヤバっ、周りが光って見える!!」
「研、ほらお弁当。お弁当忘れることあるから、研のも持ってきちゃった」
「あ、ありがとう兄さん・・・・・・」
 周りでヒソヒソと嫌な話し声が聞こえてくる。大抵は、『うわ~出たよ天野先輩の弟!全っ然似てないよね~』『あの人また先輩に迷惑かけてるー。ウッザ』など、研を貶し天野兄を哀れむ言葉だ。
 それもそのはず、研の兄、天野裕は学校一の美男子であり、さらに生徒会長というステータスをも持つ超絶ハイスペックな男なのだ。女子からはもちろん、男子からの憧れの視線も多い。
 そんな裕の弟がこんな、分厚い眼鏡でボッサボサの寝て起きたままのような髪、そして猫背でだらしのない姿勢の奴である。しかも毎日といってよい程裕に迷惑をかけている場面を誰かが見かけ、研は裕とは似ても似つかないダメダメなドダサ男子という認識が持たれていた。女子からは疎まれ、男子からも呆れられる。そんな、生徒会長のお荷物弟である。
「わっ、ごめん・・・・・・」
 今もこうやって、兄から手渡された弁当を手に長身の男子生徒とぶつかり気弱そうにぺこぺこと頭を下げている。裕見たさに集まっていた女子たちは、それをみて盛大な溜息をつき各々の教室へと帰っていった。
 学校ではこうやって見下されている研。彼は見た目に止まらず、その動作も鈍く体育ではよく飛んできたボールに鼻血を出し、テストは毎回赤点スレスレという完璧なダメダメ男子であるが、実は家では――

「兄さん・・・・・・」
『んっ、んっ!・・・・・・あんっ、あっ、・・・っ、もっ、とぉ・・・・・・』
『ん、そんなに、締め付けるんじゃ・・・ないっ!』
「・・・・・・これ、エロすぎない・・・・・・?」
「そ、そうだね・・・・・・。おかしいな。先生がお勧めしてきた映画なんだけど」
「先生の言ってた題名って覚えてる?」
「ええと確か・・・『過密のブティック』とか言ってたかな・・・・・・」
「これ、『秘密のすてぃっく♡』じゃん・・・・・・」

 『あ、ほんとだ』と言ってポカンとした顔でDVDの盤に書かれた題名を覗き込む裕。
 その後二人は顔を見合わせると、徐々に笑いがこみ上げてきて二人でふふふと笑い合う。どうしたらこんな間違いをするのか。
 おかしいと思ったのだ。裕から聞いていた内容は、男兄弟から蔑まれて育った女性が男尊女卑の世界で小さなブティックの経営を初め、成功していくというドキュメンタリーじみたストーリーだったはず。
 なのに、いざ見始めたら妖艶な女性と色気の溢れるダンディーな男性がとある店で知り合い、そこからいきなりホテルの寝室に場面が移りだしたところから、何やら危うい雰囲気が流れ始めた。
 そして研の予想通り、その二人が押っ始めたのだ。

 あーヤバかった、と言って目尻に溜まった涙を指で拭った裕の顔を見て、研は燻っていた下半身に熱が集まっていくのを感じた。
 思春期真っ只中の青年が誤ってアダルトビデオを見てしまえば、当然起こる生理現象だろう。至極正常だ。
 ただそれが、精欲を抱く対象があの大層喘いでいた女優にではなく、目の前の自分の兄にという点を除けば。
「兄さん・・・、俺のここ、こんなんなっちゃったんだけど・・・・・・」
 そう囁きながら、熱くなった顔を裕に近づける。
 裕は研の膨れている下半身を認めると、まるでトマトのように顔を真っ赤に染め近づいてくる研の目を恥ずかしそうに見つめた。
 二人がけのソファがギシ、と軋む。
「兄さん・・・・・・」
「研・・・・・・」
 研が裕の肩を掴んで押し倒そうとした瞬間、肩に触れる前にその腕を掴まれてしまった。
「まだダメ。成人になってからな」
「兄さんっ!!」
 いつまで経っても意志の揺らがない裕に、研は頬に空気を溜めてむくれる。
 すると未だ朱に染まったままの裕が研の腕から手を離し、研の唇に指を当て甘く微笑んだ。
「今は、キスまで・・・・・・な?」
 裕の瑞々しい唇に喉仏が上下する。
 研は目元を隠していた眼鏡を取り去り、目の前に座る裕に顔を近づけた。

 研の顔には鈍くささを演出する眼鏡はなく、根暗な印象を与えるうざったい前髪も今はない。
 燃えるような瞳で裕を見つめる研の顔は、誰から見ても“ダサい男”だとは言えない顔をしていた。
 研の顔をうっとりと見つめる裕の唇に、研の唇が重なる。
 何度も何度も唇を合わせると二人の息が上がっていき、一度口を離すと酸欠になるほどだった。肩でしていた息を整え、一層大きく息を吐き出すと、二人は体操し合わせそうに微笑み合って、抱き合いながらソファへと倒れ込んだ。


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