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「んっ、・・・・・・んん」

 頬をぴちゃぴちゃする感覚に起こされ瞼を開けると、俺の真横には目を閉じているシャムルちゃんがいた。俺たちは身体のほとんどを水に覆われている。要するに、身体の上体が岸に乗りかかっている状態だ。先ほどからやって来ては引いていく小さな波に、頬を打たれていたのだった。
 腕に頭を乗せているシャムルちゃんの様子を窺うと、ちゃんと呼吸もしていて今は寝ているみたいだが、身体が冷たい。そして当たり前だが俺は眼鏡もなく、視界がぼやける。

 崖の下は幸い川が流れており、咄嗟にシャムルちゃんを腕の中に庇いつつその中に落ちて流され、そしてここに打ち上げられたのだろう。一先ずシャムルちゃんも俺も無事でよかった。だがここがどこかわからないにしろ川から離れてどこか室内に入らないと、びしょ濡れの状態であるから夜になったら冷えることが予想される。
 まずはシャムルちゃんを起こそう、と隣に寝ているシャムルちゃんの肩を小さく揺すった。

「ん、・・・・・・せんせ?」
「シャムル、どこか痛いところとかはないか?」
「ううん、ないよ――って先生っ!?」

 あたっ、頭っっ!!と突然飛び上がって俺の頭を指摘してくるシャムルに、はてなを浮かべる俺。必死に俺の頭を指差し、その顔は真っ赤だ。
 そのシャムルちゃんの様子に、『えっ、もしかして俺どこかに頭をぶつけた衝撃でハゲてたりする?そんな顔を真っ赤にして・・・笑うのを堪えてるとか!!?』とめちゃくちゃ不安になってくる。わしゃわしゃと自分の髪をかき回すと、予想通りの感触が手の平から伝わってきて、確認できる己の髪にほっと息を吐く。では、一体シャムルちゃんは何に驚いているのだろう。

「先生の髪の毛がっっ青色になってるっ!!!」

 あーーー・・・・・・そうだった。

 俺の元々の髪色は群青色だった。それを、モブ族たちに俺だとバレないように黒色に染めていたのだ。それに街中でも俺の様な鮮やかな髪の色は珍しい。それこそ、王族ぐらいで、だからこそ俺はずっと染め続けていたのだった。色が落ちないように用心深く毎日毎日染めるこの手間よ!!面倒くさかった。それが、荒波に揉まれて色が落ちてしまったのだ。

「先生・・・・・・それに、先生がサドイ=ドルトレンじゃないって・・・・・・どういうこと、ですか?」

 シャムルちゃんが言いにくそうに、上目遣いでこちらを見ながら聞いてくる。
 忘れてないんかーい!!あんな激動の中での会話だったから、俺の正体のことなんて忘れてるかと思ってたよ!!しっかりしてるなぁ。

「そのことは、後でちゃんと説明する。とにかく、今日泊まれる所を探そう」

 腕を見ると、水に浸かったため連絡機は操作不能になっているし、今学園に戻っても完全に安全だとは限らない。それに、モブ族の追っ手も来ているかもしれない。そもそも、ここがどこかもわからないのだ。ちゃんと落ち着ける場所を見つけて、そこで身体を温めて(なんかヤラシイな)から、シャムルちゃんにちゃんと俺のことを説明したい。
 その想いを込めて見つめると、シャムルちゃんはおずおずと頷き了承の意を示してくれた。

