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10.5 この世界の真のモブたちの心境

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 今年度貴族学校に入学した生徒Aは、全く散々だと憤っていた。
 彼のクラスを担当とする教員が、世間で騒がれている犯罪集団のモブ族だったのだ。
 モブAは初めからおかしいと、その教員のことを怪しんでいた。自己紹介の際も、顔がぼんやりとしていて彼が過ぎ去った後、その顔を思い出すことができなかったからだ。
 だが自分を含め皆、彼を受け入れていた。
 さらにおかしいと思ったのは、そのモブ族が受け持つ体育の授業の初回の際、まず皆の身体能力を測るからと個別に身体を調べられたのだ。
 女子はもちろん猛反対した。しかし彼は『嫌だったらそれでもいい。その代わり、単位はあげられない』と笑ったらしく、皆大人しく従うしかなかった。
 このクラスの中心的人物であるクローヴェルもその教員については特に言及していなかったので、モブAは、これは体育の授業として普通なのかもと思いモブ族の待つ体育準備倉庫へ一人入っていった。
 そこではただ、服を脱いで身体を観察され、少し触られた程度だった。
 終わってみれば大したことはなく、騒いでいた女子たちも皆平気な顔で授業を再開していた。
 しかし、皆が平然としていたこと自体が、異常であった。

 ある日の授業中、体育場でそれぞれがストレッチを行っていたときのこと、いきなりその場に悲鳴が聞こえてきた。
 クローヴェルとシュアリゼムが声のした方に走っていくのを数人の生徒たちが追いかけて行ったところ、さらにそこでも悲鳴が上がった。
 全員が悲鳴のした更衣室と体育場の間にあるひっそりとした場所に駆けつけると、担任の男がクローヴェルとシュアリゼムに拘束され気を失っている様子が目に入った。すぐさま生徒の一人が他の教師を呼びに行くと共にきた捕縛隊は渋い表情をし、それまで担任だった男を引きずってその場から去って行ったのだった。
 突如教室に戻らされた皆は何が起きたのかわからない状態だったが、暗い顔をした事務の人間からあの体育教師はモブ族だったと報告をされた。そしてその人の横に立っていた、光の魔力の保持者であるモブ族捕縛隊の隊員やクローヴェル、そしてシュアリゼムよって皆の催眠が解かれたとき、教室はまさに阿鼻叫喚だった。
 皆、自分ではおかしいと思わずに彼に好き勝手に身体を触られていたのだ。
 泣き叫ぶ女子生徒の横で、モブAも思わず身震いをした。
 本当に、気持ち悪い。

 すぐに代わりの教師が来ると聞かされていたが、もうモブAたち生徒は信じなかった。次に来る教師もモブ族かもしれない。
 また自分たちが変な欲望の犠牲になるかもしれない。その疑念が強く、次に来る教師に皆警戒をした。
 そしてそいつが来たのは、あのモブ族が捕まった次の週の初めての体育の授業で、太陽の光が暑い午後だった。
その警戒に反して、担当として来たのはごく普通の、いや地味すぎる男――ドルトレン。
 だが彼はその長い前髪と眼鏡で顔が見えず、一瞬気を抜いた皆は再びその肩に力を入れた。前回の奴と等しく、顔をはっきりと認識できなかったからだ。

 しかし彼は一向に生徒たちと交わろうともせず、自由に遊ぶ生徒たちをただ眺めてぼぅっと脇の方で突っ立っているだけだった。
 それでもモブAは、『いや、こうやって皆を品定めしているのかもしれない』と警戒を緩めることはしなかった。

 近寄りたくない。キモい。もうあんな目に遭いたくない。やはり体育教師は皆変態だ。
 色々な思いが飛び交う中、それを打ち破る出来事が起きた。
 いや、出来事などという大きなものではなかった。日常の、ごく、普通の授業の一時のことだ。

 授業中、彼が目元を隠す眼鏡を取りぼぅっとどこか遠くを眺めていたのだ。
 『顔がぼんやりとして見えたら、こいつは間違いなくモブ族だ』
 皆共通の思いでドルトレンの顔を遠くから凝視していたのだが、その露わになった目元に皆凍り付いた。

 “え、目元、美人じゃね・・・・・・?”

 これは、クラスの大半の心の声である。ちなみにモブAも同じ心の中で呟いた。

 そして彼はさらにその暑っ苦しい前髪をワイルドに搔き上げると、ポケットから出したハンカチで汗を拭い始めた。
 もうその様子に、皆の視線は釘付けだった。
ちらと背後を見ると、クローヴェルたちも驚愕に目が見開かれている。

 ・・・・・・とてつもなく、エロかったのだ・・・・・・。
 滑らかな肌を流れ落ちる汗の粒。濡れた肌。
 熱を逃がすように口から吐かれた吐息は、薄く、だが瑞々しい唇を軽く震わせ思わず大きく唾を飲み込んでしまった。
 首筋に流れた汗を喉を逸らして拭く姿が、扇情的で堪らない。
 『ああその首元を舐めたい』
 何人かの生徒はこう思ったことだろう。
 だが、幻のようにその時は終わってしまった。

 *****

 ちなみにドルトレンの顔が露わになったその瞬間、モブAはこう思っていた。

 おっ、前髪上げる。さぁて一体どんな顔してんのか――って・・・ええ!!?
 いっ、イケメンじゃね!!!?何あのスッとした顔!!
 なんか両サイドの髪も後ろに流れたことで、普段隠されている顔の輪郭もシャープに見えるし・・・・・・
 うざったい前髪を搔き上げるだけでこの破壊力なんなん・・・・・・