 二人で川岸から離れ、半ば森のような道を歩く。今はまだ明るいから良いが、暗くなってくると真っ暗になってしまいそうな道に、内心焦りながら周りに視線を巡らした。
 歩いても歩いても家らしきものは見当たらず、濡れた服が張り付いてきて不快だし、風が吹くと身震いするほど寒い。俺とシャムルちゃんは身を寄せ合いながらとぼとぼ歩くが、シャムルちゃんがとても寒そうで俺は絶えず彼の肩を摩り続けていた。どんどん顔色も悪くなってきており、どうしようかと焦りが絶頂に差し掛かったとき、突然大木の側に小さめの小屋が立っているのを見つけた。見ると結構古いことがわかるが、横にいるシャムルちゃんはかなり衰弱しているため、彼を支える腕に力を入れながらその小屋の扉を押した。
 すると鍵がかかっていなかったのか、すぅっと簡単に扉が開き、俺たちは早速中に足を踏み入れる。
 もうずっと誰も住んでいないのか、部屋の隅には蜘蛛の巣がかかっていたが、一応雨風は凌げるだろう。浄化魔法を唱えると、住むのには悪くないくらいになったので、安心した。

 暖炉もあり有り難いことに薪もだいぶ残っていたので、すぐさま火を起こして部屋を温める。ぐったりとしているシャムルちゃんに服を脱ぐよう言い、備えてあった大きなタオルを渡す。それも浄化済みなので、肌触りや衛生的にも問題はないだろう。そうしてベッドも綺麗にし、その上にタオルで身体を包んだシャムルをそっと下ろすと、落ちかかっていた瞼が閉じ、ゆっくりと眠りに入っていった。
 よほど体力を消耗したのだろう。それに、精神的ショックも強かったとも思う。
 やっと温まってきた部屋にシャムルちゃんの頬もピンク色になっていくのがわかり、俺はそれを見て温かい気持ちになった。だが直後、盛大なくしゃみを放ち、俺もびしょ濡れになった衣服を脱ぐことにした。

 ********

 パチパチパチッと心地よい音に、俺は目を覚ました。ふと顔を上げ状況を整理すると、俺はシャムルちゃんが寝入ってしまった後部屋の中を漁りまくった結果、お湯に溶かして飲むタイプのココア的な飲み物を見つけた(ちなみに消費期限ぎりぎりだった・・・)ので、水魔法で鍋に水を注ぎ、それを暖炉の上にくべて、ベッドの側にあった木の椅子に座って待っていたところ眠ってしまったのだということがわかった。さっきまで歯がガチガチいうくらい寒かったのだが、今は身体がぽかぽかと温かい。
 小さな窓を見ると、やや暗くなっていた外の色が真っ黒になっていた。もしこの小屋が見つからなかったらと思うと、今温かい部屋にいられる現状を本当に良かったと思える。

 早速見つけた粉をこれまた見つけたカップに入れ、沸騰していた湯をそこに注ぐとふんわりと甘い匂いが部屋全体に広がった。

「ん、・・・・・・」

 その匂いに鼻を刺激されたのか、シャムルちゃんが目を覚ます。まだ寝ぼけている彼に、気をつけろよと言ってココアを渡すと目を輝かせ、両手で受け取ってこくり、と大事に一口含んだ。
 色んなことがあった今日、彼にとってやっと安心できるひとときなのだろう。ピンクに染まったその頬が、可愛らしい。

「でさ、さっきの話なんだけど――

 ガタリッ

「「っ!?」」

 落ち着いたであろうシャムルちゃんに、俺はベッドに寄せた椅子に腰掛け先ほど聞かれたことについて話そうとした瞬間、確かに小屋の外で物音がした。
 シャムルちゃんがびっくりして落しそうになったカップを咄嗟に掴み、静かに棚の上へと置く。

 強い風が吹いたのかもしれないし、森に住む動物が駆けていった音かもしれない。人間に限られない物音に様々な可能性があるものの、どうしても俺たちは警戒せずにはいられなかった。シャムルちゃんにベッドから起き上がらないよう手で制すると、真剣な顔で一つ頷く。
 俺はそれに頷き返し、息を殺して外の音に耳を傾けた。そうやって耳を側立てていると、僅かだが数人の足音が近づいてきているのが聞こえた。
 その足音は静かだが、痛いほどの沈黙の中ではよく響く。恐怖にシャムルちゃんが俺の服の裾を掴んだが、俺は扉の方を凝視していた。

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