 ドルトレンは、稀に見る美形だった。生徒たちに騒がれる教師でも、そこまでではない。
 目はしゅっと切れ長で、目の際ははっきりとしておりその眼力は女子のハートを容易く打ち抜くだろう。いつも眼鏡の下にそんな綺麗な目を隠していたのかと思うと、くそぅこの野郎!と嘆きたくなる。
 それに、すっきりとした鼻筋。なんじゃあれは?完璧か?
 と、言語が崩壊するぐらいの衝撃が、生徒中に響き渡った。

 しかし、彼が眼鏡を外したのは本のしばらくのことで、自分の放ったボールの行方に目線を戻しもう一度目をドルトレンに戻したときには、すでに彼はいつもの地味な教師に戻っていた。
 ああ、残念・・・・・・。そう、女子たちの声が聞こえてくるようだった。

「なぁ、さっきの見たか?ドルトレン先生、顔、ヤバくなかった!?」
 授業後モブBが走りより、鼻息荒く話しかけてきた。
 彼は先ほどの衝撃的場面に興奮冷めやらぬようだ。
「見た見た!一瞬だったけど!ヤベぇよな!色気が!!」
 そこにモブCも顔を赤くしながら参戦する。
「何あのイケメンフェイス!!なんであんなん隠してんだあの人!?」
「それな」
モブBの疑問にモブAは即答した。
「でもよぉ・・・、一瞬だったぜ・・・・・・?見間違いとかじゃ、ないよな・・・・・・?」
「幻・・・・・・?」
「新手の催眠とか・・・?」
「んな馬鹿なことあるか!そんな高度な魔法、あったら羨ましすぎだろ。イケメンに化けられるとか」
「だよなぁ・・・・・・。じゃあ、本当にあの顔ってことか・・・・・・」
「何にしろ、」
「「「もう一度あの顔見てぇ・・・・・・!!!」」」

 こうして、クラス全体がざわざわと騒ぐ中、モブ三人は幻のような瞬間を頭の中でリプレイし、項垂れるのだった。

 『色気ヤバすぎんだろ、先生~~~~!!!!』(モブA、心の叫び)


 *****

 次の日、モブABCはモブDを誘い、ドルトレンを食事に誘うことにした。
 朝、昼食に誘おうと食堂に行ってもその姿は見られない。ドルトレンが食堂にいるところを、生徒たちは一度も見たことがなかった。
 それはきっと、自分たちが彼に冷たい態度しか取っていないからだろう。
 よく考えればわかる。新任教師を、皆で無視。それは心折れるだろう・・・・・・。

 一先ず朝食を取り教室で待っているとドルトレンが入ってくる。まずはいつもガン無視していた朝から!と四人は勇んで朝の挨拶をしに行った。
 教室でもそうだったが、授業中も皆そわそわとドルトレンへ視線を送っていた。またあの美顔が拝めないかという、期待の籠っている目だ。
 そんな視線の数々に、ドルトレンは居心地悪そうに立っていた。

 そして授業が終わってすぐ、一目散に帰ろうとしているドルトレンを四人で囲み、半ば強引に食堂へと連れ込んだ。
 ボーイに注文すると、すぐに食前のスープが出される。それを口にしながら待っていると、すぐに注文した料理がテーブルの上に並べられた。

 以下は、モブたちの心境である。な

モブA:『ふおぉ・・・・・・!!!先生がっ、先生がこんなに近くにいるっ!!めっちゃ顔見える!!眼鏡の奥の目かっけぇーーーー!!!』
モブB:『なんか良い匂いしてくるんだけど。え、授業後よな?なんでこんなフローラルな香りが漂ってくるのかしら。謎』
モブC;『先生食べ方美しや・・・・・・!!口を最小限しか開かず素晴らしいナイフとフォーク捌きでお口に丁度良く切り分けたお肉を滑り込ませている!なんて優雅なんだ!!それに美味しそうに緩む顔が可愛い!!』
モブD:『先生・・・・・・こうして近くでよく見ると、綺麗な顔してるな・・・・・・。もっと近くで話したい・・・・・・』
モブA:『先生、睫なっげーーー・・・・・・って、』
モブABC『『『おいモブD!!何先生に顔近づけてんだよ!!このやろ羨ましいな!!』』』

 『先生の顔が見えますから!疑いは晴れました!』と言ってドルトレンに顔を寄せるモブD。彼の顔を見たいがための行動だと、モブAは眉を潜めた。隣を見ると、モブBは眉間に皺を寄せており、モブDはナイフとフォークを持つ手が細かく震えていた。
 『睫が長いですね』とうっとりしながら顔を寄せるモブDの身体を引き戻し、引いているドルトレンに頭を下げ、これから他の生徒たちにもドルトレンはモブ族ではないことを伝えていく旨を伝えた。
 するとナプキンで口を拭ったドルトレンがモブたち四人に向かって『ありがとう』と、優しい微笑みを浮かべた。
 その笑顔に見事に悩殺され心臓が破壊されたモブ四人。
 四人はこれからも自分たちの担任を支え、そして彼のことを皆に広めようと決意を新たにした。
 そして食事を終えドルトレンと別れた後、四人は心の中で同じことを呟いた。

『ああ、一刻も早くまたあの尊顔を拝みたい・・・・・・』と。

 そして彼らが手を取り合って飛び上がるほど嬉しい出来事が、後に授業中に兵器の如く飛んでいったボールによって引き起こされることを、彼らはまだ知らない。

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